裏切り
カレンちゃんと別れレインバーグへと向かうここまでの道中、魔物とは遭遇していない。リオル村での戦闘や、先行している小隊の人達が倒したおかげでずいぶんと楽をさせてもらっている。
風が気持ちいい。空を見上げると少し雲はあるものの暖かな日差しもありいい陽気である。後ろであくびをする声が聞こえてくる。後ろを確認すると、やはり冬華ちゃんだった。
「寝むそうだね、眠れなかったのかい?」
「い、いや~昨日はカレンちゃんとお泊り会してたから~、ちょ~っと話が弾んじゃって、ハハハ……」
冬華ちゃんは汐音君の顔色を窺いつつビクビクしながら言う。それに気づいてか汐音君は不機嫌に口を開く。
「あれほど早く寝るように言ったのに……まったく」
「だって、汐音ちゃん先に寝ちゃうから、カレンちゃん一人にしちゃ可愛そうだったし~」
なんとか正当化しようとカレンちゃんを知らないところで巻き添えにしようとする。
「あなたが寝ればカレンちゃんも寝たんです! そもそも何の話で盛り上がっていたのですか? もう十分話してたでしょう」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに冬華ちゃんは腕を組みうんうん言っている。
「ふふん、カレンちゃんにお兄ちゃんのダメっぷりをじっくりと話してあげたのだよ。しっかり現実を見つめてもらおうと思って」
なに上から目線で言ってるのこの子は……僕と汐音君はジト目でその光景を見ていた。汐音君はボソッと訊ねる。
「それで、どうなったんですか?」
冬華ちゃんは意気消沈して小さくなり答える。
「失敗しました。そういうとこあるよね~って納得されちゃった。しかもなんか嬉しそうだったし、おかしいな~こんなはずでは……」
アキが嫌われるようにしたいのかな? 兄を取られそうで嫌なのかな? そんなわけないか。この子に限って、きっと面白がっているだけだな……
汐音君は額に手を当て、呆れたようにため息を吐く。
「あなたは何をしているんですか。ハァ、気になる人のことは何でも知りたがるのが恋する乙女の心境でしょう。恋は盲目とも言いますし。まさに盲目的といった感じでいい風に受け取っているのでしょう。短所も場合によっては長所になり得るわけですし」
と汐音君は言う。
「え~そういうもの?」
訝し気に顔をしかめる冬華ちゃん。そしてニヤリと笑うと
「汐音ちゃん詳しいねぇ、そういう経験あるんだ?」ニヤニヤ
「な、なんですかそのニヤケ顔は、そ、そんなものは一般常識です!」
なにやら焦っている汐音君、あるんですねそんな経験が……ふむふむ
「(コウちゃんのこととか?)」
「(な、なんでそこで会長が出てくるんでしゅか!?)」
「(でしゅかって……ププッ汐音ちゃんカワイイ! で、違うの?)」
「(ち、違います!)」
なんで交互に耳打ちしながら話すんだろう? なんか笑ってるし……仲間外れにされてる心境だ。実際そうなんだけれど……
あれ? アキの話が出たのに話に入ってこない人が一人……
「サラさん? また考え事ですか?」
「は、はい。すみません、なんでしたか?」
僕の問いかけにも上の空のようだ。やっぱり、元気ないな。サラさんが落ち込む理由か……
「今は考えても仕方ないんじゃないですか? 先に進めば悩んでいることの答えもわかるんじゃないですか?」
「……そうですね。すみません、気遣ってくれてありがとうございます」
サラさんは無理に笑顔を見せる。でも今は空元気でもそうした方がいい。負の感情は負を招き寄せかねないから……
「(ほら、そんなこと言ってるからコウちゃんサラさんにちょっかい出してるよ?)」
「(あれは違うでしょう、元気付けてるだけですよ)」
「(どうかなぁ、傷心につけ込んでるのかもよ?)」
「(まさか、会長に限って……)」
「(ニヤニヤ)」
そこ! こっち見て内緒話するのやめてね。あの冬華ちゃんの目、絶対あらぬ嫌疑が掛けられてるよ。汐音君の疑惑の視線が痛いです。突き刺さってるよ。
「ハァ」
頭が痛くなってくる……
しばらく行くと教会跡のある高台が見えてきた。注意していないと見過ごしそうなところに建ててあるせいで、汐音君が教えてくれなかったら通り過ぎてしまうところだった。
