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問いの二 覆うは白、隠すは本質 7


「どうぞ」



その言葉の後に、僕と佐野の前にコーヒーが置かれた。 佐野は横目に僕を見て少し頷く。 毒を盛る、なんて非現実なことは起こらない。 そう思いたいが、目の前のコーヒーを出した人物がおよそ現実的とは言えない姿である。

佐野は少し警戒しながらも口をつける。 僕はそれを気にせず、テーブルの向こうに座るそれを見つめた。




「えーっと。 金本さんは…… 女性で間違いないですよね?」


コーヒーを置き、佐野はそう言った。


「……はい」


それだけ答えて、視線の分からない顔が少し俯いた。 不気味だな、僕は素直にそう思った。





「そうですか。 …いやね、こちらのお宅でですね、まぁその…… そういった格好と言えばいいですかね。 目撃されまして、それがテレビで取り上げられて。 今や一つのブームみたいになってましてねぇ」


「……知っています。 何度か、そういった方がいらっしゃいましたから」



……報道関係者だろう。 当然といえば当然だ。 これだけ世間に影響を与えているのだから。


……酷く落ち着いている。 慣れて、いるのだろうか。 いや、少し違う…… どこか、諦めているような。 そんな風に見える。


ふと、佐野がスーツの内ポケットを漁り、年季の入った黒い手帳を取り出した。 パラパラとめくり、あるページを親指で止める。 それを見ながら、佐野は話し出した。




「……。 大変申し訳ないのですが。 こちらも仕事上調査は絶対でして。 あなたの周囲の関係など、独自に調べさせてもらいました」


そう言って、佐野は軽く頭を下げる。 それに対して、何も反応しない。 目の前の女性は俯いたまま、こちらには捉えられない視線をどこかに向けている。




「金本 唯さん。 28歳、専業主婦。 6歳になるお子さんがいますね? ……旦那さんは金本 誠さん、31歳。 近くの塗装会社にお勤めですね。 ここまでで、何か間違いはありませんか?」


返事はなく、ただ小さく頷く。 ……夫はあんなに明るい人だったが、この人はとても落ち着いていて、暗い人だ。 それがもともとなのか、顔を覆う包帯のせいなのかは僕には分からない。



「……それから。 高校生の弟さんがいますね? ……… 三ヶ月ほど前に、お亡くなりになっていますが」





その時の、小さな変化。 僕にしか分からないのだろう。 ただ真っ白で、何も読めないその顔に。 少し、歪みが出来た気がした。



「……これはこちらの勝手な推測ですが。 そちらの格好は、もしかして…… 弟さんと関係が?」


佐野の言葉に反応はない。 でも、僕には見える。 先ほどまで見えなかった歪みのようなものが、今は見えている。


佐野はそこまで言って、ソファーの背もたれに体重を預けた。 調べた結果は、今言ったものだけなのだろう。 それに対して、相手から答えはない。 お手上げだと言うように僕の方を見る。




「……皆様に。 ご迷惑をおかけしていることは、大変申し訳ないと思っています」



少しの沈黙を破ったのは、彼女だった。


「……ですが。 私には、この包帯を外すことは出来ません」



謝罪の意を込めながら、しかしはっきりとした意思がある。 何があろうと、彼女はその姿を崩すつもりはない。 そういったものを感じた。



「………。 そう、ですか。 まぁこちらとしても、大きな事件などが起こらなければ黙認という形をとっていますので。 いやぁ、すみませんね突然お邪魔して!」



佐野は わざとらしく大きな声を出す。 …あまり居心地は良くないのだろう。

立ち上がろうとする佐野を横目に、僕は彼女を真っ直ぐ見つめる。



弟さんと、何か関係があるのだろう。 僕にしか見えなかった歪みは今は消えている。 当たり前だけれど、何かある。 何もないままその姿を続けることはありえない。



「あなたは」



立ち上がった佐野をよそに。 僕は、彼女に問いを投げかける。


「おい、写真屋……」



「あなたは。 一体誰のために、何を隠しているんですか」



僕の問いは。 彼女にまた少しの歪みを生み出した。




「…それは。答えなければならないことでしょうか」

「……。 いえ、ですが。 ……あなたを大事に想う男性と、僕は会ったことがあります。 その人も、あなたのその姿を望んでいるのでしょうか」



一度しか会っていない。 でも彼は…… 純粋に、彼女を大事に想っている。 そう感じることが出来た。 だからこそ、その姿は…… 彼を苦しめることになっているのではないだろうか。








