アギトの本性
謁見の間での取り調べから数日、魔物の襲撃は続いている。石碑の破壊よりも兵力を削ることを目的としているようだ。アルマが潜入しているから石碑はいつでも破壊できると踏んでいるのだろう。
ところで魔物はあとからあとから出てくるが打ち止めになることはないのだろうか? いい加減いなくなりそうなものなんだが、ひょとして呪術によって生みされた魔物とかもいるんだろうか? だとすると兵に限りがあるこちらはかなり厳しくなってくるだろう。いや、すでになっているか。
何とか外に出る手立てを考えなければ。もちろんあれからいろいろと試みてはみた。定番の穴掘りからはじまり、鉄格子を削って見たり、錠を破壊しようともした。どれも脱獄防止の術式に阻まれうまくいかなかった。もちろん魔法も打ち消される。色仕掛けという提案も出たが、これは却下した。それこそ最後の手段だろう。まあ、ここの兵がその手に引っかかるとも思えないが……
あとは、トイレとか……一応それぞれの牢に備え付けの、申し訳程度のトイレが設置してある。見えないように壁で仕切ってはあるけれど。仕切りがないと他の牢から丸見えなんだよな。
ここの牢の造りが変わっていて中央に天窓から日の光が入る造りになっていてそのまわりに円状に各牢があるという形だ。真隣以外なら他の牢が見えたりする。
ちなみに並びは出入り口の右からマーサさん、サラさん、マリアさん、僕、カルマ、冬華ちゃん、汐音君だ。最初に入っていた3人が一個飛ばしに入っていたのが意味不明だが……密談させないためかな?
うん、脱線したけどトイレの話に戻ろう。別にトイレ談議に花を咲かせようと言うわけじゃない。トイレの仕組みだ。
トイレは床に穴が掘ってあり、そこになにか魔法陣のような刻印がある。ここに排泄物が乗ると、術式が発動して処理場のような場所に転送されるそうだ。設置型の術式みたいだ。人一人ならギリギリ入れる穴なんだが、人を転送するようにはできていないらしくどうなるか保証はできないそうだ。
そりゃそうだ、ここ牢だし。逃げられるような術式なんて使わないか。昔懐かしのボットン便所だったら逃げられなくもなかったのに、牢のトイレのくせに生意気な!
とトイレに文句をつけていると声が聞こえてきた。
「ソウ君大丈夫かなぁ」
冬華ちゃんが暇を持て余したのか話題を振ってきた。この話題はすでに何度もしているが。
「そうですね、目を覚ましているのならいいんですが……でもそれはそれで危険ですねけどね」
汐音君のこの返しも何度も聞いてるし。
「ここに向かってくるかもしれないもんね」
うん、今のは冬華ちゃんが言ったけど、最初に行ったのは汐音君だった。何度も聞いてるから冬華ちゃんも学習したようだ。……冬華ちゃんをバカな子みたいに言ってるな僕は。
「アギトが止めてくれていればいいんですけど……」
お? 今のは初のセリフだ。流れが変わるかな?
「アギトか……ヤツは何者なのだ? 何を考えておるのかわからんやつじゃ」
マーサさんが話に入ってきた。流れは変わってるぞ。……話の流れは変わってもこの状況は変わらないんだけど。
「僕らもわかりませんが、マーサさんもアギトに会ったことがあるんですね」
「ああ、5度目だったかの魔物の襲撃の時にいきなり現れて黒髪の女を撃退した。そして知恵を借りたいと言ってきおった」
「知恵ですか?」
マーサさんはその時の事を思い出すように顎に手をやりいう。
「うむ、人を操る術はあるのか? その解き方は? あとは鏡を使った術について知りたがっておった」
「人を操る術!?」
「それってソウ君のこと?」
「それ以外にないだろうね」
それよりも鏡の術ってなんだ? 総司と何か関係があるのか?
