43 あなたはなぜ、の先に
※44話以降、構成しなおします。順序が変っただけで内容は同じです。
ここ数日は午後からの勤務なので、朝の新幹線で帰ったあの日。
陽は、山名瀬章の家が想像と違って驚いてしまう。
都心としては広くきれいで、音楽用の部屋まである。そこは想定内。章の家はちょっと金持ちな感じか、サブカルで雑多としているかどちらかだと思っていた。
でも、この男に似合わず、全体的に明るい無垢のような木目調。そしてリビングだけでは分からないが、ベッドのある個室に案内されて目を見開いてしまう。
個室には本や画集がたくさんあり、しかもほとんどが建築や環境デザインの関係、そして風土歴史関連やフィクションの本だ。
音楽関係の本もたくさんあるが、音楽そのものというより音楽や楽器のルーツや、作曲家の人生や国の背景を追った物の方が多い。日本の文明開化、ロシア革命や中国の歴史、アメリカ建国、諸外国の民族史など風俗や歴史の本がとにかくあり、英語やよく分からない言語もたくさんある。
少数民族史やその生活模様、図鑑、旅行記。
数か国語の聖書や解説書が置いてある他、写真集ももっと中2なギラギラした物が置いてあると思ったら、歴史の記録集のようなものばかり。聞いてみると祖父や父、この家の持ち主の叔父さんの本だという。
最近の本は本当に歴史を知っている人の本ではなく、世の情報に感化された人が書いたものだからあまり買わないと言っていた。
それがすべてきれいに、棚と言うか部屋に、空間に収まっている。
物もそれなりにあるし、全部がきっちり並べてある感じでもないのに、なんだろう。
「部屋、きれいだな……」
「俺は結構散らかすけど、母さんが掃除に来てくれてるし、いつも使うわけじゃないから。」
章の部屋も見せてもらったが、シャワーとトイレ、小さなクローゼットルームがある。ミニマムな感じでもなく物は置いてあったが、サブカル的なものはほとんどなかった。初期にファンにもらった、小さなぬいぐるみやファンレターの入った箱など幾つかのプレゼントが飾ってあるだけだ。
本の内容は重いが、家や家具の色調が明るいため歴史の重みにつぶされることなく寝れそうではある。
そして、寝る前にいろんな話をした。
俺が何かしても問題しか残せない……と落ち込んでいるのでとりあえず励ます。
「応援してくれているファンもいるだろ。」
「……自分に確信がない………。何も返せない………」
こんな性格なのか?会社もファンも自分も忘れて好きなことだけ突っ走ってそうな顔をしているのに。
「そんなことはない。俺もライブ行って楽しかったぞ。」
「え?いつ?」
そんな話は先、店でもしなかった。男は本当に何も話さない。兼代とソンジとハジュンはしゃべり過ぎであるが。
「エナドリコラボ。週末、とよとちいも行ったぞ。ちいは寝とったけど。」
「…………ほんと?」
「俺はとよちゃんとちいちゃんのファンになる………」
と、鬱陶しいくらいドでかいクッションを抱いて、少し笑った顔を隠している。
すっげー、男だなと陽は思う。
この長身で、あの三白眼からテレとはどういうことだ。こいつの脳内はどうなっているのだ。なぜそんな切り替えができるのだ。芸能界、普通の人はなれないという理由がよく分かる。
そして、他の人には言わないでほしいと念を押され、尚香が身を引いた理由も少し聞いてしまった。章の身内が過去の事件と関わった人で、助けてくれた側だがもう会いたくないのだそうだ。
それにしてもと思うが、奴は漏らしてしまった。本人は気が付いていなさそうだったが、途中『うちの兄ーちゃんがマジで…』とか言ってしまっていた。
兄か。
最終的に話し込んでリビングで陽は寝てしまったが。自分は部屋のシャワー使うから、風呂もキッチンも全部勝手に使ってくれと言われ、奴がいつ寝たか分からないし、朝、気が付いたらもう起きて運動をしていた。
輪郭までははっきりしないが、陽はこれまでに起こった分からない事情を思い起こし、新幹線から見える風景を悶々と眺める。
そして自宅。
急に東京に行ってしまった夫が、章の家に泊まったと聞いて星南が震えていた。『数日前にエナドリメンバーが飲んだばかりの家なのに!』と、陽があきれるような情報まで知っていた。
『なぜ、聴きに行くアイドルの顔も覚えられないようなウチの夫が!!』と、尚香に早速言いたくなってスマホを触る妻を止める。陽が今は尚香には連絡をしないように頼み、大雑把に章の話をすると『え??』と、さみしそうな顔をしていた。
***
忙しく働きながらも尚香はずっと考えていた。
なぜ洋子さんは急にライブなど行きたいと言い出したのか。
一人ではスーパーで服も買えず、霊感もないのに無駄にお化けを怖がっていた洋子さん。歩いていける距離以外のお店にはほとんど行かず、店が多い場所では迷子になる。
地下鉄では洞窟のようだと、足がすくんでしまう。
そんな人がなぜコンサートなど行きたいのか。しかも今回は大型アリーナ規模のスタジアム。でかい場所では大衆に紛れてかえって目立たないという話はよく分かるのだが。
それにしても………
実は、洋子にもらった家のミニもずく君とミニ鍵盤ハーモニカは片付けてしまった。なのに、やたら思い出してしまうあの人。
章君と同じ顔なのに、明らかに違う色気。
大人っぽいと思えば、ニカッと笑う顔がいたずらっ子の妖精みたいで。
子供かと思えば、誰よりも全てを見通していそうな、あの流れるような目と立ち姿。
