事件発生
【学園戦艦:通学路】
朝になり、生徒たちが登校してくる。
「朝からみんな元気だな....」
そんなことを考えていると
「おはよう、ハルトくん!」
俺の後ろから元気に挨拶する声が聞こえてきた。
「ああ.....おはようシズカ」
「....」
(.....さすが優等生のシズカだな...きっちりと制服を着ている)
一応説明しておくと、この学園には二種類の制服がある。
一つは学園指定の学生服。
黒色をメインに、肩に赤、青、白の三本線が入っているのが特長だ。
色はそのまま学年を示し、一年が赤、二年が青、三年が白となっている。
この学園では、学年が上がるごとに制服が新しいものに代わるので、仮に制服を無くしても問題はない。
(流石は、世界政府所有の学園...資金は潤沢だな)
「そういえばハルトくん.....」
(まぁ俺は、朝いちいち着るのが面倒だから、シャツを着ないで私服の上に学ランを着ているだけだがな)
「.....昨日は楽しかったね」
俺の隣でそんなことを言っているシズカ。
「.....」
殺気のこもった視線が、俺の後頭部に集中しているのが解る。
気づかれないように後方に目をやると.....。
「......」
建物の陰から、無言で俺たち二人を睨みつけている女子が数名。
(なるほど...シズカと会ってから感じていた視線はこいつらか)
恐らくは....シズカを”お姉様”と呼んでいる輩だろう。
面倒見が良くて、優しくて、美しい....シズカが理想の“お姉様”なのは幼馴染である俺が一番よくわかっているつもりだ。
(....さて、どうしたものか...)
同じ女性に人気があるのはいいことだが....やり過ぎれば犯罪になる。
(こいつら、それが解ってないんじゃないか?.....ないだろうな、多分)
「......」
「.....」
相変わらず、無言で俺たち.....(というよりは俺か)を睨みつけている女子達。
(恋は盲目になると言うが.....本当のようだ)
気のせいかもしれないが頭痛がするので、手を頭に当てる。
(さて、どうしたものか.....)
「なぁシズカ....」
「何?ハルトくん」
俺の呼びかけに、無邪気な笑顔を返すシズカ.....可愛いな。
素直にそう感じてしまう。
(...って、違う!違う!....そんなことより、今はこの状況を、どうやって切り抜けるか....それを考えなくては)
俺なりに、いろいろと考えてみた結果....。
「....その言い方だと、いろいろと誤解されるぞ?」
こんな言葉しか、みつからなかった。
(ああ...自分で言うのもアレだが....なんで俺はカズヤみたいに、上手い言葉を言えないのだろうか?)
「えっ?」
慌てて周りを見回すシズカ。
じー。
「...っ」
周りにいる生徒たちの視線に、ようやく気がついたのか、顔を赤くするシズカ。
「....ごめんなさい....ハルトくん」
俺の袖をつまみながら、消え入りそうな声でそう呟くシズカ。
(ちょっと待てよ....そんな事したら...あいつらが)
「........コロス」
予想どおり.....さっきよりも数倍強くなった殺気が俺に向けられた。
....今度は不吉な言葉付きで。
(殺人鬼でも、ここまでの殺気は出さないだろうな...多分)
シズカに気づかれないように我慢しているからこそ、俺に向けられる殺気が強くなっているのだろうな.....最悪だ。
事実、この学園に通っている女子は美女ぞろいである。
......が。
可愛いのは見た目だけであり、中身の方は過激な女性が多い。
男子相手はもちろんのこと、女子同士でも殴り合いの喧嘩をしているとこを見たことがある。
(まぁ、化物を殺す為の技術を学ぶ学園だもんな...優しいだけじゃダメなのは事実である...)
「だからと言って...相手が男でも、ためらいなく殴り合ったりするのはどうかと思う....」
小さな声でつぶやきながらシズカを見つめる。
「な...何かな..ハルトくん?」
さっきの発言が恥ずかしいのだろう....うつむいたままの格好で、シズカが答える。
「いや、どうしてだろうな....思い出したくもないことを思い出してしまった....」
(そう......俺の人生で、間違いなく不幸ランキング三番以内に入るであろう出来事を...)
