セイム
セイムはサンドガーデンに仕える兵士の父と、魔法士の母の間に産まれた10歳の男の子だ。
父は警護任務でオアシスの村に来ていたそうだ。本来なら単身赴任として来るはずだったのだが、将来城に仕えるつもりのセイムも父の仕事ぶりを見るため付いて来ていた。
そんな折、城から知らせが届いた。魔物の襲撃を受けているとのことだ。兵士たちは最小限の警護兵を残し城へと戻った。父も一緒に戻りたかったが、残った者たちの指揮を執れるものが必要だからと残されていた。父は母を心配しながらも任務をこなしていた。
数日後城から避難民がやってきた。
城から各地の村へ避難せよとの命が下り国民たちはチリジリに避難した。その為城がどうなったのかはわからなかった。
その後避難民たちを追ってきた魔物がオアシスを襲った。
警護兵たちは魔物を迎え撃ったが、残っていた兵力では相手にならず、押し込まれてしまい結界は破られた。
村人たちが襲われていく中、セイムは近所のおばちゃんたちと共に避難所へと逃げた。
しかしその途中でも魔物に襲われ、村人の数は徐々に減っていった。避難所へ着く頃には村の人口の三分の一にも満たない人数になっていた。
セイムは父との約束を守るため母を助け出そうとする。父からは「もしもの時はお前が母を守るんだぞ」と約束していたのだ。
しかし、子供のセイムに武器など渡してくれるはずもなく、どこかで調達する必要があった。
セイムが避難所を離れたところに、丁度良く武器をを持った3人組がやってきた。それが冬華たちだった。
武器を譲ってもらうにもお金を持っていなかったセイムは、こっそり武器を借りようとした。もちろん母を助けたら返すつもりだった。
セイムは様子を見てチャンスを待った。
その時、女の一人が服を脱ぎだし全裸になった。セイムは何がはじまったのかと高鳴る鼓動を抑えようと岩陰に隠れた。しかし武器はすぐそこにおいてある。今がチャンスである。
セイムは心臓の高鳴りを落ち着かせると気付かれないように近づいた。その間にもなんだかエッチな声が聞こえてきたが、セイムは顔が熱くなるのを自覚しつつも武器へと手を伸ばしたのだ。
そして今に至る。
セイムはこれまでの経緯を話した。最後の3人組辺りからは話を濁していたが……
「それで武器が必要だったのですか」
サラは同情するように呟いた。
『だからと言って盗みはダメでしょう。仮にも城に仕える者の子供なのだから』
シルフィは呆れるように言う。
「わ、わかってるよ。後でちゃんと返すつもりだったんだ。でも、母ちゃんを助け出すためにはどうしても武器が必要だったんだ」
悪いと思っていた為セイムは俯いてしまう。
「じゃあ、お父さんはもう……」
冬華はお父さんはすでに亡くなり、代わりにセイムがお母さんを助け出そうとしているのだと思った。そして、セイムを気遣うように手を差し伸べる。
「父ちゃんは生きてる! 父ちゃんは最強の剣士だ! あんな魔物に負けるわけねぇ!」
セイムは冬華を睨みつけ声を上げる。
明らかに希望的観測であるが、信じている子供を傷つける必要もない。
「そっか、そうだね。……じゃあ、私たちでお父さんより先にお母さんを助けてビックリさせちゃおう!」
冬華はセイムを助ける気でいるようだ。失うことの辛さを知る冬華はこの子にこれ以上大切なものを失ってほしくないと思ったのだ。
「おう! ってねぇちゃんたちも付いてくるのか?」
セイムは驚いて、のたうつ。セイムはまだ、水の触手に絡めとられたままだった。
「あ、ごめんごめん、すぐ解くね」
冬華が指をパチンと鳴らすと水の触手はただの水へと戻る。
セイムは体を起こすと冬華を見る。
「あ、ありがとう。じゃなくて! ねぇちゃんわかってんのかよ魔物が相手なんだぞ! 女のねぇちゃんじゃ危険なんだぞ!」
セイムは本気で心配しているようだ。さすがは兵士を目指しているだけはある。冬華は少し感心した。
