第1話 いい加減にしろ
休みの日でも気が抜ける瞬間はない。歳のせいで痛む体を横たえていたら、ぐいぐいと駄々をこねられて引っ張り起こされた。そのまま「遊びに行こう」と何度も言われたので俺は今日を諦めて適当な服に着替える。昨日とか何してたっけ。仕事か。後輩の発注ミスで転がり回ったんだっけか。
「ちくしょー」
「どうしたの!」
「どうもしないよ」
ご機嫌になった詩織はお気に入りのワンピースを着て、暑くもないのに麦わら帽子をかぶってニコニコしている。上着着ないと寒くないか。
「上着着る?風邪引くよ」
「着たくなぁい」
そりゃそうか。可愛いもんなそのワンピース。しつこく言うわけでもなく、でも気になるのでこっそり自分の鞄に詩織の上着を詰め込んで家を出た。
夏は終わりを迎え始め、秋めいた程よく冷たい風が頬を撫でる。詩織は暑いのが嫌いだから、この頃よく出かけたがるようになった。それはそれで健全で喜ばしいことなのだが、いかんせんこちらは身体が持たない。
「おねーちゃんもきてほしかったなぁ」
「そうだねぇ」
心のこもらない棒読みで返す。お姉ちゃんというのは早月のことだ。高校一年生。勉強に部活に遊びに忙しいお年頃。今日もバスケ部の練習で丸一日家にいない。夜遅くに帰ってきて俺の作った飯を食べてすぐに自室に引っ込む毎日なので、最近いつ喋ったかわからない。愚痴とか聞いてやんなきゃな。
手をぐいぐい引っ張られていく先は大体わかった。近所の公園だ。遊具も多くて走り回れるスペースも広い。あそこは休みになるとちょうど詩織くらいの歳の子が増えるのだ。独り身のときはうるさくてただ鬱陶しかったし疎遠の場所だったのだが、人生どうなるかわからない。
「別に今も独り身か」
「なにー?」
「なんでもないよ」
独り身なのにどうして子育てに忙しいのやら。こちとら未婚のサラリーマン(45)だぞ。自分の余生をそろそろ謳歌してもおかしくない頃合いなのに、まだまだ社畜。上司の横暴や後輩のミスに振り回されっぱなし。7年付き合ってた彼女とも2年前にお別れしたところだ。女っ気ゼロのおじさん。みっともないったらありゃしない。深いため息をつけば、詩織はその意味もわからずケラケラ笑った。
この近辺どころか、帯只市(おびただし、と読む)有数のデカい公園。なので、子供なんてごった返すようにいる。詩織はそれに目をキラキラさせながら、さらに俺の腕を引っ張っていった。お友達見つけてその子と遊べばいいのに。
「キャッチボールしよ!」
小さくて押せばプヒプヒなるおもちゃのボールだ。けたたましいピンクが目を焼いたので、おもちゃメーカーを恨めしく思うこととする。詩織はその小さな手からボールを力いっぱい投げた。地面に落ちて転がって減速していくのをよっこらせと屈んで拾い上げる。
「おじさん!投げて!」
こういう時は下手投げだ。俺は優しく、それでもって詩織の頭を超えていかないであろう程度の力を持ってボールを投げた。詩織はどこで覚えたのか「おーらい!おーらい!」と声を上げながら、頭の上で見事ボールをキャッチ。
「おお」
「やった!」
取ったボールをこちらに嬉しそうに見せてくるのが可愛らしく思えて、笑顔でまたこちらにボールを投げてと促すように手を振る。詩織は「さぁ、しおりとうしゅのにきゅうめ、いかに!」とぶつぶつ言いながら、またどこで見たかわからないような野球ピッチャーの如く片足を上げて腕を思い切り振り抜いた。ボールは地面を跳ね返ってワンバウンドし、ころころとまた俺の足元に転がった。もっとこれ距離詰めたほうがいいな。重い身体を動かしてまたよっこらせと屈んで拾い上げようとしたボールが、消えた。
ピンクのボールは別の手が攫っていった。その先を追うように横を見れば、若い男がボールを弄びながら詩織を見てニコニコ笑っている。
