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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十五章 コンサート

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51 ふたりのエチュード



はいいい??

一同、震える。


「?!!」



『あ、やっぱちょっと待ってて。』

と、功は一度里愛(リア)に返す。渡しても困るが、返すなとも言いたい。



え?え?と、今までないことに、さすがの観客も騒めきだし、大きなスタジアムが盛り上がりと不安と、何が起こっているのか、なぜ雰囲気が変なのか分からない観客とで騒めく。コアなファンとアンチは、功が楽器音痴だという事も知っている。


すると功はステージから一気に下に降りて、舞台下の複雑な部分を触って嬉しそうに言った。

『あった!』

は?何が?と、スタッフもビビる。


功が客の位置に下がったことで、その周囲が「ワあああーーー!!!!!」と盛り上がり、そんな反応に手を振り返し、あれこれ喋りながらまたステージに上る。


なに?何?と思うも、功が持って来たのは、微妙な位置に隠してあったバイオリンの弓2本であった。ついでに顎当てカバーも。



あいつマジ、しめる………

伊那がキレそうだ。



功は弓の1本を自分的安全位置に置いた。里愛はその間に、もう一本準備していたバイオリンの方を持って来てそれを功に渡した。


はああああ????

となっているドラム泰以外のイットシーメンバーと、その他全員。


演奏的な理由で2本準備をしていたと思っていたのにそんなことはなかった。それにリハーサル時、功が時々ステージ下を気にして、下方のスタッフに何か言っていたのはこのことだったのか。




このやり取りにさすがの尚香も気が付いていた。何せアップだ。

里愛ではないか。

「……里愛さん?」

え?え?と思いながら洋子を見ても、洋子はふーん、という感じでやはり何事もなく見ている。そもそも洋子はバンドメンバーを知らないであろう。




少し変な雰囲気になった会場で、功は恥ずかしそうに語った。

『テンポ悪くてすみません!』


恥ずかしすぎる!というレベルではない。下手をしたら全てをぶち壊す最悪のライブだ、と興田が真っ青だ。既に今、白けている観客もいるだろう。



『あー、実はずっとバイオリンが弾きたくて。』

は?と、その言葉に与根もキレる。

『このライブに来た皆さんに功君のバイオリンは史上初、最初のお披露目となります。音響さーん。こっちのも入れて!』

と、大きなタオルで汗を拭いてから、サッと功がバイオリンを構える。



長い腕にきれいな姿勢。



一瞬見惚れる………

も、出てきた音は、


ブワァ~と外した音であった。


スピーカーを通して会場に広がる。

「!!?」


「ひぇっ!!」

と、思わず言葉を漏らしてしまった真理の声も会場中に広がった。観客も気が付く。打ち合わせではないのか。試しにしてもひどい。不安に騒めく会場。

ファンたちは思う。ここ最近、婚活状況を全く語らなかったのだ。全員にフラれて自暴自棄になったのか。あきらめて他の趣味を見出したのか。キラキラきらりんの、ニコくんの木琴な功君のあれこれを慰めるべきか。


『あ、ごめん、ごめん。緊張した!』

真っ青な顔のナオや与根や三浦に、あのクソ!と鍵盤をそのまま投げつけたい伊那。

緊張したじゃねーよ!と、イラ立ちを隠さない男性スタッフ。ラナも、ここはもう堂々と奴の首を引っ張ってやめさせるべきかと悩む。


なのに、

『音響さん!調整して、バイオリンの音量!こっちメイン。』

と、数回弓を引いてひどいことをさせる。



空気が悪いにしても、これがどういう状況か分からない尚香は、まさか自分ではなく全然違う角度からこんなハプニングを起こすなんて、と血の気が引いていた。



会場からは、不安と期待、怒涛と白け、羞恥、嘲りとエモさ、全てが混じり合う。


「功ーーーー!!!頑張ってーーー!!!!」

そんな中、女性たちの励ましも聞こえるが、配信の方も混乱していた。切ってしまう人、ここぞと見に来る人、視聴者数が上下する。




それでも功は話す。


『自分は最初、音楽家ならバイオリニストになるのだと思っていました。』

普通だったら雰囲気を取り戻せないこともあるが、堂々としているし功の姿が絵になるのでみんな聴き入る。


『でもなぜかいつも失敗してバイオリンは弾けなかったので、ポッポスの曲にバイオリンを込めてみたんです。』



静まっているのか騒めいているのか分からないスタジアム。


『俺が歌うから、ダンスまでするから、その音は埋まらなくて…………』

ただ弾けなかったのもあるが、バイオリンは思った以上運動量がありスタミナと筋力も必要。基本功は立って弾くし、ダンスにバイオリンも加えたら、2時間前後とアンコールありのライブはぶっ通しではできない。一般的に。

……この男ならできそうだが、周りがさせないであろう。それならもっとダンスをさせる。




けれど、功は、外のざわめきはもう何も見ない。



代わりにずーずーもずく君を思い出す。


みんなで最初に行った、小さな音楽スタジオ。

あいつは緊張緩和の何の役にも立たなかったが、あんな間抜け顔でも自分のアルバムより強敵だったのだ。しかもネットで見たら、ぬいぐるみビッグサイズはLUSH+の初回アルバムより値段が高かったのだ。誰が買うのか。自分なら貰い物でもいらないし、関係者すら買わないだろうとしょうもないことを思い出す。


