水浴び
ローズブルク、モルデニア、サンドガーデンへと別れるT字路をサンドガーデン方面へと向かうと、次第に緑が少なくなり、岩肌や砂が増え景色が寂しくなってくる。気温も上がり空気も乾燥してくる。
『大丈夫ですか?』
危険地帯を過ぎいつもの調子を取り戻したシルフィはようやくまわりが見えるようになってきていた。
「暑いよ!」
冬華は暑さに参ってきているようで機嫌が悪い。
「先に進むとさらに暑くなっていきますよ」
サラが汗を拭いながら知りたくもない情報を教えてくれた。
冬華はうんざりしたように座り込む。
「もうヤダ、やっぱりコウちゃんに来させればよかった~」
『子供みたいなこと言わないでください』
「私子供だもん!」
『こんな時だけ子供にならないでください。いつもは子供扱いされるのを嫌がるくせに』
シルフィは呆れたように冬華を見る。
「それはそれ、これはこれよ」
冬華はプイッとそっぽを向いた。
その向いた先から魔物がノソノソと出てきた。
「あ、魔物だ……」
砂が盛り上がったようなふくらみに目と口が付いたような魔物、サンドマン。大きさ的にはバスケットボールくらいだろうか。これが成長すると人型にまでなるらしいが、今はまだ成長してないザコ魔物だ。ただ群れで現れただけで大した脅威ではない。
冬華は座ったまま指鉄砲の照準を合わせると魔法を連続で放った。
「水の弾丸」
サンドマンは水の弾丸が当たるたびに破裂していく。
飛び掛かってくるものもいたが、シルフィが風の魔法で弾き返していく。
『冬華、横着してないで立ちなさい』
シルフィ母親のように小言を言った。
「は~い」
冬華は渋々立ち上がった。
「ブッ!?」
丁度立ち上がったところへサンドマンが吐き出した砂の塊が冬華の顔に直撃した。
『冬華!?』
「ぺっぺっ、大丈夫。少し目に入ったけど大した威力じゃないから。……ただ口の中がジャリジャリするし、顔がザラザラする~」
どうやら今の攻撃は目つぶしが目的だったようだ。
しかし、今の攻撃は冬華の機嫌を損ねることとなった。
『横着するからです』
シルフィがヤレヤレといった感じに呟いた。
「う~~ムカツクゥゥゥッ!」
冬華は暑さと砂のジャリジャリとザラザラでイライラが頂点に達し、八つ当たりを開始した。
冬華は飛び出すとショートソードを抜き水を纏わせ水の剣にすると、正面のサンドマン共を薙ぎ払った。
飛び掛かってくるものは水の弾丸で撃ち抜き、サンドマンの群れを蹂躙していく。
『ハァ、何をしてるんだか……』
シルフィはあんなザコ相手にムキになっている冬華を呆れたように見ていた。
サラは呆気にとられただ見守っていた。
蹂躙はすぐに終わった。ザコ相手なのだから当然なのだが、冬華はぐったりとして戻ってきた。
「暑い……汗でベトベト、砂でザラザラ、シャワー浴びたい」
冬華は一人ごちる。
『あんなの相手にムキになるからですよ』
「だってあいつらムカつくんだもん。それよりどっかに水浴びできるところないの?」
冬華はキョロキョロと水場を探しはじめる。
「川まで戻るか、先へ進んでオアシスに行くしかないですよ」
サラが水場の情報を教えてくれたが、すぐさまそのうちの一つは却下された。
『戻るのはダメです! 先に進みましょう!』
シルフィが戻るのを猛反対した。川のある場所と行ったらあの村の近くである。シルフィはトラウマに悩まされるのは嫌だった。
「え~オアシスって、まだ砂漠にも入ってないんだよ~」
「そうですね、まだまだ先ですね」
サラは他に水場がないか地図を広げて探してみる。
「やはり、一番近いのは村の近くですね」
サラが地図を見ながら呟いた。
「じゃあ……」
『それはダメです!』
