修行2
刑務所のような建物の裏には日本庭園のような庭が広がっていて、その先に道場が建てられていた。
アキと嵐三は食堂で食事をとった後、庭を突っ切り道場へ向かっていた。
「なんでこんなところに道場があるんだ?」
アキがあっけにとられ呟いた。
「この施設に詰めておる者たちが体を鍛えるために造ったんじゃよ。皆そこそこ強くなってきておるよ」
嵐三は得意げに教え子たちの自慢をする。
「サボっておったお前よりも強いかもしれんぞ」
アキは普通に聞き流した。剣の腕は上かもしれないが勝負で負ける気はしなかったのだ。
「へ~、じゃあ勝負するか?」
アキは軽く言うとニヤリと笑う。
「お前、剣のみで勝負する気ないじゃろ」
「もちろんない! 使える力は何でも使わねぇとダメだろ」
アキは開き直って言った。
「まあ、そうじゃが、汚いことを堂々と……稽古の時は剣のみでやらねば意味がないじゃろう」
嵐三は呆れたように言う。
「そうは言っても、もう体に染み込んでるから無意識に使っちゃうんだよなぁ。稽古するなら基礎をしっかりやり込む方がいいと思うけど……めんどい」
アキは早速やる気をなくした。
「そうじゃな、お前の場合はそうじゃろう。基礎がしっかりできておればお前のスピードがあればほとんどの敵は敵足り得ないのじゃろうのう」
嵐三は含むところがあるような言い方をする。
「なに? なにが言いたいんだ?」
アキは訝し気に訊ねた。
「お前の技には欠点がある!」
嵐三はアキを指差し言い放った。
「うん、あるねぇ」
アキは普通のトーンで答えた。
「……」
「……ん?」
アキは小首を傾げた。
「ハァ、なんじゃ知っておったのか」
嵐三はガッカリしたように肩を落として言う。
「そりゃあ、使ってる本人が一番よくわかるでしょう。知らなかったらマジ死ぬから」
アキは何当然の事を聞いてくるのかと不思議に思っていた。
「わかっておるのならいいんじゃ。じゃから、わしがそれを補う術を教えてやろうというのじゃ」
嵐三は道場の扉を開き中へと入って行った。
アキもそれに続いた。
「補う? 弱点をなくせるってこと?」
「まあ、そんなところじゃ」
アキが疑うように訊ねたが嵐三は気にすることなく肯定する。
嵐三が一礼して道場に上がっていき、アキもそれにならう。
道場では数人が稽古に励んでいた。
嵐三に気付いた男が声を掛けてきた。
「先生! 今日は稽古をつけていただけるのですか?」
(先生ってことはじいちゃんの門下生ってことか?)
アキは声を掛けてきた男を見る。
「すまんのう。今日は別件じゃ」
嵐三は申し訳なさそうにいうとアキの方へ視線を向ける。
「ああ、彼の……」
男はアキを見ると察したように納得した。
アキは特に気にすることなく男を見返し挨拶する。
「ども、こんちわっす」
「ああ、こんにちわ」
男は感じのいい微笑みを湛えて挨拶を返した。
(ぐっ、なんてイケメン対応)
アキは怯み負けた気分になった。
「(この兄ちゃんなかなかできるな)」
アキは嵐三に耳打ちした。
「そうじゃろう。お前にもわかるか? ハッハッハッ」
嵐三はアキが門下の男の実力を知ったことを喜び上機嫌で満面の笑みを見せる。
アキはこの男のイケメンっぷりを言ったのだが。
嵐三はイケメン男へと向き直る。
「すまんが、少し場を借りるぞい」
「はい、わかりました」
イケメン男は他の稽古をしている者たちに声を掛けた。
その中には女性も含まれており、アキは目敏く見つけていた。
「(お姉さんの道着姿、いいなぁ。お姉さんと稽古したい!)」
「心の声がダダ漏れじゃのう」
嵐三は呆れたようにアキの下心丸見えの顔を見た。
「しまった、声に出てたか」
「顔にも出とるぞ」
「これは失敬」
アキは表情を引き締めた。が、すぐに緩んだ。
お姉さんが近づいて来たからだ。
「先生、見学してもいいですか?」
「ふむ、構わんがあまりためにならんぞ」
嵐三の言葉にお姉さんは頭にはてなマークを浮かべる。
「見学するなら隅の方で見ておれよ、危ないから」
嵐三はそういうと道場の中央へと進む。
「空雄、今からお前の弱点の再確認とそれを補う術を見せてやる」
アキは鼻の下を伸ばしたような緩んだ表情からワクワクした表情へと変えた。
「というわけでじゃ、わしと真剣勝負をするぞ。もちろん、なんでもありでじゃ」