昔、この学園内でとある暴力事件が起こったことがある。
事件の内容はというと....。
男子生徒一名と女子生徒一名が、口論の末に相手に暴力を加えてしまったという事件だ。
この事件で最も重要なことは......暴力を振るったのが女子生徒の方であるという事だ。
被害者である男子生徒は、全治1週間の怪我を負った。
女子曰く。
「ムカっときたから、殴った」
....だそうだ。
男子が女子を殴る訳にはいかないので、俺たち男子は何もできない。
(男として当然のことだな)
だが....この学園の女子たちはそれを理解した上で、容赦なく殴りかかってくるのだ。
それが、この学園の女子達の本性である。
そして、なぜこの事件が俺の不幸ランキングに入っているのか.....。
理由は簡単だ。
何を隠そう....この事件の被害者はこの俺、暁ハルトなのだ。
(あの時は、痛かったな...)
右の頬に手を当てる。
加害者である、女子生徒の名前は....赤紗アスカ。
そう....俺のチームで突撃強襲兵の彼女である。
(つまらない事が原因の口喧嘩だったんだよな.....本当につまらない事だった...なのに....あんなに殴られるなんて)
ちなみに、この事件以降....学園の男子の間では“女子に逆らうと殴られる”という噂が広がってしまった。
(あの事件以来、女子にはできるだけ優しく、接してきたつもりなんだけどな....)
「.....」
シズカに気づかれないように、こっそりと女子達の様子を伺う。
「.......どうする?」
「...今.....ろす?」
(ん?)
女子達と距離があるので、よく聞こえないが....何か話し合っているらしい。
「じゃあ....ここで...殺....」
「そうね...後ろから.....銃..」
「わかったわ.....死体は.....海に..」
聞き耳を立てて、なんとか聞き取れた彼女たちの会話を、頭の中でまとめてみる。
(ふむふむ...どうやら彼女たちは、誰かの殺人計画を考えているらしい)
誰かは知らないが、ご愁傷様だな。
女子とはいえ、相手は3人....本気で殺しに来られたら、まず勝ち目はないだろう。
(まぁ、死ぬとは思えないが...)
「.......」
再び、強い殺気のこもった視線が俺の背中に突き刺さる。
(なるほど、今理解した....どうやら“殺される誰か”というのは....俺のことのようだ)
.....こうなったら。
「....シズカ」
「何?...ハルトくん..っきゃあ!」
「走るぞ!」
驚いているシズカを両手で抱きかかえ、校舎を目指してダッシュする。
「ちょっ....ハルトくん!これ...お姫様だっこ.....みたいになってる!」
顔を赤くしながらも、しっかりと俺の首に手を回しているシズカ。
「悪い!恥ずかしいのは、俺も同じだから我慢してくれ」
(なにせこっちは、命がかかってるんだからな!)
チラッと後ろを振り向く。
俺がとった行動を目の当たりにした女子たちはというと....。
「!!」
一瞬、信じられない物を見るような表情をしたが。
「.....」
無言のまま、何かを決意したように頷き合い、姿を消した。
(最後に、殺気が来なかったのが余計に怖い....これからは、背後に気をつけて生活しよう...)
そう、俺は心に誓った。
【学園戦艦:校門】
「なんとか....辿り...着いた...」
女の子一人を担いで、登校するのは初めてだったが....メチャクチャ疲れた。
(いや、重くはなかったんだが....途中ですれ違う奴らの視線が、なんというか....痛かった....精神的に)
「もう、ハルトくんのバカ!....みんなに見られちゃった...」
僅かに涙を浮かべて、俺に文句を言ってくるシズカ。
「うっ....悪かったよ」
「....バカ」
制服の袖で涙を拭きながら、俺を睨みつけてくる。
「.....そんなに嫌だったが?」
「!」
何故か静かは、俺が質問すると同時に向こうを向いてしまった。
「シズカ?」
「別に...嫌じゃなかったけど....」
「?」
何か小さな声で言っているが、聞こえない。
「ああ、もう...朝から何なんだよ...」
思わず頭を抱えてしまう。
(イカれた女子たちに、尾け狙われることになってしまったし、優しい幼馴染には嫌われる(?)し....最悪だ)
そんな、朝から不幸に見舞われている俺に近づいてくる人物が二人。
「.....おはようハルト、シズカ」
「おっ、おはようございます!」
マヤとサクヤの姉妹が挨拶してきた。
「おはよう、マヤちゃん、サクヤちゃん」
さっきまでの、怒った顔はどこに行ったのか....笑顔のシズカが二人に挨拶を返す。
「....おはよう」
相変わらず姉妹の仲はいいようだ....一緒に登校してくるくらいだからな。
(おまけに手まで繋いでいる....可愛いな)
....どうやら俺は、朝から精神的なダメージを受けすぎたせいか、余計なことを考えてしまっているようだ。
そんな俺を気にもせずに、校舎に向かって歩いていく、マヤ姉妹。
「......あ」
ふと、何かを思い出したようにサクヤを見つめるマヤ。
「なっ....何?.....姉ちゃん」
姉が自分に何をするのか....それがわからずガクガクと震えだすサクヤ。
「.......」
そんな様子のサクヤの頬を、両手で掴むマヤ。
....そして。
「....サクヤ、もっと元気よく挨拶しないとダメ」
ギュウゥゥゥ~~。
妹の頬をつねりながら、マヤが言い放つ。
「はぅ.....ごめんなさい....お姉ちゃん」
相変わらず妹に厳しいマヤであった。
ああ...こうなるともう...他の奴らにも出会うだろうな...この感じだと。
そんな悪い予感を感じていると。
「ふぁ~あ....みんなおはよう」
「......おはよう」
予感的中。
アスカとカグラが一緒に登校してきた。
「おはようアスカ、カグラ......珍しいな?二人で一緒に登校なんて」
(普段から仲はいいと思っていたが...ここまで良かったか?)