「ふふん、散々ペチャパイ呼ばわりしても私を女と認めてくれるんだ?」
冬華は少し嬉しそうに言う。
「あ、当たり前だろ!」
「だよね~私の裸しっかり見てたもんね~顔赤くしながら」
冬華はからかうように言った。
「み、見てねぇし、赤くなってねぇし!」
セイムは冬華の裸を思い出し顔を赤くする。
「今超赤くなってるじゃん! 思い出しちゃった? かっわいいの~このマッセガキ~」
冬華は楽しそうにセイムのおでこをツンツンする。
「やめろよ~」
セイムは冬華の手を払いのける。
『冬華、遊んでないで早く行動しないと』
「あはは、そうだね。サンドガーデンってどの辺?」
冬華はセイムの頭をワシワシしながら訊ねた。セイムは鬱陶しそうにしている。
「砂漠に出て南東へ真っ直ぐ行った辺りです」
サラが地図を広げて答える。
「ん~オアシスは?」
「このまま真っ直ぐ東ですね」
冬華はしばし考えると、セイムを見た。
「セイム君……君? 言い難いな、セイム、どっちに行きたい?」
冬華は一々言い直した。
「呼び捨てかよ! いやいや、だからねぇちゃん付いてくるのかよ!?」
「うん、手伝ってあげる」
冬華は微笑んで言う。
「危険だって言ってるだろ!」
セイムはわかっていない冬華に声を上げる。
「危険になったら最強の剣士様の息子が守ってくれるでしょ?」
冬華は笑顔を崩さずに言った。セイムは冬華が自分を信じてくれているのだと思った。
「お、おう。そんなの当たり前だろ! 剣士は弱い者を守るために戦うんだからな」
セイムは胸を張って言った。
「ンフッ、じゃ行こっか」
「おう!」
セイムはまんまと乗せられた。冬華はシルフィとサラに向けブイサインを見せつける。
『ハァ、それでどちらに向かうのですか?』
シルフィは溜息を吐くと訊ねた。
セイムは俯くと呟いた。
「お、オアシスに……」
やはり父親が心配なのだろう。
冬華はセイムの頭をワシワシする。
「じゃあ、オアシスに向かってしゅっぱーつ!」
冬華は元気よく拳を突きあげた。
「……」
しかし全員ノリが悪かった。
イヤ、シルフィは拳を握り込みはしていたが、サラとセイムがいた為思いとどまった。
サラとセイムは意味がわからず、ただ拳を突きあげる冬華を見ていた。
「ところでセイム~」
冬華が隣を歩くセイムに話し掛けた。
「ん?」
セイムは冬華を見上げる。
「セイムじゃその剣大きすぎると思うのよねぇ、だからこっちのダガーと取り替えない?」
冬華はダガーを抜きセイムに見せた。
「え~そんな小さいのじゃ戦えねぇよ。それはねぇちゃんが護身用に持ってろよ」
セイムは「オレがちゃんと守ってやるからよ」と言わんばかりに冬華をあしらった。
「でも長いと危ないよ?」
「大丈夫だよ! 父ちゃんに剣の稽古つけてもらってたからさ。筋がいいって褒められたんだぜ」
セイムは得意げにそういうと素振りをして見せる。少し足元がふらついていた。
「へ~」
冬華頬を引き攣らせる。
『(はっきり言ったらどうですか? あなたの腕では使いこなせないと)』
シルフィが冬華へと耳打ちする。
「(ん~自信喪失させちゃうのも可愛そうじゃん、せっかくやる気出してるんだし)」
冬華が困ったようにシルフィへ耳打ちする。
「(私の剣をお貸ししましょうか?)」
サラが冬華へ小声で言ってきた。
「(ありがと、でもいいよ。それだとサラさんが丸腰になっちゃうし、それってサラさん専用に造られた剣でしょ? 他人が使うと変な癖とかついちゃうかもしれないからよくないと思う。まあ、最悪私は一刀でもいけるから)」
冬華はただその一刀がダガーだということで落ち着かないだけだった。
砂漠の入り口へと差し掛かると後ろから声を掛けられた。
「セイム君!」
セイムが声の方へと振り向く。
「あ、おばちゃん!」
「もう、心配したんだよ。お父さんからあんたの事頼まれてたから」
おばちゃんはセイムが無事で胸を撫で下ろした。
