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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十四章 記憶のデータ

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42 全てがもういい



昨夜は結局数人連れて家飲みになり、『なぜお姉さんは消えてしまったのか』と、ソンジに泣かれて章は大変であった。


『楽しみにしてて、他の予定入れなかったのに!』『コウはもう誰とも結婚できないっ……』と、酒を飲みながら泣いている。いや、勝手に決めるなと言いたいし、なんで毎回このパターンなんだと言いたい。自分の彼女でも探してこればいいのに。ソンジは太郎か。小学生なのか。


ハジュンも『フォロー250万の男が、婚活中の女性一人捉まえられないなんて……』と、柴犬みたいな顔をしてもらい泣きをしていた。なんだ、この酒癖の悪い奴らは。

尚香さんの話などしたくもないのでやめてほしい。



『お前ら、どっか遊びに行って来いよ。せっかくの空きなのに。クラブとか好きだろ??』

韓国の若者はクラブ好きだ。

『クラブよか、こっちの方がおもろい』

と、ハジュンが意味の分からない返答をする。おそらくクラブには過去死ぬほど行ったし、未来を見据えられる相手を見付けられなかったのであろう。今は日本のお宅の方が珍しいのである。



功は素直に負けを認める。

「そもそも向こうの方が、層が厚い。」

「層?」

「あっちの方が、あちこちいろんなタイプがいて、層が厚い。」

都会にも地方にも顔が広く、金家の海外住まいの親戚まで紹介されている。

「え?お姉さん、何してる人?普通に公務員とか会社員じゃなくて?」

普通に窓口や事務処理をしていそうだ。

「普通に、ただのサラリーマンだが、大手で目上にも指示ができるほどではあるらしい。」

現場では営業の先輩にも指示ができる。

室長(シルジャン)?!」

「…………チンチャ(まじなん)ヤ?」

ソンジ、意外過ぎてビビる。


少し日本語ができるメンバーに訳してもらい、ハジュンが口をはさんだ。

『そのくらいの人がいいんじゃない?』

有名人やお金のある人のパートナーは、あまりお金や世を回せない人よりも、多少賢い人の方がいい。二人してばかでも困る。


だが、功は言う。

「一般的に日本人は、下手に有名人よりも普通の人を選ぶ。」

最近、学んだことだ。しかも発言するこいつは弾けているバンドマン。安定した家庭と最も遠い存在の一つだが偉そうに言う。


「金も無いよりはあった方がいいが、だからといってポンポン結婚しない。たとえ相手が都会で成功している青年経営者であっても。」

あの人は、都会の実業家こそ警戒するであろう。

「…………」

「むしろ、結婚しない。」

「!」

「え?それ、選べ過ぎて迷ってるとかでなく?」

「そんなんは知らんけど。」

他人の頭の中など知るわけがない。

「!!」

世の中厳しいと、絶望するソンジであった。



しかも伊那まで飲みに来て、『みんなの前でお姉さんにジュースをぶちまけて、会場を氷つかせた』と余計なことまで口が滑り、ソンジ一同を氷つかせていた。

『謝りにいかないと!この時代マクチャンドラマでも水かけない!訴えられる!暴行罪になる!』『それはちょっと、お姉さんとお話ししないといけません!』『お姉さん泣いてない?!』と、大騒ぎであった。


