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元妻がサキュバスになって敵側の弁護士!?人類の運命をかけた裁判で俺と戦うらしい  作者: アラベ幻灯


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6/6

ゼンタイの胃の中で、世界は終わった

ついに最終話です。


ここまで積み上げてきた「正しさ」が、今夜すべてひっくり返ります。


最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

気づいた時、法廷は消えていた。


いや――消えたのではない。


人間も、悪魔も、アダムも、リリスも、法廷にいたすべての者たちが、ゼンタイの内部へと吸い込まれていたのだ。


だが、そこは誰も想像していたような場所ではなかった。


血もない。


肉もない。


生臭さもない。


そこに広がっていたのは、どこまでも静かで、どこまでも清潔な空間だった。


階段状に並ぶ無数の座席。


天井の見えない高い暗闇。


そして正面には、巨大な白いスクリーン。


それはまるで、神の内部に作られた映画館だった。


誰かが呟いた。


「……ここは……」


その時、スクリーンの前に、白い光がゆっくりと灯った。


ゼンタイだった。


だが、もはや裁判官の姿ではない。


その輪郭は静かに変形し、巨大な映写機へと姿を変えていく。


白い法衣は硬質な外殻となり、その二つの眼だけが、静かに光を帯びた。


映画館に、誰も声を出さない。


ゼンタイが言った。


「今から、お前たちに真実を見せる」


その声は、あまりにも平坦だった。


「これは記憶ではない。願望でもない。推測でもない」


一拍。


「記録である」


次の瞬間。


その両眼から、まっすぐな光が放たれた。


スクリーンに映像が灯る。


そこに映ったのは、太古の世界だった。


まだ空が近く、海が今より深く、世界が若かった頃。


そこには人間がいた。


今と同じ姿。


今と同じ目。


今と同じ手。


ゼンタイの声が、暗闇に静かに響く。


「世界には、目には見えぬ秩序がある」


スクリーンに、一足の靴が映った。


その靴は、ただ靴としてそこにあった。


月が映る。


その月もまた、ただ月であった。


「それが――本質の次元だ」


映画館の誰も息を呑んだ。


「本質の次元は、あらゆる場所にある。時間のように。空間のように」


「それがあるから、靴は突然、烏にならない」


その瞬間。


スクリーンの中で靴が揺れた。


輪郭が歪む。


黒い羽が散る。


靴は、音もなく烏へと変わった。


誰かが短く息を漏らした。


「月は突然、修道女にならない」


白い月の輪郭が崩れ、そこに静かな修道女の姿が立った。


映画館に、奇妙なざわめきが広がる。


「世界が世界であり続けるために、本質の次元は存在している」


その時だった。


映像の中に、ひと握りの人間たちが現れた。


男もいた。


女もいた。


彼らは震えていた。


恐怖のためではない。


飢えのためだった。


もっと知りたい。


もっと触れたい。


もっと向こうへ行きたい。


越えてはならないものを越えたい。


その欲望だった。


彼らのひとりが、空間へ手を伸ばした。


何もないはずの場所だった。


だが、その瞬間――世界がひび割れた。


見えない膜が裂ける。


空気が悲鳴を上げた。


次の瞬間、彼らの身体が歪み始めた。


瞳が赤く染まる。


影が濃くなる。


皮膚の下で、何かが別のものへと変質していく。


誰かが席から立ち上がった。


「……嘘だ……」


変貌は止まらない。


人間だったものが、悪魔になった。


その映像を、誰も目を逸らせなかった。


「……そんなはずはない……」


悪魔たちの間から声が漏れる。


「我々は……天より堕ちたのでは……」


ゼンタイの声が、それを断ち切った。


「違う」


それだけで、空間が静まり返った。


「お前たちは最初から人間だった」


誰も言葉を返せなかった。


スクリーンには、なお映像が続く。


そこに、蛇はいなかった。


そこに、天使はいなかった。


アダムが信じてきた記憶も。


リリスが信じてきた記憶も。


そこにはなかった。


あったのは、ただひとつ。


人間が、自ら世界を傷つけたという事実だけだった。


長い沈黙が落ちた。


誰もすぐには動かなかった。


ひとりの人間が、隣の悪魔を見た。


ついさっきまで憎んでいた相手だった。


だが、もうどういう顔をすればいいのか分からなかった。


ひとりの悪魔が口を開いた。


「では……我々は……」


だが、その先は続かなかった。


何千年も積み上げてきた正義も。


憎悪も。


被害者意識も。


すべてが、音もなく崩れていた。


ゼンタイは何も言わなかった。


それが最後の裁きであるかのように。


やがて、ひとり、またひとりと立ち上がる。


誰も叫ばない。


誰も責めない。


誰も泣かない。


ただ、静かに歩き出した。


人間も。


悪魔も。


トム・ピプキンも。


そして最後に、ゼンタイの光も消えた。


気づけば、そこにはアダムとリリスだけが残っていた。


しばらく、二人とも何も言えなかった。


言葉が、急に頼りないものに思えたからだ。


アダムは何か言おうとした。


喉が動く。


だが、声にならない。


リリスも唇を開きかけて、閉じた。


どんな言葉も、今は少し違う気がした。


何千年も抱えてきた怒り。


何千年も抱えてきた誇り。


何千年も抱えてきた裏切り。


それらは今、急に居場所を失っていた。


「……全部、違ったのか」


アダムがようやく言った。


リリスは少し黙ってから、小さく息を吐いた。


「……たぶん」


その短い言葉が、妙に重かった。


アダムは一歩、前へ出た。


リリスは動かなかった。


逃げもしなかった。


ただそこに立っていた。


アダムの指先が、そっと彼女の頬に触れる。


熱があった。


生きている温度だった。


それだけが、今は妙に現実だった。


次の瞬間。


二人はほとんど同時に、引き寄せられるように唇を重ねた。


最初は、確かめるように。


次は、少し長く。


そして、その次は――


何かが崩れ切る前に、それをどうにか手で押さえ込もうとするみたいに。


リリスの肩が小さく震えた。


アダムの手も、わずかに震えていた。


泣いてはいなかった。


ただ、どちらも息が少し乱れていた。


世界が偽りだったとしても。


記憶が偽りだったとしても。


この体温だけは、いま確かにここにあった。


アダムが、かすれた声で言った。


「……認めろ」


唇が離れる。


「言ってくれ」


彼の声は、怒りではなかった。


ただ、ひどく頼りなかった。


「何千年経っても……」


「どれだけ男がいても……」


「誰ひとり……俺ほど、お前を満たせなかったって」


リリスの肩が、少しだけ揺れた。


それから、ほんの少しだけ笑った。


疲れたような、諦めたような笑みだった。


「……ええ」


彼女はアダムの胸元を軽く掴んだ。


「そうよ」


その声もまた、少し掠れていた。


「何千年経っても」


「どれだけ恋人がいても」


「誰も……あなたほど、私を満たせなかった」


また唇が重なる。


今度は少し長く。


少しだけ深く。


それは和解ではなかった。


救済でもなかった。


ただ、世界が壊れたあとに残った、あまりにも人間的な癖だった。


その夜。


神の内部で。


二人だけが、まだどこかに触れていた。

挿絵(By みてみん)

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。


この物語は、誰が悪いのかを裁く話でした。


けれど最後に残ったのは、たぶんもっと曖昧で、もっと人間的な何かだったのだと思います。

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