問いの二 覆うは白、隠すは本質 8
「こんにちは。 金本さん、でいいのかな?」
公園のベンチに座っていた男に話しかけた。写真屋さんに特徴は聞いていたから、恐らく間違いはないだろう。
「そうですが… あの。何処かで会ったことありますかね?」
不思議そうにこちらを見て、少し警戒する。 なるほどなるほど、確かに声が少し幼い。 顔に似合わずと言ったところだ。
「いえ、会うのは初めてだよ。 …餃子鍋、とっても美味しかった。 そう言えば、分かるかね?」
「……ああ! もしかして、本多さんの彼女さん、ですか?」
…誰が彼女だい。 タイプじゃないってんだよ。 少しのイライラを抑えながら、人当たりの良い体勢を崩さないように言葉を続けた。
「いえ、彼女とかではないんですけど。 …話を聞いて、少し聞きたいことが出来まして」
「はい、俺なんかに答えられれば」
「なーんで。奥さんにあんな格好させてるんだい?」
「え………」
戸惑うような反応。 ふむ、確かに写真屋さんなら普通と判断しそうだねぇ。 だけどね、わたしから見ればその反応は『上手すぎる』よ。 まるであらかじめ用意していたように、慣れている。 私は一定の距離を保って、男の言葉を待った。
「な、なんのことでしょう? あんな格好? 心当たりがなさすぎて、ちょっと意味がーー」
「ふーん。 あんな包帯ぐるぐる巻きにしといて、とぼけるんだねぇ」
「ほ、包帯? 一体何を言ってるんですか?」
……本当に知らない。 そう思わせるには十分だ。 しかしね、あんたが知らない訳がない。 恐らくだけど、あの女が望んであの姿をしているのではない。 そこに理由があり、そしてその理由を持つものは…… 他の誰かだ。 あの女からは、諦めを感じた。 どうしようもないことから逃げて、ただ流されるままそこにある。 わたしが嫌いなタイプだ。 自分をどうでもいいと思っているやつ。
なら、その理由は誰が? 子供はない…… あの子供の目は、母親を守ろうとする目だった。 そしたらあとは、あんたしかいないわけだよ。
「あの。 本当に、何も分からないのですが」
「……しらばっくれるかい。 ったく、賢いねぇ。 ひどく面倒なやつだよ」
たとえわたしの予想が当たっていても。 それを裏付けるものは現状ない。 つまり、目の前の男が知らないと言えば、悔しいけれどそれが真実となってしまう。
まったく…… 写真屋さん、早くしてくれないかねぇ。
「……やっぱりわたしもあの女の所、行けばよかったかね」
「あの人のもとに、誰か行ってるんですか」
その声は。 さっきまで戸惑っていたとは思えないくらいに、低くて、敵意のこもった声だった。 …… へぇ、意外と簡単だったんだね。 本性、出ちゃってるよ?
「ええまぁ。 あんたに餃子鍋教わった人が」
「そうですか…… あなたは、誰かを大切に思っていますか?」
敵意のこもった声にしては、ひどく拍子抜けな質問。 狙いが読めないねぇ、まぁ一応保険はかけておくか。 わたしはポケットのスマホを手の感覚だけで操作する。 一番上に作っといたんだ。 あとは送信できるように……
そう考えながらも、質問に答えた。
「そうさねぇ。 わたしのこと好きと言ってくれる人は、大切に思っているかねぇ」
そう答えると、男は笑った。 とても楽しそうに口角をあげたのだ。
「俺は、あの人を愛しています」
「突然なんだい? 愛の告白なら本人にすりゃあいいだろう」
「はい。そうします。 だから…… あの人を傷付ける人、そして邪魔をする人には」
「消えてほしいんです」
ドゴッ。 その音とともに、後頭部に鈍い痛みがはしった。 ……これは、まずいね。 薄れる視界に負けないよう、準備していたメッセージを送る。 写真屋さん、悪いけど頼らせてもらうよ……
「よくやってくれたね」
「我らは…… ミイラ」
ぼんやりと見えた。 顔の部分が白い数人立っていた。 一人、バットのようなものを手にしてる。…… あれで殴ったのかい。 ひどいねぇ………
………っ! そうかい、そういうことかい。 その言葉は… ふふ、愛する人のためなら、どんなことでもするってかい。 それがどんなに無謀で、も………
血の匂い、それが自分のものだと気づいた所で。 わたしは意識を失った。