「それを聞いたらすぐに行ってしまったから碌に話せなかったのじゃ」
「それだけ聞くとこちらの味方のようですね」
汐音君が腕を組みながら言う。
「ん~しかしのう。ヤツはその黒髪の女に何か話かけているようじゃった。それに攻撃も明らかに加減していたしのう」
マーサさんは悩ましそうに言う。
敵に話しかけ手加減するって……
「こちらに入り込むための芝居、ですか?」
汐音君が可能性の一つを口にした。
「わからんが、警戒はするように将軍には言ってあるが……それももう信じてはおらんかも入れんのう」
マーサさんは溜息交じりに言う。
客観的に見て、味方のようには見える。それでも不可解な行動が見え隠れしているのも事実。その一方でカノンさんには疑われていない……カノンさんは騙されているか脅されているかもしれないが。それとも何かの目的のために動いているのか? 以前汐音君が推測していた「アキから依頼をされた」というのも違う気がする。黒髪の女に対する行動が不可解すぎる。これのせいで話がややこしくなっているんだ。ホントに何を考えているんだアギトは……
そんな話をしていると扉を開く音と、騒々しい声が聞こえてきた。
「ちょっと、何よ! どういうこと! 痛い! 離しなさいよ!」
「カレンちゃん! おい! 女の子に乱暴するな!」
「黙れ! 黒髪の化け物め!」
ガツン
「クッ!?」
カレンちゃん? 黒髪の化け物ってまさか……
「総司!」
あれ? この声は!?
「ソウ君! 結衣ちゃん!」
「カレンちゃんも!?」
冬華ちゃんと汐音君が入ってきた人物の名を呼ぶ。
そう、入ってきたのは総司にカレンちゃん、そして結衣君だった。
「ったく、牢が足りないじゃないか。お前たちは同じところに入っていろ!」
牢番はそういうと、総司を僕の牢へ、カレンちゃんをサラさんの牢へ、結衣君を汐音君の牢へと入れた。
暴れてる印象の冬華ちゃんとカルマのところは避けるとか、ちゃんと考えてるなこの牢番。
「ただでさえ忙しいんだ。手を焼かすなよ!」
牢番は吐き捨てるように言うと扉から出て言った。
「総司! なんでここにきた、何があった?」
「何がってこっちが聞きたいよ! なんでいきなり牢に入れられないといけない!?」
僕の疑問に総司は声を荒げて問い返す。
「結衣ちゃん無事だったんだ! よかった~」
冬華ちゃんは鉄格子に頬を押し付けて喜んでいる。隣だから見えないだろうに、それほど嬉しいのだろう。
「う、うん……」
「誰だ? ……かわいい子だな」
「うっさい! あんたは黙ってて!」
「なんだよ!」
冬華ちゃんがカルマを黙らせようとする、まさか嫉妬? ありそうではある。
「出しなさいよ————! アギト————!」
カレンちゃんは元気になったみたいだ。ていうかアギトって、何があった?
想定外ではあるけど、全員がそろうことができた。とりあえずできることからやって行こう。
「今から何があったか説明する。総司たちも今まで何をしていたのか教えてくれ」
僕たちは情報交換をすることにした。アギトが近くにいるなら出られるかもしれないからな。
総司たちは目覚めたあとアギトに連れられてモルデニア、封印の一つがあった城へ向かった。そして城下町に巣食っていた人間を養分にして育った植物人間を焼き払い、囚われていた結衣君を救い、あの偽物の魔族の女を倒したそうだ。
それから、リオル村へ戻り、ローズブルグへときたそうだが……
僕が総司たちのしてきたことを思い返していると、同じく僕たちの現状を理解した総司が口を開いた。
「そうか、そんなことが……なんか悪いな、俺のせいで無実を証明できなかったみたいで」
総司は申し訳なさそうに言う。どうやら記憶も大分戻ってきているようだ。
「いや、総司のせいじゃない。僕たちの落ち度だ、気にしないでくれ」
「あ、ああ」
「それより結衣君が無事見つかってよかった。」
「ああ、ありがとう。心配かけた」
本当の意味で無事かというとそうでもないんだが……クッ。
二つ隣の牢からいきなり怒り心頭と言いた感じで冬華ちゃんが声を上げた。
「どういうことよ! アギトのヤツ! ソウ君たちを引き渡すなんて」
総司たちはここへ着くなり兵たちに囲まれ、アギトは総司たちを兵に引き渡したのだ。
「何を考えているのでしょう? やはり味方ではなかったのでしょうか?」
汐音君が自分の推測に自信を失いつつあるようだ。
「アギトって誰だよ?」
カルマはほっておこう。
アギトの行動が読めない……自分で助けておいて引き渡すってどういうことだ? 助けた相手が手配されていたから引き渡したってことか? 至極まっとうな理由だった。
アギトは悪くないんじゃ? とそんなことが頭を過るとまた扉が開く音がした。
入ってきたのはアギトだった。
アギトも捕まったのか? と見ていると牢番はいなくアギト一人だった。どういうことだ?