ここに近づくにつれてサラさんの表情が険しくなったのがわかった。たしか、ここの調査に来たことがあるんだったかな。僕が高台を上がって行こうとするとサラさんが声を掛けてきた。
「教会跡に行かれるのですか?」
「一応見ておこうかと思ったのですが、ダメですか?」
「……先行した隊が片付けてしまったでしょうから、もう何も残っていないと思いますよ」
「そうですか……」
見られたくないモノでもあるんだろうか? サラさんを見ると困った顔で目を逸らされてしまった。やっぱり何かあるのかと確信していると、肩をポンと叩く手があった。
「振られちゃったねぇ」
と、うんうん頷いている冬華ちゃんがいた。何わけのわからないことを……僕はその手を振り払うと、足を進めた。高台ではなくレインバーグへと。
サラさんが言ったことは本当だろう。詳細はサラさんが知っていることだし、そのうち僕だけでも聞かせてもらおう。
僕の後にサラさんと冬華ちゃんはついて来たが汐音君は教会跡が気になるようで、足取りが重い。見ると、目で訴えかけている。「確認しなくていいのか?」 と。
僕は頭を左右に振ると前に向き直り歩を進める。汐音君は後ろ髪引かれつつも渋々ついてくる。
レインバーグ……空は雲に覆われポツポツと雨が降り始める。
遠目にもわかるくらいに塀が破壊され酷い様相を呈している。
近づいて行くと、おかしなことに街は静まりかえっていた。街を奪還したのなら少しは賑やかになっていてもおかしくはないはずだし、そもそも結界が張られていない。
作戦では街奪還後速やかに結界を張り、街の人たちを迎え入れる手はずになっていたはず。僕たちは顔を見合わせるとお互いに疑問符を向ける。
僕はとにかく街の様子を確認しようと告げ、静かに街の前まで進む。すると、街の中には魔物の気配があり、地面には先行していた兵の死体が横たわっていた。
「(酷いな……魔物はそんなに多いようには見えないが……)」
「(そうですね。強い魔物もいないようですし、アルマ殿とカルマ殿もいますから敗れるはずないのですが……)」
サラさんは納得いかない様子で周囲を確認して考え込んでいる。
僕たちは周囲の気配に気を配りながら街の中心へと進んでいく。瓦礫を避け、崩れた家の中に隠れ魔物をやり過ごし、崩れた時計台までたどり着く。その時計台の下にアルマさんが傷だらけで倒れていた。
「アルマさん!」
僕はアルマさんに駆け寄り抱き起すと、汐音君が首に手をやり脈を、そして口元を確認する。
「大丈夫、息もしていますし脈もあります。生きてます」
「そうか、回復頼む」
「はい」
僕が簡潔に言うと汐音君はアルマさんに手をかざし回復魔法をかける。傷は瞬く間に治癒していく。意外と早く回復した。見た目ほどひどくはないようだ。
「光輝さん、これを見てください」
ずっと周囲を気にしていたサラさんが指差すのは亡くなった兵の背中だった。背中には深々と剣で斬られた痕があり血が滴って雨に溶け込んでいく。
「これが?」
僕は顔をしかめながら訊ねた。
「はい、傷は背中だけではないんですが、致命傷となった傷は背中のこの傷なのです。この兵だけではなく、他の兵も同じようなのです。一人や二人なら、魔物に囲まれた可能性もありますが、こうも多いとなると……」
「逃げるときにつけられたということは?」
「撤退するにしても背中を見せるのはおかしいかと。それに兵の倒れている場所もバラバラです。ちりじりに逃げるとは考えにくいのですが」
たしかに、生存確率を上げるにはまとまって行動した方がいいはずだ。敵が桁外れな何かでない限りは……考え込んでいると後ろから声が発せられた。
「う、カ、カルマが……裏切った……」
「アルマさん!? 大丈夫ですか? 今のはどういうことです?」
汐音君がアルマさんの言葉の意味を聞く。
「カルマが……突然魔物と戦っている兵を後ろから……」
アルマさんは悔しそうに下唇を噛みしめている。
「思った通りだ、やっぱりあの男裏切った。汐音ちゃん私すごくない?」
「はいはい、今それどころじゃないから黙っててね」
「なによ~汐音ちゃんの意地悪……」
口を尖らせてそっぽを向く冬華ちゃんはほっておいて、僕は訊ねた。
「それでカルマは?」
「分かりません、わたしもこの様ですから」
