汐音とカルマ
アルマの止めを刺しに向かったカルマと汐音は異様な光景を目の当たりにしていた。
「なんだこいつ……」
カルマは驚愕の声を漏らし、汐音は顔を顰める。
アルマの体が横たわっている。しかしその頭はない。その頭はたった今動かなくなった体を捨て、近くに転がっている兵士の死体へと近づいて行く。その兵士は頭蓋を割られて亡くなったようで無残なものだったが、アルマの頭はどうやったのか兵士の首を斬り落とすと自らをその体に、文字通り首を挿げ替えた。
アルマの頭に挿げ替えられた兵士の体は立ち上がりカルマたちへと体を向ける。
その姿は、体はゴツゴツのゴリマッチョ風なのに対し顔が優男、アンバランスで気持ちが悪い。
アルマの口がいびつに歪み言葉を発した。
「カルマか……丁度いいところに来たな」
「テメェ、気安く呼ぶんじゃねぇ! この偽野郎が!」
「兄に向かってずいぶんな言いぐさだな」
「首だけで動けるようなバケモンが兄貴であってたまるか!」
「ふん、今のを見ていればさすがにお前でもわかるか。だがもはやそれもどうでもいい」
「そうだな! テメェはここでくたばるんだからな!」
カルマは偽アルマへと斬りかかって行く。
ギンッギュインキンッ
数撃切り結んだが、ガタイの違いからかカルマは跳ね除けられた。
「くっ!? 無駄にデカイだけはあるな」
「カルマ……この体どうもバランスが悪いんだよ」
偽アルマは困った顔をし、悩みを弟に打ち明けるように言った。
「は? なに言ってやがる。見ればわかるだろ!」
偽アルマはカルマの体を見てその瞳を怪しく光らせる。
「だからさ……お前の体をオレにくれないか?」
「は?」
「お前の首を刎ね、オレの首と挿げ替える。これでオレたち兄弟は一つになれる」
偽アルマの瞳には狂気が宿っている。
「ざけんな! 誰が兄弟でもなんでもねぇテメェなんかと一つになるか! 気色わりぃ」
カルマは怒声を投げつける。
「お前の意思などどうでもいいんだ。これはオレが決めたことなのだから。だから……さっさとその体を寄越せ!」
偽アルマは慣れないながらも強引に動かし、その体のガタイを生かし力押しでカルマに襲い掛かってきた。
カルマは真っ向から力勝負をするのは得策ではないと判断し、偽アルマの攻撃を屈んだり上体を捻ったり潜り抜けながら避け、隙を見つけては攻撃していく。偽アルマの動きにぎこちなさがあった為それが可能となっていた。
カルマの攻撃は確実に当たっている。しかし偽アルマはダメージがないかのように怯まず攻撃をし続けてくる。
「くそっ!? なんで倒れねぇ!」
偽アルマを観察していた汐音が声を上げた。
「カルマ! 一度下がってください」
「下がってどうすんだよ!」
「いいから来なさい!」
カルマの反論は聞かないとばかりに汐音は声を張り上げ言い放った。
その剣幕にカルマは、いや偽アルマも動きを止めてしまった。本来ならそんなことで偽アルマが動きを止めるはずはないのだが……
「お、おう」
カルマは尻に敷かれた男のように下がってきた。
「よろしい。いいですか? 偽アルマは死体の体を使っています。だからダメージがないのでしょう」
「だったら、倒せねぇじゃねぇか!」
カルマが憤るように言う。
「おそらくですが死体を使い続けるにはリスクがあるのかもしれません。死体ですからいつか腐るでしょうし、腐れば本体である頭にも影響が出るかもしれません」
汐音が丁寧に説明するがカルマは「だから?」という顔をする。
「ですから偽アルマは生きたあなたの体を狙っているのです。生きたまま首を刎ね、体が死を迎える前に首を挿げ替える」
「それが?」
カルマは尚も首を傾げる。
汐音は根気よく丁寧に説明する。子供に勉強を教えるように。
「ですから偽アルマはあなたの体には強烈な攻撃を仕掛けてはこないでしょう。奪ったあと自分の体となるのですから。現にさっきからヤツの攻撃は首から上に集中していました。そしてこちらの狙いもヤツの頭。本体が頭なのですから当たり前なのですが……」
ここまで説明されてカルマも納得した顔になる。
「なるほど! そういうことなら一気にいくぜ!」
カルマは意気揚々と偽アルマへと体を向けた。
汐音はそんなカルマを溜息を吐いて止める。
「ぐえっ!?」
カルマは鎧の襟元を掴まれて止められた為、鎧が首に食い込み変な声をあげた。
「ゲホッゲホッ、何しやがる!」
「フフッお約束ですが一度やってみたかったんです」
