クラウディアの帰る場所
ハイマンが下した判決は、即時、実行された。
ゾフィーは着の身着のまま国境まで連れていかれると、そこから放り出された。
情状酌量の余地はなかった。
メラニーに関しては、まだ若く更生する余地もあるだろうというハイマンの温情から、働き先が決まるまで、ひとまずインスブルック家の別館の使用人部屋に住むことを許された。
リンツ商会は取り潰され、事後処理はアイズリー商事に一任された。
交易事業に関する権利の一切は、グラーツ家に引き継がれることになった。
裁判が終わり罪人たちが連行されると、ハイマンはクラウディアを近くに呼び寄せた。
「クラウディア。そなたとこうして顔を合わせるのは久しぶりだな。すまぬことをした」
「そのようなお言葉、もったいのうございます」
「いや。言わせてくれ。そなたの身に起こったことを思えば当然だ。フランツにも罪をつぐなわせねばな。それにしても、あやつめ。まさか屋敷に火をつけるとは。性急に事を進めた私にも責任がある。そなたにとっては思い出が詰まった屋敷が――帰るところがなくなってしまったな」
「それでも汚名はそそげました。私は満足です。父も『よくやった』と言ってくれるはずです」
「リンツ商会が横領した金は国庫へ納められることになるが、それでも残りのインスブルック家の財産はそなたのものだ。どのように領地を再建するかはそなたにかかっている。――といっても、グラーツ公爵やシュテファン公爵をはじめ、援助を申し出る者は少なくなさそうだがな。私にできる事であれば助力は惜しまぬ。遠慮せず何なりと申せ」
「それではお願いがございます。大規模な建築には陛下の許可が必要だと聞いたことがあります」
「いかにも」
「数十人を収容できる規模の建物を建てたいのですが。お許しいただけますでしょうか」
「もちろん許可する。そうか。屋敷を再建して王都で暮らすのだな」
「あ、あの。それは――」
ユリウスは少し離れたところで、二人の会話を聞いていた。
(……そうか。クラウディアは、自分の帰る場所を自らの手で作るのだな)
ユリウスは、クラウディアも一緒にグラーツ領へ戻るものだと、なぜだかそれが当たり前だと考えていた。
(馬鹿だな私は。もう少しでクラウディアに言うところだった)
――屋敷は無くなってしまったが。そなたが帰るところは、私のところではダメか?
何を思い上がっていたのだ。
ただ、クラウディアが頼れるような、甘えられるような拠り所になりたかった。
二人で幸せな思い出をたくさん作っていきたかった。
「ふっ」
クラウディアたちは、ひとまずシュテファン邸に戻り、祝宴を開くことになった。
マリントが抜かりなく手配をしていたため、屋敷に戻ると既に宴の準備は整っていた。
綺麗に着飾ったクラウディアが、はち切れんばかりの笑顔で浮かれている。喜びの絶頂にいる彼女は美しかった。
そんな彼女を見て、ユリウスも喜びを感じてはいたが、どうしても表情が曇ってしまう。
暗い表情のユリウスに、クラウディアが眩しいくらいの笑顔で話しかけた。
「ユリウス様。先ほど陛下に許可をいただきました件で、ユリウス様にもご協力をお願いしたいのですが」
「あ。ああ。いいとも」
「建物を建設したいのですが、まずは設計図を書く必要があると思うのです。どなたかご紹介いただけますか」
「設計図か。そなたの頭にあるものを図面に起こす役目だな」
「はい!」
(生まれ育った屋敷の図面か……)
「それから。あ、こっちが先でした。場所なのですが。土地をお借りしたいのです。そして場所もユリウス様にお決めいただきたいのです」
「何を言っている? 今や、そなたがインスブルック家の当主なのだぞ。好きにすればよいではないか」
「え? えーと。でも、建てるのはグラーツ領ですから。ユリウス様の許可をいただかなければ」
「待て待て。なぜグラーツ領に建てるのだ?」
(クラウディアは何を言っているのだ……?)
「え? グラーツ領でなければ意味がありません。温かい気候と新鮮な魚。それが療養にいいと思って建てるのですから」
「……! そ、そなた――」
「私はグラーツ領に療養施設を建てたいのです。そして、オオカミじい様を最初のお客様に迎えたいのです。許可していただけますか?」
「それが――それが、そなたがこれからやることか? 屋敷はどうするのだ。インスブルック家の屋敷の再建はよいのか?」
「領地経営については、ゆっくり考えていこうと思います。あ、それも、できればユリウス様やアントン様にご協力いただけると嬉しいのですが。でもしばらくは、じい様に甘えようかなって」
マリントは離れたところでニコニコと笑っている。二人が何を話しているのか察しがついている顔だ。
「もう今となっては……」
クラウディアが、ユリウスを真っ直ぐ見つめて言った。
「私の帰る場所はグラーツ領しかありません。ネリーさんにスザンナさん。ニクラスさんにみんな……。私を待っていてくれる人は、みんなグラーツ領にいますから」
「名前が足りない」
「え?」
「私の名前がなかった」
「あ」
「あー。すみません。私の名前もなかった気がするのですけど」
茶化すアントンをぐいっと押しやって、ユリウスがクラウディアに迫った。
「では、今後も私の側にいてくれるのだな。いや、私の側にいてほしいのだ」
「私の方こそ。ユリウス様に、私の側にいて欲しいです。私の帰る場所はユリウス様の――」
クラウディアは最後まで言わせてもらえなかった。
ユリウスが唇で彼女の唇を塞いでしまったから。
「……う、うん」
柔らかい唇が離れたかと思うと、ユリウスにぎゅうっと抱きしめられた。
(……ああ。この温もりに包まれると安心するわ)
クラウディアは、初めて自分の腕をユリウスの背中に回し、彼の体を抱きしめたのだった。