アギトは光の当たっている中央に立つ。まるで映画に出てくる悪徳所長のようだ。
「アギト! あんたなに考えてるのよ!」
冬華ちゃんの怒りの籠った声をアギトは何食わぬ顔で受け止め無視をする。
「ちょっと、聞こえてるでしょ! 答えなさいよ!」
しかしアギトは答えない。
冬華ちゃんの声を聞きみんな一様にアギトを見て、睨んでいるようだ。
「なんだこいつ……」
カルマは一人蚊帳の外のようだ。
アギトは各牢を見回すと僕の牢で視線を止め近づいてくる。
「アギト……」
アギトは一つ溜息を吐くと口を開く。
「ハァ、これは何とも情けない」
「何しにきた?」
「お前たちの顔を見にきた。いい様だな」
「なんですって! こっちきなさいよ! ぶん殴ってやる!」
冬華ちゃんはアギトに掴みかかろうと手を伸ばすが当然届かなく、手で宙を掻いている。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だが?」
僕の問いにアギトは半笑いで答える。
「異世界から召喚された戦士たちがそろいもそろって全員牢の中とは……とんだ役立たずだな」
「な!?」
僕は鉄格子を掴みアギトを睨みつける。
まわりからは鉄格子はガンガン打ち付ける音が響いている。みんな怒りに震えているようだ。
「これはお前たちの、お前の甘さが招いた結果だ。死んだヤツなんかにこだわっているからこんなことになる」
アギトは低く威圧感のある声で言う。
「クッ! アキのことを言っているのか!」
「他にいるか? ふん、無駄死にした奴の仲間だ、こうなるのも当然か」
アギトは吐き捨てるように言う。無駄とは聞き捨てならない!
「アギト!」
「うるさい、喚くな。どうせお前たちはすぐにモルガナ様に献上されるんだ。そうすれば無駄死にした奴の事など忘れる、よかったな」
「モルガナ様、だと!」
「ああ、まさか私が普通の人間だとでも思っていたのか? おめでたい頭だな、何でできているんだ?」
「くっ!?」
「こんなのを手駒にして大丈夫なのか? とても優秀には見えないんだがな」
もう言葉にならない怒りで鉄格子を握りつぶす勢いで握りこむ。
「まあ、モルガナ様がうまく使ってくれるだろう。残りの人生ゆっくり楽しむんだな。牢の中で、だがな。ふん」
アギトはゴミでも見るような目で僕を一瞥するとその場を離れる。
「アギト!」
僕の怨念にも似た叫びをアギトは受け流し、足を止める。
アギトは僕には興味を失ったように違う牢を見て止まっている。
アギトはサラさんを見て呆れるように言う。
「その女はまだやっているのか? いつまでも……ん? なんだ? なにか言いたそうだな」
カレンちゃんがサラさんの前に立ちアギトを睨みつける。そして怒りを押し殺しながら静かに話しだす。
「アギト……アキが無駄死にってなに? あの時話してくれたのはなんだったの?」
「あの時?」
「モルデニア城でわたしに話してくれたことよ!」
なんだ? カレンちゃんに何を話したんだ?
「ああ、あんなもの信じていたのか? 私は信じなくていいと言ったはずだが?」
「嘘、だったの? アキが生きてるっていうのも?」
カレンちゃんは涙声になりながら言った。
「!?」
サラさんが顔を上げた。
「そう言ったつもりだが」
「そんな、もう嘘つかないでって言ったのに! また騙したの! 信じてたのに!」
カレンちゃんは涙を流しながら叫ぶ。
「私を信じたバカなお前に褒美だ。いいことを教えてやろう。アキと言ったか? 無駄死にした奴、ヤツに止めを刺したのは私だ」
「!?」
「よかったなぁ、敵がお前たちの仲間じゃなくて、ッハハハハハハ」
ガンッ
「殺してやる! お前はわたしが殺してやる! 殺してやる!」
サラさんが鉄格子に額を打ち付けて激昂する。
「ふん、できるものならやってみろ。今のお前に何ができるか知らんが、男が死んだ程度で使い物にならなくなるようなヤツに私が殺せるのか?」
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
サラさんは涙を流し怒りを露わにして叫ぶ。
「ふん、楽しみに待つとしよう。そんな日はこないだろうがな」
みんなの敵意はアギトに集まっていたが、それすらも受け流しアギトはそう言い放った。
アギトが扉に手を掛ける瞬間マーサさんの方を見た気がしたが何も言わず出て言った。




