狂戦士
続きです
夕刻のバルコニーでサラさんと話してから二日後、それは結界の破壊と共にはじまった。
各々が訓練をする中、突如空が明滅するとパリンッと音でもするかのように結界が破壊された。
城内が慌ただしくなり衛兵がそして装備を整えた兵たちが次々と城門へ向け駆け出していく。
僕も装備を整えると他のメンバーと落ち合い兵たちの後を追う。
城門を抜けると城へ避難しに駆け込んでくる城下に住む人たちの集団に遭遇する。結界が破壊されたのをいち早く気付いた人たちのようだ。声を掛け合ってきたようで次々と駆けこんでくる。兵たちの避難誘導も迅速に行われているようだ。この城の兵の練度が窺えるというものだ。
まあ、そのおかげで僕たちはなかなか前に進めない状況になっているのだが……
城下の広場へ着く頃には命令を受けた兵たちがそれぞれの持ち場へ向かった後だった。
広場にはタリアさんが焦ったようにキョロキョロとまわりを見まわしていた。
「タリアさん!」
「あ! みなさんどちらにいらしたのですか! 将軍からの言伝があります」
タリアさんは僕らを探していたようだ。避難する人達に進路を塞がれていたなんて申し訳なくて言えないな。恥ずかしいし。
「すみません、それで将軍はなんと?」
「我が軍は主力を敵の多い東門へ向かわせます。西門にも兵を向かわせましたが光輝殿たちには西門へ向かってほしいと」
そこへ不満げに冬華ちゃんが口を挟む。
「え~敵が多い方に行った方がいいんじゃないの?」
そんなふてぶてしい冬華ちゃんにも嫌な顔一つ見せずタリアさんは言う。できた人だ。
「伝令の話では結界を破壊するのに西の魔石が破壊されたそうです。そこにアルマがいる可能性があると将軍が」
「それならカルマが真っ先に向かったのでは?」
僕はありそうな可能性を口にした。
「はい、カルマは命令を無視しすでに西門へと向かいました」
タリアさんは溜息交じりに言った。
背後からも溜息が聞こえる。冬華ちゃんが呆れているのだろう。
タリアさんが続けて言う。
「ただ、アルマの存在が陽動と言う可能性もあり、敵の本隊、あの黒髪の女とアギトがどちらから現れるかわからないので奴等が現れ次第状況に応じて兵を動かすとのことです。光輝殿たちもそのようにと」
「わかりました、アギトたちが現れるまで西門を防衛します。ついでにアルマも捕らえておきます」
「よろしくお願いします。ではわたしは将軍の隊に合流します!」
伝言を伝えるとタリアさんは踵をカツンと当て右手拳を胸に当て敬礼? をすると東門へ向けて駆け出した。
「じゃあ、僕たちも向かおう」
「ああ」
「うん」
「「「「はい!」」」」
西門へ着くとすでに魔物との戦闘ははじまっていた。
魔石の設置してある台座はここから視界に入る位置にある。
そこにはカルマと……だれだ? 台座の側に見知らぬ男がいた。あの男が魔石を破壊したのか? 男は力が入っていないような、ふらふらと緩慢な動きをしている。その割にはカルマは苦戦しているように見える。
「あれは……ハイド?」
総司が男の名を呟いた。
「総司、知っているのか?」
僕は総司を見ると困惑しているのがわかった。
「ああ、ずいぶん雰囲気が違うがたぶんハイドだと思う」
総司が知っているということは……
サラさんはその男を睨むように鋭い視線を向けている。
結衣君は少し怯えた表情を見せて総司の影に隠れるようにしている。
やはりそうか……ヤツが結衣君を……
僕は怒りで拳を強く握りしめた。
「コウちゃんどうするの!」
冬華ちゃんが西門の戦況を見て焦るように言う。
西門には戦っている兵士と魔物の向こう、森から多くの魔物が飛び出してこちら迫ってきていた。こちらの兵の数と比べても分が悪いのがわかる。
「みんなは西門の方へ、僕はあの男を捕らえる」
僕は総司たちをあいつに近づけてはいけないと思いそう言ったのだが……
「待ってくれ、あいつには俺が行く!」
総司はそういって駆け出して行った。
「総司!」
結衣君もその後を追って行ってしまった。
「おい! ……くっ仕方がない僕たちで魔物の相手をするぞ!」
「待ってました!」
「「「はい!」」」
一人喜んでいるような声が聞こえたが気にせず行こう!
