8 ふたりとあなたと
数分でスーパーに来た長男の頼隆はあきれる。
「父さん、何してんの?」
頼が来た時には、困り果てて泣きそうな星を章が慰めていた。自分で子供を困らせて、その子供を慰めるという変な構図になっている。
「あ、頼君お疲れ。頼君もなんかいる?」
「…………父さん、歩いてきたんでしょ?これだけ買って、どうやって持ち帰ろうと思うわけ?」
「……半分以上、空気だから。」
と、お菓子を指す。
「窒素だよ。」
「?窒素?空気じゃないの?」
「空気もあるだろうけど、そういう話じゃないよ。まだ買う物あるよね。」
パンと乳製品コーナーから回ったので、最後に魚や野菜コーナーに行かねばなるまい。
「伊馬君も呼べばいい。一番力持ち。」
と、適当に言うと息子に睨まれる。
「まだピアノしてるよっ。」
「頼君、こわっ!お父さん、車持ってこようか。」
「もういいよ。サッサと要る物買って帰ろう。」
「明、帰らない!」
妹が駄々をこね始める。
「うるさい。だったら今日はここで寝てろ。」
「やだ!」
「だいたい明じゃなくて私だろ。いくつになったんだよ。」
わがままを言う妹にも容赦ない。
「明だもん!」
「明は、お父さんとねる!お家帰る!!」
「明、頼は本気で言った訳じゃないよ。」
星が妹に説明するが、兄は弟にも容赦ない。
「本気で言ってんだよ。帰るぞ。明を甘やかすな。明がこうなったの、お父さんのせいだからね。」
「えー?俺?」
とぼければいいと思っている父にイライラする。
「パパは明ちゃんより、ママと寝たいんだけど。」
「はあ?ならなんで明、甘やかしたの。」
「明は、お父さんとお母さんの真ん中でリノちゃんとねる!伊馬と星もいいけど、頼はだめ!!」
くだらないと、頼は次に移る。
「星、俺にレイン送って。」
母の伝言を受け取り、さっさと買い物を済ませていく長男。
「明、イチゴほしいの!」
と言う、妹の叫びも全部無視をする。
「頼きらい!!」
「僕も、頼君怖いな……」
せっかくのお買い物なのに、自分で選べなくてさみしい章であった。こんな父だが、怒らせるとめちゃくちゃ怖いが。
「……頼、これ入れていい……?」
冷やし中華が食べたそうな弟。明日、土曜日だなと考えてカゴに入れると、明が爆発だ。
「なんで!明はイチゴって言った!」
その言葉は完無視。
「……あ、あと明は帰りは歩け。これだけ買ったから荷物も持てよ。」
「やだ!抱っこ!!」
「頼君どうしよう。」
娘がくっついてくるので、章は頼に愛嬌をふりまく。
「どうしようも何も、なんで小学生を抱えて歩くんだよ。明は自分で歩けよ、分かったな!」
「頼君、尚香さんみたいで頼もしいね~。」
と、感動している父を嫌そうに睨むが、父には全く応えていなかった。
「それも、そっくり~!」
今は弟より背が低いのに、兄は全てが逞しい。
頼はバンドに興味がないが、バンドボーカルとか頭がおかしいのか?といつも思うのであった。
あれこれ袋に詰めるのも大変である。
「これは上に置かないと。」
「そんなに重くしたら、明が持てないって!」
「明の分はパパが持つから。」
「お手伝いはこういう時にやらせなきゃダメだって!」
「明ちゃんに持たせるより早くて楽だから。」
「はあ?それが明のわがままを助長するんだよ?」
明を歩かせて、父も横見をするし、全然進まないのに、さらにうるさい父。
「頼く~ん。買い物の最後は、なんかおいしい物買うって約束したんだけど~。」
と、ウルウルしながら章がたこ焼き屋を指さす。
「帰ったらお腹すくよ~。ママいつ帰ってくるか分からないし。」
「…………」
なんだかんだ頼も食べ盛りの小学生。
そこは折れて、結局8箱も買ってしまう。
「頼君もお腹空いてたんだね!」
「父さん、2箱余裕で食べるだろ!」
食欲に負ける成長期男子であった。
こんな感じで、子供に先導される買い物は終わるのである。
家に帰ってみんなで叱られたのは言うまでもない。
そして、たこ焼きがなくなったのも一瞬であった。
***
長女の明子は、誰の子?この子はどこから来たの?とみんな言ってしまうほど、尚香にも章にも似ておらず、目が大きい整った美人だ。しかも、「功、ユアと浮気した?」と言われるくらい、性格がユアに似ているので、「なんでそれで尚香さんからユア似の子が生まれると思うの?誤解されるし」と功が怒っていた。話し方は真理に似ているが、根に持つところがユア似である。
