6 機会を掴んで
考える尚香。
「………大きい方が好き?」
「嫌いじゃないけど、別にいいよ。子供いるししょうがないじゃん。尚香さんが好きだってば。」
「…………」
「何?嫉妬した?」
「……嫉妬というか………」
何を言い出すのかと章が思うも、自分に落ち込むし、尚香だって若い子に囲まれている章の環境を見れば心配にはなる。なるけれど………眠い。
「…………………」
そして尚香は、ばかみたいにぽかんと口を開けて思い出す。
そういえば、洋子さんは非常にきれいな鎖骨や胸をしていたが、あれは大きかったのかと。少なくとも体の比で考えても自分よりは大きかったのだ。
「……!」
手に触った初めての時を思い出し、ぼっと、赤くなる。
「何考えてるの?」
「別に………。」
洋子さんがモテる理由が分かった気がする。全部が程よく整いきれいなのだ。あの人は。
そして日本人とは違う、くっきりした筋肉の盛り上がり。女性的なのにしっかりあった筋肉。4人も育てて、ほのぼの生きて、どうやってあの体型を維持しているのか今度聞かねばなるまい。
ただ、尚香は知らないが、洋子は思った以上に運動はしている。何せヒマなので。
でも、尚香。カウンセリングでアメリカの先生と話せたことは、本当に感謝だと今思う。もし彼女とあそこまで赤裸々な話をしていなければ、尚香は今も章にこういう話を遠慮していただろうし、夫との夫婦生活に向き合うということ自体、いつかできなくなっていたかもしれない。
「…………」
尚香があれこれ上の空の時は、だいたい自分以外のことを考えている時なので、不満な章はギュっと抱く。
「体型戻るかなあ………」
と尚香はぐったりする。章から見たら、子供ができる前と誤差であるが。むしろいろいろ吸い取られて痩せている。
「なら尚香さん、ストレッチしよ。俺と。寝る前に今から。」
「章と?」
「うん、アイドルの子たちは胸を上にキープする運動とかしてた。」
「若いのに?………うーん。授乳が終わったらね。」
若いアイドルの子たちが努力している領域に、自分が行けるとは思わない。彼女たちはなんだ、超人か。
「そう言って、何年経ってるの?そんで今度は、子育てが終わったらねとか言うんでしょ?尚香さんの心の姿勢が変わらない限り、永遠に終わらないよ。」
「………どうしてそこだけ哲学なこと言うの?………もういい、洋子さんに聞く。」
「なんで!」
「今は無理。子供4、5人連れてお出掛けしてるし、20代じゃないし……それだけで、全部消耗する……」
「ダメだって。足腰鍛えないと、後でどっと来るよ?今からしよ。」
「分かった。明日から章ので頑張る。」
指さす向こうにフィットネスマシーンなどある。
「俺、明日いないし!尚香さん、一人だと絶対にしないし!!」
「あー!もう、子供たち起きるよ。」
「頼君たちにチェックしといてもらお。」
「みんなが園の時にするから……」
「なんで尚香さん、そんなにだらしないの?」
「眠いから。」
「寝ないでよ。構ってよ!」
と言って、その日も過ぎて行くのであった。
***
今日は真理の家。
「ねえ、尚香さんさ、俺のためには心の割合を割いてくれないの。」
「…………」
功の方に見向きもせず、作業を進める与根。
また何か戯言を始めるボーカルである。
「与根ちゃーん。ねえ、聞いて聞いて。」
「泰に聞いてもらえ。」
「泰君どっかに行っちゃった。」
「俺が聞くぞ。」
「真理が聞いてあげる!」
伊那と真理が言うも、与根に聴いてもらいたい功である。
「でも、尚香さん。功と付き合ってから、オシャレとか気い使ってんだろ。」
せっかく結婚してくれた章が笑われても困るので、尚香だってそれなりに気は使う。
「子育てで崩壊した。」
「それは仕方ない。」
「尚香さん。多分俺じゃなかったら、相手の心を掴むためにもう少しあせくせ努力してたと思うよ?尚香さんの周り、子供いてもみんなきれいだもん。俺だからどうでもいいと思ってる。」