「ハイド!」
カルマの側まで駆け寄った総司は台座の横に立つ男に向け呼びかけた。
男は緩慢な動きで顔を上げると視線を泳がせる。
(なんだ? 様子がおかしい)
「来たか。気をつけろ! こいつ何かおかしい! 何度斬りつけても倒れやしねぇ。それどころか攻撃する素振りすら見せねぇ」
カルマは不気味なものでも見るような視線をハイドに向けている。
ハイドは相変わらず視線を泳がせたまま動かない。
「確かに普通じゃなさそうだ」
そこへ後ろから結衣が駆け寄ってくる。
「総司待って!」
「結衣?」
結衣の焦るような声を聞き総司は結衣の様子に違和感を覚えた。
その二人の声に、いや名前に反応するようにハイドは顔を総司たちに向けた。
「おい、気をつけろ! そっち見てるぞ!」
ハイドの様子を窺っていたカルマが叫ぶ。
総司はカルマの声で嫌な視線に気づき、ハイドへと視線を向けるとハイドの獲物を見据えたような視線とぶつかる。
総司は背筋に怖気が走るのを感じた。
「み、見つけたぁ、黒髪の化け物ぉフヒャッハハハハハハ!」
ハイドは嗤いながら剣を振り上げて総司に向かっていった。
「うぉ!?」
想像よりも速くカルマの横を過ぎ総司へと迫る。その動きは不規則で読みずらい。
総司は剣を構えて迎え撃つ。
ハイドが剣を振り下ろすのに対し総司は剣を振り上げた。
ガギンッ
剣と剣がぶつかる。
(軽い!?)
総司がそう思った瞬間、ハイドの剣を持つ腕はあらぬ方向に曲がりグニャリと回転すると総司の脇腹へとハイドの剣が吸い込まれようとする。
「ぅおらっ!」
総司の脇腹へ当たる前にカルマがハイドの横っ腹を蹴り飛ばした。
ハイドは地面を転がった。その四肢はやはり変な方向へと曲がりくねる。
「すまん!」
総司はすぐさま構え直すとハイドへと視線を向ける。
ハイドは今の蹴りを受け背骨が折れたのか軟体動物のように背を反対に折り曲げたまま立ち上がった。
「な、なんだありゃ! 人間じゃねぇのか?」
カルマが驚愕の声を上げる。
結衣も後ろで震えるようにその光景を見ている。
「化け物め!?」
総司のその声にハイドはピクリと反応を示し折り曲がった体を縦に起こすと言葉を発する。
「化け物? ……化け物はお前だろう? フヒヒっ」
「どういうことだ!」
総司は自分が黒髪の化け物と噂されていることは知っていた。しかしなぜそう呼ばれるのかがわからなかった。理由を知っているであろう人たちは何も教えてくれず、腫れものに触るような態度をとる。光輝は何かを察したようで何も言ってくれない。
(アキだったら話してくれただろうに……)
「フヒッ、忘れちまったのかぁ? ……だったらまたその女を犯して思い出させてやるぅぅぅぅふはは」
「なんだと!?」
ハイドは狂ったように結衣へと飛び掛かって行く。
「きゃぁ!?」
「くっ!?」
総司は結衣の前に滑り込みハイドの胴へと剣を振り抜いた。
しかしハイドの体はくノ字に曲がりショックを吸収し、斬り裂かれることなく吹っ飛ばされるにとどまった。
総司は剣を下ろし動きを止めた。
(また犯す? ハイドはそう言った……)
総司はハイドの言葉を反芻し、硬く閉ざされた記憶の扉をこじ開けよう意識を内側へと向けていく。
「総司! 総司!」
結衣は総司を呼び続ける、思い出してほしくないように……
ハイドの体は斬り裂かれはしなかったものの、胴には鮮血の痕が刻まれていた。しかし次の瞬間にはそれも消えてしまった。
ハイドは立ち上がると呪詛のように呟き続ける。
「その女を犯して犯して犯して犯して犯しつくしてボロボロになるまで犯しつくしてヤルぅフフッお前の前でぇぇぇぇぇ!」
ハイドは呪詛を振りまきながら結衣へと迫っていく。
「胸糞ワリィんだよ!」
カルマは怒りを孕んだ眼光を向け、剣をハイドの腹に突き刺した。
「おらぁぁぁぁぁぁぁ!」
カルマの得意の連続突きはお見舞いする。しかし刺した後から傷は塞がっていく。無駄に体力を使うのを嫌ったカルマは連続突きから回し蹴りへと繋げハイドを蹴り飛ばし距離を取った。