汐音は怒るカルマを横目に悪戯っぽく言うと舌をペロッと出す。
カルマは汐音のいつもと違う可愛らしい一面を見てドギマギした。
「こ、こんな時にすることかよ……」
「そうですね、すみません」
汐音はいつもの調子に戻すと続ける。
「今のヤツはどう見てもパワーファイターです。こちらはスピードと技で圧倒する必要があります。しかしあなたはそこまで速くもないし技も……ないでしょう?」
「う、ああ」
「ですから……」
汐音はカルマの正面に近づきカルマの胸に手を添える。
このときカルマがドギマギしていたのは言うまでもない。
「身体強化」
カルマの体の奥から力が膨れ上がる。
「おお!?」
「これでスピードの底上げができたはずです。私も援護します。行きますよ!」
「お、おう!」
二人は偽アルマに向き直り攻撃にでた。
「おぉぉぉぉ!」
カルマが先手を打って頭を狙い突きを放った。しかし偽アルマは体を捻って躱し、そのまま体を回転させ剣をカルマの首を狙い振り抜こうとする。
カルマはその横薙ぎの剣を屈んで躱し、振り抜いた隙にもう一度突きを放つ。偽アルマは首を振って躱し、そこを狙って汐音が矢を放つが、偽アルマは後ろに飛び退き矢を躱した。
「はぁ、それはそうですよね……」
汐音は一人呟いた。
さっきのカルマとの会話中、偽アルマが襲ってこなかった理由がこれだったのだ。
偽アルマも律儀にただ待っていたわけではなかったはず。そんなに都合よくはないだろう。
体を思い通りに動かせるよう、何らかの手を打っていたはずだ。
その証拠にやつの動きが格段に良くなっていた。
よくなると言っても切り返しの際のぎこちなさが解消される程度で、基本性能は元の兵士のものと変わらない一般兵のものだと汐音は思っていた。
誤算と言うかなんというか……意外と速くて強くなっていた。
というのも本来人間は全力で戦えばそれだけで体に負荷がかかりダメージを負ってしまう。だからそうならないために人は無意識に力を抑えて戦っている。
しかし今のヤツの体は死体、そんな無意識下の制限などない。常に全力で動いている。火事場の馬鹿力を常時開放しているようなものだ。
こちらは二人、カルマには身体強化の魔法を掛けている。汐音が援護しているおかげでまだ有利に戦えている。しかし長引けば魔法も切れ体力面でもこちらが不利になる。早めにけりをつけなければならない。
「一瞬でいいから動きを止められれば……バインド系の魔法覚えておけばよかった」
後悔先に立たず、ないものねだりをしてても仕方がない。
カルマが偽アルマの相手をしている隙に汐音は考えた。
(最初カルマが傷を負わせてもダメージを受けた様子はなかった。ということは痛覚がないってことよね。もしそうなら首から下は逆に無防備なんじゃないかしら、私たちさっきから頭にしか攻撃していないし。偽アルマもまさか体に攻撃をして来るとは思っていないかもしれない……まずは試してみましょう)
考えのまとまった汐音は矢を構えた。
「(外さないように的の大きい背中辺りを狙いましょう。確実に当たるようにこれも……索敵の目、誘導、魔力の矢)」
汐音はほぼ必中のコンボ魔法を掛けて待機する。一度外しているが……あの距離なら仕方がない。
カルマの回避に合わせて偽アルマがカルマを追い背中を見せた。
「(ここ!)」
汐音は魔力の矢を放った。
(ちなみに勘違いされているかもしれないけれどこの魔力の矢、普通の矢を魔力で強化したもので実体はしっかりありますのであしからず。何を言っているのかしら私……)
矢は見事偽アルマの背中に命中した。
……特に反応はない。
「クッ、何やってる! 背中に当ててどうすんだ!」
カルマが汐音へ怒鳴り声を飛ばす。「頭狙えバカ!」と言いたいのだろう。
しかし汐音は全く聞いていない。
「(いけそうね……)」
「無視かよ! おい! ハァハァ」
汐音は本命を打ち込むためにもう一度魔法を掛け構えて待機する。
「索敵の目、誘導……」
ただし最後の一つは魔力の矢ではない。
「ふぐっ!? これはちょっとキツイ、かも……」
汐音は矢に魔力を籠め続ける。
カルマは避けては攻撃避けては攻撃を繰り返し息を切らしている。そろそろ辛そうだがもう少し頑張ってもらう。
汐音はタイミングを見計らう。
「ハハハッ、相方が使えないと大変だなぁカルマ」
カルマの突きを躱しながら偽アルマは言う。
「うっせぇ! テメェなんざオレ一人で十分なんだよ!」
カルマは肩で息をしながら声を張り上げた。
「だといいがな!!」
