ある男の話2
ローズブルグ城下町の広場、町中には住民の姿はなく、かといって静まり返っているわけでもない。住民たちは屋内に入り肩を寄せ合い隠れている。もしくは城へと避難している。住民たちでにぎわっていた町は、兵たちの西へ東へと駆けだす殺伐とした姿に代わっている。
レインバーグ奪還のために兵を派遣した日から魔物の襲撃が始まり、今回で四度目となる。魔物共は数がある程度減ってくると撤退し、また数を増やし襲撃してくる。
その繰り返しを続けていくうち、兵たちの疲労も蓄積されていく……襲撃の合間に少しの時間ができるが、魔物の死骸の片付けや魔物の進軍を妨げる拒馬の設置や修復作業もある。住民たちもできる範囲で協力してくれてはいるが、それでも休む時間は限られる。魔物がいつまた襲撃してくるのかもわからない現状、緊張感でまともに休むこともできず疲労は増すばかりとなっている。すでに兵の半数が怪我をおしての出撃を余儀なくされている状態だった。
レオルグ将軍の檄が飛ぶ。
「民を守るのがわれらの使命! 民が協力してくれているのだ我らが泣き言を言っている暇はない! 一匹でも多く魔物を蹴散らせ! ローズブルグ兵の力見せつけてやるのだ!」
「おーーーーー!!」
兵たちは士気を上げ魔物に肉迫していく。兵たちの気迫に一瞬気圧された隙を突いて、一気に押し込んでいく。
魔物が半数以下になるとまた撤退していき、こちらの被害も次第に大きくなっていく。
「将軍! 魔物が撤退をはじめました」
前線からの伝令を聞き、一つ頷くと命令を下す。
「魔物が完全に撤退した後、魔物の死骸の処分及び防御柵の修復、それが終わり次第見張りを立て交替で休息とする」
「ハッ!」
伝令は、返答をすると前線へと走る。
戦闘の終了報告を受けたレオルグは、報告のために陛下の下へと向かった。
陛下の執務室にはマーサとマリアも待機していた。
「陛下、戦闘は終了しました。しかし今回もまた魔物共は撤退していきました。やはり奴らを指揮している者がいるのではないでしょうか」
レオルグの報告にしばらく考えると陛下の威厳ある声が響く。
「そうか、やはりあの白い女モルガナとか言ったか、ヤツが魔物を操っていると見てよいかもしれんな」
「はい、兵の疲労もピークになりつつあります、早急にヤツを見つけ出さなければ」
「そうだな」
陛下は腕を組みそれを重く受け止める。
「将軍、次魔物が襲撃に来た際には我々も魔法士として参戦します」
マリアが言う我々とは、予見士として仕えている者たちで本来なら戦闘に参加することはない者たちである。それに抵抗のあるレオルグはマリアに訊ねる。
「しかし、よろしいので?」
「はい。陛下にはすでに進言し許可も得ています。後方からの魔法支援や治療術士としてですので」
レオルグは悩んだ末頷く。
「……わかりました。魔物共には指一本触れさせませんのでご安心を」
「フフッ、信じておりますわ」
マリアは柔らかく微笑む。
「敵襲———!」
翌日五度目の襲撃を知らせる声が響き渡り、伝令が敵襲を周囲に伝えながら城へと駆ける。
レオルグは町の広場に着くと見張り台から走ってきた伝令をつかまえ簡潔に訊ねる。
「魔物の規模は?」
「それが、今回の魔物は今までの規模の比ではありません! 東側に魔物を集めているようで倍近くいるものと思われます!」
「西側は来ていないのか?」
西側から走ってきた兵がそれに答える。
「いえ、西にも迫って来ております。数は今までの半数かと」
レオルグはしばし考えると、一人の兵を呼び寄せる。
「タリアはいるか?」
「ハッ、ここに!」
鎧に身を包み、レイピアを腰に下げた赤髪ショートの女性士官が躍り出た。
「タリア、西側はお前が指揮を執り防衛しろ! 二個小隊を連れて行け」
「ハッ!」
「他の者は我に続け!」
「おーーー!」
レオルグとタリアは兵を引き連れてそれぞれの持ち場へと向かった。
東門に到着したレオルグは魔物の数に怯んでいる兵に檄を飛ばす。
「我らの後ろには守るべき者たちがいる! 失ってはならぬ命がある! ここで敗れれば、それらを失うことになる! ならば、立ち上がり守り通すのみ! 一匹たりとも通すな! 魔物どもを駆逐せよ! 奮い立て! そして我に続け————!」
レオルグは剣を掲げ魔物共に向け先陣を切って突進していく。
「お————!」