「その人たちも家の中では分からんだろ。あんなお金ある層で、東京だから外出でも気を使うだろうし。」
「尚香さんは下町育ちだからねえ~。」
「そんでさ~。」
「…………」
与根、毎度毎度うざいなと思う。
「尚香さんって、俺のために泣いてくれたことないのに、他人のためには結構泣いてるの。お父さんお母さんとか、にーちゃんとか…」
「…………」
「……で?」
与根に聴いてもらいたいのに、伊那が答える。
「ちょっとだけ無理強いしたら、泣いた。」
「は?!」
「あ??」
何をしたのだ。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。普通のカップルでもしてることだから!って、押し切ったら『そうなの?』って、必死にネット漁ってた。」
「………そんな話は聞きたくない。」
「大丈夫。許してくれたし。」
「どうだろうが聴きたくない。」
「俺は聞きたいぞ。」
「まりも聴きたい!」
「まあ、とにかく毎日楽しい。」
「それはよかったな。」
「えー?!何が~?どんな風に~!!まり、気になる!」
「でも、それは功のせいであって、功のためではないよな?」
「え?何?そう?」
と、いつもLUSH+であった。
***
「金本さーん!」
「あ、柚木さん、久しぶり!」
ファミレスでかわいく擦り寄ってくるのは、既に結婚して長男がいる柚木である。今は夫の異動で大阪に。
柚木は取引先トーノーの企画さんと結婚。スパダリ大好き大企業勤務あざと系美人柚木なら、どんなイケメンを掴むのかとみんな思っていたが、背も高くない見た目は普通の人と結婚してしまった。手が厚くて働き者で安心できる人がいいと、それで選んだらしい。なんだそれは、これまではフェイントか。
「あっくん!」
尚香が柚木の子に声を掛けるとその子がニコニコ笑う。
「星もご挨拶して。柚姉ちゃんとあっくん!」
今は旦那の苗字だが実は柚木、名前も柚であった。柚木がニコッとすると、星は反応できずに挨拶だけした。
「……こんにちは……」
「星君かわいー!ミニ章君だ!覚えてる?おばちゃんでいいよー。今日、お兄ちゃんは?」
「……ようこおばーちゃんたちといる。」
兄は良子や巻、伊馬と体験美術館に行っている。幼児が2人いてその三人は心配だと、大和も帰国している姉と付いて行っていた。
「お兄ちゃんとも会いたかったな~。星君、ウチの天隆もよろしくね。」
天隆君をじっと見ている星。しかし、天隆君はまだ話せる歳ではなかった。
そこにソナや川田も合流。ソナは下の子だけ連れて来ていた。美香は今日は用事でいない。柚木が大阪から来てくれるということで、尚香は久々の気楽な外出。まだ小さな娘は、帰るまで日本に帰国している道が見ていてくれる。
「尚香さ~ん。山名瀬章との生活はどうですか?」
「…………章?」
柚木は楽しそうだが、今更何を語れというのか。
「なんですかー、その顔!」
「……普通だけど……。昔との違いは…………昔は夜帰ってた人が、ずっと家にいる感じ。未だに。」
「え~、それだけじゃないですよね~。夜もいるって、それが一番超特別な変化だし!熱そう。」
ここまでストレートに聞いてくるのは柚木ぐらいである。
「庁舎君は家ではどうなんですか?いろいろ構ってきます?」
「……すごくよく喋るか、だんまりでずっと何か観てるか……」
正直尚香、章といる半分は家に学生がいる気分である。あのふざけた性格はなんなのだ。
「なんか子供だから、こんな子と結婚してよかったのかと時々戸惑ってしまう……。」
「子供って言うか、特異な性格ですよね。まあ、章君だから。分かりやすくていいじゃないですか。」
誰にも裏表がないし、してもみんなに知れたところである。
「子育てや家事放置とかではないんでしょ?」