それを聞いた門下生たちはザワついた。なんでもありの試合など聞いたことがなかったからだ。
「ふ~ん、当然手加減なしだよな? つーか、じいちゃん相手に手加減なんてする余裕ないし」
嵐三はアキたちより先に異世界で戦ってきた戦士だ、当然強い。アキではまだ歯が立たないかもしれない。しかし年を考えるといい勝負ができるのではとアキは微かに思っていた。
「もちろんじゃ。武器は好きな物を選んでよいぞ」
嵐三はそういうと木刀などが掛けられている隅へと行くと2mくらいの棒を手に取り中央に立つ。
門下生たちはその姿に困惑顔を見せていた。
基本嵐三は道場では剣術を教えている。棒術は教えていなかったため、棒があることさえ気づいていなかった。それを嵐三が選んで手に取ったのだ。驚きもするだろう。
アキも同様に驚いていた。アキもまた木刀や竹刀以外を握る嵐三を見たことがなかったのだ。
「どうした? はよ選ばんか」
「お、おう」
アキは嵐三をじっと見たまま動いていなかった。驚いてはいたが頭の中でどう戦おうかと考えていたようだ。
アキは短い木刀を2本選んだ。
「……」
「決まったか?」
「おう」
アキは二刀を手に中央へと立つ。
「お前は相変わらずだのう」
二刀を持つアキを見て嵐三が呟いた。
「いいだろ別に」
アキは口を尖らせてぶう垂れる。
「すまんが、開始の合図だけしてくれるかのう」
嵐三はイケメン男に頼んだ。
「(お姉さんの方がいいなぁ)」
アキの呟きに嵐三は気付いたが、アホな子は無視しようと無視をした。
「わかりました」
イケメン男はその場に立ち上がる。
嵐三は槍を構えるように左手を前に棒先をアキの目線へと向ける。アキから見ると先端の丸しか見ることができず遠近感が狂わされる構えとなっている。
アキは左手を前に右手は右後ろやや下へと向け腰を少し下げた冬華と同じ構えを取る。いや、冬華とは少し違い、やや前傾姿勢になっていた。
二人が構えたのを確認するとイケメン男は手を上げ、
「はじめ!」
と、手を下ろし開始の合図を出した。
「きえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
嵐三は気勢を上げる。
アキはその気勢を受け流すと前に出た。出たが常人が目にできるギリギリのスピードでの前進だった。
嵐三は顔面への突きで迎える。
アキは首を右に振ることで躱し、嵐三の懐まで入ると右の短刀を逆袈裟で斬り上げる。
嵐三は突いた棒をアキの首を刈る勢いで振り戻す。
アキは屈んでそれを躱した。その為斬り上げは途中でキャンセルせざるを得なかった。
嵐三は振り戻した勢いのまま右足を前に出し反対の棒先をアキの顔面めがけて振り上げる。
「チッ」
アキは舌打ちをするとバックステップで後方に下がる。
しかし嵐三も簡単には逃さない。
アキが嵐三へ視線を向けるとそこに嵐三はいなく、瞬時にアキの後方へと移動していた。
「早っ!?」
嵐三はアキを打ち据えるため棒を振り下ろす。
アキは振り返ることなく右の短刀を後ろへと投擲した。
嵐三は短刀を棒で打ち払う。
アキは投擲と同時に動き、短刀を振り払ったためにできた嵐三の死角、左後ろから突きを繰り出す。
しかし嵐三は棒を最短の軌道で振り背を見せたままアキの短刀の突きを棒の突きで受け止めた。
「マジか!?」
アキは短刀を引き、バックステップ、サイドステップを織り交ぜ距離を取る。
「ふむ、なかなか強うなっとるようじゃな」
嵐三は余裕を見せ言う。
「当然だろ!(相変わらずつえぇなぁ年いくつだよ、ったく)」
アキは一人ごちながら嵐三を見据える。
門下生たちは声を失って二人の攻防を見つめていた。
「ほれどうした? 来んのならこっちから行くぞい?」
嵐山は一気に跳び込んでくると連続突きを放ってきた。
「くっ!?」
アキはその突きの雨を左の短刀で受け流していく。
「ほれほれ、もっと上げていくぞい!」
突きのスピードがさらに上がっていく。
アキは一刀では捌き切れなくなり、足を使い、体を捻り左右に振りなんとか躱す。
「クッ……しつっこい!」
アキはスピードを上げて躱し距離を取った。
「ほう」
アキの動きに嵐三は感嘆の声を漏らした。
アキは目を閉じ息を整える。