「うん....昨日の訓練の後、アスカの部屋で一緒に銃の整備してたから」
目をこすりながらカグヤが答える。
「そう....それで、つい熱中しちゃって....気づいたら朝になってた」
眠たそうに、あくびをするアスカ。
「そうだったのか」
確か....アスカは自分の部屋だと、基本下着だったはずだ。
(ということは、もしかして...カグラも下着で、銃の整備をしていたのか?)
いや、いかんいかん。
自分の頭の中に浮かんだ、ピンク色の妄想を慌ててかき消す。
(いくら、二人の仲が良いからといって、それはないだろう....流石に)
「でも、なんだかんだ言って、楽しかったよね?アスカ?....一緒にお風呂とか入ったし」
「うん...そうだね」
(ん?今なんて言った?.....一緒に風呂に入った!!)
俺の頭の中で消えかかっていた、ピンク色の妄想がより具体的になる。
生まれたままの姿で、一緒に風呂に入るアスカとカグラ。
そして、そのまま二人はベットの中に....。
「二人とも...朝から刺激的だな」
「もう、ハルトくんってば!」
俺の背中を、シズカが強く叩く。
(うぅ...また、シズカに怒られてしまった、今日は最低な一日になりそうだ)
「....おい!聞いたか?」
「....ああ、ひどいやられ方だったらしいぞ」
「この学園であんなことが...」
(なんか生徒昇降口が騒がしいな?)
よく見ると、昇降口に数人の生徒が集まっているのが見えた。
「そうか、なら...」
そして、生徒たちの中心に、見慣れた人物を発見した。
「おはようカズヤ」
「おう、おはようハルト...」
元気なく、答えるカズヤ。
(何か浮かない顔をしているな?)
「何かあったのか?」
「そうか...お前たちはまだ、知らないんだな.....」
「?」
いつになく険しい顔をしているカズヤ。
(こいつの表情から察するに.....何か良くないことが、起きたことは明白だな)
「カズヤ.....何かあったのか?」
「.....」
無言で、俺の目を見つめるカズヤ。
「.....」
そして、その視線は次にシズカたちに向けられる。
「みんな、心して聞いてくれ...」
しかたなく、といった様子で、カズヤが重い口を開いた。
そして.....それは告げられた。
「......第一訓練場で死体が二つ見つかったそうだ」
「そんなっ!」
口に手を当てて驚くシズカ。
「.......」
「ほっ..本当ですか?」
顔をしかめるマヤ。
サクヤに至っては、既に涙目になっている。
「.......」
先程までの、眠たそうな顔はどこに行ったのか...。
アスカとカグラは真剣な顔でカズヤを見ている。
「信じられないな....この学園内で殺人なんて..」
「ああ、俺も....自分の目で確認するまで半信半疑だったよ」
「....見たのか?」
「ああ、どう見ても素人の犯行じゃなかった」
その現場を思い出したのか顔をしかめている。
「この学園の警備員は、退役した元軍人で、かなりの実力者だ...それをあんな....」
再び、犯行現場を思い出したのか...今度は顔を背けるカズヤ。
「........」
俺たちの、周りの空気が重くなる。
「あ~...なぁ、みんな!....朝からこんな話も嫌だし、とりあえず教室に行かないか?」
(正直言って、こんな暗い雰囲気はいやだ)
「そうね....三年生の先輩たちや、アズサ校長先生もいるし...きっと犯人もすぐに見つかるわよね?」
なんとか場を和ませようと、明るい声でみんなに話しかけるシズカ。
「.....いや、ダメだ」
シズカの言葉を遮るようにカズヤが言う。
「なんでだ、カズヤ?....まさか俺たちに何か関係があるのか?」
「.....」
カズヤの、俺を見る目が怖い...。
(おかしいな、俺も場を和ませようと言った冗談なんだが....)
