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スリーライティング・下 Three Lighting  作者: タイニ
第二十二章 人魚のしっぽ

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28 人気者の山本さん



章がまた奇行を始める。


なぜかスポットでガテン仕事を始めたのだ。



「どういうことですか??」

と、問い詰める興田。

「…………仕方ない。」

政木は言うが仕方なくはない。

「まあ、月数回で一般人が入らないような現場だし、バンドマンだとか騒ぐ層もいない所だ。」

「知り合いのところだし、力もバランス感覚もあるから、ありがたがられてるみたいだけど。今度大型や重機の免許受けろって言われてるみたい。」

戸羽も仕事をしながら横から言うが、興田はイラつく。。

「そういう問題じゃありません!」


しかし、功を良く知る面々からしたら仕方ないことでもある。体力面ならいくらでも仕事はできるが、精神面のセーブが効かない。オーバーワークの息抜きが力仕事である。


「同じ世界ばかり見ていないほうがいいからね。根詰めてしまうから。」

エンタメの世界は常に人対人だ。そして、プライベートもネット上も人と人。もしくは自分の世界に没頭する。



「大体、どんな人間がいるか分かりませんよね?」

「年配の方と外国人も多いみたいで、三浦が見に行ったら若い人も口は悪いけど大丈夫みたいよ。」

「腰やひざ痛めたらどうすんですか!」

そもそも功が一日同じ仕事を長時間続けられるのか問題が待っているのであるが、意外にも対象物が大きいと大丈夫らしい。運ばれてくるトラックや荷物の内容で仕事もどんどん変わっていく。


「それで貯金箱作って、500円玉で給料をもらって1年で50万くらいお金を貯めたいとか言っていたけれど、振り込みでもらうからできなくなったと嘆いていました。」

「バカなのか??」

そんなにアルバイトをさせるわけがない。

「こんな時代、小銭でもらっても困るのにね。」

「上手にやらないと税金増えるだけかもしれないのに。」

「そこじゃないです!……あー、いや、そこだけじゃないです!」


「みんなに見捨てられても、生きる!とか言ってました。」

「変なドラマでも見たんでしょうか。」

「なんすかね。バイオリン弾かせてあげないから拗ねてるんですかね。」



功は誰にも言っていないが、将来バンドで食べていけなくなった時のためにコツコツ頑張ることにしたのである。一人でも仕事をして生きていけるように、自分で仕事ができるように、人生の選択肢に保険を掛けておくのだ。


音楽の世界ではあまりにも周囲が騒がしい。


バンドはモテると聞いたのに、バンドをしていても誰かの心をつかんで結婚できるわけではないと気が付いてしまったから。もう少しあれこれこなせ、人生に対し器用な人間になっておくことにしたのである。

いつか誰かと結婚した時に、その人に休息の場をあげられるように。




***




その日の夜。イットシーライブハウス内での打ち上げ。なぜか山本さんが注目されている。


「はー?何だ!俺はなんとも思っていない!」

「えー?山本さん。いいじゃないですか~。」

「違う。佐々木は正直、かわいくないし。」

「ひどい!かわいいじゃないですか?」


そう言われている対象は、山本の高校時代の部活仲間の佐々木さんである。


少し離れたところで他のスタッフと話している佐々木さんは……確かに垢抜けない感じだ。

周囲のスタッフも別に着飾ってはいないが、ずっと東京にいたメンバーとはやはり醸し出す雰囲気が違う。少し高い背であまり凹凸もなく細い。顔は長めでニキビが点々とし、本人的にはおしゃれをしてきたようだが、頭も前髪有りに少し横を垂らし後ろで結んでいるだけ。話し方もクセがある。

けれど笑う感じが楽しそうで優しくて、受ける印象はいい。


佐々木が山本たちの視線に気が付いて手を振るも、山本は無視をする。



「山本さん、すごいチャンスじゃないですか。」

「もう少し顔がよければな。」


山本、アイドルやモデルにも会えるこの仕事で目が肥えすぎて、なんでも言いたくなる。


「何言ってんですか。山本さんのがダサいですよ。美女なんて、お金でお話ししてくれる人くらいしか寄ってきてくれませんよ。」

「まあ、山本さん金はありそうですからね。」

「……はぁ?」

そう言われて山本さんは不満である。



この佐々木さん。高校の演劇部で当時山本ともう1人の3人で照明を担当。高校演劇といっても、ファンまでいるプロレベルの集団だ。そこで基礎を覚え、地方の舞台関係の職場に就職。


