死
ゴーレムの肩からはじき出される瞬間、目に移ったのは闇の靄の中に光るモルガナの憎悪に染まった瞳と、衝撃波に耐えながら冬華ちゃんの手を掴もうと手を伸ばしているアギトの姿だった。
「きゃぁぁぁぁ!」
「冬華ぁぁぁぁ!」
「死ね、死ね、落ちて爆ぜるがいい、アッハハハハハッ」
「くっ!?」
アギトが冬華ちゃんへ向けて飛び出した。
ゴーレム肩の上、闇の靄の中に赤い二つの光が僕たちを見据える。
「冬華!」
アギトが手を伸ばし冬華ちゃんの手を掴む。
アギトはその手を引き寄せ、体をしっかりと抱きしめてキャッチする。
冬華ちゃんもしがみついているようだ。
「会長!」
「冬華!」
下から汐音君とカルマの叫ぶ声が微かに聞こえた。どうやら向こうは片が付いたようだ。
僕は迂闊にも下に視線を向けてしまった。
地面に迫る恐怖を目の当たりにし僕の意識は飛びそうになる。
その恐怖から目を逸らすため視線を上へと向けた。
僕の斜め上、少し離れたところで冬華ちゃんと抱き合って落下するアギトと目が合った。
アギトのフードは落下の風圧で外れていて、包帯もズレはじめていた。
僕はアギトに目がくぎ付けになっていた。
なぜなら、ズレた包帯の隙間から見えたのは白髪ではなく黒髪だったからだ。
そういえば、黒髪を見るまで気付かなかったが、ずっと違和感だったことの正体がわかった。さっきまで見ていたアギトの瞳も碧ではなく黒だったのだ。
中身が入れ替わっているのか? じゃあアギトとはいったい?
その事に気付いたのとほぼ同時に闇の中から闇色の魔力弾が僕たちに向けて打ち出された。
「上だ!」
僕は咄嗟に叫んだ。声が届いたかわわからない。しかしアギトなら気付いてくれるはずだ。
アギトは僕の声が聞こえたのか冬華ちゃんを抱いたまま器用に上を見た。
しかし、すでに魔力弾は間近に迫っていた。
僕は何とかガードしようともがくが、空中戦なんて想定していなかったためこの不自由な空中では体をうまく動かすことができずどうすることもできなかった。
当たると思ったとき、魔力弾にナイフが当たり爆ぜた。
「うわっ!?」
上へと視線を向けると、アギトがナイフで魔力弾を射ち落としていた。
しかしすぐにそのナイフも打ち止めとなる。魔力弾は尚も降り注いでくる。
僕は迫りくる魔力弾を見て今度こそ直撃を覚悟した。
アギトは冬華ちゃんを庇うように抱きしめると、
「サラ!」
サラさんの名を叫び、直撃する魔力弾を足場として利用し爆ぜるのと同時に蹴り上がった。いや、僕の方に向かってきたから蹴り下がったのか?
アギトは僕をキャッチすると、僕に直撃するはずだった魔力弾を躱し落下を続ける。
「サラ! 受けとめろ!」
アギトはそう叫ぶと僕と冬華ちゃんを投げ飛ばした。魔力弾とアギトとの直線上になるように計算して。
アギトは僕たちの盾になるつもりなのか?
アギトは上へと振り向きナイフを、いやあれはクナイか? クナイを構え魔力弾を弾いて行く。
「おぉぉぉぉぉ!」
バフッボフボフッボフッ
アギトは次々と迫る魔力弾を弾いていくが魔力弾は一向に止む気配がない。これで止めを刺さん勢いで降り続ける。
「風よ!」
下からサラさんの緊張した声が聞こえてきた。
僕たちを優しい風が包み落下スピードを落としていく。
ダメだ! このままスピードを落としたらアギトと激突してしまう。それではアギトが身を挺して守ってくれているのに意味がない。
サラさんはそのことも計算して魔法を使っていたようで、アギトの進路から逸らしてくれていた。僕たちにダメージを与えないように制御しているんだ、かなりの集中力だろう。
ゆっくりと僕と冬華ちゃんは地上に降りた。
しかし、魔力弾を弾きながら落下を続けるアギトは無防備のまま地面に激突してしまう。さすがにサラさんに連続で魔法を使ってもらうのは無理がありそうだ。なにしろ間に合わない。
その時、
「風よ!」
サラさんではなく、マリアさんの声が耳に届いた。
風がアギトを包み込むがスピードが落ちるきる前に地面へと激突した。
ドォォォォン
衝撃音とともに土煙が上がる。
土煙が晴れても人が立ち上がる様子はない。
「お……アギト!?」
冬華ちゃんは涙目になってアギトへと駆け寄りその体を揺り動かす。頭打ってるかもしれないからそれはしちゃダメなんだけど。
「アギト! アギト!」
冬華ちゃんのアギトを呼ぶ声が響く。
「く、うっ」
アギトのうめき声が聞こえた。生きているようだがよく生きていたな。
「!? アギト!」
冬華ちゃんは縋りつくように泣き出した。
その光景をみんな驚いた表情で見ていた。
サラさんは冷めた目でちらっと見るだけで視線を逸らしていた。
それはそうだろう。アギトはついさっきまで剣を交えていた敵なのだ。驚いて当然だ。
「冬華! なにやっってんだ!」
遠くからこちらに駆け寄るカルマが声を上げる。当然の反応だな。というか嫉妬ですか?
