水と土
「な、なんでお前がここにいるのよ!」
冬華はなんとかペースを取り戻すために声を張り上げた。
ヤツに有利な状況を作らせないため、こちらのペースに引き込もうと考えたのだ。
『なぜって、冬華に会いに来たに決まっているでしょう?』
黒い精霊はとぼけたように嘲笑う。
「そういう意味じゃないわよ! どうして結界内に入ってるのよ! それに人の名前気安く呼んでんじゃないわよ!」
冬華は小バカにされていると感じ怒声を上げる。
すでに結界は張られている。それなのに結界内に入り込んでいるのだ。
『やれやれ何を今更そのようなことを、そこの風の者も結界内にいるではないですか。わたしが入れないわけがないでしょう? それともわたしが何者なのかまだ気づいていないのかな? ト、ウ、カ、は?』
黒い精霊はバカにするようにわざと冬華の名前を呼ぶ。
冬華のイライラは増すばかりだ。すでに向こうのペースに引き込まれていた。
「バカにすんじゃないわよ! 水の精霊でしょ!」
『フフフ、おしい。半分正解。正解は闇水の精霊アイズ、お見知りおきを』
アイズと名乗ると、胸に手を当て礼儀正しく頭を下げた。整った容姿のせいで、執事っぽく見えてくる。
しかし、顔はいびつに嗤っているため蔑みを込めているのは確かなようだ。
嫌味の一つも言ってやりたくなり冬華は口を開いた。
「闇水? ハッ、汚水の間違いじゃないの?」
アイズの表情が一瞬険しくなる。思いがけないところからペースを乱せた。
『精霊に向かって人間風情がよくそんな口が利けたものだ。フンッ躾がなっていないようですね』
アイズはシルフィを挑発するように言うと嘲笑する。
『そうですね、冬華は思ったことを素直に言ってしまいますからね。ですが、あなたは性格がなっていないようですね? 汚水だけに中身まで腐っているんですか?』
シルフィは憐れむように言い、挑発を挑発で返した。
アイズは嘲笑を浮かべる。
『いいでしょう。躾ができないのならわたしがして差し上げますよ』
アイズは冷笑を浮かべ冬華を見据える。
冬華はゾクリと背中に冷たいものが走った。そして体が危険を察知したように無意識に剣を抜いていた。
『フフフ、冬華もやる気のようですね。嬉しいですよ、冬華はそうでなくては』
アイズは嬉しそうに冷たく嗤う。
『おっと、その前に頼まれ事を先に済ませましょうかね』
アイズはそういうと総司へ向け手をかざすと闇水の塊を放った。
浄化中の総司は動くことができない。
「ソウ君!?」
冬華が声を上げた時には闇水の塊は総司の目前へと迫っていた。
そこへ総司のすぐ隣にいたカレンが前に出て防御障壁を出そうとする。
「きゃぁぁぁぁっ!?」
カレンは障壁を出す間もなく総司を庇い直撃を受けた。
カレンは弾き飛ばされ地面を転がる。
「カレンちゃん!?」
『おっと、邪魔されましたか。ですが頼まれたことは果たしましたしいいでしょう』
アイズは邪魔されたことなどなんとも思っていないかのように嗤っている。
何が目的なのかいまいちわからない。浄化の邪魔をしたかったようだが、それを阻止されてもなんとも思っていないようだ。頼まれ事を実行したという事実があれば後はどうでもいいのだろうか。やはりアイズの目的は冬華だということか。
シルフィはアイズから目を離さず目的を探っていた。
「うっ……」
カレンはまだ意識があるようだ。冬華はホッとしかけた。しかし、
『ふむ、苦しませるのも可愛そうですし、止め、刺しましょうか?』
アイズが止めを刺そうとカレンへ手をかざす。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
冬華は攻撃させまいと声を上げアイズへと飛び上がり、右のショートソードで連撃を振るう。
アイズはヒラリと躱すと、冬華の横から闇水の塊を放った。
冬華は左のダガーにわずかに水を纏わせ弾いた。
『フフフ、そんなんじゃわたしは斬れないよ!』
アイズは嗤いながらゆらゆらとした曖昧な形状の闇水の剣を作り上げると冬華を斬り付ける。
冬華は水を纏わせたダガーで受け止め、ショートソードで横薙ぎに斬り付けた。
しかし、アイズの体は水のようにバチャンと剣を通過させる。そして何もなかったかのように元通りの体に戻った。
『だから、そんなものではわたしは斬れないって知ってるでしょう? フンッ!』