偽アルマが勝負を決めるように斬りかかってくる。
カルマの首を狙って横薙ぎに振り抜く。
カルマはそれを頭を下げて躱す。
偽アルマはその頭を掴もうと左手を伸ばす。
カルマは剣を振り上げる。体制が悪かったことで切り落とすことはできなかったが偽アルマの腕を止めることはできた。
しかし偽アルマは先ほど振り抜いた剣を斬り返して再度カルマの首を狙う。
「くっそぉぉぉっ!」
カルマは吠えると渾身の力で剣を振り抜いた。その剣閃は偽アルマの腕を斬りおとし、首へと迫る剣を受けとめた。
偽アルマは顔色一つ変えずにカルマを力任せに押し込もうとする。
「ぐっ!」
カルマは顔を歪めたが次の瞬間剣を傾け偽アルマの剣を流すと。体を回転させ偽アルマの頭部へと剣を振り抜いた。
「もらったぁぁぁぁ!」
「(それ言っちゃダメでしょう!)」
汐音の不安は的中し偽アルマは体を後ろにそらし躱した。
「なに!?」
カルマは驚きの声を上げ、偽アルマはニヤリと嗤う。
しかし汐音にとっては待ちに待ったタイミングだった。
「ここ! 衝撃の矢!」
汐音の放った矢は真っ直ぐに偽アルマの足、体重の掛かった膝の裏へと直撃する。
ドンッ
矢は刺さるのではなく貫通するのでもなく、強烈な打撃を加えた。この衝撃の矢は矢に貫通力ではなく打撃力を強化したもので、魔力を籠めればそれだけ威力が上がるものだった。
「ん?」
体に痛覚がなく痛みが頭に伝わっていない偽アルマは何が起こったのかわからずにいる。
偽アルマの膝はカクンと折れその体は無防備に後ろへと倒れる。昔よくやった膝カックンである。
「今です!」
汐音はカルマへと声を上げた。
「おぉぉぉぉぉ!」
ザシュッザンッ
カルマは偽アルマの首を刎ね無力化すると、そのまま頭を真っ二つにした。
「き、きひゃまら……ゆるひゃんぞ」
「げっ、まだ生きてやがる」
「ハァハァ、頭のどこかに核があるのではないですか?」
汐音は少し息を切らして言う。
「じゃあ切り刻むか」
カルマはそう言うとザクザクと切り刻んでいく。
汐音は袖口で口元を押さえながら顔を顰めている。
「あ、それじゃないですか?」
汐音は肉片の中のビー玉状の結晶を指差した。
「ん? おう……ちっちぇな」
カルマは返事をすると無造作に剣で砕いた。
「やっと、終わりましたね」
汐音は瓦礫に腰掛けて告げる。
汐音は戦い終え思い返していた。
(なるほど、アギトが私をこちらにつけた理由がわかりました。カルマは戦力としてはいいですけれど、少々頭に血が上りやすい。不測の事態が起こった際に闇雲に突っ込むだけだと困るから冷静に分析のできる私を選んだわけですね。一緒にいた期間はわずかだと言うのによく見ていますね、あの男は……)
汐音が考えに耽っていると心配したようにカルマが声を掛けてきた。
「大丈夫か?」
「え? ええ、少し魔力を使い過ぎただけですから……ハァハァ」
汐音は呼吸を整えるように深呼吸をする。
「オレも疲れたし少し休んでから行くか」
カルマもドカッと地べたに座り込んだ。
疲れているのは本当だろう、しかしすぐにでも戻りたいはずだ。それでも汐音を気遣いそう言ったのだろう。
汐音はそう思い驚いた顔をする。まさかこの男が? と……
「なんだよ?」
カルマは不機嫌そうに訊ねる。
「フフッいえ、ありがとうございます。冬華ちゃんの事が心配でいてもたってもいられないでしょうに」
汐音は爆弾を投下した。
「な、べ、別にあんな女心配なんかしてねぇし!」
カルマは見事な動揺を見せた。
「そうですか? でも冬華ちゃんアギトに何かあるようですけれど? すごく素直になっていましたし。何より素直な冬華ちゃん可愛かったですよね」
汐音はからかうように言う。
「な、何もあるわけねぇだろ! あいつは敵だぞ! そんなことあるわけ……」
「フフッ、冗談ですよ。からかい過ぎましたね、すいません」
カルマの動揺っぷりに満足したのか汐音は笑い謝罪した。
「ふん!」
カルマは鼻を鳴らすとそっぽを向いた。
「フフッ、大丈夫ですよ。冬華ちゃんのあれは好意とかではなく、どちらかというと……!?」
汐音は何かに気付いたように押し黙った。
カルマはその様子を疑問に思い首を傾げる。
「どうした?」
「え? い、いえ、何でもありません。……もう十分に休めましたし戻りましょうか」
「お? おお」
汐音とカルマはみんなの下へと戻って行く。
しかし汐音は尚も思考を巡らせていた。
「(まさか、そんなこと……)」