嵐三はそれを見逃したりはしない。すぐさま追い打ちを掛けるべくアキへと迫る。
アキは目を閉じたまま、気配で感じ反応した。懐へ手を忍ばせると、暗器(食堂でくすねてきた箸)を放った。
「なっ!? お前は暗器使いか!」
嵐三は不意を突かれ足を止め棒を風車のように回転させ防御した。
アキはその隙を突いた。
アキは手加減なしの全力で駆けだした。
アキは嵐三の背後にまわり込み斬り付ける。
嵐三はアキの動きが見えているようで、体を回転させるのと同時に回転する棒の反動を利用しアキへと振り抜いた。
しかし、その棒はアキに当たることはなく、空を斬りアキは掻き消えていた。
アキはさらに嵐三の背後にまわり斬り付ける。
嵐三はまたも棒を最短軌道で振りアキめがけて突いた。が、そこにもアキはおらず棒は空を突く。
「早い!」
アキはギアを上げスピードを上げていく。
「一刃乱舞!」
アキは斬りつけては消え、斬りつけては消える。ヒット&アウェイを繰り返す。魚人を倒した技で嵐三を斬り付けていく。
嵐三はアキを捕らえられず防戦一方となっていく。
アキが止めとばかりに斬り付けたとき、
「ハッ!!」
嵐三が今までと違う気勢を放つと衝撃波のようなものが放たれ、アキは吹き飛ばされ壁に激突した。
「ぐはっ!?」
アキは床へと転がり気を失った。
嵐三はアキの前に立ち呟いた。
「まったく、マーサに教わったことを見事なまでに曲解しよって……しかしよくここまで……」
小一時間ほどでアキは目覚めた。
「ん……」
目の前には……
「新たな女神降臨!」
さっきのお姉さんがアキをのぞき込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい!」
アキはハキハキと返事をしたが、すぐにでれっとした顔になる。アキは膝枕をされていた。
「先生! 空雄君、目が覚めましたよ」
お姉さんは立ち上がり他の門下生の稽古を見ている嵐三の元へと行く。
アキは特に振動もないまま横になっていた。……膝枕ではなかった。籠手だった。
「(だよなぁ、膝枕にしては低いと思ったんだよ~)」
アキはゴロンと寝返りをうち不貞寝しはじめる。
「まだ寝るか!」
バシンッ
嵐三は竹刀でアキのケツをしばいた。
「いっ!? いてぇないきなり!」
アキは跳び上がり文句をつけた。
「せっかくお前の好きなお姉さんに介抱してもらったというのになに不貞腐れておる」
嵐三は「人の厚意を無にしおって」といいたげな顔をしている。
「だって、膝枕じゃなかったし……」
アキは口を尖らせ不満を漏らす。
「当然じゃろ、あの子にも選ぶ権利があるわい」
嵐三はそういうとお姉さんの方を見る。
お姉さんはイケメン男と仲良く稽古していた。
「(イケメン男め、やっぱりできる)」
アキは謎の確信をもち、怨念の籠った瞳をイケメン男に向ける。
「大人の男の方がいいんじゃろ。お前も他の女にうつつを抜かしとると、マーサの孫に愛想をつかされるぞ」
「グハッ」
アキは精神的ダメージをくらった。
そんなアキを無視すると嵐三は話をはじめる。
「空雄、お前が負けた理由はわかっておるな?」
「ハァ、あ? うん。予測してなかった不意の反撃を無防備で受けたから?」
「そうじゃ、未知の敵を前に情報の無い中で戦う、そういうことがこれから数多く起こるじゃろう。それを防ぐためにさっきの技を教えてやる」
嵐三はふふんと得意げな表情をする。
「さっきのって衝撃波みたいなの?」
アキは吹き飛ばされたときの事を思い出す。
「そうじゃ、あれは便利じゃぞ。基本的には防御の技じゃが、応用で攻撃にも使えるしのう」
「確かに痛かったけど、俺の弱点がもろに出てたからだろ?」
防御技としては大いに期待が持てるのだが、本当に攻撃に使えるのか疑問だった。
「確かにさっきのお前はスピード一辺倒で防御は紙切れ同然だったのう」
「ぐっ」
わかっていてもハッキリ言われるとさすがに凹むアキだった。
「さっきのは全方位防御で使ったが攻撃として一点に集中して使えば威力は高くなるぞ。まあ、剣を使うお前はそんな使い方をすることはないじゃろうがな」
「使い方次第ってことか……」
アキは顎に手をやり考え込む。
「わしは基礎を教えるだけじゃ、後はお前が応用し発展させるのじゃな。得意じゃろう?」