アイズは闇水の剣の力を強め、振り切った。
パキンッ
「クッ!?」
冬華はダガーを叩き折られてしまった。
『フフッ、隙だらけですよ!』
アイズはがら空きとなった脇腹を蹴り飛ばした。
冬華は地面へ叩きつけられもんどりを打つ。
「グハッ!? あ……くっ」
アイズはそのまま冬華を追撃すると倒れている冬華の胴を横薙ぎに斬り抜く。
ビュォォォッ
冬華の胴へ吸い込まれて行くと思われた闇水の剣は胴に当たる直前に一陣の風によって止められた。
『冬華はやらせませんよ!』
その風はシルフィが振り上げた風の剣だった。
『風の!』
アイズは折角二人で遊んでいるのを邪魔され苛立ちの声を漏らした。
シルフィはすぐさま風の魔法を放ちアイズを吹き飛ばし距離を作る。
『くぅぅっ!?』
アイズは忌々しげにシルフィを睨みつける。
『冬華! 大丈夫ですか?』
シルフィは冬華の体を支える。
「うん、ありがとシルフィ」
冬華は平気そうな顔をしているが、ミイラ共との戦いが響いているのかまだ本調子ではないようだ。
『まだ回復しきれていないのでしょう? 不本意でしょうがここは二人でやった方がいいと思います』
冬華は二対一というずるい戦いはしたくはないとわかっていたが、シルフィはアイズを退けるためにはこうするしかないと考えた。
「……うん、わかった」
冬華は悔しいが今はそれに従った。
冬華はカレンへ視線を向け様子を窺う。
カレンはランディが回復魔法を掛けてくれていたようで目を覚ましていた。
冬華はホッとした。
「もう! カレンちゃん! 回復役が怪我してたんじゃ意味ないでしょう。後で説教だからね!」
冬華は安堵したためか声に迫力がない。
「う、うん、ゴメンね」
カレンが申し訳なさそうに謝る。
「ううん、ソウ君を守ってくれてありがと」
冬華はカレンに微笑みかける。
『ランディはカレンと総司を、今度は怪我させないでくださいよ! 冬華、総司はまだ動けませんからなるべく離れて戦いましょう』
シルフィは護衛役も兼ねているランディがカレンより反応が遅れていたことに腹を立てていた。そのためクギを刺すようにそう言った。
「クッ、すまない」
ランディは謝罪するとカレンを連れ総司の側へと集まる。
そして冬華とシルフィはアイズへと距離を詰める。
『二対一とは冬華らしくないね』
アイズは嘲笑うかのように言った。
「うっさい! お前に私らしさなんてわかるわけないでしょ!」
冬華は言いながら折れたダガーを捨てると魔法を放つ。
「水の弾丸」
アイズは避けることなく闇水の剣で弾く。
当然冬華も弾かれるとわかっていた。
本当は避けてくれると嬉しかったのだが贅沢は言っていられない。無駄な動きを一つさせることができただけましだった。それだけでも次の動きに入る時間が稼げたからだ。
『はぁぁっ!』
シルフィが続けざまに風の刃を放つ。
『フン、その程度』
アイズはまたも闇水の剣で斬り伏せる。
その隙を突いて冬華がショートソードを水の剣へと変え両手持ちの連続突きを放つ。
「うらぁぁぁぁぁっ!」
アイズはまたしても闇水の剣で受けるが、両手持ちの突きの為片手の時とは比べ物にならないくらいに重い突きとなっていた。纏っている水はわずかだが、突きの重みでそれを何とか補っていた。
アイズの闇水の剣は突きを受けるたびに削り取られて行く。
『フフフ、そうです。これでこそ冬華なのです』
アイズは闇水の剣をジワジワ削られているにもかかわらず喜び嗤っていた。
『ハァァァァッ!』
シルフィも風の魔法を放ち冬華の援護をする。
冬華たちの手数が増え、アイズの剣も小さくなっていく。
「おぉぉぉぉっ!」
冬華がトドメとばかりに声を張り上げ縦一文字、渾身の面を放つ。
『でも、まだまだです!』
アイズの体から闇がほとばしると闇水の塊が冬華たちへと放たれていく。
シルフィはなんとか風の防壁を張り防げたが、冬華は面を打ち込むところだったためモロに胴に打ち込まれていた。
「グフッ!?」
冬華は直撃を受け、弾き飛ばされると地面を転がっていく。
『冬華!?』
シルフィが冬華へ駆け寄ろうとする。
『邪魔だ』
アイズが手を振るうと闇水の刃がシルフィを襲う。
シルフィは咄嗟に風の刃を放つ。
『きゃっ!?』
しかし間近で弾いてしまったため衝撃波で弾き飛ばされてしまった。