シルフィが速攻で拒否した。
『そうだ! 冬華が魔法で水を出せばいいんですよ! せっかく水使いなのですから使わないのは勿体ないですよ』
シルフィは戻らないためなら何でも使う勢いで言った。
「あ、そっか、その手があったか」
冬華も手を打って賛同した。
『そうと決まれば水を溜める器が必要ですね』
「器かぁ……」
ここには岩や砂しかなかった。
「何もないですね」
サラが呟いた。
『わ、わかりました。私が風の魔法で水を受けとめておきましょう、その間にお二人は水浴びをしてください』
シルフィは戻らないためならなりふりなど構っていられなかった。
「え、私もいいんですか?」
『サラさんも水浴びしたいですよね?』
「え、それは……はい」
サラは申し訳なさそうに頷いた。
「でもそれだとシルフィが水浴びできないじゃん」
冬華は自分たちだけじゃなくシルフィとも水浴びがしたかった。
『私は汗なんて掻きませんし、汚れてもいませんから。特に暑さも感じませんし』
「そういうことじゃないのに……」
冬華は不満そうな顔をする。
『ん?』
シルフィは小首を傾げた。
『いいから早く準備しましょう』
そういうとシルフィは竜巻をすり鉢状に発生させ、冬華は魔法で大気中の水分を掻き集め雨のように降らせて水を溜めていく。
ただ、竜巻と言うことで底から水が抜けていってしまった。
「……」
『こ、これならどうですか?』
シルフィは底を塞ぐように岩の上に竜巻を発生させた。
冬華は再び水を溜めはじめる。
「うん、これなら何とかよさそう。少し漏れてるけど」
『じゃあ、抜けないうちに浴びちゃってください』
「は~い」
冬華は服を全部脱ぐと水の中へと飛び込んだ。
「ヒャッホー!」
ドッパーン
「アッハハハッ! 気持ちいい! ほらサラさんも早く!」
冬華は髪を掻き上げるとサラを手招きする。
「え!? 全部脱ぐんですか?」
サラは戸惑い躊躇する。
「いいじゃん女同士なんだし、こういう時は裸の付き合いでしょ! やっぱり」
冬華は縁に掴まり親指を立てて言った。しかしこれは竜巻の器、冬華はグルグルと回っていた。
『冬華、縁に掴まると目を回しますよ』
「は~~い」
サラは躊躇していたが観念し、恥ずかしそうに服を脱ぎ始めた。
「サラさん、その脱ぎ方なんかエロいね」
サラが服を脱いでいるのを黙って見ていた冬華が呟いた。
「み、見ないでください!?」
サラは服で体を隠し声を上げた。
「いいじゃん、誰に見られても恥ずかしくない体してるんだから」
冬華は「どこに出しても恥ずかしくない愛娘」みたいな娘を溺愛するお父さんのようなことを言う。
「恥ずかしいですよ!」
サラはそそくさと水の中に入った。入水時もやはり色っぽい。
冬華はじーっとサラの体を見ると一点に目が止まりそれを凝視した。
「な、なんですか?」
サラは体を隠すようにして訊ねた。
「やっぱりおっきいね……」
冬華は自分のと見比べて肩を落とした。
「そ、そんな事ないですよ。冬華さんもこれから大きくなりますよ」
「そうかなぁ……」
冬華は自らの胸に手を当て、寄せて上げてを繰り返す。
「む~(谷間はどこに)……!?」
冬華は縁に掴まりぐるっと回るとサラの後ろへと回り込む。
「ンフッ、えい!」
冬華はおもむろにサラの胸を後ろから鷲掴みにした。
「きゃっ!?」
「わっ!? すごっ! なにこれ柔らかい! 指の間からはみ出ちゃうじゃん」
冬華は思うがままにサラの胸を揉みしだいた。
「わ~スベスベで張りもあるよ~」
「ちょっ、冬華さん! いきなり何を! アッ、ン」
サラから艶っぽい声が漏れ始める。
「うわぁ、サラさんその声すっごいエロいよ~」
