苛立ち
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
光輝は真聖剣を構え、魔力を籠めていく。
込める魔力を強めるたびに剣の光は増していく。
しかし、それだけだった。根源的な浄化の力は何一つ変わっていなかった。
「くそっ! どうして……」
光輝は剣を下ろすと悪態を吐く。
ローズブルグに残った光輝は一人修行に励んでいた。
そう一人でだ……
アキは初日に剣の稽古に付き合ったきりで、真聖剣の修行には付き合ってくれていない。
サラとどこかに出かけてはサラの仕事を手伝っているようだ。帰ってきても何やら忙しそうにしている。
今では演習場にすら顔を見せなくなっていた。
「チッ!」
光輝はだいぶ煮詰まって来ていた。
「会長?」
苛立つ光輝に声が掛けられた。
「なんだ!」
声と呼び方で相手が汐音だとすぐにわかり甘えが出たのだろう、光輝は修行がうまくいかない苛立ちを隠しもせず感情のままに返事をした。
「あまり修行の方はうまくいっていないようですね」
「……」
汐音は光輝を気遣っていたが光輝は何も答えない。感情を抑える自信がなかったからだ。
「五十嵐君、帰っているみたいです。中庭で休んでいるようでしたから、見てもらってはどうですか?」
汐音はできることなら自分が光輝の手伝いをしたかった。
しかし、できもしないことをしてもかえって光輝の邪魔になってしまう。ふがいない自分を悔しく思ったが、今はそれよりも光輝の修行をどうするかを考えなければならない。だから汐音は、それができるアキの情報を提供することで協力しようとした。
光輝は顔を上げると、
「すまない、ありがとう」
感謝の言葉を口にし、すぐさま中庭へと向かう。
「いえ、私にはこれくらいしかお手伝いできませんから……」
汐音は寂しそうに呟いた。
「光輝のヤツ荒れてるな」
一部始終を見ていたカルマが汐音へと声を掛けた。
「ええ、会長の修行はかなり難しいモノですから……」
汐音は光輝の背を見つめ呟く。
「あいつはなんで光輝を見てやらないんだ?」
カルマの言うあいつとはアキの事である。アキが戻ってから一度も話していないため、なんと呼んでいいか迷っているようだ。
「わかりません。五十嵐君が見てくれる約束になっていたのですが……それに会長の力の覚醒は五十嵐君が一番望んでいたことなのにどうして……」
汐音はシルフィの言葉を思い出す。
『アキにはまだ気を許してはいけませんよ』
やはり違うのか? 汐音の疑念はふくらみはじめていた。
しかし、まずはさしあたっての問題を解消したいと汐音は考えた。
「カルマ、今度会長の剣の相手をしてあげてください。ストレスを解消させてあげたいですから」
汐音はカルマへ真剣な面持ちでお願いする。
「ストレス解消のためにオレを使うのかよ」
カルマは苦笑いを浮かべる。
「悪い話じゃないでしょう? カルマにとってもいい稽古になるんですから。このままじゃ冬華ちゃんに見限られますよ」
汐音はカルマに最も効果的な手段で言い含めようとする。
「お、おう。そうだな、オレもこのままでいるつもりはねぇからな。冬華が戻るまでに強くなっとかねぇと」
カルマは握り拳を見つめて自分に言い聞かせるように呟いた。
汐音の試みは読み通り成功する。
「ではお願いしますね」
汐音は笑みをこぼした。
「クークー……」
中庭でアキはサラの膝枕で寝息を立てていた。
傍から見ると、この空間だけが甘ったるい世界へと隔絶されているようだった。
実際サラはアキの穏やかな寝顔を幸せそうに見つめている。
その光景を遠くから見つめる者たちがいた。サラファンクラブ会員の面々だった。彼らは各々城の警備の持ち場からこっそりサラの事を見守っていた。そして、アキの事を疎ましく思っていた。
しかし、悔しいけれどサラが幸せならばと、遠くから見守ることを会員同士で決議されていたようだ。二人の邪魔はしない、あの甘ったるい世界へ踏み入らないと。
その甘ったるい幸せ空間を破壊するかのように光輝がやってきた。
「アキ!」
会員たちの視線が光輝に集まる。どこか期待に満ちた目だった。決議に納得できない者もいたのだろう「オレの代わりにぶちのめせ!」と目で叫んでいる者もいた。そうでない視線も混じっていたが……