もずくよりはイケてると思ったのに。




感じる、いつかの澄んだ冬の空気。




…………カチッ、カチッ、カチッ………



あの家の、昔のままの振り子時計。


普段は気にならないのに、気になるといつまでも耳に響く秒針。




その秒針を和らげてくれるのは、静かでも賑やかなあの家の柔らかい空気。



「章、この問題分かるか?」

漢字検定は分かるけれど、数字の問題を出されるとおじいちゃんにもいやな顔をしてしまう。





湯沸し器で、お湯がボコボコ沸く音。

もうすぐ沸騰する。


それが誰かのための音だと思うと、ほっとし、そして熱くもなる。




今日は緑茶?ほうじ茶?おじいちゃんの好きなプーアル茶?

おしゃれなカップは棚の奥で、あの家ではいつも古い湯呑か、貰い物の揃っていないいろんなカップ。


それとも今はもう、胸が締め付けられるような、おばあちゃんの作ったカリンジュース?



そこに香る、ほのかな気高い甘さ。





日の角度で時々夕陽が当たる…………


仏壇の、もう動かない古い時計。





大丈夫。



功は、もう一度きれいにバイオリンを構えた。



弓をタンタンと数回遊ばせると、今度はきれいな普通の音が出る。


裏にいるスタッフ一同。

マイクを切るべきか、そのままにすべきか。なぜ音響は従うのだ。正直功の首を引っ張って行きたいが、ここで幕引きさせるべきが、続けさせて失敗してもコントにしてしまえばいいのか分からない。ウケなくてアンチどころかファンにも叩かれるかもしれないが、下手に奴を押し込めると明日から引きこもってしまう可能性もある。

演奏を失敗して落ち込んで義務教育半不登校になってしまった男だ。なぜか完全不登校をせずに、職員室と図書館には通っていたが。



功は数回弓を引いて、それっぽくなってからまた里愛の方を見る。


『えーと、バイオリニストさん、やっぱり助けてください。』

功がお願いすると、また里愛が立ち上がって功の前まで来た。

『実は、これに関して何の話合いもしていないので、バイオリンさんの度量に任せます。』

バイオリン渡してあげる、と言われただけでそれ以上は何も話し合っていない。


もう何をするのだ。観客もスタッフも尚香もやめてくれと思う。こんなことはこういうコンサートですることではない。こんなドデカイ屋外で。




けれど始まる。


里愛の目配せで、2人のアンサンブルが。



『「演奏隊の朝のエチュード、瞬間の始まり」』

そう言うと、里愛がコクッとうなずく。



二人は少しずつ歩きながら、お互い対角上に距離を取るように、円線上を歩き出した。


見つめ合っているのか、けん制し合っているのか。



そして、周りながら一定の距離ができた所で、里愛の合図で同時にバイオリンを構え始まる。



「!!」



アートパーク演奏隊のために作った、瞬間のエチュード。

オリジナル曲。


なめらかなレガートからの穏やかな日和、

迷いに、悲壮。数節終わると、



急に二人はそれぞれバッと外円に向く。



メンデルスゾーンの激しい旋律のような、感情なのか、風景の怒涛。

「?!」

与根が、伊那が、真理が息を飲む。



弾けている。功がきちんとバイオリンを弾いている。

スタジアムなので音は広がるが、それでもきれいな音律。



楽器に遊ばれず、音を遊べるほどの明確な一打。



??

伊那たちも意味が分からない。

微妙に功の持つ既存曲のメロディー感も醸し出し、聴衆の耳に残る反復。



そして最後、スタッカートで締めた。



「…………」


どう反応していいのかという雰囲気の中でも、二人が礼をすると拍手が起こった。




聴く者、演奏する者には分かる。これは弾ける。功は弾けるのだと。団員は見惚れた顔をしてる。


でも、なぜコンサートでそれを?度胸試し?

このコンサートはネットでも中継されている。下手したらアンチの思うがまま。ファンもだから何なのだと。



『えー、皆さま。ご傾聴ありがとうございます。練習です!!練習!』

本番で練習するなと言いたい。

『そして謎の人物………、こちらのバイオリニストは、自分のバイオリンの…………

兄貴でございまーす!!』


は?

と、みんな思うも、再度礼をする里愛。


兄貴である。師匠でも先生でもない。兄貴。隊長であり将軍だが、それを言うとアートパークがバレるので言わない。叱られるであろう。いずれにせよ多分叱られるが。


グルなん??

と、スタッフ一同思うも、もう任せるしかない。



そこで、功がステージから見た客席右のボックス席を弓で指す。

「?」

また何?と思う聴衆たち。



「え?」

と、尚香が青ざめ横の洋子さんを見てしまう。自分たちの方角だったからだ。





※レガード……連続する2の音を途切れさず繋げる。

※エチュード……練習曲。

※スタッカート……音を短く切る。

※メンデルスゾーン……1809年生まれのドイツの音楽家。

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