冬華は面白がり手の動きがエスカレートしていく。
「ちょっ、やめっ、あ、ンッ ダメッン」
サラは恥ずかしさで体を丸めていく。
冬華はわぁわぁと楽しそうだ。
「も、もう、やめてください!」
サラは冬華の魔の手から逃れ距離を取り、ウ~と唸るかのように冬華を睨む。
睨んでいるのだが、頬が紅潮しているため可愛らしく見えてしまう。
「あはは、ごめんねぇ。揉み心地が良くてつい調子に乗っちゃって」
冬華は手をニギニギしてまだ物足りなさそうにする。とても謝っているようには見えなかった。
「もう、なにを考えてるんですか!」
「ほら、人に揉まれると大きくなるって言うじゃん。サラさんもお兄ちゃんに揉まれたのかなと思って」
「な、ななな、何を言ってるんですか! アキにはまだ揉まれていません!」
サラは動揺を隠せない様子で声を上げた。
「あはは、だよねぇ、お兄ちゃんだもんね……」
(まだ、か……)
冬華の顔は笑っていたが目は笑っていなかった。
シルフィも同じようにサラを見ていたが、他の気配にも注意を向けていた。
先ほどからこちらに近づいてくる気配を感じていた。
そして岩陰に人影が見えた気がした。
『誰ですか!』
シルフィは声を上げた。魔物の気配ではなかったため攻撃は控えた。
そのシルフィの声で何者かがいると気付き、サラは体を隠すように身構え、冬華はシルフィの視線の先へと注意を向ける。
その人影は冬華のショートソードを掴むとすぐに逃げ出して行った。
シルフィはその人影を目撃すると呟いた。
『子供?』
「あー! 私の剣!」
冬華は声を上げると、水から飛び出しその人影を追おうとする。
『こら冬華! 服着なさい!』
冬華はローブだけ羽織ると追いかけて行った。
「こらーっ! 待ちなさいよ、このクソガキ!」
人影は止まる気配を見せない。岩の合間をすり抜けるように逃げていく。
「止まらないと酷い目にあうわよ!」
人影はピクリと反応したが、やはり止まらない。止まったからと行って酷い目にあわないとは限らない。そう思ったのだろう。
「もう、仕方ないなぁ!」
冬華は人影の足元へと手をかざすと、魔法を放った。
「水の束縛!」
人影の足元から水が湧き出ると触手のような形状になりその足を絡めとる。
人影は両足を拘束され、ゴロゴロと転げる。
水の触手は人影の体にまで絡まっていき人影を完全に拘束した。
「くっそーっ! 放しやがれ!」
声からしてやはり子供のようだ。
「はぁ、やっと捕まえた」
水の触手に絡めとられ地面に転がる子供は、小麦色に焼けた肌にダークブラウンの長髪を後ろで束ねた可愛らしい男の子だった。
冬華は地面に転がる男の子の前に仁王立ちし、ビシッと指を差して言い放った。
「人の物取っちゃダメでしょ! さっさと返しなさい!」
男の子は冬華を見て絶句する。
「な、なな、なんて恰好してんだねぇちゃん!」
冬華は全裸にローブを羽織っただけで前は閉じずに仁王立ちしている。当然丸見えだった。
「ふんっ! このマセガキ! ガキに見られたって恥ずかしくもなんともないわよ!」
冬華は男らしく堂々としている。
『あなたは少しは恥ずかしがりさい。女の子なんですよ、まったく』
冬華の荷物を持ったシルフィが追い付いて来た。
その後ろにはちゃんと服を着たサラも付いて来ている。まだ濡れているため髪が肌に張り付いていた。
サラは冬華の男らしい姿を見て声を張り上げた。
「冬華さん前隠して!」
サラは冬華のローブの前を閉じた。
『とにかく冬華は服を着なさい。話はその後です』
シルフィは冬華の顔へ服を抛った。
「はいはい、(もうシルフィは私のお母さんなの?)」
冬華は顔に掛かった服を掴みブツブツ言いながら着替えはじめた。