光輝が声を上げるとサラはキッと睨みつける。二人だけの時間を邪魔されたくないのだろう。
「(静かにしてください。アキは疲れているのです。用事なら後にしてください!)」
「後だとすぐにアキはいなくなってしまうでしょう!」
ここ最近のアキの行動から推測し光輝はそう言っていた。
「(仕方がないでしょう、アキは忙しいのですから)」
声を潜めない光輝にサラの苛立ちは増し視線はさらに鋭くなる。
「しかし、修行に付き合ってくれる約束でしょう」
光輝はあの晩にした約束を口にする。
「(はじめに付き合っていたでしょう。後の事はご自分で何とかしたらどうですか!)」
サラの態度は、とてもじゃないが光輝に対して協力的には見えなかった。
そんな態度に出てくるとは思いもしなかった光輝は驚き、声を失う。
「なっ!?」
光輝が言葉を失っていると、アキがうなされはじめる。
「う……くっ!?……」
サラは光輝を放置するとアキへと視線を向ける。
「アキ?」
サラは心配そうに声を掛けアキの頭を撫でる。
「……か……らず……」
「え?」
アキの寝言にサラは聞き返していた。
「…………くっ!?」
アキは目を見開き目が覚めた。
「アキ、大丈夫? うなされてたみたいだけど」
サラは心配そうに声を掛ける。
「ハァハァ、ああ。なんでもない」
アキは額に手をあてるとそっけなく言った。
そんなアキの態度に何を思ったのかサラは光輝へ向けて不満を漏らした。
「光輝さんが大きな声を出すからアキがうなされたのですよ!」
理不尽過ぎるその言い分にさすがの光輝も頭にきた。
「夢の責任なんてとれるか! そんなもの本人の問題だろう!」
「あなたが来るまではアキは穏やかに眠っていたんです! あなたのせいに決まってます!」
サラは敵意むき出しで言い放った。
「なっ!? なん……」
「やめろサラ。すまないな光輝、サラも悪気があるわけじゃないんだ。俺のこととなるとどうも過剰に反応してしまうんだ」
アキは起き上がると光輝の言葉を遮り謝罪する。
「当たり前でしょう。わたしはアキをもう失いたくないんですから。もうあんな思い……」
サラはアキがいなかった時のことを思い顔を曇らせる。
アキは優しく微笑むとサラを抱きしめる。自分はここにいる、どこにも行ったりはしないと伝えるように。
「そうだな、僕も言い過ぎた。……すみませんでしたサラさん」
光輝はサラに頭を下げた。サラの気持ちを考えればこうなっても仕方がないのかもしれない。光輝は自分をそう納得させた。
「いえ、こちらこそすみませんでした」
サラも頭を下げた。アキの手前そうしているだけのように見える。気持ちがこめられているようには聞こえなかった。
「それで、何か用じゃなかったのか?」
アキは光輝に訊ねた。
「ああ、アキに修行を見てもらいたいんだ」
光輝は当初の目的を思い出し、そう切り出した。
アキは一瞬渋い顔を見せると、口を開いた。
「すまない、今日は疲れてるんだ。明日でいいかな?」
アキはやんわりと断りの言葉を告げた。
「あ、ああ、わかった。……しっかり休んで、明日は付き合ってくれよ」
「わかった、じゃあ明日な」
アキはそういうと席を立ち、自分の部屋へと向かって行った。
サラも当然アキについて席をあとにする。
光輝はアキの背を見送ると演習へと戻って行った。
このときの光輝はだいぶ余裕がなかったようだ。普段なら気付けたであろう視線を今日に限って見過ごしていたのだから……
「(よりにも寄ってサラ殿に食って掛かるとはどういうことか!)」
「(牙を向くなら向こうの男の方だろう!)」
「(サラ殿への無礼、陛下の客人でなければ許さぬところだぞ!)」
と光輝は会員たちから密かに叱責されていた。
「……」
翌日も光輝は演習場に来ている。
アキが来るまで、カルマが相手をすると言ってきたのだ。
「ほら、どうしたカルマ、この程度か?」
光輝は連続でカルマを斬りつけていく。
カルマは何とかギリギリのところで防ぐことができていた。
「なに言ってやがる、まだまだこれからだぜ!」
カルマは光輝の剣をかち上げると、得意の連続突きで襲い掛かる。