『泣くわけがない』と言うと、さらに畜生最低野郎扱いをされる。


『あっちが先に水掛けたんだよっ!』と言ってやると、なぜか、『お前、蹴られても叩かれても絶対に痛くも痒くもないだろ』と勝手なことを言われた。



いや痛い。

痛いに決まっている。



水を掛けた時、痛かった。



そもそも叩かれもしない。

水を掛けても、反撃すらない。


尚香さんは絶対に自分には直接触れないからだ。


バッグはぶつけられても。




***




そしてその週。


章は本当にもうこの話は忘れたいのに、決定打が来てしまった。



数回着信が来るから仕方なく受け取った電話。


その前に、待ち合わせの店の近くで知り合いの女の子に見つかる。

「功~。今日くらい一緒に食べようよ~。ライブお疲れ様!私が奢るから!」

腕を掴まれていると、その待ち合わせた人に睨まれていた。


「……あ……」

「…………」

睨んだまま何も言わないのは、愛知県から来ていた陽だった。


「カオちゃん、ごめん、待ち合わせの人が来てる。今度にしてくれる?」

「………ほっぺにキスしたら放してあげる!」

「?!」

しつこいので二本指で頬をツンとだけすると、「もう~」と言って、その指を掴まれて指にキスされ、しかも微妙に口に含まれる。

「っい!」

「何?その態度、失礼なんだけど?」

その女性はウインクして笑って、陽にも笑って会釈をしてどこかに行ってしまった。


女性が見えなくなってから、

「お前、ふざけんなよ。」

と、陽は功の胸を軽く掴んでドンと押した。大きな体が少しだけぐらつく。




ため息をつきながら、章は店で陽と向かい合うことになった。


刺身をつつきながらも二人ともソフトドリンクだ。

「どういう事なん、お前。」

「…………」

「あんな女に腕掴まれるなよっ。言い訳もしないんか?」

「店が分からなくて迷ってたらたまたま会って、ここまで案内してくれた。」

「は?だからって顔つつくか??」

「………」

「指にキスするか?舐められてただろ?あんなんセクハラだと突き放せ!訴えろ!誰にでもさてせんのか??」

「………」


「なんか言え!」

「いや、俺、フリーだし。俺の自由だし。」

「は?」

「どうでもいい気分だったし。」


ダンっ!

と、章が持ち上げようとしたウーロン茶のジョッキを、陽が上から抑える。


「ふざけんな。お前みたいなのに尚香ちゃん任せられるかよ。そもそもあの件があって、危機管理なさすぎだろっ。」

「もう、会ってないし。」

「あ?」


「俺じゃないよ。尚香さん都合。」

「……?」

「聞いてないの?」

「?」


「あの人が他の人と付き合うつもりだったみたいだし。今は知らないけど。」

「……?」


章は何も言わない。


「?…………嘘やろ?」

「……そうだけど?向こうに直接聞けばいいのに。」

「……??」



陽が呑み込めなくてショックを受けている。



いつから?

そんな状態でこの前のライブを見たのか?


養父母の家にまで入れて、過去の話も知っている男なのに?



章は何か考えている陽の横で、ただ料理を食べている。

「…………あ………」

陽は頭の整理ができない。

「……あー、今もそういう状態なんか?」

「さあ、会社では元気で働いてるって聞いたけど。」

「……章っ」


「あの、鬱陶しいんすけど。今、いろんな人にそれ言われてて。」

「………」

何という事か。


「……くどいし、しつこい。みんな。」



功も功で思う。

章の仕事関係以外の知り合いは、全部尚香つながりであったのだ。


この1年で新しくできた知り合いは、尚香無しでは話が始まらない。みんなに最初に尚香の近況を聞かれるのだ。しかも最近は親戚や仕事関係まで尚香の名前が出て来て鬱陶しくて仕方がない。たった1年でこの状態だ。


唯一、そうでなかった荻さん関係も最後、尚香に持っていかれてしまった。考えてみれば、普通知り合いの女性友達に、個別に話したいとかいうだろうか。ソンジにも荻にもそれをされている。


そして章は知らない。あの人は山名瀬広大とも面識があるのだ。




陽の方が気まずい雰囲気になって、でもいくつか近況を話し合い、すっかり考え込んでしまった陽に章は一応口止めはしておく。話をあまり広めないでほしいと。星南に言うにしても、そっとしておいてほしいと。あの人にとっては今は触れたくない話題だろう。




無言で店を出た二人。


「……………」

言葉がなくなってしまった陽に、章は聞く。

「陽さん、泊まるとこ取ってますか?ウチ来ます?」

「まだ新幹線動くから帰るわ。」

こんな男の家に行きたくないし、終電にはまだ早い。


「まあ、お前は人気俳優でもトップアイドルでもないし。でも、メディアなんて面白ければ何でもいいし、無意味に時勢ネタにされるから、外でああいうことはさせるなよ。伏せたいゴシップやニュースがあるとき、カモにされるからな。」

