兄妹?
冬華がフラムのポージングをディスる中、扉をノックする音が聞こえてきた。
サンディが侍女を引き攣れてやってきた。
「このたびは我が国を救っていただきありがとうございました。空雄様のご容態はいかがでしょうか?」
サンディは何度目かの礼と、何度目かのアキの容態の確認をした。
なぜかアキに対して話しかけてくるため、必然的にアキが対応せざるをえない状況が出来上がっていた。
「俺は、いや、自分は何もしてないので、礼なら冬華たちに言ってやってください。怪我ももう大丈夫です。ご心配をおかけしました、はい」
アキは失礼のないようできるだけ丁寧に返した。
「空雄様はわたくしの命の恩人、傷が癒えるまでごゆっくりなさってくださいね」
サンディは微笑みを絶やさずに話す。
「恩人だなんて、そんな大層なものでは……」
アキは罪悪感で胸が痛くなってきた。
「そんなことはありません! わたくしとても怖かったのです。わたくしの為に空雄様が死んでしまったらと思うと胸が苦しくて……」
サンディは本当に苦しそうに胸に手をあて悲痛な表情を見せる。
アキの胸がギリギリと痛めつけられる。
「だ、大丈夫ですよ。自分は結構丈夫ですので、簡単には死にませんよ」
アキは微笑みを浮かべて見せる。一度死んでいるだけに嘘もいい所である。
「空雄様はお強いのですね。わたくしも見習わなければなりません。亡き父の後を継ぎ、兄たちと共にこの国を治めていかなければなりませんから」
サンディは自信なさげな表情を見せていた。
「姫なら大丈夫ですよ。自分などの為にこうして何度もお見舞いに来てくださる。お優しい上にまめな方ですから、きっと立派に役目を果たせられると思いますよ」
アキはもう舌を噛みそうになっていた。もう普通にしゃべりたい! と声を上げそうになる。
「そんな、わたくしなど兄上たちに比べたらまだまだですわ。でも空雄様にそうおっしゃられるとなんだかできそうな気がしてきますわ」
サンディは嬉しそうに言う。優しいと言われたことが嬉しかったようだ。
「そうですよ、姫なら大丈夫です。でも、無理はせずに頑張ってください」
アキは微笑みかけて言った。
お前も頑張れよ! とお約束の突っ込みを冬華は心の中で声を大にして言っていた。
「はい! ですが今は急ぎ町の復興を済まさなければなりません。民が再び安心して暮らせる町に戻して見せますわ」
サンディは満面の笑みを浮かべ返事をすると、決意を新たに奮起する。
「そ、そうですね。頑張ってください」
アキは眉をピクリとさせると、笑顔を張り付けてそう言った。
「はい!」
サンディはアキを見つめて元気よく返事をした。
「……」
「……」
サンディはアキの顔を様子を窺うように見つめ、何か言ってくれるのをジッと待っていた。
アキはボロを出したくないと思い黙り込んでいた。
妙な間ができ、気まずい雰囲気が漂う。
さすがにこのままここにいるわけにもいかなくなりサンディは口を開いた。
「そ、それではわたくしはこれで失礼いたしますわ。何かありましたらなんでもおっしゃってくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「……では失礼いたします」
サンディは名残惜しそうに一礼すると部屋を出て行った。
アキは笑顔でサンディを見送ると、ベッドに倒れ込んだ。
「な、なんだったんだ今のは? なぜ何度も様子を見に来る? それに最後の復興云々は……まさか!? 俺の動揺を誘おうと? 俺の演出がバレて証拠集めに来たのか? さっきの間はやはり俺がボロを出すのを待っていたんだ!? まずい、まずいぞ! 早くずらからねぇと慰謝料取られる! よ、よし! 今夜夜逃げするぞ!」
アキは最悪の結論に至りガバッと起き上がった。
「ふっ!」
ドスッ
「グフッ!? ……な、なにすんだ冬華」
冬華はアキの鳩尾へ肘を打ち込んでいた。
アキは腹を押さえうずくまる。
「落ち着けバカ兄! そんなわけないでしょ!」
冬華がベッドの上に仁王立ちしてアキを見下ろす。
「な、なんでだよ。それ以外に何があるってんだ」
アキはベッドに伏したまま言う。
「そ、それは……ほら、あれよ」
冬華はなんと言おうか悩む。
冬華はサンディがアキに気があるんじゃないかと思っていた。
最初にお見舞いに来た日から明らかに態度に出てた。話し掛ける相手はいつもお兄ちゃん。頬を朱に染め、笑顔を絶やさない。そして時折弱い部分を見せる。一国の姫ならそんな部分は見せようとはしないはず。間違いない! サンディさんはお兄ちゃんに気がある! たとえ演出だったとしても、それを知らず身を挺して守られればそんな気になってもおかしくない、のかもしれない。おまけに相手はお兄ちゃんだし!