ピアニストなのにきれいに薄いネイルを施した、しっとりとした長い指。
絡みつくあの手が………何かを探しているのに、何も掴めない。
私が掴んでもよかったのだろうか。
と思って、ああ、だめだ。あの人は章君の母親ではないかと思い出す。
長い首筋も、人を睨んでいるようにも無視しているようにも見えるあの目も全部そっくりで。
バイオリンを構える時に、一瞬眼下に仰ぐ空。
ボーとしてしまい、その消えない章の残像を必死に打ち消し、自分の手の平を見る。
きっと洋子さんが掴もうとしたのは、こんな短くて丸っこい指ではなく、同じように長く、きれいな指だろう。
でも、たった一瞬の感覚でもいい。
洋子さんに安心を与えてあげればよかったと――
「…………」
パソコンに向かっていた手が思わず止まった。
「金本さん!」
「っ!はい?」
急に呼ばれて目を上げる。
「……大丈夫ですか?」
「…あ、すみません。」
今、同じ課の女性が声を掛けてくれた。部下だがこの事業においては先輩にあたる子だ。考え事してましたか?と笑顔で話しかけてくれる。
落ちついて尚香はふと思い出す。
「………あ……」
そうだ。
なぜ、思い出さなかったのだろう。
洋子さんは『ダムディー』。
彼女たちは、奏者で歌手で、作詞作曲家。
自分が聴いた、あの懐かしい曲。
聴いたことがあるようで、遥か彼方で揺らめく、父や母のようにうつろな記憶。
「!」
思わず尚香の中の時が止まる。
いや、動き出したのか。
そう、『ダムディー』を。
***
その日、定時で上がった尚香は世田谷の自宅に急いだ。
「お父さん、CDあったよね?!」
「CD!『ダムディー』の!」
「……ダムディー?」
「ほら、章君の実のお母さんのコンサートに行ったって!」
「………。あ……、ああ。多分あるぞ。CDのしまってあるところだ。」
「!」
「どうかね……。断熱リフォームした時、家の物だいぶ整理してしまったよね……」
お母さんがその頃を思い出す。家も狭いしCDデッキも壊れてしまったしと、かなり物を処分してしまっている。大切なものは簡単には捨てることはないだろうが、その時の整理は兄がしていて尚香はノータッチだ。
お父さんとお母さんは、コンサートの話で「呪いだ」と2階に逃げて、章のことも話さなくなってしまった娘が、急にそんなことを言い出すので少し驚く。
それでも急いで押し入れを見てみると、引き出しの中のさらに箱の中、数十枚のCDが分けてしまってあった。急いで確認する。
そして………
「あった。」
あったのだ。『ダムディー』のミニアルバムが。
「うそ……。」
三人で思わず見てしまう。
でも、尚香にはこれを聴いた記憶があまりない。なぜだろうか。それでも、定年してから買った小型のCDプレイヤーがあったので掛けてみようとするも気が付く。
「あれ、これ、DVDだ。」
試しに掛けてみても音は出ない。そう、DVDだったため時々しか観なかったからだ。
「TVの方で見てみるか?」
少し古い液晶TVでブルーレイが付いているため、試しに掛けてみるもそちらもだめだ。
お父さんや尚香の昔のノートでもだめ。新しいノートはそもそもCDを入れる場所がない。
「このDVD手作りだからかな……」
量販品でなく、おそらく個人制作の物だ。検索で調べても、規格が合わないと開けない場合があるとありそれ以上は分からない。あとは都内のデータを扱える店に行くか。
尚香はいったんそのDVDを持って次の日出勤する。
会社の人に聞いてそれでも分からなければ、電気屋かどこかに聞けばいい。
「えっと、俺のノートでもだめですね。やり方はあると思うんですけど、これから外だし。」
兼代たちがいろいろしてくれるも、ここにあるPCでは開かない。
「……イベント部なら分かると思うけど…」
と、様々な制作作業もしているイベント部に聞いてみた。
社内にいた美香に案内されたのは、個人ブース。
「それ、会社のPCで開けて大丈夫ですか?」
心配気に聞く尚香に、じっとディスクトップに向かっている人が教えてくれる。
「まあ、人探したり発掘してるといろんなデータ開けますから。普通のコンサートのアルバムならまず大丈夫ですよ。」
DVDを入れるも、映像は開かずただのフォルダが出てくる。
「あー、これ。多分、メックですね。」
「メック?」
「昔のメッキントッシュは、20年くらい前から既に1万円くらいで音楽も映像もDVDも作れるソフトがあったんです。その後は本体にディフォルトになるんですけど、これ、その前後のかも。ドアーズと仕様が全然違うんです。」
「へー。」
メックは大学時代に少し触っていただけ。メディア制作機能なんてほとんど触らなかった。
「ほしいのは音声だけでいいんですよね。スマホやドアーズで聴ければ。」
「はい。できますか?」
「売るような物はメックドアーズ兼用になってると思うし、メックもありますし、できると思います。」
「本当ですか!」
「今の仕事もあるし、自分のノートでできると思うので、待ってもらえれば僕でしますけど。」
「お忙しいと思うので、おすすめのお店を教えていただければそこでします。」
「大丈夫ですよ。大事なDVD、別に中身を誰かに話したりしませんし。内容良かったら、営業かけてもいいじゃないですか。って、あ、これも20年近く前か………」
美香と顔を合わせて頷く。
「なら、お願いしようかな……」
そして終業時間後、音声と映像データ、両方が送られてきたのであった。