「ごめんよ、心配させて」
「いいんだよ無事なら。それより早く避難所へ行くよ。お父さんからあんたが見つかったら一緒に避難所に隠れているようにって言われてるんだ。そちらの方たちも一緒に」
おばちゃんはそういうとセイムの手を取り歩き出そうとする。
しかしセイムは動かずに口を開いた。
「父ちゃんが来てたのか!?」
「ああ、そうだよ。でもすぐに城へ向かっちまったよ」
「父ちゃん……」
セイムは涙をこらえて嬉しそうにしている。
「よかったね」
冬華はセイムの背に手を添え微笑んだ。
「オレの言った通りだろ? 父ちゃんがあんな魔物にやられるわけないんだって」
セイムは年相応の笑顔で答える。
『ではこれからどうしましょうか。オアシスへ向かう必要もなくなりましたし』
「ん~」
冬華とシルフィが話しているとおばちゃんが声を上げた。
「何を言ってるんだい! 避難所に隠れるんだよ! ここらにはまだ村を襲った魔物がいるんだ。そんなところをあんたたちみたいな女子供が行ったらすぐに殺されちまうよ!」
おばちゃんはすごい剣幕でまくし立てた。これが一般的な反応なのだろう。
しかし冬華は軽く返す。
「あ、だいじょぶだいじょぶ。そんなに簡単に殺されないから。ねぇ?」
冬華はセイムへと向けて言った。
「お、おう。俺にはこれがあるからな」
セイムはショートソードを掲げて見せると、太陽の光を反射しキランと光る。あたかも伝説の剣を手に入れた勇者のようだ。もちろんただのショートソード、何の効果も付与されてはいない。
「そんな危ない物、子供が持つ物じゃないよ! あんたたちが持たせたのかい? この子を殺すつもりかい!? いい迷惑だよ、やめとくれ!」
冬華たちはとばっちりを受け叱られた。
「ち、違うよ、これはオレが借りた……」
キシャァァァァ
セイムが言い終わる前に何かの威嚇するような声が聞こえてきた。
振り向くと砂漠の中から一体の巨大な魔物が現れた。その姿は巨大なサソリだった。
「意外と定番なのが出てきたね」
『そうですね』
冬華とシルフィが呟いている中おばちゃんは取り乱し腰を抜かした。
「あわわわわわ」
「ま、ま、ま魔物!? オアシスを襲ったやつだよ!」
セイムが巨大サソリを指差し言った。
「へ~こいつが……」
冬華はまわりを確認する。
「一体だけ?」
『そのようですね。すぐに倒しましょう』
「うん」
冬華とシルフィはすぐに動き出した。
「サラさんは二人を」
「は、はい!」
冬華とシルフィは巨大サソリの注意を引き付けながらおばちゃんたちから距離を取る。
「んじゃ行きますか!」
『ええ!』
冬華はダガーを抜くと駆け出そうとする。
巨大サソリもそれに反応し、爪で冬華を挟み取ろうとする。
「そんな、見え見えな……」
冬華が余裕で躱そうとしたとき、
「あぶねぇ!」
「うわっ!?」
セイムが冬華を庇うように飛びついて来た。
冬華はセイムに押し倒される形となった。
セイムは小さいなりに冬華に覆いかぶさり冬華を守ろうとする。
巨大サソリの爪は丁度その上を通過した。
「だ、大丈夫か?」
セイムは顔を上げると冬華の安否を確認する。
「え? うん」
冬華は生返事をする。
「よ、よし!」
セイムは立ち上がるとショートソードを構える。
「冬華はオレが守る!」
「!?」
セイムはそう叫ぶと震える足で巨大サソリへと向かって行った。
『冬華?』
動かない冬華を不思議に思いシルフィは声を掛けた。
「うん、今のはちょっとキュンときたかも……フフッなんてね」
冬華はセイムの背中を見て微笑んだ。
『そんな事より、放っておくと殺されますよ』
シルフィは冷静に指摘した。
セイムは本気で斬りかかって行った。
「うおぉぉぉぉ!」
ガツッ
しかし、セイムの剣は巨大サソリには硬くて通らない。普通のサソリをそれほど硬くはないはずなのだが、魔物化し大きくなった分だけ強度も増しているようだ。
