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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十四章 記憶のデータ

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47 充実した日々



「まり、知ってるよ。」

演奏家の資料を見てうれしそうなので、みんな覗き込む。


「すごいの?」

「うん!二人ともクラシック寄りだけど、なんでもいけるよ。バイオリニストの人、『バンタ・ファント』って言うジャズの老舗でも演奏してるもん。ピアニストの人もジャズピアニストの小宮恵呼(けいこ)の大ファンだって言ってたし。」

周囲が早速動画を見てなかなかだと感心しているので、功も横から見てみる。


そして目に入ったその名。



が、白けてしまう。


『高坂里愛(りあ)

『ユミナ・メイシー』


「はぁ?」


なに、この人たち。



「何その顔。バイオリニストが称賛されて悔しいの?」

「てか、なんで功のファンなの?ユミナさんってあんまり日本にいないのに。」

「二人とも美人だな。絵になり過ぎないか?」

弓奈は目立つ顔ではないが、舞台ではこういう人の方が引き立つ場合がある。

「目立つだろ。バックバンドって感じじゃないぞ。ギャラいくらなんだ。」

「いいじゃん。これで引きから、こー来て寄り入れよう。いい絵だし。二人来てくれるならいい絵、撮っとこうよ。」

興田がいたので、カメラワークの構想を既に考えている。



みんなの話を横で聞きながらあきれる功。

デコボコ演奏隊の将軍と、功がなるはずだった三番隊長をかっさらって姫になった人ではないか。


「ピアノいらんし。」

ピアノは真理も弾けるし、演奏会をするわけではないのでピアニストはいらないと功は言う。

「そんなん、まりが弾くよりずっといいに決まってるし。功はピアノの良しあしも分からないの?バイオリンやりたがってたくせに。」

知ってるもなにもバイオリンは隊長の上に将軍で、なんならニキ・何とか・ローレンさんという人まで知っている。ヨーロッパではニキの方が認知度が高い。弓奈は、フルーツプリン大福が好きということまで知っている。


「え~。まだ時間あるし、打ち合わせできるならピアノの重奏入れてもよくない?」

「もう来週だぞ。無理だろ。ピアノ一台組み込んだらあらゆる変更が加わる。マイク付けるだけの俺のバイオリンが入れられないのに重奏とかクソ。てか、最初から今回ピアノはないのに!デジタルで充分!!」

「…………」

真理がすっごく嫌な顔だ。


「だいたい、メイシーが名前なのかユミナが名前なのかなんなんだ!」

「………南さんだってイズミさんだっているし、そんなどうでもいいこと…。個人的恨みがあるの?」

どちらかといえば演奏隊新米の弓奈さんより里愛の方が生意気である。


「なんでそんなに頭っからあれこれ反対するの?発想は自由だし。」

功が楯突くので真理が怒るも伊那が入る。

「まあ、次のスタジアムですることではないな。歌聴きに来てる人がほとんどだろうし。そもそもがバックオーケストラの話だ。」


「功、バイオリニストを呼んで自分は演奏できないからグレてるんだ。」

真理が言うも、功は無視して部屋から出て電話を掛ける。






「里愛さん、何してんの?」

『あ、功くーん。』

「バックバンドの話なんですけど。」

『あ!もしかして聞いたの?ふふ、うちの隊員を応援しないと!』

身勝手にも、楽しそうな里愛将軍。


「何言ってんすか?」

『楽しい?』

「まだ何も決まってませんけど。」

『功君、ファイト~!』

「一週間もないのにウチの将軍呼べるわけないし。」

みんな言っていたが、ピアノスト弓奈は日本でも1コンサート50~100万はくだらないらしい。バイオリニストの里愛はユミナほどではないが、まあ高い。だが値段の問題ではない。


『友情出演!』

「………白バンでもあるまいし、今度にしませんか?」

正直功は何でもいいが、周りが対応できないであろう。いつリハをするのだ。

『えー?早くしたいのに!バックバンドの一員でいいってば!団員の子に、何も言わずに普通の差し替えで入るってお願いしたのに。余計なこと言ったんかな。』


ソリストとしても名のある里愛さんとユミナさんが入れてくれって言ってるんです!と、興奮して言ったのである。しかもこっちのスタッフにまで。


それに、人気コンサートの演奏者は待ちがいくらでもいるのだ。会話の良いタイミングで愛理がいたからの提案で、普段なら別の人で即埋まってしまう。


『黒子だってば!黒子!』

「お姉さまが?」

『気張らなくても大丈夫だって。大学関係やチャリティーでもそんなに高くない価格や無料でも出てるんだよ?』

「でも、みんなそういうわけにはいかないって。」

『「何も言わずにバックバンド」も「ホーリーを探せ!」みたいでおもしろいじゃん。「あ、いたいた」みたいな。それにクラシックの世界でもないし、紛れ込んでも気付かないよ。私だって、誰もが知るソリストってわけじゃないし。』