先輩山本さんは生まれた時からオタクで、園児時代にカラーセロハンに魅了され、家の中に星空や宇宙、万華鏡を再現。小2の誕生日プレゼントは照明カラーのゼラ見本帳と好きな色10枚をねだったそうな。

高校時は照明だけでなく設置配線など音響の手助けもし、確かな技術と限られた機器の中で意外性のあるセンスを発揮しみんなに頼られていた。山本革命と言われるほど、その時代の高校演劇に大人の風を吹かせたのだ。


佐々木は1学年後輩で、部活漬けの高校生活を長時間共に過ごした。朝も夜間も部活。山本世代に舞台をたたきこまれたため、あんな山本先輩でも尊敬しているのである。


高飛車で口悪の山本でも、仕事は丁寧に教えてくれるし、面倒見がいいことも知っている。




「……山本さん、彼女、ゲットしちゃったほうがいいですよ。せっかく東京に来て顔出してくれたのに。」

「は?誰が。」

「さっき、『山本先輩みたいな意地っ張りな人を良く思えるの、私だけじゃないですか?』って言ってました。」

「あ、それ、脈あり過ぎ。」

「めっちゃチャンスです。」

「はあ?佐々木、何を偉そうに。恥ずかしすぎる。」

「ズバリじゃないですか。髪はフサフサでも、山本さんお腹出てるし若くもないし肌荒れてるし。自分の不足を認めて、佐々木さん捉まえて下さいよー!」

「俺らの希望になってください!」

フサフサというより、剛毛で微妙な長さでいい感じにダサい。ちなみに胸毛も濃い。


「山本ー、余計なこと考えていると、あとで絶対に後悔するぞー。」

「人って、髪や肌の手入れを少し変えるだけで、雰囲気もぐっと良くなりますしね。」

「好き勝手言いやがるな……」

「あんなこと言ってくれる女性、普通いないですって。山本さんに!」

「まじ、お前ら……」



と、山本さんが嫌そうな顔をしたところに、別のライブハウスから功が戻って来た。


「おはよーさんっす!」

「功、目上の人間にはおはようございますだろ。」

山本がそう言うも、功は初めて見る顔に釘付けになる。


なにせ、そこがやたらにぎわっていたのだ。いつもと雰囲気も違うし、他社の歌手でもないし営業っぽくもない。


「あれ?誰?」

「山本さんの高校仲間ですよ。」

「え?そうなの?」

東山(とうやま)の照明さんだそうです。」

「へー。」

「セッティングもできるみたいでかっこいいですよね。」

「オタクでダサい奴だけどな。」

山本がつぶやく。


「え?そう?かわいいけど?」

功が間髪入れずにつぶやき返す。

「は?」

「いい人そう。」

「生意気だぞ?」

「この業界なら少しくらい自己主張できる人じゃないとだめだし。」

「??お前、何を考えている!」

功の意外な反応に慌てる山本。


功、ジーと向こうのほうを眺めて、サーと佐々木の方まで行ってしまう。

「は?功?」

「功さん?」



そして功は楽しそうに輪に入った。

「あのー、こんにちは。山本先生の弟子です!」

と、佐々木さんに自己紹介をして、握手を求める。

「え?あ、どうも。私も山本さんの……後輩で、東山舞台の佐々木と申します!」

佐々木も手を出し慌てて挨拶をした。


「え?あ?あ?あ、あ!LUSH+の功さんですね!」

「そうです!僕のこと知ってるんですか?!」

「もちろん!」

「わー!めっちゃ感激!なら僕たち兄弟弟子同士?」

「兄弟弟子?」

「山本さんからいろいろご指導いただいております!」

「……あっ、あ、ならそうなりますかね?」

「山本さん、俺のヒゲ鼻毛ムダ毛が多い時は照明暗くしてくれて救世主です!」

がっちり握手の功に破顔する佐々木の雰囲気がよく、すごく楽しそうでに話している。



「……………」

それを山本は唖然と見てしまう。


「あいつは見境がないのか??」

「いや、功はああいう優しそうな子好きですからね。面倒見てくれそうな。」

介護士さんやテンちゃんと結婚したかった男である。