アイズはヨロヨロと立ち上がろうとする冬華へ追い打ちを掛けるべく闇水の塊を放った。
『ハハッ、避けないと大変なことになるよ』
アイズが楽しそうに告げるが冬華はまだ立ち上がっていない。
冬華は間近に迫る闇水の塊を視界に治める。
「クッ!?」
立ち上がる時間はないと思い冬華は転がるように躱す。
『ハハッ、ほらほらどんどん行くよ!』
アイズは転がる冬華へ連続で闇水の塊を放っていく。
冬華はゴロゴロと転がり躱していく。アイズはギリギリで躱せる範囲で攻撃し楽しんでいるようだ。
「くそっ」
冬華は悪態をつきながらも躱すので精一杯だった。
『ほらほら、反撃しないと今度はホントに逝っちゃうぞ!』
アイズはさっきの倍はある大きさの闇水の塊を放った。
躱すだけの冬華を見ているのに飽きたのか、今度は完全に直撃コースだった。
躱せないと判断した冬華は腕をクロスさせ防御しようとする。しかし、これでは両腕を潰されるだけだったが、生き残るためにはこれしかないと体の防衛本能が反応していた。
冬華は目を閉じ直撃を覚悟した。
ゴォォォォォォ
しかし、直撃は来なかった。代わりに熱気が冬華の前を通過していった。
冬華が目を開くと、目の前の景色が蜃気楼のように揺らぎ、地面は黒く焦げていた。
「悪い、待たせた」
総司が冬華の前に立ち剣を構える。
「ソウ君! 浄化したあとなのに大丈夫なの? 戦えるの?」
冬華は総司を見るなり感謝の言葉ではなく心配するように訊ねた。
冬華が浄化をした直後は疲れ果て動けなくなっていたからだ。それなのに総司は意外と元気そうだった。男と女の違いだろうか? 冬華は総司をまじまじと見ていた。
「ああ、多少疲れてはいるけどそんな事言ってる場合じゃないだろ?」
総司はアイズを見据えたまま言う。
「それもそうだね」
冬華も立ち上がり総司の横で剣を構える。
「じゃあ、行こうか!」
総司が声を上げると剣から炎がほとばしり炎の剣となる。
冬華も弱々しいながらも水の剣をつくり上げると、二人はアイズへ向かい駆け出した。
『まったく、どうしてこうもわたしと冬華の邪魔ばかりしたがるのか。まあ、障害があった方が燃えるけどね』
アイズは遊んでいるかのようなことを口走り、闇水の剣を携える。今度の剣は先ほどの剣とは違い、形がハッキリして、造形がほぼ剣そのものになっている。
「はぁぁぁぁっ!」
総司が炎の剣を面を打つように縦一文字に振り下ろす。
ギンッ
アイズはそれを剣で受け止めた。
総司はすぐさま剣を小さく斬り返し、籠手へと打ち変える。
総司の振りがコンパクトだったためアイズは剣で防ぐことができず躱そうとするが、避け切れずに腕をかすめた。
『グッ!?』
腕が一瞬燃え上がったがすぐにジュッと音がすると消火した。
アイズは顔を顰め総司を睨みつける。
しかしそんな余裕を与えるバカはいない。
総司の後ろから冬華が飛び出し、胴を狙い横薙ぎに振り抜いた。
「うりゃぁぁぁぁっ!」
アイズは後ろに下がり躱そうとするが、後ろからの風の魔法で押し戻された。
押し戻された先には冬華の水の剣が待ち構えている。
『クッ!?』
(当たる!)
冬華はこれならアイズに当たると確信した。冬華は自らフラグを立ててしまった。
グゥィン
当たるかと思われた水の剣は突如せり上がってきた土の壁によって防がれてしまった。
「なっ!? なんで? 麻土香ちゃん?」
土系統の魔法だと思い、冬華ははじめに思い浮かんだ麻土香の名前を口にした。
しかし、まわりを見渡しても麻土香がいる気配はない。
すると、シルフィが声を上げた。
『冬華! 総司! 下がって!』
冬華たちはその声に反応すると、バックステップで後方に下がった。
ゴゴゴゴゴッ
冬華たちが元いたところを見ると、石の槍が地面から突き出ていた。
やはり土系統の魔法、冬華は麻土香が来ているのかと疑った。
水の剣を防いだ土の壁にヒビが入る。
そして、土の壁から何者かが出てきた。
出てきたのは麻土香ではなく、ゴツゴツとしたシルエットの闇色の塊だった。
それはゴトゴトと音を響かせると、人の形へと変わっていった。
『助けなど必要ないんだがな』
アイズがゴツゴツの人型へと不満を漏らした。
『そうか? 今のは危なかったんじゃないか?』
ゴツゴツの人型は人の言葉を話した。どうやらアイズの仲間のようだが、そうなるとやはり精霊と言うことになるのか?
