モテキ
「シルフィ、体の調子はどう?」
冬華は心配そうにシルフィの様子を窺う。
『ええ、もうだいぶいいですよ。ゆっくり休めましたから』
シルフィは微笑みを浮かべて返す。多少辛くても冬華の心配する顔は見ていて辛いのだ。冬華にはいつも笑顔でいてほしいとシルフィは常々思っている。そのためならなんだってできると胸を張って言える!
シルフィは冬華の顔を見て若干危険なことを考えていたが、きっとアキの影響だろうとシルフィは納得している。
『冬華の方こそ体に異変はありませんか?』
シルフィは冬華の飲んだ薬品の事が気掛かりだった。結果的に体力は回復し敵を倒すことはできた。
しかしその回復薬を渡したのがあの人物だからこそ、余計に心配なのだ。
「うん、なんともないよ。それどころか前よりも体が軽くなった感じ? ほら見て見て!」
冬華は体の軽さをアピールするかのようにシャドーボクシングを披露する。ボクシングなどしたことはなかったため、妙な動きになっていた。それが逆に心配に拍車が掛かる。
『そうですか、妙な薬品が混ざっていてハイになっているわけではないのですね?』
冬華のハイテンションが地のものなのか薬のせいなのか確認せずにはいられなかった。
「失礼だな! これが私の地だよ! テンション高くて悪かったわね!」
冬華は「心外だ!」とプイッとそっぽを向いた。
『フフッ、そうだったね。冬華はいつもテンション高いもんね。その方が冬華らしくて私は好きだよ』
シルフィはご機嫌を取ろうとする。決して嘘ではなく、本心を言っている。冬華もそれはわかっているため、照れたように体をくねらせ喜びをアピールする。要するにシルフィに飛びついたわけだ。
「私もシルフィ大好きだよん」
冬華はシルフィへ頬ずりをして愛情を示す。そっち方面ではなく親愛の証である。
シルフィは成すがままになりつつも嫌がる素振りを見せず、嬉しそうにしている。
あのリッチとの戦いから数日が経っていた。冬華たちは戦いの後、すぐにサンディへ連絡した。連絡の手段は、事前に打ち合わせした火炎魔法を打ち上げるというシンプルなものだった。
冬華たちはサンディの到着を待ち、サンディが到着するとすぐに瘴気を抑えてもらった。
瘴気は抑えたが、広がった瘴気を浄化していない為長居はできず、すぐに避難所へと戻ってきたのだ。
『それで、冬華。彼は?』
シルフィの言う彼とはアキのことだ。シルフィはまだ彼の事をアキだとは認めていなかった。
彼の話だと彼はある人に助けられたのだという。誰にたすけられたのか、どうやって助けられたのかと訊ねても、サラを見つめて微笑むだけで何も話してはくれなかった。口止めされているのかはわからないが、だからこそまだ認めるわけにはいかなかった。
「うん、相変わらず二人でイチャイチャしてるよ。というかサラさんがお兄ちゃんにベッタリなんだけど」
冬華はため息交じりに話した。冬華は「お兄ちゃん」と無意識に言ってしまっていた。偽物ではないのかと疑ってはいるけれど、だんだんと本物なのではないかと思いはじめていた。
そのことにシルフィも気付いている。危険を避ける意味でもまだ警戒しておく必要があると思い、冬華にくぎを刺しておく。
『冬華! まだ気を許してはいけませんよ』
「う、うん。わかってるよ。でもどっちなんだろ? やっぱり偽物なのかな? シルフィ、まだわからない?」
『すみません。まだ……』
シルフィはあのリッチとの戦い以来、力がうまくコントロールできていない。その為あのアキが本物なのか感じ取ることができないのだ。だから警戒する必要があった。
リッチに何かされたにしては倒しても今だに回復していない。シルフィはおかしいとは感じていたが、力自体は回復してきているため、しばらくすれば感じられるようになるだろうと楽観視していた。