「あぁ?佐々木は男の面倒など見ないぞ!舞台に命を捧げたような奴だからな。俺並みのオタクだ!」

「またまた~。30にもなれば、いろいろ考えるし人生観も変わってきますよ。だから仕事の都合にかこつけて山本さんに会いに来たんじゃないですか。」

「高校からなんてやり直せないですよ?山本さんのうんちくを素直に聞いてくれる女性、もう現れませんってば!」

「なんだかんだ言って、LUSHやバンズの照明ですからね!」

「……高校からのそんな同級生がいるなんて羨ましい……。もうきっかけがない……」

中高校の友人と縁のないスタッフが嘆いている。


「え?あ?はっ!」

そして男山本。ネットの虫なので掲示板脳で瞬時に状況を理解し、人生最善な選択をする。口から出てきそうなあらゆる自分の言葉を、最大限に飲み込んで。


最善と最大が合わさった瞬間である。



佐々木の元まで駆け付けたのだ。



「おい、功!」

「あ、はい!山本先生!」

「何が山本先生だ!!」

そして、先、端っこで言わずに飲み込んだ言葉をここで吐く。言わずにはいられない性分なのである。

「功、佐々木に何を言っているんだ!」


白ける功と、ちょっとうれしいも、同時にやめてほしいと思う佐々木。LUSHにナンパされたと勘違いする痛い女ではないか。でも、功に話しかけてもらえたので会社で自慢はしたい。

「山本先輩、やめてください……」

「そうですよ、山本先生。佐々木さん困ってますよ。」

「お前、妙に優しくするな。佐々木が勘違いするだろ!」


そう言われて功は佐々木の顔をじっと見てしまう。

「………」


「あ!そうか。山本さんのことまで気に掛けてくれるってことは、俺のことも……」

「あっっーーー!!!佐々木は献身的なタイプではない!しかも不細工と言われるタイプだ!!化粧もしてんのか?お前は美人と付き合え!」

と、今日、最善最大最良の選択をしながらも、みんなの前で人生最悪最低な落とし込みまでしてしまう山本。


「……あ………」

さすがの山本も表で言うことではないと気が付く。しかも本人の前で。


周りに沈黙が漂った。



「…っぷ。」

しかし佐々木は一味違った。

「それを言ったら山本さんは、シャンプーも化粧品もオールインワンなのもお肌に気を使ってないし、インシャツなのも不細工すぎます。」

「は??シャンプーするだけましだろ!男がリンスするか?俺はリンスインだぞ。化粧水付けてる男が日本に何人いる!インシャツなのはむしろ今の流行りだ!!」

「……あごやお腹が出ていなければ……。それに、化粧水も男性化粧水市場規模くらいの男性が付けていると思います。」


「ちょ、なんでシャンプー事情まで知ってるんですか?」

スタッフが思わず聞いてしまう。

「『俺は合理的な男だ』と高校時代よく言っていました。部活遠征でもホテルのシャンプーに文句言って。」

「なるほど。」

甘い展開はまだであった。



そして佐々木が笑う。

「山本さん、今日、飲みに行きましょうよ。お仕事のことも聞きたいし。」


「おおお!!!!」

みんな楽しい。

「は?あ?」

これ以上の女性スキルがないのか山本が戸惑っていると、さらに功が割り込む。

「えー。僕も行っていい?」

「え?あ、それは…っ」

と、飲みでは饒舌で、絶対に自分の鎧をはずさない山本が功に翻弄されている。

「最近仕事頑張ってて、お話聞いてくれる人がほしくて……」


「おい。」

そこに伊那が現れる。

「おわっ!」

「お前はおとなしくしていろ。」

と、さすがに山本がかわいそうになって、伊那が功の後ろ首を引っ張って行った。


「えー、佐々木さんとお話ししたーい!」

「これ以上混乱を巻き起こすな。」

と、叱られるのであった。






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