と冬華は思っていた。お兄ちゃん補正が甚だしい。
なのでそんなことは絶対に言わない。冬華はそう心に誓っていた。
「なんだよあれって」
アキはベッドに座り込み不貞腐れたように冬華を見上げる。
「あれは、あれよ……」
「あん?」
アキは意味わかんないんですけど~とムカツク顔をする。
冬華はその顔を見てイラッとした。
「うっさい、黙れ!」
ゴンッ
冬華は黙らせるために頭突きをかました。
「グッ!? いってぇな! 何すんだいきなり!」
アキは額を押さえ声を上げる。
「お兄ちゃんがしつこいのがいけないんじゃん!」
「なんでだよ! 今のは明らかにお前が悪いだろ!」
「私悪くないもん!」
と、兄妹喧嘩がはじまった。早速アキを困らせる冬華だった。
総司は苦笑いを浮かべ溜息を吐き、カレンはオロオロし出す。
嵐三は懐かしい光景を見て呆れたように口を挟んだ。
「まったくお前たちは仲が良すぎるんじゃよ。兄妹喧嘩はスキンシップのようなものじゃからな」
「仲良くねぇし!」
「仲良くないし!」
アキと冬華は見事なハモリを見せた。
「ほら仲良しじゃ」
「「 違う! 」」
二人は言い逃れできないほどのハモリを見せた。
カレンが何かを思いついたように口を開いた。
「まあまあ、仲がいいのはわかったから。冬華ちゃんも隠してるからいけないんだよ。アキ、サンディ様はアキの事を気にいってるんだよ」
カレンは隠すことなく教えた。
「ちょっ!? (ちょっとカレンちゃん! なんで言っちゃうの!? ライバル増えちゃうんだよ!)」
冬華はカレンをつかまえて小声で抗議した。
妹がライバルって言うのもどうなのかとカレンは思ったが、とりあえず利害は一致しているためそこは突っ込まないことにした。
「(まあまあ、私に任せてよ)」
カレンは冬華の肩をポンポンと叩いて微笑む。
「(任せるって……)」
冬華はどういうことかと首を傾げる。
「お~い……ったく、なんなんだよ」
アキは意味がわからず不貞腐れる。
「ああ、ゴメンゴメン。だからね、サンディ様はアキの事をお兄さんのように慕ってるんだよ」
カレンはサンディに兄がいることを利用することにした。
「なんで、俺がお兄さんなんだよ?」
「ほら、アンディ様がサンディ様を身を挺して守ろうとしてたじゃない。アキも同じようにサンディ様を守ったから、アキがアンディ様とダブって見えたんだよ。頼れるお兄さんがもう一人できたみたいで嬉しいんだよ、きっと」
カレンはどうだとばかりに冬華へ笑顔を見せる。
冬華はグッジョブと親指を立ててニヤリと笑う。
「え~俺があのイケメン兄ちゃんに? ありえねぇだろ。全然似てねぇじゃん」
アキはまったく納得していなかった。嫌味を言われているのかとさえ感じていた。
「え? そこ? あのさ、見た目の事じゃないんだけど……いや、アキの見た目が悪いとかじゃないよ! ……その、アキもカッコイイし……」
カレンの声は尻すぼみになっていき、最後の方はアキには聞こえていなかった。
「見た目じゃないならなんだよ? 共通点なんて妹がいることくらいだぞ?」
アキはそれだけで慕われるなら総司も慕われるだろうと首を傾げる。
カレンはどこか脱力したようにガクリと項垂れていた。
「そこだよ! きっとアンディさんもサンディさんを大事にしてるんだよ。お兄ちゃんみたいに」
冬華はここぞとばかりに畳みかける。
「ああ、そういうこと……いやいやいや、俺は別に大事にしてねぇし」
アキは思い出したように否定する。しかし、少し遅かったようだ。冬華は顔をほころばせ照れたように喜んでいる。
アキはしばらく冬華がまとわりついてくるだろうと肩を落とし自分の発言に後悔した。
「まあ、ここには長居するつもりもないし、別にどっちでもいいや」
「そうそう、気にしな~い気にしな~い!」
冬華はアキの横に座り寄りかかってくる。早速まとわりついてきた。
「はぁ、結局、兄妹仲良しのところを見せつけられるんだね」
カレンは溜息を吐き生暖かい目を向ける。
「兄妹仲良し、ね」
アキは何かを思い出したように総司をチラリと見た。
総司はその視線に気付いたようで苦笑いを浮かべる。
「総司、ちょっとツラかせやぁ~」