「そっか、こればっかりはシルフィの回復待ちだから仕方ないか。それよりそろそろローズブルグへ戻ってソウ君連れてこなきゃ」
サンドガーデンに人を戻すには広まった瘴気を浄化しなければならない。その為、炎使いの総司を連れてくる必要がある。シルフィが動けるようになったら戻ることになっていたため、そろそろだろうと冬華は思っていた。
『そうですね、少しゆっくりし過ぎましたかね? では彼も連れて戻るとしましょうか』
本物であれば連れて帰るのは不思議ではない。偽物ならば目の届くところに置いておいた方が対処もしやすいだろうとシルフィは考えていた。
「じゃ、サラさんのとこに行こ」
冬華はシルフィが立ち上がるのに手を貸し体を支える。
『ありがと、冬華』
シルフィは微笑みを返した。
冬華たちがサラのもとへと着くと、甘ったるい雰囲気が漂っていた。
「サラさん! 過保護すぎるよ! お兄ちゃんを甘やかさないで!」
サラはアキに「はい、あ~ん」と食事を食べさせていた。サラは目をトロンとさせ、頬を紅潮させ幸せいっぱいといった表情をしている。サラからすれば死んだと言われていたアキがやはり生きていて、待ち焦がれた久しぶりの再会なのだ無理もないだろう。
しかし、イチャイチャし過ぎだと妹である冬華は物申したのだ。
「あ、シルフィ、もう体の方はいいのか?」
アキはシルフィを見るなり心配そうに声を掛けた。特に不審なところはない。
『ええ、もうだいぶ良くなりました。ご心配をおかけしました』
シルフィは淡々とだが当たり障りのない受け答えをした。その対応だけで、まだ信じていないとわかってしまう。本物のアキに対するシルフィの接し方はもっと無遠慮で、感情をさらけ出している。こんなに堅苦しくはない。
アキは苦笑いを浮かべる。
「まだ俺の事信じてくれてないのか? さすがにちょっとショックだぞ」
アキは本当にショックを受けたように頭を抱えて肩を落として見せる。このオーバーアクションも不審なところはない、と思う。
「そうです! いい加減信じてください! アキがいなかったらお二人はやられていたのですよ!」
サラはなかなか信じようとしない二人にご立腹のようだ。
以前より二人からショックで心が病んでいると思われていることを知っていたため、自分はおかしくなどなっていなかったのだと、自分の方が正しかったのだと認めさせたいのだ。そしてアキを受け入れてほしいのだ。
怒ってはいるがサラはしっかりアキの腕に自らの腕を絡め寄り添うようにしている。
アキの腕にサラの豊満な胸が押し当てられ柔らかそうに形を変えているというのに、アキは平然としている。女ができて余裕ができたのだろうか? 少し釈然としないが、とにかく不愉快となり冬華は二人を引き剥がそうとする。
「くっ付き過ぎ~、は~な~れ~ろ~」
冬華は力ずくで引き剥がす。
「なんですか冬華さん、ヤキモチですか? 愛し合っている私たちを引き剥がそうとするなんてみっともないですよ? 妹なのですからお兄さんの幸せを考えてください!」
サラは正論を振りかざし冬華を黙らせる。正妻の権力をフルに活用してきている。まだ結婚もしていないのになかなかの迫力を見せつけた。
冬華はぐうの音も出ない様子で歯ぎしりをする。戦闘力は強くても女としてはまだサラには及ばないようだ。サラも男性経験があるわけではないのだが。
「おいおい、二人ともオレを争って喧嘩なんかするなよ。モテる男はつらいぜい。でもな、喧嘩なんかしててもつまんないだろ? オレは女の子には笑顔でいてほしいんだよ」
アキはすっとぼけたかと思うとそんなことを言う。
それは確かにアキが言いそうな言葉だったが、果たして冬華の前でそれを口にするだろうか? バカにされそうで言わないのではないか?
