5 変化する日々
それから数年。
あれから大分変ったことがある。
まず、与根も結婚してしまった。
誰とかと言えば、ラナ・スンである。これに関してはいろいろあったようなのだが、初めて聞いた時功が驚きまくっていた。スタッフはそういう事もあるだろうと思っていたらしい。なんだかんだ、あの二人は仲が良かったのだ。功をコントロールできる男なので、ラナでも問題ないであろう。
真理にも第二子が生まれ、元気な一二三ちゃんという家族が増えた。テンちゃんや伊那のところにも第二子がいる。泰に関しては、実はもともと子供がいたので既に三子のパパだ。そのほかの周りも大分変化がある。
章と尚香にも二子がいる。
尚香はジノンシーを退社。
一人っ子だった尚香は、子供が授かりにくいのかと思い、授かるのも大変だったら一子は頑張ってあとは仕事を続けるつもりであった。でもなんと、年子に近い二人目ができてしまう。もともと、産休でいいじゃないかと会社に言われながらも、いつ復帰できるか分からないと退社していたので、それを機に完全に舵切りをしてしまった。
今、もう一人女の子を妊娠している。
思った以上に子供ができやすくて驚いてしまうが、尚香の両親は子供を作るのが少し遅かっただけで、両親の家系も点々と子だくさん家系があったらしい。親族が海外に分散しているらしく、それで尚香も知らなかったのだ。
「洋子さんもそうだしね。」
「どっちの体質か分からないけれど、大和君とこも四人兄弟だし。」
と、道と納得してしまう。
ただ、三男だった一人はお腹の中で亡くなってしまった。
死亡届も必要な月齢で、章もライブ後に知り急いで遠征先から帰ってきた。とくに公表はせず。
しばらく道か洋子が家に通い、その頃は一時期より元気になった金本のお母さんもよく顔を出していた。
そして、一人、里子も預かっている。
***
お腹の子が生まれてさらに少し。
功のマンション。
「おとーさん!おとーさん!おとーさん!!うわーん!!!」
大泣きして久しぶりに帰ってきたお父さんに抱き着くのは、見た目は章に似ているのに、兄に勝ったことがない泣き虫な次男。片腕でガッと功が抱き上げると、首にしっかりくっつく。
「にいちゃんが、おかしたべた……」
「ちがうよ。お父さん。星は怖がりすぎだよ。ぜんぜん食べないからぼくが食べた。」
もらうよと言ったら、いいと言うのに食べたら泣き出したのだ。兄に逆らえないのである。
「………頼君。星は大事に取っておくタイプなんだよ。人のを食べちゃダメだよ。」
「……………」
兄の頼隆もお父さんにくっつくので、章は二人抱え上げリビングに入る。
「ママは?」
「伊馬と明ちゃんとねちゃった。さきまでおばあちゃんいたんだよ。お母さんも起きてたのに、明ちゃんにお乳あげながらねちゃった。」
ソファーを確認してもいないので下を見ると、おもちゃと洗濯物だらけのキッズマットの上に、薄い布団を敷いて赤ちゃんと、もう一人、小学1年生の子と寝ていた。章は二人をそこに降ろして荷物など置きに行く。けれど、星は洗面所まで付いて来ていた。
「頼君。よく星君、見ててくれたね。」
章は戻って来て頭をなでてあげた。
「うん。星はあまり世話がかからない。伊馬いたし。」
星は見た目は功に似ているのに、兄弟で一番無難で常識人に育つかわいそうな子なのである。なにせ後々、突拍子もないと知る父親の面倒も見なくてはいけないからだ。普通人なのに。
ただ今はまだ、頼りある父である。なにせ、子供を数人一気に抱き抱えられるのだ。
兄も常識人だが、母親並みに父の無謀さをかわす能力はある。顔も性格も尚香似だ。真理ちゃんのとこの子よりずっと大人しいと、みんなに驚かれる山野瀬家兄弟上二人である。