ソナは少し年上の男性と結婚。出産で仕事を辞めた後、年下妻に全部やってもらえると思っていた夫とは最初はいろいろあった。尚香は、どうだったかなと以前を思い出す。
「うちは……最初はそういうことろもあったから、一からいろいろ話し合った。最近までは、けっこうかみ合わない生活してたかも。」
章はマイペース過ぎるので、二人だけの時も、子供ができた時も、子供が増えた時も、全部その都度話し合って。知ってはいたが、あんな自由人が世にいるとは再度驚きであった。
「………」
「でも庁舎君やさしいでしょ?」
「…………優しい、とは思う。」
気が利かないことも多いが、言えば何でも手伝ってくれる。道と、そう暮らしてきたからであろう。
「好きとか言ってくれるでしょ?」
「……言う………かな…?私の機嫌を取りたい時に……」
よく抱きしめて、頬やおでこにそっとキスをしてくれる。
「きゃー!天隆君!ママ、照れちゃう!!庁舎君に言われるんだよ!」
「………」
言葉も分からないのに、尚香と共に変な目でママを見るあたか君であった。
「星君、パパとママはどう?仲良し?」
ソナが聞いてみると、渋い顔をして考えている園児星君は、コクンとうなずいた。
「………なかよし。」
「うわっ、かわいい……」
「尚香さん、なんか私、二人を見てたら早く結婚したいって思ったんですよ。」
柚木が優しい顔でニコッと笑う。
「ふたり?」
「尚香さんと庁舎君です!」
「………私?」
「ふふ。ちょっと不便でも、誰かといたいなって。それで結婚決めたんです。」
「……」
「まあ、ぶっちゃけ女性面は気が利かなくて、結構ケンカしてるんだけどね………」
しかも、見た目にトキメキはあまりないので、別に普段キスされたいとも思わない。
「至る所にキュンキュン要素があってうらやましいけど、尚香さんは庁舎君のキスもめんどくさがりそう……」
「………そんなことはないよ。」
一応言うが、めんどくさいこともある。
柚木、いやそうな顔をする。実は昨日も義実家でケンカしたばかりだ。でも、ゴテゴテの渓谷を必死で駆け抜けて来たような尚香さんを横で見てきたので、多少の諍いは自分も乗り越えて行こうと思ったのだ。
夫や義家族から見たら、自分の方がイレギュラーな人間であろう。お互い自分の常識や自分の感情が一番だったものを、時には変えていかなければいけないのだ。相手にそれを望むなら。
ふーと、ため息をつく柚木である。
「それに、結婚って結局、社会生活で仕事でもあると思ったんですよね。」
「?すべきことってこと?」
「違います。どうせ結婚しようがしまいが、働いて税金払って病気したら健康保険で病院行って苦労するじゃないですか。結婚生活も世ですべきいろんな人生の手続き段取りをするわけで。」
「……まあそうだよね。」
「同じ苦労をするなら、自分への一点的な重責は増えるけど、することは同じ結局社会生活の延長だと思って頑張ろうと。どうせ、一人だろうが二人だろうが何だろうがいつかどこかで苦労するんだし。」
「なるほど。」
「え?よく分からない。結婚も仕事だしってこと?」
「そうだけじゃない。複数観点が入ってる。何にしても苦労するし、ならどんな種類の苦労をするかってこと。」
柚木、ラブラブしたい愛だけの人間ではなく、面白くないほどの現実思考型であった。それに、20年30年掛けて見付けていく、信頼や夫婦関係があってもいいのかなと思ったのだ。
「尚香さんもケンカするの?」
「……する……かなあ……?」
結婚前よりしない気がする。意外にもあの男は尚香のイエスマンで、イヤなことはサラッとかわして適当に返事をするからだ。
「前よりはしないかも。」
「………庁舎君、安心してるからじゃないですか?」
「安心?」
「そんな感じです。」
いろいろあっても、ずっと一緒にいてくれる人がいるからだ。
好みも元々の生活も全然違うけれど、
同じ夫婦観で、同じ家庭観で、同じ、ずっと一緒に……