「…………。」

「………なんか言えよ…………」



「……狭い………。」

「あ?」

狭苦しい…………」

「………?」



「……めんどくさい………」



「なんだ?」

「めんどい。」

「……何がだ?」


「………もう、頑張っていい人でいるのはめんどくさい…………」

「は?」


この男、笑っていないと表情によっては三白眼気味で、その上完全に目が死んでいてヤバい奴になっている。尚香つながりでなければ、陽は絶対に避けるタイプであるが、今まさにそんなヤバい顔をしている。どれが素顔なのだ。


「…………一つでもやらかしたら、大変なことになるからいい子にしていろと、いつも言われて生きてきた………」

顔がひどく曇っている。


「クっソ、めんどかった………」

「………」

何も言えない陽。


「はっきり言って、俺の顔を残飯に押し込めた奴らにやり返して口に詰め込んでやりたかったが………我慢した………」

「…………」


「一節解釈を間違えただけで、みんなの前で楽譜台を投げつけたバカにこそ、楽譜破って顔に押し付けてやりたかった………」

「おぅ………」

「道さんの悪口を掲示板に書いて炎上させた奴には、そいつの本名を晒してトップニュースの一面に張り出してやりたかった……。あの炎上で儲けてる記者も……」

章はそんな手法は知らないが。


「世の中、気い使うことばかりで去年も今年も死ぬほど気を使ってきた……」

「……そうか……。頑張ったな……」


「ステージで『ばか野郎』さえ言うなと言われるようになった……。俺はバカ呼ばわりされてるのに……」

かわいそうではある。パンクやロックをしながらそんな言葉も言えないとは。


「そんで、『クソ野郎』って叫んだら、めっちゃ怒られた………」

かわいそうを通り越して哀れだ。



急に座った目でがガッと睨まれるので、

「っ!」

と、一瞬ひるむが、その後章はしぼんでしまった。



「………鹿になりたい……」

「鹿?」

「何も考えず、その日のせんべい食べて生きていたい。世の中に何も思わず………」

「鹿も必死に生きていると思うぞ。誰がせんべいくれるか必至だろ。」


「……じゃあ、そこの足の長い虫でいい………」

見上げると電灯にの光の下で、一息で吹っ飛んでしまいそうなガガンボがフワフワ下がったり上がったりしながら動いていた。

「虫だって必死に生きている。猛暑だしな。」

「…………」


「………まあ、そういう業界でもある。羽目を外して問題ない時代の後に生まれてよかったやんか。」

本人のアホさに比べ、刻んだ闇歴史は少ないであろう。

「…………でも、まじめに生きてきても、いつも文句を言われてきた………」

うつろな顔さえ、何かをはらんでいる。本当にヤバい。この男は。よくkpopアイドルなんて表キャラで生きてこれたものである。

「それでも女はいかんぞ………。変な方に走るな。芸能界関係ない。お前の人間と人生の問題だ。」


陽、心配になってきた。この男は大丈夫なのか。



「………オーストラリアにカンガルー見に行きたい…………」

「?」

また何を言うのか。


「この狭い日本を出て、オーストラリアでワラビー抱きたい…………」

「ワラビー?」

「ワラビー抱いて、それから牧場で羊を刈りたい。BBQもして、羊食う。」

「そうか?俺の給料じゃギリギリ行けるか行けないかだか、今度行くか?」

「明日から3日、大きいライブ無いんすけど行きますか?」

「無茶言うな。」



目に冗談が一切なく、あまりにもかわいそうで、陽は一泊していくのであった。




***




そして、LUSH+はツアー北陸を、そして中国地域を駆け抜ける。







マクチャンドラマ……あり得ないドロドロドラマ。

室長……韓国の組織の総括リーダー。様々なクラスがあるがその場所のまとめ役。

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