問いの二 覆うは白、隠すは本質 6
「ふぁぁぁぁぁ〜あ」
「……眠そうだな」
「当たり前だろうが! こっちは包帯野郎どもの処理でまともに寝れてねぇんだ!」
目の下のくまが目立つ。 疲れとストレスからか。 眉間にシワを寄せ、普段より一層威圧感が増している。
「何か事件でも?」
佐野にそう聞けば、握っていたハンドルから片手を離しその手で胸ポケットのタバコを取り出す。 白い煙を大きく吐き出して、佐野は答えた。
「ふぅぅ。 …たくよぉ、事件が起こらねぇから対処に困ってんのよ。 いっそなんか起こしてまとめて捕まえてやれればどんだけ楽なもんかと俺は思うね」
「……何も出てこないのか? あの格好の意味とか、そう言ったものは」
「ああ。 てかな、あいつら会話になんねんだよ。 面白半分のやつらはな、普通に注意すりゃすいませ〜んなんて言ってどっか行ってくれんだ。 けどな、本気のやつはそうじゃねぇ」
「……我らはミイラ。 確か、そんな風に言ってたな」
佐野の話の途中で、僕は以前会ったミイラの格好をした人を思い出した。 あの人も、その言葉以外は何も言わなかったな。 佐野が言った、面白半分の人ではないのだろう。 その格好になる、自分なりの理由を持っているはずだ。
「そうだ、その言葉だ。 たくよぉ、な〜にが我らはミイラ、だよ。 面倒な仕事を増やすなってんだ!」
イライラした様子で、挟んだ指まで届きそうな火種を灰皿へと押し込む。 僕は黙って窓を開け、車内に溜まった白い煙を外へと出す。 …吸う人を否定する気はない。 でも、僕はこの煙を好きにはなれないのだ。
「で? 金本、とか言ったか? その家に行けば、あいつら全員逮捕出来んだな?」
「……佐野。 そんなこと言ってない」
「ああん? じゃあ写真屋、なんでお前俺に連絡したんだ? てっきり何か掴んだもんかと…… お前から連絡寄越すなんてよ、何気に初めてなんだぜ?」
「………頼まれたんだよ」
「誰に? 言っとくけどお前のことは警察内でも喋っちゃいねぇぞ?」
「……少し変わった、僕の友人にだ」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「ここか。 …写真屋、要するに俺は事情聴取ってぇ建前を作るために呼ばれたってことか?」
「ああ。 僕一人では話を聞く所まで行けそうにないからな。 利用してしまってすまない」
「……ったく。 謝るなら、なんか見つけろよ。 そうすりゃ俺も付き合わされた意味があるってもんだ」
そう言って佐野は僕の前を歩く。 僕は一度立ち止まり、家全体を眺めた。 変わった所はない、感じるものもない。 僕は再び歩き出す、神城の言葉を思い出しながら。
『写真屋さんなら、見えるかもしれない』
『……あまり、期待はしないでくれ。 そんな万能なものではないんだから』
『大丈夫さ。 確かになんか見つけれるかもって期待はしてるけど。 それよりも、今回は写真屋さん自身が重要だと思う』
「ごめんください! 金本さん、いらっしゃいますかぁ?」
佐野は扉の前、大きな声でそう言った。 僕は少し後ろに立って、扉が開くのを待っていた。
キィ……
現れたそれは。 真っ白な包帯が、人の顔にあたる部分を覆い隠していて。 表情が読めないのではない。 表情が、ない。 一度見てはいても、やはり不気味に思えてしまった。
「……なんの御用でしょうか?」
「すいませんねぇ。 私、警察の者でして! 最近、そういうの流行ってますよねぇ? それでちょーっとお話し伺ってもよろしいですか?」
慣れたものだ。 打ち合わせみたいなものもなく、佐野はスラスラと言葉で流れを作り出す。
「……あまり、長くならなければ」
「いやいや。 ほんと10分ほどで済みますから」
そう言って。 女性と思われるその人は、僕らを家の中へと招いた。 立ち話もなんですから、なんて言える佐野は、正直心強い。 僕一人ではそもそも、扉を開いてもらうことさえ難しいだろう。 それにしてもーー
この人は、普通に話せる。 意味の分からない言葉を発しない。 だとしたら、面白半分でやっているのだろうか。 …そんなわけないだろう。 そう、自問自答した。
ここが始まりなのだ、何もないわけがない。何より…… 神城が僕に行ってほしいと頼んだのだ。 それだけで、何事もなく終わるとは思えない。
「……神問うて。人、解かん」
「なんか言ったか?」
「………願掛け、みたいなものだよ」
僕はそう言って、招かれるまま佐野の後ろをついて行った。