伊馬は愛知県から来た里子だ。親が音楽関係者だったらしく、4歳ごろからピアノを習っていたらしい。2年前から預かっている。
「ご飯は?」
「おばあちゃんとたべた。カレー!星はミータンのカレー!ぼくは大人といっしょ!ソースかけた!」
「そっか。ママは?」
「おかーさんはたべてない。」
テーブルを見ると、一口だけ食べたカレー皿が置いてある。いろいろ話を聞きながら、寝ている尚香の横に腰を下ろした。
「明ちゃん、今日いっぱい泣いたんだよ。でもかわいいんだよ。」
星が言うと、章が一緒に笑う。
「……うん。明子は美人だね。」
章は指でそっと頬を触る。
「うん、明ちゃんかわいいね。」
「かわいくないよ。にらむし、ほっぺムチムチだよ?」
「ムチムチでもかわいいよ。」
みんなで覗き込んでいる。
「………?……」
そこに、目が覚める尚香。なにせ騒がしい。
「ん…?……章君?……」
「ただいま。」
「……あれ?寝てた?………」
広い家なのに、みんな狭いマットに集合している。
章は尚香にキスをしてから伊馬に布団を掛けてあげた。
「いいよ。寝てて。」
「ん……起きる。みんなお風呂………」
「明日土曜日だから、もう無理しなくていいよ。伊馬も寝ちゃったし。」
「でも歯は磨かないと………。今何時?」
「もう9時17分だよ。」
パパでなく、頼隆が答える。
「うそ!」
と、尚香、驚いてみんなの顔をぐるーと眺めてから落ち込んだ。
「……はあ……、寝すぎた………。」
「1日ぐらい、お風呂もいいよ。」
「ぼくと伊馬くんはおばあちゃんにおゆ出してもらって、シャワーしたよ。」
「……ほんと?じゃあ、星だけ?一緒にお風呂入ろうか。」
と言うも、お父さんが戻って来てお母さんも起きて声を聴き安心したのか、ウトウト始める星。なにせまだ園児。
「星、ハミガキしてないよ。」
「あ~!星、口閉じないで。」
と、ほぼ半寝の星を抱えて、尚香はどうにか歯磨きだけさせる。すすぎができる状態ではないので、濡れ布巾で口の中を拭った。
待ちくたびれていたのか、伊馬も明も抱いて移動させるも起きず、みんな子供部屋に入れると寝かしつけもいらず、すぐ寝てしまった。
リビングに来た親二人。
「章君お疲れ。」
「尚香さんも。」
ふたりはお母さんのカレーを食べる。子供が大人と同じ食事を食べられるようになってからずっと甘口だ。
「それでね、章君も里愛さんから聴いた?」
「何?」
「結婚決まったって。」
「え?マジ?姉さん?結婚しないのかと思ってた。」
もう30後半。そのまま音楽だけを追求するのかと思いきや、できれば子供がほしいとプロポーズを受けたらしい。演奏隊にいるうちに子供がほしくなったそうだ。
「オーストリアの人だって。今ドイツで海外に定住したら、演奏隊に行けなくなるって泣いてた。」
「……里愛さんドイツって感じじゃないのに……。」
結婚報告でそんな理由で泣かないでほしい。
カレーを食べ終わって、寝支度をしてソファーで一息つく。
今、章は少し髪が長い。うっとおしい前髪を、上にガッと流した。
「尚香さん、俺が4日もいなくてさみしかった?」
「…………」
「……さみしかった。」
「何?その間は。」
「………」
本当は子供に追われて、章を考える気分にもならなかったのだ。伊馬も1年生になって学校にも行ったし、明の妊娠中は普通だったのに、最近非常に眠い。お乳がたくさん出るから体がフル回転なのか。
「……授乳のせいか眠くて眠くて。」
「尚香さんは俺がいてもいなくても同じなんね………」
「そんなことないよ。どこかにいるって分かってるから安心もあるわけで。」
そう言うと、横から抱かれる。
「栄養取ってる?」
「取って全部吸われてるかも。星の卒乳後、胸がぺっちゃんこになっちゃってほんとショックだったんだけどな……。もっとなくなりそう。」