シルフィは疑問に思ったが、冬華はそこにアキの面影を見てしまった。
「う、うん。ゴメン、そうだよね。お兄ちゃんの幸せ考えなきゃね」
冬華は素直に引き下がった。冬華はこのアキを疑う気が薄れてきていた。
「こちらこそ言い過ぎました。すみませんでした」
サラも少し感情的になっていたと反省した。なぜここまで感情的になったのか自分でもわからないでいた。
二人が沈んだ表情になってしまいアキは声を上げた。
「はい! 沈んだ顔はダメ! 笑顔笑顔! 折角再会できたんだから笑顔でいなきゃ!」
アキは二人と肩を組み笑顔を見せる。
その笑顔につられるように二人の顔にも笑顔が浮かぶ。
「あはっ、そうだね、沈んだ顔は私のキャラじゃないよね」
「そうそう、冬華はアホキャラだからな」
「フフッ、そうですね」
「誰がアホだぁぁぁ!」
3人の顔が笑顔になる。
シルフィはこの光景を黙って見ていた。
(何なんですかこれは……)
冬華たちは出発することをサンディに告げ避難所を出ようする。
そこへセイムたちが見送りに来た。そこにはミイラ化から生還した者たちもいた。もちろんセイムの父も。
ちなみにセイムの父はカシムと言う。ダークブラウンの短髪でセイムを大人にし凛々しくした感じの男性だ。とはいえ今はまだ痩せ細っているのだけれど。
セイムも将来こんな感じになるのだろうかと冬華は想像していた。
「冬華、行っちゃうの?」
セイムは冬華はずっと一緒にいてくれるのではないかと思っていた。根拠はないがきっと冬華も、と。
しかし母から冬華たちの事を聞き一所に居続けることはないのだと子供心に気付いていた。
セイムは今生の別れなのかと思うほどに沈んだ表情をしている。
「そんな悲しそうな顔しないでよ~すぐに友達連れて戻ってくるんだから」
冬華は目線を合わせるため屈むと、セイムを宥めるように頭を撫で微笑みかける。
「ね、ねぇ冬華……」
セイムは震える声を漏らす。
「ん? なに?」
冬華はセイムの瞳を真っ直ぐに見る。
セイムは冬華の瞳を直視できず俯いてしまった。しかし勇気を振り絞るように手を強く握り込む。
セイムの後ろでセイムの両親が、特にカシムが「頑張れセイム! 男を見せろ!」と小声で応援していた。当然冬華には聞こえていない。そのカシムの気迫にセイラは苦笑いを浮かべていた。
冬華はそちらの盛り上がりの意味がわからず小首を傾げていたが、セイムが何かを言いたそうにしていたためセイムの言葉を待った。
そしてセイムは意を決したように口を開いた。しかしなにやら空回りしているようであらぬ方向から切り出した。
「お、オレ、責任を取ろうと思う!」
いきなりの宣言に冬華は意味がわからず惚けてしまう。
「え? 責任って? いきなりどうしたの?」
「うん、責任。冬華の裸見ちまったからな。だ、だから冬華はオレがもらう! オレの嫁さんになってくれ!」
セイムは子供のくせになかなか男らしくプロポーズした。セイムははじめての愛の告白がプロポーズになるとは夢にも思っていなかった。はじめてにして、はじめての一世一代の大勝負に出たわけだ。
冬華はこの世界に来て二度目のプロポーズを受けた。ひょっとしてモテキ到来? 私の時代が来た!? などと意味不明な思考が働いていた冬華はしばらく硬直していた。
そしてセイムの真剣な言葉を噛みしめるため脳内でセイムのセリフをリピート再生した。
「冬華はオレがもらう! オレの嫁さんになってくれ! 冬華はオレがもらう! オレの嫁さんになってくれ! 冬華はオレがもらう! オレの嫁さんになってくれ! ……」
どうやら最初の部分はカットされたようだ。
冬華はまたしてもキュンとしていた。子供なのに男らしい所を見せてくる。まさにギャップ萌え! 冬華は自分がギャップに弱いということに今はじめて気づいた。あくまでも子供限定ではあるが。
「あ、あの、冬華?」
硬直して動かなくなった冬華を心配してセイムは声を掛けた。
ひょっとして迷惑だったのかと思い不安で胸が苦しくなったが、それを振り払うように言葉を重ねた。
「冬華を守れるくらい強くなるから! だから!」
そんな不安そうにしつつも必死に言葉を紡ぐセイムの姿に冬華はまたもキュンとする。
しかし冬華は大人として大人の対応をしようと心を落ち着かせる。
「ありがとセイム。でもね、セイムはまだ10歳、結婚できる年になる頃には私もそれだけ年とってるんだよ? おばさんだよ?」
セイムが仮に18になったとしても冬華は23、まだ20代前半である。決しておばさんではない。シルフィは突っ込んでいいものかと悩んだが、ここは空気を呼んで黙っていようと決めた。
そして空気を壊してでも突っ込むであろう人物を心配しチラリと見たが、彼もだんまりを決め込んでいるようすだった。