「うわっ!?」
サソリの甲殻に弾かれセイムは尻餅を突いた。
「弱いくせに私の為にがんばっちゃって……可愛いなぁもう」
冬華はダガーを握り直す。
「私もちょっとがんばっちゃおっかな!」
尻餅を突いたセイムへ巨大サソリの爪が迫る。
「う、うわぁぁぁぁ!」
セイムは涙目になり叫んでいた。
「はあぁぁぁぁぁ!」
ザシュッ
ギシャァァァァ
巨大サソリの爪が斬り落とされ、叫び声が上がる。
そして、セイムの前に冬華がスタッと着地した。
その左手には水を纏ったダガーが握られている。
「セイム、よく頑張ったね。……もう、泣くんじゃないの! 男の子でしょ」
冬華はセイムのおでこをコツンとつつく。
「と、冬華?」
セイムは放心状態で呟く。
「呼び捨てにすんな~」
冬華は落ちているショートソードを足で器用に蹴り上げると右手でキャッチする。
「ちょっと待っててね。すぐ終わるから!」
冬華はショートソードにも水を纏わせ水の剣の二刀を構える。
巨大サソリは恨みを晴らすようにその針を突き下ろしてきた。
「フッ!」
冬華はそれを右の水の剣を伸ばし巨大サソリの尾を斬り上げ縦に両断する。
ギシャァァァァ
巨大サソリの針は二つに分かれブラブラとしている。
巨大サソリは痛みと怒りで我を忘れたのか、暴れ狂いはじめ砂埃が巻き上がる。
「チッ、砂埃がウザッ」
冬華は舌打ちをすると跳び上がり左の水の剣を投擲し、巨大サソリが暴れられないよう地面へと縫い付けた。
ザクッ
そして、巨大サソリが叫び声を上げる前に右の水の剣の出力を上げ突き下ろした。
「水連華!」
冬華の水の3連突きはサソリの頭部を貫き、尾の付け根を貫き、心臓を貫いた。そこから順次血の花を咲かせるはずだった。サソリの胴体を水面に見立て、綺麗な血の花を3度咲かせる予定だったのだが、噴き出たサソリの体液はそれほど綺麗には咲かなかった。ただ、体液を飛び散らせ絶命しただけだった。
折角睡蓮をもじって名付けたのに今一な結果となり冬華はガッカリし、名付けたのが少し恥ずかしくなった。
着地と同時にシルフィへ視線を向け苦笑いを浮かべて呟いた。
「なんかイメージと違った」
『なんのイメージですか?』
シルフィは何のことかわからず首を傾げていた。
「す、すげぇ……すげぇよ冬華!」
セイムは興奮したように冬華へ詰め寄り声を上げた。どうやら水連華がお気に召したようだ。
「そ、そう? ふふん、私に惚れんなよ」
冬華は胸を張りニシシと笑う。褒められて調子に乗っているようだ。
『さて、あの人も無事のようですし、避難所へ送り届けたら城へ向かいますか?』
シルフィはそういうと、サラのもとへと向かう。
「うん、そうだね」
冬華は頷くとソートソードをセイムへ渡す。
「え?」
「ん? なに?」
不思議そうに冬華を見上げるセイムに冬華は小首を傾げた。
「剣貸してくれるの?」
セイムは「あんなすごい力を秘めた剣を貸してくれるの?」と言いたげな表情をしている。
冬華はただの剣だと知っているしそう言ったはずだから、セイムが何を考えているのかわからなかった。
「ん? お母さんを助けるのに必要なんでしょ? それまで貸してあげるよ」
「……うん!」
セイムは表情を引き締めると力強く返事をした。
「これで今度こそ冬華を守ってやるからな!」
セイムはニカッと笑って言った。
「そういうのはもう少し強くなってからいいなよ」
冬華はセイムの頭をワシワシする。
セイムは鬱陶し気に冬華の手を払いのけようとする。
そんなじゃれ合う二人をシルフィは微笑んで見ていた。
「あんた、強いんだねぇ。たまげたよ」
おばちゃんが驚きの声を上げる。
「ふふん、まあね」
冬華はまたしても調子に乗った。
『調子に乗らないの。さ、早くこの人を避難所へ送り届けましょう』
「は~い」
冬華たちはおぼちゃんを送り届けると、そのまま城へと向かった。
10歳ってこんな感じだっけか?