「……………」
「あんまないのに、さらに小さくなって…………身も心も凹んだ。」
本当に昔話のお婆ちゃんの絵みたいに胸が垂れて小さくなるんだと、あの時は落ち込んだのだ。海外セレブが産後に豊胸する気持ちが少し分ってしまう。するかどうかは別にしても、人は経験を通して他者を理解するのかと知った瞬間であった。
「尚香さん、小さくはないでしょ。」
「………小さいよ。章君の手には足りないし。」
「小さくないよ、多分。俺、手がでかいから。」
章は力を入れなくてもバスケットボールが持てる。
「…………そうなの?」
確かにブラのサイズは小さくないが、昔お店の人に測ってもらった時、CとかDとかでも言うほど大きくないんだな、と思ったのだが違うのか。男性が読んでいたグラビアの女性たちくらいが大きいと言うのだと思っていた。
「でも、大学の時男子が読んでた雑誌とか、女の人たちすごく胸が大きかったよ?」
「だから、それは大きすぎるのであって、尚香さんも普通に大きい方だよ。寄せて上げればそんくらいになるんじゃない?」
「ああはならないでしょ。」
考える尚香。
「………大きい方が好き?」
「嫌いじゃないけど、別にいいよ。子供いるししょうがないじゃん。尚香さんが好きだってば。」
「…………………」
そして尚香は、ばかみたいにぽかんと口を開けて思い出す。
そういえば、洋子さんは非常にきれいな鎖骨や胸をしていたが、あれは大きかったのかと。少なくとも体の比で考えても自分よりは大きかったのだ。
「……!」
手に触った初めての時を思い出し、ぼっと、赤くなる。
「何考えてるの?」
「別に………。」
洋子さんがモテる理由が分かった気がする。全部が程よく整いきれいなのだ。あの人は。
そして日本人とは違う、くっきりした筋肉の盛り上がり。女性的なのにしっかりあった筋肉。4人も育てて、ほのぼの生きて、どうやってあの体型を維持しているのか今度聞かねばなるまい。
ただ、尚香は知らないが、洋子は思った以上に運動はしている。何せヒマなので。
でも、尚香。カウンセリングでアメリカの先生と話せたことは、本当に感謝だと今思う。もし彼女とあそこまで赤裸々な話をしていなければ、尚香は今も功にこういう話を遠慮していただろうし、夫との夫婦生活に向き合うということ自体、いつかできなくなっていたかもしれない。
「…………」
尚香があれこれ上の空の時は、だいたい自分以外のことを考えている時なので、不満な章はギュっと抱く。
「体型戻るかなあ………」
と尚香はぐったりする。章から見たら、子供ができる前と誤差であるが。
「なら尚香さん、ストレッチしよ。俺と。寝る前に今から。」
「章君と?」
「うん、アイドルの子たちは胸を上にキープする運動とかしてた。」
「若いのに?………うーん。授乳が終わったらね。」
「そう言って、何年経ってるの?そんで今度は、子育てが終わったらねとか言うんでしょ?尚香さんの心の姿勢が変わらない限り、永遠に終わらないよ。」
「………どうしてそこだけ哲学なこと言うの?………もういい、洋子さんに聞く。」
「なんで!」
「今は無理。子供4人連れてお出掛けしてるし、20代じゃないし……それだけで、全部消耗する……」
「ダメだって。足腰鍛えないと、後でどっと来るよ?今からしよ。」
「分かった。明日から章君ので頑張る。」
向こうにフィットネスマシーンなどある。
「俺、明日いないし!尚香さん、一人だと絶対にしないし!!」
「あー!もう、子供たち起きるよ。」
「頼君たちにチェックしといてもらお。」
「みんなが園の時にするから……」
「なんで尚香さん、そんなにだらしないの?」
「眠いから。」
「寝ないでよ。構ってよ!」
と言って、その日も過ぎて行くのであった。