士気を取り戻した兵たちの善戦とマリアたちの魔法での援護のおかげで魔物共は攻めあぐね、何とか互角に渡り合うことができていた。
しかしそれも一つの魔法により戦況は一変する。
「怯むな、押し返せ————!」
レオルグが叫んだ直後、前方から無数の石の槍が飛来してきた。
「「ウワ————」」
最前線にいた兵は魔物共々石の槍に貫かれた。
「何が起きた!?」
レオルグは魔物を斬り払いながら前に出ると魔物のその奥に立つ一人の女が目に映った。
白い女ではなく、黒い女……漆黒の長い髪に黒いドレスの表情のない女。
「黒い女だと……」
レオルグは困惑の表情を浮かべる。
黒い女を見たマーサとマリアは驚愕で目を見開いていた。
黒い女は手を前にかざしその艶めかしい唇を開く。
「石の槍」
抑揚なく言葉が紡がれると、無数の石の槍がレオルグたちに向け放たれた。
「いかん! マリア」
「はい!」
咄嗟に叫んだマーサに返事をすると、マリアは前に出て両手を前にかざし叫ぶ。
「物理防御魔法!」
すると、レオルグの前、兵たちの前に半透明の壁が出来上がり、石の槍を防ぐ。
ガガガガガガガッ
「今のうちに怪我人を下がらせるのじゃ!」
マーサの指示を受け動ける兵が怪我人を町の中へ運び込み始める。その間も石の槍はシールドに直撃し続け、マリアの顔が険しく歪み始める。
「クッ……強力過ぎる‥‥ダメ! シールドがもたない……」
次の瞬間パリンという音とともにシールドは破られ、石の槍が降り注ぐ。
「キャッ!?」
マリアを庇うように盾となったレオルグは肩や脚を貫かれ倒れ込む。
「将軍!」
マリアはレオルグに駆け寄り回復魔法をかける。
まわりは今の槍を受け壊滅状態となっていた。かろうじて軽傷で済んだ兵は立ち上がり剣を構え直すが、この戦力差では絶望的だった。
レオルグはマリアの手を払いのけ立ち上がり叫ぶ。
「う、動ける者は住民を連れて城へ行け! 急げ!」
そう叫ぶと片腕が使えない状態で剣を構え一歩足を踏み出す。
黒い女は無感情のままそれを見つめ、スーッとその手を前方へと向ける。それを合図に停止していた魔物共が一斉に前進を再開する。
兵がマーサとマリアを避難させようとしているのを横目にし、レオルグはまた一歩足を進める。
魔物共が武器を振り上げレオルグの目前へと迫りくる。
「将軍!!」
マリアが叫んだと同時に一陣の風が吹き、その風が地面を抉る。
「な!?」
その風に触れた先頭を走っていた魔物共は真っ二つになり崩れ落ちた。
そして、レオルグの前に一人の人物が降り立つ。
「な、何者だ!」
レオルグがそう声を上げると、その人物は振り返る。
ローブを纏いフードを被っているが、体格から男だとわかる……しかし男の顔は包帯に覆われていた。いや腰から上、と言った方がいいかもしれない。出ているところと言えば右目と口、一部の頭髪くらいだ。白髪に碧い瞳、パッと見白一色に見える男だった。
(……白い男!?)
一瞬レオルグの脳裏に白い女がよぎり身構えると、男と目が合う。男はそのまま背後、門の方に視線を向ける。レオルグはそれにつられるように視線を向けると、そこにはまだマーサとマリアが兵と共に残っていた。
その一瞬の隙に男はレオルグの鎧を掴み、レオルグごと門へと向かって跳躍する。
突然、浮遊感を覚えたかと思うと地面に背中から落とされる。と言っても着地してからの事である、大したダメージはない。
「グッ、……なんのつもりだ?」
男はレオルグの問いかけには答えずマーサに視線を向ける。数舜、男とマーサの目が合い、マーサは隙を見せずに訊ねる。
「‥‥な、なんじゃ?」
「回復を‥‥」
男は目を逸らさずにそれだけ言う。
「あ、ああ、マリア頼む」
「はい」
マリアはレオルグに回復魔法をかける。
男はマリアを一瞥した後踵を返し歩きだす。するとピタリと止まった。男は魔物の方を見て目を見開いて固まっていた。
「……いた‥‥」
男はボソリと何かを呟くと止めていた足を進める。
「お、おい! 何をするともりだ!」
レオルグが声を上げ訊ねるが男は構うことなく進み、門を出る。
両腕を広げ進むと、両腕を上へと向ける。魔物が迫って来ていることにも構わずに。
「何してる! 逃げろー!」
レオルグの声は届いているはずだが反応はない。まわりが息を呑んでいることに気付き、レオルグはマリアたちの視線が集中している上空に視線を向ける。