「おかあさん」



不意に、後ろから子供の声が聞こえた。 振り向けば、幼い顔の男の子が立っている。 ……その顔には、敵意のようなものを感じた。



「……守。 おかえりなさい」


そう告げる彼女に反応せず。 僕と佐野を睨みつけるように見る。 そしてーー







「お前らも。おかあさんのこといじめるのか!」


そう言って母親の元へ走り出し、僕らと彼女の間に立ちはだかる。


「あ、あのね? おじちゃん達は別に悪いことしにきたわけじゃーー」

「うるさい! うるさい! お前らもあいつと同じだ! おかあさんを傷付けるんだ!」


佐野の話を聞こうとせず、大声で叫ぶ。 その姿を、僕はひどく落ち着いて眺めていた。そして、一つだけ。 素朴な疑問が浮かんだ。





あいつとは、誰だろう………


実の父親を、そう呼ぶのだろうか。 こんな幼い子供が? ……そう思えないのは、僕が本人に会っているからだろう。 とても…… 誰かを傷付けるようには見えなかった。 いたって普通のーーー






普通ってのは、一番怖いんだ。










……なんで今、神城の言葉を思い出すのだろう。 普通は、ない。 人は皆、異常さを持っている。

……あくまで。 これはあくまで仮説だ。 裏付けるものは何もない。 ただ一つだけ、確信が持てることがあった。




「………金本さん。 その顔の包帯を、取ってくれませんか」



子供の背に隠れた彼女に、僕はそう言った。



「……なぜ、でしょうか」


「………止めるため、です。 僕の考えが正しければ。 あなたがそれを隠す理由、それを作り出した人物は。 おそらくあなたのためならば…… どんな犠牲も厭わない。 …… あなたが生きる上で邪魔になるのならーー」




「他人の命さえ。 平気で奪うでしょう」




そう思いたくはない。 でも、きっとそうなるのだろう。 彼は、彼女をーー 愛しているのだから。



「……守。 少し、離れていて」

「おかあさん……」


心配そうに見つめる子供の頭を優しく撫でる。 そこにはしっかりとした母親の姿がある。


「……お見せします」


そう言って。 首の後ろに手を添えると、顔を覆う白い布が緩みーー ゆっくりと、とかれていく。











「……! こいつは、ひでぇな」

「おかあさん……」


佐野は苦虫を噛んだような顔をしている。幼い子供の目には、少し涙が溜まっている。 そんな彼らをよそに、僕は彼女の………







刃物で何度も傷つけられた、傷だらけの顔に苛立ちを感じていた。




「……これが。包帯を巻いていた、理由です」


そう言って俯く。 何十本もの、乱暴な切り傷。 それが彼女の隠したものだ。



「……奥さん。 それは一体、誰にやられたんですかね? 流石に立場上、黙ってはいられないんですわ」


佐野の声には、怒りがこもっている。 …女性の顔をこんな風にした人物が今も何処かにいる。 そう考えただけで、佐野にとって許せはしないことなのだろう。

僕は見つめる。 彼女を、その傷を。瞬間、耐えていたものが熱を持ってこみ上げてきた。






「なぜ隠した」

「おい、写真屋。どした……」


「佐野。 少し、黙っていろ。 俺は彼女と話しているんだ」


彼女を傷つけた人物を、僕は許すつもりはない。 しかし同時に…… 彼女の行いを許すつもりもない。






「……この傷を知られなければ。 いずれ終わると、思っていました」

「……自己犠牲か。でもそれはあなたの勝手な自己満足だ。 真実を隠しても、起きた事実が消えはしない」


「……私は、強くない。 止めることなんて、出来なかった」

「………っ!」



僕は目の前のテーブルに、握った拳を叩きつけた。 大きな音を立て、テーブルが揺れる。




「ずいぶん落ち着いた人だと思っていた。 でも違うんだな、それは…… 諦めだ。 あんたは彼を止められないと分かって、ただ隠した。 傷も、真実も、自分自身も。 それがーー」





「………血を分けた兄弟への。 せめてもの償いか?」







ブブブッ。


ポケットのスマホが振動した。 沈黙を続ける彼女を見ながら、そっと取り出し画面を見た。



「………っ!」


「お、おい。 写真屋? 話が見えねぇんだが……」


「佐野。 彼女の処理を頼む」



そう言って、僕は立ち上がり。



「彼はどこにいる? いま、どこに住んでいる?」



彼女に向けてそう言った。


「……ここから。15分ほどのアパートに」




それを聞いて、僕はその場から走り出した。後ろから佐野の声が聞こえたが、気にしている暇も余裕もない。 少しでも早く、行かなければならない。 届いたLINEを見直して、心臓はまた早くなる。 嫌な予感しかしない。









『しくじった』



その言葉が、神城から届いた。









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