アキはヤンキー風に言うとベッドから抜け出す。
「うわっ」
寄りかかるものが無くなり冬華はベッドに倒れ込んだ。
アキは総司を連れバルコニーへと出た。
アキは付いて来ようとする冬華を手で追い払うと、冬華は不満そうに頬を膨らませていた。
目の前には黄色く染まった砂漠の町が広がっていた。
しかしアキはそれには目もくれず総司を見据える。
「で、何があった?」
アキは単刀直入に訊ねた。アキの声は低く静かに総司の耳をついた。
「あ、ああ。えっとだな……」
総司はとつとつと語り出した。
・
・
・
話の内容は、結衣とうまく接することができなくなったという、以前冬華に話していた内容と同じだった。
「それで、お前は結衣と話してどうするんだ? これからずっと守り続けるのか?」
アキの目は鋭さを増していた。
「あ、ああ、そのつもりだ」
総司は戸惑いつつもアキの目を見て答えた。
「兄として、か?」
「ああ、そうだ」
総司は迷いなく頷く。
アキは総司を睨みつける。
「お前は、結衣の気持ちを知ってるだろ。それでもお前は兄でいるつもりなのか?」
「そうだ。兄妹なんだから当たり前だろ」
「血は繋がってないだろう」
総司と結衣は血の繋がりがない。親が再婚し、二人はそれぞれの連れ子だった。
「……兄妹であることに変わりはない」
「かもしれない。でも、お前だって結衣のこと好きだろうが!」
「そんなこと……許されるはずがないだろ」
「否定はしないんだな」
「……」
総司は無言でアキを見返す。
「ここは異世界だ! 世間体なんか関係ねぇ!」
「お前ならそう言うだろうな。でも、俺には無理だ。そんな簡単にはいかない」
「無理? 簡単にはいかない? 違うな。お前は結衣を捨てたんだ。訳のわからん野盗に結衣が穢されて、お前は逃げたんだ!」
「違う! 俺は結衣を守り続けると誓った!」
総司はアキに胸ぐらへ掴み掛かり睨みつける。
アキは胸ぐらを掴む総司の手を握り声を上げる。
「そうじゃねぇ! お前は結衣の気持ちに応えられなくなった。結衣が他の男に穢されたから! だから愛せなくなった! 違うか!」
「違う!」
「違わねぇ! 兄という名目があれば楽だからな。お前は男として結衣から逃げたんだよ!」
「クッ……」
総司は唇を噛みしめる。
「お前が愛せないなら……俺がもらうぞ」
アキが思いがけないことを言い、総司は困惑する。
「な、何言って……お前にはサラさんがいるだろ? お前こそサラさんを捨てるんだろ! 今頃偽者と仲良くしてるだろうしな」
総司は頭に血が上り自分が何を言っているのかわからなくなっていた。
「あぁ? 俺はサラを愛してる! 捨てるわけねぇだろ! 偽者ぶっ殺して取り戻すに決まってるだろ!」
アキは怒りを露わにすると感情をぶちまけた。アキが偽者を許せるはずがなかった。
「だったら結衣はどうなる!」
「愛するさ。ここは異世界だぞ、ハーレム作っても問題ないだろ! 世間体なんて知るか! 俺は何人でも愛してやる! お前が結衣を捨てるなら俺がもらう! いいんだな!」
アキはまともな人間なら言わないだろうことを躊躇なく言い切った。総司に最後通告するように。
「!? 俺は……俺は今でも結衣の事を……」
総司は俯くと言うべきところを言い澱んだ。
「結衣の事をなんだ? ハッキリ言えよ!」
アキは声を荒げて総司の胸倉を掴み上げ顔を上げさせた。
総司はキッとアキの目を見据えると声を張り上げる。
「……俺は今でも結衣を愛してる! 結衣は俺の女だ! お前みたいなクズにやるかよ!」
総司はずっと隠し続けていた気持ちをぶちまけると、アキを殴り飛ばした。
「いってぇなぁ、やっと本心言ったと思ったら、いきなり殴るか?」
「知るか! お前の腐った性根を叩き治してやる!」
総司はアキをビシッと指差し言い放った。
「上等じゃねぇか、やれるもんならやって見ろよ!」
アキは怒声を上げると総司に殴りかかっていく。
「「おぉぉぉぉぉぉぉっ!」」
アキと総司の言い争いは殴り合いの喧嘩にまで発展してしまった。
「前からお前の事が気に入らなかったんだよ! 結衣に何度もちょっかい出しやがって! 鬱陶しかったんだよ!」