「……な!?」
そこには巨大な竜巻が渦巻いていた。
男が両腕を振り下ろすとその巨大な竜巻は魔物めがけて降下してくる。
竜巻は魔物を巻き込み、巻き上げていく。地面に伏して耐えるもモノ、木にしがみ付くモノ、岩の影に隠れているモノも容赦なく巻き上げる。
あらかた巻き上げると、男は両の手を合わせ握りこむ。竜巻の勢いはそのままに次第に小さく細くなっていく。竜巻からは轟轟と吹く風音と魔物の断末魔が響いていた。竜巻が細くなるにつれ断末魔は増えていき、声は次第に消えていく。声が消えていく変わりに竜巻は魔物の血肉で染め上げられていく。
断末魔が完全に消え風の音だけになると、竜巻があった空間に赤黒い円柱状のモノが浮いていた。
男が握りこんでいた手を放し腕を広げると、風は霧散し、バラバラになった血肉が地面にばら撒かれる。
黒い女は無表情でそれを眺め、マリアは青い顔をして目を背ける。
「レオルグ将軍!」
不意に背後から声を掛けられる。
「タリア! なぜおまえがここにいる? 西門の指揮はどうした!」
レオルグが声の主であるタリアに怒声を上げると、タリアは直立し弁明する。
「ハッ! 西門はすでに魔物は掃討しました。あ、い、いえ……されました!」
タリアの不明瞭な報告に顔をしかめるとレオルグは眉根を顰め訊ねた。
「どういうことだ? 報告はわかりやすく言え!」
「ハッ! 実は魔物との戦闘中に妙な男が現れまして、その男が魔物を一掃したこと思うと姿を消してしまいまして。そうしていましたら東門付近に巨大な竜巻が現れたので、見張りの兵を置いてこちらに駆け付けたのですが……」
そういうとタリアは竜巻のあった方に視線を向ける。
「あ! あいつです! 魔物を掃討したのは」
タリアは白い男を指差して言う。
白い男は次の行動に移るところだった。
竜巻から逃れた魔物が男に襲い掛かかる。それを払い除けるように手を振ると突風が吹き、風の刃が魔物を両断していく。その間も前進し、黒い女に近づいていく。
最後の一匹となると、黒い女が男に向け石の槍を放っていた。
槍は魔物を貫通すると男に迫る。魔物が壁となっていた為、完全に死角からの攻撃となり男に直撃するかに見えた。しかし槍は何にも当たることなく町を覆う壁に当たり突き刺さる。男に直撃すると思われた瞬間男の姿は消え、黒い女の背後に現れる。
男は手を黒い女に向けると、そこから突風が巻き起こり女に向かい飛んでいく。
女は一つ地面を踏むと背後の地面が隆起し、土の壁が出来上がる。突風は壁に激突し霧散した。
マーサは訝しみ、独り言のように呟く。
「あやつ、あれほどの強力な魔法を使えるのに、なぜ今はあのような殺傷能力のない魔法を使う?」
それを聞いたレオルグは訊ねる。
「ヤツが手加減をしているかもしれないということですか?」
「何か意図があるのか? ……わからんが、気を許してはいかんぞ」
「はい」
レオルグは表情を引き締め男を見据える。
黒い女は男の方へ向き直ると手を前にかざし石の槍を出現させる。土の壁を解除するのと同時に放つつもりなのだろう。
しかし土の壁が崩れ落ちると男の姿が消えていた。
次の瞬間、男は黒い女の背後に現れ、女を羽交い絞めにする。
「…………」
男が何かを口にすると、黒い女の表情は一変し苦悶の表情になり頭を押さえ苦しみ出す。
「うぁぁぁぁっ!?」
女は男を振りほどきのたうち回る。
いきなりの豹変ぶりにレオルグたち一同は驚きの表情になる。
「あの男何をした?」
「何かを話しているように見えましたが‥‥」
レオルグとタリアは目を鋭くし、男の動向を見逃すことのないように注意をはらう。
しばらくすると黒い女は頭を押さえたまま膝をつき、そして影の中に沈んでいく。
女が消えた後、男は影のあった場所を見つめていた。やがて顔を上げるとレオルグたちの下へと歩み寄る。
男がマーサに目を向けると、レオルグとタリア、他の兵は剣を構え身構える。
マリアはマーサを下がらせようとするが、マーサは首を左右に振り前へと歩み出る。
「ワシに用があるのか?」
男はコクリと一つ頷き口を開く。
「知恵を借りたい」
「知恵?」
マーサは怪訝そうな目を男に向ける。
「おぬし、名は?」
「……あ……、アギト」
男は少し間を置き、口ごもりながらアギトと名乗った。