冬華は目の前の二人を観察するように見る。
「精霊、だよね……」
冬華はボソリと呟いた。
「そうみたいだな。一体増えたか、厄介だな……」
総司は敵を見据えると悪態をつく。
ゴツゴツした闇色の人型は冬華たちへ向き直ると闇の一部を取り除き顔を露わにする。
岩人間、というのが第一印象だった。ゴツゴツしたシルエットはそのまま顔にも反映されていた。おそらく体も同じ感じだろう。冬華はそう確信した。
『お初にお目にかかる、人間ども。オレは闇土の精霊ガイアスだ。覚える必要はない、どうせお前たちはすぐに死ぬ』
ガイアスと名乗る精霊はアイズと違い殺る気満々だった。
闇土と聞いて冬華が何かを言おうと口を開きかけたが、先にアイズが声を上げてしまった。
『待て! 冬華はオレのものだ手出しはゆるさんぞ』
アイズは殺気立つとガイアスを睨みつける。少し口調が変わってきている気がする。
当然勝手に自分のもの宣言したアイズに冬華は文句を言おうとする。ついでにさっき遮られた恨みも言ってやるつもりでいた。しかし、
『冬華が誰のものですって? 冬華は私の子です誰にも渡しません!』
シルフィは冬華よりも先にお母さんのようなことを言った。
「お母さんか!」
冬華は悉く遮られ、ここぞとばかりに突っ込んだ。
しかしアイズたちは冬華たちの事など無視して話をしている。
『じゃあ、あの娘以外ならいいんだな?』
『ああ、冬華はオレのものだ』
『それはもう聞いた。好きにしろ。オレは残りを殺らせてもらう……それよりお前少し変わったか?』
ガイアスはアイズの変化に気付き訊ねた。
『オレのどこが変わったというんだ?』
言いがかりをつけられアイズは苛立ちを見せる。
ガイアスはジーッとアイズを観察し、何かに気付くと口らしき部分を動かした。
『お前、性別が男になりつつあるぞ』
『何をバカなことを! オレに性別など無意味だ! そんな事よりオレと冬華の邪魔は入れさせるなよ』
アイズはフンッと鼻を鳴らすと、視線をガイアスから冬華へ戻す。
『……まあいい、他はオレが狩る。それでいいだろ』
ガイアスはアイズの変化に興味を失うと冬華以外を標的に定める。
アイズたちが話している間にシルフィは冬華の側へと戻っていた。
『冬華、ガイアスは私が抑えます。その間に二人でアイズを』
シルフィがそう提案する。
「わかった。でもシルフィ一人で大丈夫?」
『ええ、同じ精霊同士私が遅れをとるわけがないでしょう』
「ハハッ、そうだね」
冬華が笑って答える。
「でもあのガイアスってヤツ、全員を標的にしてるみたいだぞ。さっきからガン飛ばしてきてるし」
総司は当然睨み返している。
「アイズは冬華ちゃんばかりを狙っているけど、まだ冬華ちゃんを殺そうとはしていない。だったら危険なガイアスを先に俺とシルフィさんで倒した方がいいんじゃないか?」
総司は効率のよさそうな提案をする。
『しかし、それでは冬華に負担が』
シルフィは冬華が危険な目にあわない選択を選びたかった。しかし、冬華はそれを許さない。
「私の事はいいから! 時間稼ぎくらいできるよ、だからさっさと二人であのゴツイのやっちゃってよ」
冬華は簡単そうに二人に告げる。それだけ信頼しているということだろう。
『……わかったよ。速攻で片付けるから無理しちゃダメだよ!』
シルフィは心配のあまり素に戻っていた。
「うん、無理しない……(たぶん)」
冬華に無理するなという方が無理である。冬華が言うことを聞くはずがなかった。シルフィもそのことは知っている。
『ホントにわかってるの?』
シルフィは冬華の頬を両サイドに引っ張り念を押す。
「わはってふよぉ」
冬華は涙目になって言う。
『だったらいいけど……』
シルフィが手を放すと、冬華は両頬をさすり恨みがまし目でシルフィを見る。
「(少しくらい信じてくれてもいいのに…)」
冬華は聞こえないようにぶつくさ呟いた。
「向こうも話がついたみたいだぞ」
アイズたちを警戒していた総司がそう告げると冬華も剣を持つと臨戦態勢を取る。
「んじゃ。第二ラウンドと行きますか……ラウンドガールはいないけどね」
冬華はこんな時でも余計なことを言わずにはいられなかった。
案の定、誰も突っ込んではくれなかった。
ついに3桁突入ですか。