汐音君もカルマの後に続いてくる。
総司がいないな……あ、ゴーレムの足元にいる。そいえばゴーレムに攻撃を仕掛けていたらしいしな。
結衣君も目覚めているようだ。
アギト以外はみんな無事のようだ。
みんなの状況を確認し終えると、仰向けに横たわるアギトが空を見上げ焦ったよう声を上げた。
「ぜ、全員離れろ!」
その声は苦しげで掠れていたが、何とか聞き取れた。
その緊迫した声に嫌な気配を感じ見上げると、
「とどめだ!」
モルガナがゴーレムの頭に現れた魔法陣に振れ何かを命じているようだった。
するとゴーレムの手がこちらに向くと掌から無数の石の槍が浮き出て放たれた。
「まずい!?」
「結衣! 防御壁だ! カルマ! 汐音を連れて離れろ! ゲホッ」
咄嗟に叫んだのはアギトだった。血を吐きながらも叫び指示を出していた。
ゴーレムの狙いはここ一帯、ゴーレムの足元にいる総司は大丈夫だろう。
カルマは汐音君の手を引き離れようと走り出している。
結衣君はかろうじて防御壁を作り出せたようだがずいぶんと小さなものだった。防御壁の中にはマリアさんとカレンちゃんもいるが、この人数が入るにはギリギリな大きさだ。助かるにはあの中に逃げ込むしかないが……
冬華ちゃんはアギトを起こし上げようとしているがこのままだと間に合いそうもない。
こちらも同じ状況だ。僕とサラさんも間に合いそうもない。
石の槍が迫ってくる。
死が迫ってくるのがわかった。
すべてがゆっくりと流れていく。
サラさんが絶望に彩られた表情をする。
「サラ!」
僕は何とかサラさんだけでも庇おうとサラさんに覆いかぶさるように飛び込む。これならなんとか助けられるはずだ。冬華ちゃんを救えないのは悔しいが二人を助けられるほど僕はうぬぼれてはいない。僕の命を懸けても助けられるのは一人だけだろう。なんてちっぽけなんだ僕は……
そんな僕の耳に声が届く。冬華ちゃんの泣き叫ぶ声が……
「やだー! 置いてくなんていやー!」
アギトは冬華ちゃんの手を振りほどき逃がそうとするが、冬華ちゃんは必死でアギトを助けようとする。
そんなアギトと目が合った。包帯の半分以上が外れていた。肌が浅黒く変色していたがその顔は……
アギトの目はまだ光を失ってはいなかった。まだあきらめてはいないのか。
「クソッ!?……死なせるか! 死なせてたまるか!」
石の槍がすぐそこまで迫っている中、アギトはそう叫んだ。
もうダメだ!?
石の槍が迫りサラさんを守るため僕はサラさんを庇い抱きしめる。
その際に一瞬見えた光景は冬華ちゃんを防御壁へと投げ入れこちらに向かってくるアギトの姿だった。
あそこからでは間に合わない、僕は目を閉じその時を待った。
「おぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ガガガガガガッドスドスドスッ……
石の槍の砕ける音が鳴り響いたかと思うと、何かに突き刺さる音が聞こえた。
僕は死ぬのか……しかし痛みはない……いや、僕には石の槍は当たっていない。
「あ……あ……」
耳元でサラさんが声を漏らしていた。まさかサラさんに当たったのか!