「ちょっ!?」
冬華が普通にローブを脱いで着替えをはじめるものだから、サラは慌てて自分のローブで壁を作り、冬華の裸を隠した。
『私は冬華の保護者ですよ』
シルフィは地面に転がる男の子から目を離さずに訂正した。
冬華は着替えを終えると、また子供の前で仁王立ちする。
「ほら、早く返しなさい!」
「イヤだ!」
男の子はショートソードを抱きかかえて放さない。水の触手にショートソードごと絡めとられているため放したくても放せないのだけれど。
『ほどいてあげないと返せないでしょう』
「ダメだよ、ほどいたらまた逃げちゃうじゃん。ちゃんと返す意思を見せてからじゃないと」
意外と考えているのだとシルフィは感心した。
「子供が持つには危ないから、ね」
冬華は変化を付け優しく言ってみた。
「ねぇちゃんだって子供だろ!」
「私のどこが子供なのよ!」
冬華はさっきの優しさは微塵も感じられないほど怒声を発した。
『さっき自分でも子供だって言ってましたよね』
シルフィが冷静に突っ込んだ。
「ふん、このペチャパイ」
男の子は鼻で嗤うと言ってはならないことを言った。
「な、な、なんですってぇぇぇ! 私のはこれからおっきくなるのよ! サラさんだってそう言ってたもん!」
冬華はサラの胸を指差し言い放った。
「無理だろ~、そのねぇちゃんのは産まれついてのもんだろ。ねぇちゃんのは……残念だけど望みはないと思うぜ」
冬華は男の子に絶望を突き付けられた。
「ウソだぁぁぁ! サラさん嘘だよね? まだ希望はあるよね?」
冬華はサラに縋るように訊ねる。
「え? は、はい。きっと大丈夫ですよ。たぶん。そ、それに冬華さんは今のままでも全然モテてるじゃないですか。結婚を申し込まれたって聞きましたよ」
サラはなんとか話を逸らそうと試みる。
「そんなのはどうでもいいのよ! 今は胸の話よ!」
冬華は頑なに胸に固執する。サラの試みは失敗に終わった。
「お、大きくてもいいことないですよ。肩は凝るし、足元は見難いし、男性にはイヤらしい目で見られるし、いいことないですよ?」
サラは大きいことのデメリットを話すことで、冬華の大きさへのこだわりを捨てさせようとした。ハッキリと無理だとは言いだせないようだ。
「自慢話だぁぁぁぁぁ! サラさんみたいに持つ人には持たない者の悩みはわかんないんだぁ」
冬華はシルフィへと泣きついた。
「え~」
サラは茫然と立ち尽くした。
『はいはい、話が逸れてますから、少し黙っていましょうね』
シルフィはやんわりと冬華を黙らせると、男の子へと語り掛ける。
『あまりうちの子を刺激しないでもらえますか。暴れ出したら手が付けられなくなりますから』
シルフィは淡々と言った。それがかえって怖く聞こえたようで、男の子は黙り込んでしまう。
「私そんな凶暴じゃないよう」
冬華は不服そうに呟く。
「さてと、冗談はここまでにして、私は冬華、こっちはシルフィで、あのでっかい胸の人はサラさん」
冬華は気を取り直して自己紹介をするが、冗談と言っておきながらしっかり根に持っていた。
「なんですか、その紹介の仕方は!?」
サラはさすがに突っ込んだ。
「キミの名前はなんてーの?」
冬華は微笑みかけた。
「セイム」
冬華のその自然な感じに、セイムは毒気を抜かれ素直に名乗っていた。
「ふ~ん、セイム君か。なかなかイケメンな名前だねぇ」
冬華は顎に手をやり一つ頷く。
「それで、セイム君はその剣をどーするの? 売っても大したお金にはならないよ?」
「売らねぇよ。これで……この剣で母ちゃんを助けるんだ!」
セイムは真剣な瞳を冬華へ向けてそう言った。
シルフィは冬華たちの水浴びをどんな気持ちで見ていたのだろう。