「....犯行に使われた弾丸は、5.56×46mmのNATO弾だ、それも頭部に三発だけ撃ち込まれていし、落ちていた薬莢も三つだけだった」
腕を組み、俺と目を合わせにようにしながら、カズヤが淡々と言い放つ。
「そしてなにより....ハルト」
憐れむような視線を俺に向けるカズヤ。
「現場には.....お前が普段使っているAR.....M16が残されていたんだ」
「!」
「そっ...それってもしかして....」
チラッ。
こちらを見るサクヤ。
いや、まて。
「......」
無言で妹の前に出るマヤ。
いや、まてまて。
「嘘でしょ?...ハルトくん」
驚きに満ち溢れた顔で、俺を見るシズカ。
「いや、だから待てって!」
(まさか....シズカまで俺の事を疑うなんて)
「いつかはやると思ってた」
「いくらなんでも、それは失礼じゃない?アスカ」
大きく頷いているアスカと笑っているカグラ。
(....この二人は楽しんでるな?)
「.....」
全員の視線が俺に集中する。
(くそっ、このままじゃマズイ)
「みんな....何か誤解しているようだから言っておくが....俺は何もしていないぞ?」
「.....」
(どうしよう....俺以外の全員が目を合わせてくれない)
まさか本当に疑ってないよな?ふざけているだけだよな?
「.....ハルト」
「カズヤからも言ってくれ、俺は無実だと」
「.....」
無言で俺の肩の上に、手を置くカズヤ。
「俺もそう言いたいのは山々だが....この学園でM16を使っていて、元軍人の警備員を倒すことができる実力者っていうと....」
肩に置かれている手に、力が込められる。
「....お前ぐらいしか思いつかないのも、事実なんだ」
真剣な顔でカズヤが言う。
「いや....みんなが思っているような実力なんて、俺にないぞ?」
いつになく、真剣な顔のカズヤに、思わず声が裏返ってしまう。
「......」
(....マズイな俺以外の全員が、俺の事を怪しんでいる)
「....実はな、ハルト....俺がなんで昇降口で、お前たちを待っていたかというとだな....」
キーンコーンカーンコーン。
校舎のチャイムが鳴る。
「ん?なんだ、緊急放送か?」
マイク越しに、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あーあー...二年四組の暁ハルトくん、至急校長室まで来なさい!..繰り返します二年....」
「放送の通りだ、ハルト....俺は、アズサ校長から、ハルトを見つけたらすぐに確保して、校長室に連れてくるように言われてたんだ」
「....マジかよ」
(最悪だ....完全に容疑者扱なうえに、今の放送で、事件のことを知っている連中には、俺が犯人なのか?と疑われてしまう)
「とにかく校長室に行くぞ、ハルト」
「ああ、そうだな仕方ない」
チラッ
シズカたちを見てみる。
「......」
「.....?」
無言で俺を見つめているマヤ、何を考えているのか、わからない。
「プッ....」
アスカとカグラは笑いをこらえている.....こいつら。
「ハルトくん.....」
心配そうな顔をするシズカ。
(あぁ.....やっぱりシズカは優しいな....なんだかんだ言って、俺の事を心配してくれている)
「安心しろよシズカ、俺は無実だ」
一応、無実を伝えておく。
「そうよね、ハルトくんが殺人なんて....するわけないわよね....」
それでもまだ、心配そうな顔のシズカ。
(そこまで俺は信用がないのか?....悲しくなってくる)
「仲間との別れは済んだか?ハルト?」
ニヤケた表情のカズヤが聞いてくる。
....こいつ(カズヤ)は後で痛い目に合わせてやろう。
「ああ、済んだ.....とっとと行こうか」
余裕の笑みを見せる。
さて、相手はあの校長だ、どうなることやら......。