「よし!お兄さんも混ぜて!」
そのお伺いに詩織は恐怖を覚えたようで、こちらに走ってきて俺の後ろに隠れた。とても正しい判断と言える。姉の教育の賜物だろう。
目の前の男はまだ詩織が気になるようで、俺の後ろまで周りこもうとした。ムカつくので肩を叩いた。
「あいてっ」
「やめろ。怖がってんだよ」
「お疲れ様です!奇遇ですね。その子は?」
答えようとしたら、詩織が俺のズボンの裾をギュッと掴んで引っ張った。信じられないくらい警戒心のレベルが高い。その手を優しく取って詩織に目線を合わせるようにしゃがむ。
「だれ、こわい」
「うん、おじさんの仕事の人。知り合いの人だよ」
「こわくない?」
「……まぁ」
「いや怖くないでしょ」
後ろからツッコミを入れてきた後輩を制して、俺は詩織に「まぁ大丈夫」と伝えた。半信半疑だった詩織は75%くらい安心したのか、俺の横に並ぶとぺこりと頭を下げた。
「こんにちは!あきさだしおりです、6歳です」
「こんにちは!かつらとおるです!パパにいつもお世話になってます」
ややこしくなること言うなよ。思わず眉をひくつかせた俺は、首をかしげる詩織の頭を撫でた。きょとんとする詩織は撫でられても特に反応せず「・・・」と言った様子。説明を求めるようにこちらを見る葛に目配せをした後、俺は詩織にしばらくお友達と遊んでくれと頼んだ。
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「お前、俺が未婚だって知ってんだろうが」
「もちろんですよ。だから変だなって。親戚の子供預かってたりとか?」
「わかってんならパパなんて言うなよ」
「どこの子です?従姉妹の子?再従兄弟の子?」
「姉ちゃんの子だよ」
「あぁ、お姉さんの」
前のめりになっていた姿勢を引っ込めて、葛は姿勢を正した。近くで買ってきたコーヒーを傾けているその目はじぃと何かを追っている。詩織だ。滑り台を繰り返し遊んでいる詩織から一度も目を離さない。
「なに」
「いや、可愛い子だなって」
「気持ち悪いんだよお前」
「なんですか急に!?」
聞いてくれるなとばかりにため息をこぼしてやる。ようやく詩織から目を離した葛は、俺を信じられないと言う目で見つめていた。しかし、すぐにまたニコリと口角を上げると半ケツズラして俺と距離を詰める。
「俺のこと怖いんですね?前科者だから」
「悪いかよ」
「いえ、全く。前科者にビビるのは当然ですし」
「あんまり卑下すんなよ。冤罪なんだろ」
「そう言ってくれるのは水無瀬さんだけですよ……」
「よほど信用されてないんだな」
「なんでですかねぇ~」
「身に覚えないの」
「あるにはあります」
「あ、そう……」
平然とこれを答えるあたり反省はしていなさそうだ。やっぱり捕まっていたほうがよかったんじゃないだろうか。遅かれ早かれ警察の世話になってただろこいつ。
「てか、お前はなんでここにいるんだよ」
「え、あー、家が近いんですよ」
「ほんとかよ」
それに対しての葛の答えは笑顔だ。聞いてくれるなということらしい。懲りない男だ。
「で、答えは出ましたか?」
「……なんの」
「とぼけないでくださいよぉ」
そのいかにも呑気な声に少し違和感を覚えた。いかにも、呑気すぎたのである。もう一度葛の姿を視認した時には、ヤツの顔が目の前にあった。目をかっ開いて口角をこれでもかと上げている。38歳にしてはイケメンな顔だというのに台無しだ。それにそんなにビビらせなくても答えは決まっているというのに。
「いつ付き合います?俺ら」
「付き合わねぇって言ってんだろ」
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