嵐三は魔力制御の事を引き合いにして言った。
「まぁねぇ、その方が面白いし」
アキはニヤリと笑う。
「で、どうやるんだよ?」
「ふむ、まずは説明しておこうかのう」
アキは長い話がはじまると予感した。
「この技はな、武術とマーサの魔力制御から思いついたものじゃ。そして継守の結界術を取り入れて出来上がったのじゃ」
「……」
意外と早く終わったことにアキは拍子抜けした。
「え、えっと。魔力制御が関係してるって言うんなら、俺には無理じゃないか? さっきじいちゃん外に放出してたじゃん。俺、魔力を外に放出したら死ぬんだけど……ハァ」
アキは期待していた分、体全体が脱力した。
「大丈夫じゃ、武術と魔力制御と言ったであろう? 魔力制御はその理論を使っただけじゃ、使うのは魔力ではなく体内エネルギー、気じゃ」
嵐三はビシッと決めて言った。
しかし、アキは気と聞いて胡散臭さがマックスに振りきれた。
「気~~マジで言ってんの? マンガの見すぎじゃね?」
アキはバカにしたように言う。
「お前、魔法は信じるのになんで気は信じんのじゃ?」
もっともな意見だった。
「……たしかに」
アキは納得した。
「まあ、気と言わずともオーラとかのほうがいいかのう? 最近ではオーラの色が見えるとかいう輩もいるようじゃし」
「確かに人によってオーラの色が違うとか聞くな」
「わしは気と呼んどるが、呼び名はお前の好きにするといいじゃろう。一刃乱舞! のようにのう、ぷぷっハハハハハッ」
嵐三はそういうと噴き出した。
「ぐっ……」
アキは顔を赤くして打ち震える。
孫をからかうのが好きな嵐三だった。
冬華は絶対嵐三に似たんだとアキは確信していた。
アキはこんな事はいつもの事だと深呼吸し怒りを抑える。
嵐三は自制するアキを見ると満足し説明を開始する。
今度こそ長くなるとアキは確信した。
「魔力制御は体内の魔力を制御して力としている。武術では気を制御することで肉体を強靭なものにしている。気は体の中に魔力と同じように存在する。魔力を陰とするなら、気は陽と言ったところじゃな。じゃが制御方法を知らぬ普通の人々は気を垂れ流しておる。見えるものにはそれが色として見えておるのじゃな」
アキは頷き聞いている。
「じゃからと言って、かめ〇め波のように飛ばすことはできん」
アキは胡散臭さが再燃しそうになる。
アキは「やっぱりマンガの見すぎだろ!」と言いたいのを我慢し、ジト目を向け黙って聞く。
嵐三はアキの視線を受け余計なことを言ったと思い、一つ咳払いをし話を続ける。
「コホン、気を制御すれば体内から肉体を強化できる。そして体の表面に展開すれば魔法をしのぐこともできる。強度にもよるがの。さっきお前に見せたのは、継守の結界術を取り入れ一定の距離まで防御範囲を広げたものじゃ。かめ……気を飛ばして居るわけではなく、あくまでも表面を覆ている気を広げたに過ぎない」
嵐三はまた余計な名称を口走りそうになった。
「使い分けとしては、魔力制御でスピード、剣で攻撃、気で防御と言ったところじゃろうが……お前の事じゃからまた曲解して弱点を作るような使い方をするのじゃろうなぁ、ハァ」
嵐三は呆れて諦めたような溜息を漏らす。
「さすがじいちゃん! わかってる~」
アキは親指を立てて言う。
「でさ、防御範囲って広げ過ぎるとどうなるんだ? なんか広げ過ぎると飛ばしてるのと変わらないが気するし」
「広げる分だけ気を使うから疲れるな。あと気の密度が低くなり防御としては役に立たなくなるのう、防御効果を維持したまま広げると体がもたんし、気の結界を破壊されると反動でダメージを受ける。じゃから無駄に広げず自分の身を守るのみで使うしかないんじゃ」
「なるほど……」
アキは納得し考え込む。
「まあ、お前は魔力がない分、気は十分すぎるほどあるようじゃがな」
嵐三は感心したように言う。
「そうなの?」
「うむ、しかし過信してはいかんぞ」
「わかってるよ」
アキはいつまでも子供扱いする嵐三に不貞腐れたように言う。子供であることに変わりはないのだが。
嵐三はそんなアキが可愛くて仕方がないように微笑む。
「な、なんだよ? 気持ちわりぃなぁ」
「フフッ、何でもないわい。でははじめるかのう」
嵐三、いい年なのに強いです。気のおかげで肉体が活性化してるのかも。