なお、あのユアは現在九州に戻って、イットシーのまま向こうでモデルをしながら、地元の人と結婚している。面食いかと思いきやそうでもなく。体が大きくのんびりしていそうで、実際のんびりでユアの我儘もカラっと流せる人らしい。ほっとした事務所の人々であった。
その後、みんなが大きくなる期間、山野瀬家では尚香が仕事に完全復帰するまで、伊馬以外の里子を2人預かった。不満やケンカもあり問題がなかったわけでもないが、することが多かった山名瀬家はそれぞれ役割を果たしながら、だいたいみんな問題なく育っていった。
そんな風に過ぎる毎日。
将来的に上の子ふたりも長女明子も、背は父や祖母に似ずにそこまでは高くならなかった。里子の伊馬が一番背が高い。勉強も音楽もみんなそれなりにでき、明が少し秀でてバイオリンが上手だが、かといって天才児でもない。
けれど、最後に生まれた末っ子の次女。
彼女はどう見ても見た目は尚香似。飛び抜けた特殊能力はないが頭もよく、性格も温厚。たくさんの愛情を受けてすくすく育つ。
けれど、お母さん似かと思いきや、中学に入ると一気に背が低めの姉を追い越し、高校2年頃にはヒールを履くと兄より高い身長になってしまった。
彼女が歩くと長く柔らかいストレートの黒髪が、ふんわりとなびく。
整った後姿に、一瞬強そうな女性を想像するけれど、振り向いた笑顔は柔らかく明朗で、誰もが思わず微笑んでしまう。
それはまだ、少し先の話だけれど。
「太郎くーん!」
「おう、明!来たぞ。久々だな!」
海外にいたバイオリン太郎が、久々に日本に帰って来ていた。
「朝ちゃん!」
朝もやって来て明と抱き合う。朝はあの時のダンマリがうそのように、今はよく話す。
今日は、久々に大勢揃ったデコボコ演奏隊。今はリハーサルだ。現在この演奏隊は、人が入れ替わり立ち代わり、様々なゲストを迎えながらもずっと続いていた。明日の公演は、初期メンバーも数人揃いもっと大きなものになる。功は出演しないが、それでもチケットは即完売であった。
「尚香ちゃんは?」
「お母さん、今日はお仕事があって。」
「そうなん?残念やな……。」
「お兄ちゃんがちゃんと動画取ってくれるから。」
少し後ろの客席から、頼隆と星が手を振っていた。
今回の演奏に、功の子供たちが出ていることは伝えていない。演奏隊の仮装は健在で、本公演はみんな星座に扮する。現在、立場を公表している人間はみんな顔出しをしているが、半分は無名。伊馬以外の子供たちは、将来音楽の世界に行くつもりはないのでマスク仮装のままだ。
伊馬は弓奈とダブルピアノ。
伊馬のピアノもいつまで続くかと思ったら、なんだかんだレストランでソロ演奏を任せられるぐらいに成長している。
「リノ!こっち!」
明がステージの方にいる妹に気が付いた。
「え?りのちゃん??」
前見た時はもっと小さかったのにと太郎が驚く。
「ほんと?ミニ洋子さんやん!」
「太郎君、ウチのリノ、狙わないでね。」
「なに言ってんの、中学生やんか。」
洋子功親子が似すぎていたため、「あんま似ていない親子兄弟だな」と感じていたが、いろんなところが少しずつみんな似ていたと今ならわかる。
リノはステージから太郎と朝の方に手を振った。太郎と朝は、客席で一旦総監督の指示を聞くことに。
ちょっと大人になった明子より、落ち着いて何でもできる妹。
正直、明が張り合えるのは絵とバイオリンくらい。
でも、明はそんな妹が大好きで、父離れができたのも妹が故だ。
ずっとずっと妹を守りたいから。
「リノ!」
そう言って明がステージに上がると、明るいステージがそのふたり包む。
そんな妹たちを動画に撮る客席の次男。
「あ、星。父さんのステージも始まったよ。」
その横でLUSH+の配信を見ている兄。
「……なんでウチのとーちゃんは、あの歳になってもバカなままなんだろう……」
しょっぱなから「やらなくていいと言われた」と言っていた振りをしている。功が大丈夫でも他のメンバーが無理なので、昔よりだいぶ舞台構成も変わったが、あのスタミナはどこから来るのか知りたい。
星は、はは……としょうがなく笑いながら輝くステージに向いた。
今、薄いグレーのケースのバイオリンは明の物だ。
子供たちもいつか知るだろう。
失ったものもたくさんあるけれど、前を向いて……
前すら向けない時も、縮こまっても、どうにか歩んで。
たくさんの君たちに会えたのだと。
ここで、一旦完了します。
ありがとうございました。