日本は弦楽器の有名ソリストがそれなりにいるので、てっぺんが高く真のトップクラスとは言い難いし、LUSHファンからしたら、誰?っという感じであろう。


「隊長、自分の腕をもっと高く売ってください。むしろ今度の機会に完全大作戦を立ててポップス界にまで名を売るくらいの…」

『黙りなさい!』

言われるので一旦黙る。


『功は、自分のバックは安いもんだと思ってるの?』

コアなファンはゲストや常連のバックメンバーのグループや名前も把握している。裏方さえも。

『あんただけが主役とでも思ってるの?』

主役だが。

『自分こそ全てを高く売りなさい!功が価値を高めなさい!たとえ道端の演奏でも!金にならなくても!!』

「………」

何を言いたいのかと思うも、三番隊長にもなれなかった功は将軍には逆らえない。



『功君、それにさ、いい機会じゃない?』

「何が?」

『私が渡してあげる。』

「?」

『私が渡してあげるってば!』

「??」



そこで里愛が相談を持ち掛けた。




***




夕方、洋子のマンション。


昔住んでいたロンドンと違って、東京は窓のロールスクリーンすら開けられない。

けれど少しだけ調光のスキマをずらして夕陽を部屋に入れる。


普段直射日光が当たらない木目のピアノが夕陽を照らした。外を見ていた窓から、ピアノの蓋まで行き鍵盤を出す。



自分はなんて馬鹿なんだろうと洋子は思う。




章を叩いたところを初めて見た正一が、慌てて駆けてきたことがある。



それで若葉おばさんも来て、大変なことになったのだ。章の腕とふくらはぎに定規で叩いた跡がある。でも、章は叩いても何も言わない。逃げようとして捉まえて叩いても泣かない。ずっとむっつりしていた。


ただ声には敏感で、あまりに叱ると隅っこに逃げていく。



計算が出来ず、カレンダーが分からない。

地下鉄に入れず、路線図で混乱してしまう。


似ているのに、

なのに全然違う二人。


洋子は叱られると終わるまでその場から動けず、あの子はぴょんぴょん逃げて洞穴に隠れてしまう。

洋子は閉じ込められるのに、あの子は自分から隠れてしまうのだ。

洋子は許可が出るまで出て来られない。なのにあの子は自分から隠れたくせに、気が付くともう別の部屋にいる。



それに何がおかしいの?

洋子にはさっぱり分からなかった。


洋子は教鞭のようなもので叩かれていたのだ。ヨーロッパでも既に禁止されていたようなトーゥスで。



それに、この子は全く言うことを聞かない。叩いたところで何も聞かない。


一度、義実家で法事のお供えの菓子箱を全部開けてしまったことがある。食べもしないのに個包装まで。

それで親子で親族にひどく叱られて。洋子には、父がいた頃の真っ暗な世界が訪れたようだった。



あれ?私は父が怖かったの?



今度は、章がみんなに出す前の果物を食べてしまいそうになったことがある。抑え込んでやめさせて、それでも蹴られるので強く叩いたら、その日から自分は親戚中で子供を虐待する親になっていた。


「子供が梨やぶどうをかじったくらいでかわいそうに。」


叔父叔母たちの間で、呑気にイチゴをかじっているあの子供は誰なのだ。



楽器もひどく適当に扱う。


座っていなさいと言うのに家の中を走り回り、鍵をかけても窓も開けてしまい、棚にも上ってしまうのだ。ご飯の好き嫌いも多く、もうコップも10個以上割ってしまった。プラスチックも割ってしまうし、ステンレスにしたら今度はそれで鍵盤を叩いているのだ。何度叫んだか分からない。


捉まえようとして抑え込んで、鍵盤の前で暴れて付けた傷が今でもピアノに残っている。



二歳を過ぎてもママとも言わない。


自分に似ていると思ったのに、自分どころではなかったのだ。

自分のように育てれば、せめて大事を起こさずに世の中で生きていけるだろうと思ったのに。



地に足の着かないような生き方をして、


けれど気が付いたら、家族のいた自分が一人になり、親族から逃げに逃げて生きてきた息子の方が人に囲まれている。





あっという間に落ちていく夕陽。


鍵盤をもう一つ押すと、高い音なのに、それはとってもさみしそうだった。




分からない。


分からなかったのだ。



あの子の、何も映していないような、光彩も見えないような目を見た時、

この子は正一でも正二でもなく、『道子』でもなく、


自分だったから、



とても怖かったのだ。





***




東京の空の下。


それでもみんなの夏が過ぎていく。



金本家はまだ道に来てもらっているが、今は週に1回だ。海外出張から帰って来た尚香は「あれ?」と、端に置かれた見覚えのある袋に気が付く。以前ナオに掛けてもらったバスタオルを道経由で返していたのに、なぜかそれが戻ってきていた。


「あれ?なんで?」

「道さんがなんかね、事務所の方から使い古したタオルだから切って使い捨ての掃除の布巾にでもしてくれって言われたって。」

「……え?そんなことできない……」

確かに使い込んだ感じではあるが、LUSHの名にハサミを入れる勇気はない。ただでさえファンにも嫌われているかもしれないのに、まだ使えるタオルを切るなんて。

それとも、自分が使ったものなどもう触りたくないのだろうか、と尚香は少し悲しい。


しょうがなく、一旦1階の棚に置いておく。今度はいつ会えるだろうか。もうスマホでのメッセージのやり取りもしておらず、家のメモだけだ。




尚香は今、章と出会う前のような、仕事に尽力するだけの日々を過ごしている。


思った以上にそれは楽しく心地よい。



基本尚香は、スタートダッシュと整備タイプなので、海外の仕事も他者にも引き継げるようどんどん可視できる形にしている。自分で仕事をしてしまうと、全部やってしまいたくなるのでうまく仕事も振り分けていくのだ。


久保木の見立ては正しかったのか、英語は日常会話くらいしかできないのに、海外でもとにかく人を繋げ開拓していくのがうまい。みんながみんながは寄っては来ないが、最終的に尚香の周りに残るのは、しっかりした話が出来たり物事への洞察力のある人間だ。行く先で様々相談されるので、そこで可能性があれば別の仕事につなげたりもする。



これまでの1年の騒さがしさがうそのように、日々が充実していた。






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