不審に思っているシルフィをよそに冬華は話を続けている。
「それに、これから私よりもっと素敵な女の子が現れるかもしれない、私になんて縛られてちゃ勿体ないよ」
冬華は優しく微笑む。「自分より素敵な女の子なんていないだろうけどね」などと心の中で思っているとは思えないいい笑顔を見せている。
しかし嘘を言っているわけでもない。人は心変わりをする生き物だ。不変の愛情なんて曖昧なものが本当に存在するのかも怪しい。身内に対する親愛なら話は別だけれど。
だから冬華はそういう大事な決断はじっくり考えるべきだと思っている。セイムのように若すぎるうちに出していい決断ではない。
「そんなことない! 冬華よりもいい女なんていない!」
セイムは言い切った。意地になっているのかと思えるほどの勢いだったが、目は真剣そのものだった。
冬華は困った表情をする。
冬華は緩みそうな頬を必死に抑えていた。実は嬉しかったのだ。いい女なんて言われたのははじめてかもしれない、自分ではそう思っていても誰も言ってはくれない。シルフィは言ってくれるけれど。
冬華は頬の緩みを抑えきれなくなってきた。そして感情も……
冬華はセイムを抱きしめた。やはりかなり嬉しかったようだ。よく抑えていた方だとは思うが、この行動が人に勘違いさせる要因になっているのだが冬華は気付いていない。
セイムは驚きで硬直し顔を赤くしている。
冬華の香りがセイムの鼻腔をくすぐり、セイムの鼓動は早くなる。
冬華はセイムの耳元囁く。
「ありがと、フフッ、そんな事言われたのはじめてだよ」
チュッ
冬華はセイムの頬にキスをした。
冬華はセイムを真っ直ぐ見ると微笑み、セイムは頬に手を当てボーッと冬華の微笑みを見ていた。
「今のはお礼だよ。セイムが大きくなってまだ同じ気持ちだったらその時にもう一度言って。真剣に考えるから。もちろんそのころまでには私より強くなってなきゃダメだよ」
冬華は優しく難題を吹っ掛けると立ち上がる。
冬華はセイムの感情が一時的なものだとわかっていた。男の子特有の年上女性に対する憧れ。昔アキが近所のお姉さんに同じような事を言われていたのを思い出した。今のセイムはあの時のアキと同じ顔をしている。いつか、いい思い出として心に刻んでくれたらと冬華は願っていた。
「うん! オレ、冬華にふさわしい男になって冬華を迎えに行くよ!」
セイムは赤い顔のままそう言った。本気で言っているようだ。
それが何だか可愛らしく思い冬華は微笑んで答える。
「フフッ、期待してるよ。じゃあ、またね」
冬華はセイムに手を振り、そして頬が引き攣った。セイムの両親が後ろに控えているのを冬華はすっかり忘れていた。冬華が気まずい笑顔で会釈すると、セイラたちは笑顔で会釈してくれた。セイムのプロポーズに付き合ってくれたことに対する礼だろうか。すべてわかっているように笑っている。
冬華は見透かされているようで恥ずかしくなった。
「じゃ、じゃあ行こっか」
冬華は恥ずかしさを隠すように声を上げ、セイムたちに見送られながらその場をあとにした。
「んふふっ、いい女って言われちゃった」
冬華は嬉しそうに自慢する。本当に嬉しかったのだとその笑顔でわかる。
『よかったですね』
シルフィは嬉しそうな冬華を見て微笑む。
「どう? 私だってモテるんだからね」
冬華はアキに向けてドヤ顔で言った。「あんたの妹がどれだけいい女なのか見るがいい」とばかりに胸を張る。
「フフッ、冬華さんは本当にモテますからね」
サラは冬華へ好意を寄せる面々を思い浮かべながら微笑んだ。
「そうなのか? それはすげぇな。やるなぁ冬華」
アキは本当に感心したように微笑んで言った。
しかし、冬華は拍子抜けした。いつもなら「お前のどこがいいんだか。あいつはお前の本性を知らないんだ」とか「べ、別に羨ましくなんかないんだからね」とか「けしからん! 兄を差し置いて許しません!」とか言うはずだと訝し気に見る。
「ん? どうした冬華?」
アキは褒めてやったのに何でそんな不思議そうな顔をしてるのかと首を傾げている。
「ううん、何でもない」
「そうか?」
アキはサラに寄り添われながら先を歩いて行く。
その後ろ姿を見て冬華はシルフィの腕を掴んだ。特に意味があったかはわからない。無意識の行動だっただけに、直観的に何かを感じたのかもしれない。
冬華はアキが妹離れしていく寂しさを感じていた。
シルフィはそんな冬華を見て違うことを考えていた。
人間のできていないアキにしてはうまく立ち回り過ぎていないかと。
シルフィは疑念を抱きながらアキの背中を見ていた。
モテキなんてきた覚えがない。ありますか?