すると、「シッ」という声が耳に届いた。サラさんが瓦礫の脇の一点を見つめてこちらに掌を向け制止の意図を示す。その方向から何かが近づく気配がする……
僕たちは剣を抜き姿勢を低くしなるべく見つからないように構える。サラさんが前で先の一点に集中し、僕はその横に構える。少し後ろに冬華ちゃんがダガーを抜いて身構え、汐音君はアルマさんを庇うように前に構える。
瓦礫の脇から顔をのぞかせてきたのはカルマだった。カルマは目を見開き、血走った憎しみに満ちた目をこちらに向ける。
「アルマテメェ!」
「止まりなさい!」
今にも飛び掛かってきそうなカルマをサラさんが制止する。
カルマは体中に傷を負って血だらけではあるが、剣を握る手は震えるほどに握りこまれている。
「カルマ殿なぜ裏切ったのです!」
「何わけわかんねぇこと言ってやがる! さっさとアルマを寄越しやがれ」
サラさんが問いただすが、カルマはアルマさんを標的にしているようでずっとアルマさんを睨み続けている。
「寄越せと言われて、「はいどうぞ」なんて渡すわけないでしょ! バカじゃないの、この裏切り者!」
冬華ちゃんの罵声にカルマも罵声で返す。
「バカはテメェだガキ! 裏切ったのはアルマの方だ!」
「「え!?」」
全員の視線がアルマさんに集まる。
「惑わされないでください! ああ言って撹乱する、カルマの手です。わたしを信じてください」
「黙れアルマ! いいからそいつをさっさとこっちに寄越せ!」
カルマは一歩前に進み出てくる。
「止まってください! 光輝さんどうしますか?」
サラさんが僕に指示を仰ぐ。
僕は両者を見た後、自分の手を見た……そしてカルマに向け叫んだ。
「カルマ! 後ろを向け!」
「あ? 何言ってやがるそんな……」
「いいから後ろ向け!」
僕はカルマの声を遮り叫んだ。
「なんだよクソッ」
カルマは悪態をつきながら後ろを向く。その背中には深々と剣で斬られた傷があった。僕はそれを確認するとすぐさま叫んだ。
「汐音そいつから離れろ!」
「え?」
僕が後ろを向いた時にはアルマが剣を汐音君の首に突き付けているところだった。
「クッ!?」
「汐音ちゃん!」
「アルマ!」
「クックックッ」
アルマの綺麗な顔がいびつに歪み下卑た嗤い声を発する。
「どうしてわかった? オレの演技は完璧だったはずだ」
お約束のセリフを言ってくるアルマに僕もありきたりなお約束のセリフを言ってやる。
「ああ、確かに完璧だったさ。しかし、お前は致命的なミスを犯した!」
「なに?」
「お前の背中には剣で斬られた傷がなかった! カルマにはそれがあった! さすがに自分の背中を斬ることはできなかったようだな」
僕はアルマに指を差し、ポーズを決める!
「クッ!?」
アルマはしまったとばかりに顔を歪ませる……
そんなやり取りを見ていた汐音君と冬華ちゃんはジト目を僕に向ける……
「コウちゃん、そういうのいいから早くなんとかしようよ」
「そ、そうだね」
冬華ちゃんに言われると特に効いてくるな……
怒りに打ち震えたアルマは、
「えぇい、こうなったら!」
と言い周囲に響き渡るように指笛を吹き鳴らす。
あ、まだそれ続けるんだこの人……
指笛に引き寄せられるようにどこからともなく魔物が集まってくる。さっきまでこんなにいなかったのに今では優に僕らの倍を超えている。
「これで、お前たちに逃げ場はなくなったな。ッハハハ」
優位になったことに満足したのかアルマは悦に入っている。
いや、そのノリホントもういいから……
(さて、これどうしようか)
僕が考えを巡らせようとした時、アルマの後ろから小さな人影が飛び込んできた。
ゴンッ!
悦に入っていたせいで隙だらけとなったアルマは直撃を受け、その音と共に崩れ落ちる。
瓦礫をアルマの頭に振り下ろした小さな人影は汐音君の手を取ると瓦礫の隙間に向け駆け出す。
「こっち!」
その声に僕は反応し、冬華ちゃんに視線を向け指示をだす。
「冬華、目くらまし! 逃げるぞ!」
「あいあいさーー!」
冬華ちゃんは両手を空に上げ叫ぶ。
「幻影の雨」
振っている雨の幕に僕たちの幻影が映り込み四方に散っていく。
そして魔物共はそれを追いかけまわしていく。
その隙に僕たちは小さな人影の後に続きその場を立ち去った。もちろんカルマも引きずって……
お約束です