「それはもう知ってるよ!」
光輝は同じ連続突きで応戦する。
カルマの突きをすべて同じ突きを放ち相殺する。
「マジかよ!?」
カルマは驚愕の表情を見せる。
「あっはは、まだまだ行くぞ!」
光輝は楽しそうにカルマへと斬りかかって行く。
光輝のストレスを発散させるという、汐音の思惑は成功していた。カルマの稽古にもちゃんとなっているようだ。力の差があり過ぎると、どちらにとってもマイナスになってしまうが、今は剣技のみで稽古をしている。光輝の方が腕は上なのだが、カルマの技は異世界の剣技ということもあり、先を読んで行動することが難しく、結果いい勝負ができている。
「これならどうだ!」
カルマは威勢よく声を上げると、普通に光輝に斬りかかって行く。
光輝はその剣を普通に剣で受け、拍子抜けする。
「ただの袈裟切りじゃ……」
光輝がそう言いかけた時カルマは、切り結んでいる箇所を起点とし剣の背を片手で押さえると、剣の柄を振り上げ光輝の顎を打ち抜く。剣の持ち手でアッパーを打ち込んだ形となった。
「グッ!?」
光輝は派手に吹き飛んでいた。
しかしカルマはあまり嬉しそうにしていない。顎を打ち上げた拳を見て不満そうにしている。
「光輝……はじめて見せたってのになんて反射神経してやがる」
インパクトの瞬間光輝は自ら跳びダメージを減らしていた。
「何言ってんだ、カルマだって今のにはまだ続きがあるんだろ? お前の体はまだ何かしようと反応してたぞ」
光輝は楽しそうに笑顔を見せる。
「さあ、どうだろうな……」
カルマは頬を引き攣らせながら笑う。
光輝がカルマの筋肉の動きを見てそう言っているのだと知り驚愕していた。予備動作を見て予測するならともかく、筋肉の反応でそれを予測されるなんて今まで経験したことがなかったからだ。
二人の攻防を見ていた汐音は、光輝の顔から溜まっていたモノを吐き出され、ようやくスッキリとした表情を浮かべているのを見れてホッとしていた。
「やってるな。ていうか、俺いらないんじゃないか?」
そこへサラを伴ってアキが微笑みを浮かべやってきた。
「アキ、カルマはアキが来るまで剣の稽古に付き合ってくれてたんだよ。アキには真聖剣を見てもらいたいんだ」
光輝は剣を下ろすと、アキへと視線を向けて言った。
「ああ、わかってるよ。じゃあ、早速はじめるとするか」
「ああ」
アキはサラから木刀を受け取ると、カルマと交替した。
隅に避けドカッと腰を下ろしたカルマへ汐音が声を掛ける。
「どうでしたか? 会長との稽古は」
汐音は壁に寄りかかりながら訊ねた。
「やっぱり強いな、光輝はなかなか決定打を入れさせてくれねぇ」
カルマは感嘆の声を漏らす。
「そうですね。でも最後に一撃入れていたじゃないですか」
汐音はそう言うがカルマは首を振った。
「あんなの躱されたようなもんだ」
「あれに続く技が決まってはじめて一撃と言える。ですか?」
汐音はカルマの言葉を横取りして言った。
言葉を取られたカルマは決まりが悪くなり俯く。
「あ、ああ、そんなとこだ……あいつらと一緒に行くにはそれくらいできないと邪魔にしかならねぇからな」
カルマは握り拳を見つめ呟いた。そして気持ちを切り替えるように顔を上げる。
「とにかく、お前に乗せられた甲斐はあった。自分が強くなっていくのが実感できた。光輝と、いや、お前たちと知り合ってから教えられたことが多い。オレはまだまだ強くなれるんだって」
カルマは光輝を見据えニヤリと笑う。
カルマはずっと見ていた。光輝が総司と稽古をしていた時からずっと。そして盗める技術はその目に焼き付け盗んでいた。そのおかげで今日の稽古で光輝の動きに付いていけていたのだ。このまま続けて行けば冬華に追い付けるのではないかとカルマは考えていた。
「そうですか。それはよかったです。ただ、その悪い顔はやめた方がいいですよ。悪い顔が余計に悪く見えます」
汐音は余計な一言を付け加える。
「ぐっ、大きなお世話だ!」
カルマはそっぽを向いた。
「(でも、ありがとう。会長を元気付けてくれて)」
汐音の呟く声はそっぽを向いているカルマには聞こえなかった。
ファンクラブなんて入ったことないな。