僕はガバッと体を起こしサラさんの状態を見た。
サラさんは土ぼこりを被っただけで怪我はしていない。
「よかった……」
サラさんは一点を見つめて口をパクパクさせ硬直している。
僕は振り向くとその視線の先を見た。
そこには石の槍に貫かれ、震える足で立つアギトの後ろ姿があった。
アギトは震える手でフードを被ると、吐血した。
「ガハッゲハッ」
ビチャビチャビチャッ
血と共に血のしみ込んだ包帯が地に落ちた。
「あ……」
僕はアギトの状態を見て絶望感に包まれた。
アギトの体には石の槍が3本突き刺さっていた。一本は足に、一本は肩、そして最後の一本は左胸に……頭にも当たっていたのかフードが血で赤く染まっていく。これじゃもう助からない。
「ど、どうして……」
サラさんが喉から絞り出すように声を漏らす。
アギトはヨロヨロと振り向くと、震える唇を動かす。
「お、おまえたちを、こんなところで死なせ、ゲホッゲホッ」
ビチャビチャッ
「わたしたちは敵同士のはずでしょ! どうしてそんなことするのよ!」
サラさんは感情的になり声を上げる。
「……」
アギトは何も答えない。
「アギト!」
僕は声を上げた。
「あ? な、なにか言ったか? 耳が……聞き取りづらい」
まさか聞こえないのか?
「ふざけないで!」
サラさんが声を上げるが、アギトは反応を見せない。そして違うことを口にした。
「こ、光輝……お前は頭で考え過ぎだ。冬華のように、もう少し感情を吐き出せ。そうしないと、大切なモノも守れない」
「何を言って……」
そこへ冬華ちゃんが駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! やだ! やだよぉ、やっと会えたのにこんなの! こんなのないよぉ」
冬華ちゃんはアギトへ縋りつくように泣きじゃくる。
お兄ちゃん……
「やっぱりお前、アキなのか? なんでこんな……」
僕は震える手を伸ばす。
サラさんは震える体を抱きしめ立ち尽くしている。
「と、冬華か? わかっているな? ……救ってやって、くれ」
アギトは宙に目を泳がせ言う。目が見えていないのか?
「いや!お兄ちゃんをこんなに……無理だよぉ」
冬華ちゃんはアギトを強く抱きしめる。
「た、頼むぞ……」
アギトは力なく膝を着いた。
「お兄ちゃん!?」
「アキ!?」
「……あの時から、覚悟は、してたんだけどな」
アギトは俯き肩を震わせる。
「あ、アキさん、なの?」
サラさんは震える手でそっとアギトのフードを取った。
フードの下から浅黒く変色した肌を血で濡らしたアキの顔が現れる。その瞳には涙があふれていた。
「アキさん!」
サラさんは瞳から涙をあふれさせアキに抱き着いた。
「アキさんアキさん!」
「この、匂い……サラか?」
「はい!」
アキとサラさんは顔を合わせ見つめ合う。
「約束……やっと果たせた……ただ、いま、サラ」
「はい、おかえりなさい、アキ」
二人は微笑むと頬に手を添え唇を重ねる。
二人の間には同じネックレスが再会を喜びじゃれ合うように揺れていた。
唇を離すとアキはその唇を開く。
「あ……女神、様がいる……今度こそ……俺、死……」
「死んでません」
サラさんは涙を流しながら笑顔を作り言う。
アキはサラさんに体を預けるように倒れると動かなくなった。
「……死なないで……死んじゃいや……いや! いやぁぁぁぁ! アキィィィ!」
「お、お兄、ちゃん?」
「アキ……」
サラさんはアキの亡骸を強く抱きしめ泣きじゃくり、冬華ちゃんはアキを見つめ放心する。
僕は膝を着き天を仰いで涙を流した。
僕はなんて無力なんだ。アキはこれほどまで僕たちのために戦ってくれたのに、僕は……何も……何もできずに。
僕がアキを見つけ助けるつもりだったのに、逆に見つけられ助けられるなんて。
僕はその存在すら気付けずにいたなんて。
助けるはずの親友に僕は剣を向けてしまうなんて……なんて無能なんだ。
アキの言う通りだ。
僕はなんて役立たずなんだ。これじゃ何も守れない、世界も仲間も……僕自身すらも……
「お前は誰も死なないとでも思っているのか?」
アキの言葉を思い出す。
僕の甘さが、怠慢が僕自身ではなくアキを殺した。死なせてしまった。僕のせいだ……
僕のせいでアキは……死んだ。
僕の心は絶望の淵へと落ちていく。
ここの辺りは気持ち的に書きたくない感がすごかった。