「くそっ! 普通の攻撃じゃ意味ねぇ、どうする? ……ん? おい、総司! しっかりしろ!」
しかし総司の意識は一向に記憶の淵から出てくる気配がない。
ハイドはダメージもなく気持ちの悪い動きで立ちあがる。
「フヒッ、復讐、復讐ぅぅ! 目の前でヤッてやりゅぅぅぅ!」
ハイドは尚も結衣へと向かって行く。
「しつけぇんだよ!」
カルマは何度も斬りつけ何とかハイドの進行を防いでいる。
しかし相手は傷を負わせてもすぐ塞がる化け物、カルマはジリジリと体力を奪われていく。
「クソがっ!」
「総司! 総司! 総司————!」
結衣の悲痛な叫びが総司の意識へと突き刺さる。
しかしその悲痛な叫びが、総司の記憶の扉を開けてしまった。
総司の脳裏にあの地獄のような光景がよみがえり、結衣の「助けて」という悲痛な叫び声がこだまする。
そして総司の瞳には光ではなく闇が射した。
「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
総司の剣に炎が纏われ総司の体からも炎がほとばしる。まるで不動〇王を思わせる姿だった。
「結衣を傷つけるヤツは……殺す! 殺す殺す殺す殺す殺すコロォォス!」
総司は炎の剣を振り上げハイドへと斬りかかって行く。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
総司の変貌を見たカルマは一瞬硬直していたが、自分の立ち位置が非常にまずいことに気付き飛び退いた。
「うおっ!?」
そうと気付かないハイドは狂乱の中にあった。
「犯す犯す犯すぅぅぅぅ」
総司は炎の剣を振り下ろしハイドの頭を割った。
「うぎゃぁぁぁぁあは」
「おあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして総司は剣を返すと逆袈裟で左上へ斬り上げまた右上から袈裟切りで振り下ろす。そして下段で横薙ぎに振り抜き、ハイドの四肢を斬り落とした。
ハイドの体、頭、そして四肢が地面に転がり切り口から燃え上がっていく。
「犯して犯すおかして、おか……お……」
ハイドは呪詛を撒き散らしながら消し炭になりようやく死んだ。
「スゲェな……やっと死んだか……あぶなかったぁいろんな意味で……」
カルマが安堵の声を漏らした。
しかし……
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
総司の瞳にはまだ闇が宿っていた。あたり構わず炎の剣を振り回している。そこにはいない幻影でも斬り刻むかのように。
「うわっ総司! やめろ! もう終わった!」
カルマは総司の剣をギリギリで躱す。
正気でない総司であったため何とか避けられているが斬られれば命はない。たった今それを間近で見ていたのだ、カルマは冷や汗を流しながら必死に躱し呼びかけている。
「くそっ、どうすりゃいいんだ!」
カルマが躱し続けていると総司の後ろから結衣が飛び込んで総司の背中へ抱き着いた。
「総司! 総司! もう大丈夫だから! あたしもう大丈夫だから! 正気に戻って、総司!」
結衣は暴れる総司の体を抱きしめ、体からほとばしる炎に焼かれながらも必死に呼びかける。
「ぅあぁぁぁぁぁ!」
「総司————!」
結衣は力いっぱい抱きしめた。自分はここにいる、総司の側にいると伝えるために。
「ぅあ、あ……」
結衣の願いが届くかのように炎は消え、総司の瞳からも闇が消えていき光が射していく。
総司は力なく崩れ落ち膝を着く。
「……結衣……ごめん、俺は、俺は……くっうっぅ」
総司は、あの時結衣を守れなかったことを、自分に力がなかったことを悔やみ涙した。
結衣は総司を後ろから抱きしめ告げる。
「ううん、もういいの。いいの。あたしはずっと総司の側にいるから」
「ごめんごめん……」
総司は結衣の腕にしがみつき泣き謝り続けた。
二人を見つめていたカルマは溜息を吐き小さな声で呟いた。
「ハァ、(まるで狂戦士だな)」