「俺だってお前が気に入らなかったんだよ! 結衣の気持ち知りながら気づかねぇ振りしやがって! 結衣を悲しませんじゃねぇよ!」
「仕方ねぇだろ! 俺たちが良くても世間が許さねぇんだよ!」
「んなもん、駆け落ちでもなんでもしちまえばいいんだよ!」
「そんな簡単にできるわけねぇだろ! 高校生だぞ! 結衣を不幸にできるか!」
「だったら、高校卒業したらしろ!」
「うるせぇ! お前に言われなくてもする!」
と言い争いながら二人は殴り合っていく。
「お前は指をくわえて黙って見てろ!」
総司に殴られたアキは勢いよく飛ばされる。
アキはバルコニーに仰向けとなり横たわる。アキは見事に負けてしまった。
「何してんの?」
冬華がアキを見下ろし呆れたように訊ねた。
「ハァハァ、見てわかんねぇ?」
冬華はアキと総司を見比べ一つ頷く。
「お兄ちゃんがボコられてるんだね」
アキはボコボコに殴られていた。総司も殴られてはいるがアキほどではなかった。
「ハァハァハァ」
総司は荒く呼吸するとその場に座り込む。そしてアキをチラリと見て口を開いた。
「アキ、なんで結衣にちょっかい出してたんだ?」
「んなもん、好きだからに決まってんだろ」
アキは当たり前のことを聞くなと言いたげに総司を見る。
「それは友達としてだろ?」
「……」
「なんでなんだ?」
総司はその答えをなんとなくわかっていた。それでもアキの口から聞きたかった。
「お前は危機感が足りないんだよ」
「危機感?」
「ああ、結衣はいい女だ。結衣を狙ってるヤツは結構いた。だからそいつらが結衣にちょっかい出す前に俺が出した。お前をその気にさせようとしたんだよ。まあ、結衣がOKしてくれたらそのままもらうつもりだったけどな」
アキはニヤリと笑う。
「何言ってんのお兄ちゃん。そんな気なかったくせに。お兄ちゃんがその気もないのに言い寄るから結衣ちゃんに嫌われるんだよ」
冬華はしゃがみ込み横たわるアキの顔を見下ろしながらそう告げた。
「その話マジだったの? マジで嫌われてたの俺?」
「お兄ちゃんが本気で言い寄れば結衣ちゃんも落ちたかもしんないけど、もう遅いね」
冬華はニシシと笑う。
「マジかぁぁぁっ!?」
アキは惜しいことをしたと大袈裟に嘆いて見せた。総司への牽制の為に。
「……ハァ、まあそういうわけだ。ちゃんと結衣をつかまえとけよ」
「ああ、わかってる」
総司はアキが自分に覚悟を決めさせるためにこんなことをしたのだと察した。
アキにここまでさせたんだ、もう迷ったりはしない。総司は心の中でアキに誓った。
アキは起き上がり総司のもとへ行くと耳打ちする。
「(ち、な、み、に、結衣な。まだ処女だからな)」
「なっ!?」
「(安心しろ、結衣は清いままだ、証言も取れてる。信じられないかもしれんが、お前がはじめての男になればそれもわかるぞ)」
アキはニヤニヤしながら言う。
アキが現地でそれを確認し、後でシルフィに頼んで、現地で一部始終を見ていた精に聞いたから間違いなかった。
この情報はあくまでもボーナスだった。穢された結衣をそれでも愛せるのであれば教えるつもりでいた。
アキはそうできてよかったと思っている。殴り過ぎだとも思っていたが。
総司はアキのニヤケ面を見てイラッとした。これがなければいいヤツなのに……こいつの事は絶対に親友などとは呼んでやらん! 総司は心の中でそう誓った。
「なに? コソコソ話して」
冬華がすぐ横に来て聞き耳を立てようとしていた。
「お子様には関係ない話だ」
アキはそういうと冬華の頭をワシャワシャする。
「お兄ちゃんだって子供、ああ~、頭ぼさぼさになる~」
冬華はアキの手を払い除けようと抵抗する。
「青春じゃなぁ」
嵐三は二人を見て感慨深げに呟いた。
「ハーレム……その手が……」
カレンはいかがわしい単語を口にしアキを見ている。その視線は本気にしていないかと心配になるような真剣なものだった。
アキはフラフラな足取りで部屋に入ると嵐三にしか聞こえないように声を掛けた。
「(じいちゃん、後で少し話がある)」
「(……うむ、わかった)」
嵐三の返事を聞き、アキはベッドに大の字になって寝転ぶ。
「はぁ、いてぇなぁ……」
アキは顔をさすり呟いた。
殴り合いの喧嘩なんてしたことないな。