判決を申し渡す
「判決を申し渡す。ゾフィー・インスブルック。爵位を剥奪し全財産没収の上、国外追放を命じる。そなたは――」
ハイマンの言葉を遮り、ゾフィーが、「なんですってー!!」と、再び金切り声を上げた。
国王に発言の許しを得ないどころか、その言葉を遮って勝手に話し始めるなど言語道断だ。
近衛兵がサッと駆け寄り、ゾフィーの両側からその腕を掴んでひざまずかせると、肩を強く押さえて頭を下げさせた。
だが興奮したゾフィーは激しく抵抗し、目を釣り上げて大声で叫ぶ。
「国外に追放ですって? 財産無しで? はあーっ!? それでどうやって生きていけばいいの! 身の回りの世話は誰がするのっ!」
ハイマンは、げんなりした顔でゾフィーを見た。
「命は助けたが、不敬罪で裁く余地も残っておるのだぞ」
気が触れたように顔を動かし、あちこちに視線をさまよわせるゾフィーに、ハイマンの声は届かない。
「ドレスはどうやって新調するの? 洗濯は? 食事は? どこで寝るの? 屋敷は? 馬車は? ドレスは? 私の宝石類はどうするつもりなのよーっ!」
ハイマンは冷たく言い放った。
「ではまず、食せる食材を探すところから始めるのだな。我が国には様々な者たちが、それぞれの得意なものを商品やサービスに変えて売りにやって来る。そなたも見つけるほかあるまいな。でなければ、『死』あるのみだ」
「……よくも。よくも私にそんな。私が何をしたっていうのよっ! 公益事業はヒューゴーに全部任せていたのよ。ちゃんと調べてよ!」
「信じられんな。自分が犯した罪を理解しておらぬのか。そもそも、そなたに分別とほんの少しの情があったならば、このような裁判など行わずにすんだのだ。何不自由なく一生を過ごせたものを。公益事業の重要性も理解せず、甘い言葉をささやくリンツ商会に丸投げした罪。クラウディアが無実だと知っていながら告発した罪。リンツ商会が証拠隠滅を行うと知りながら黙っていた罪。他にも余罪があるかもしれんが、今判明しているものだけでも国外追放というのは寛大な処分だと思うがな」
「はあ。はあ」と肩で息をしながら、ゾフィーはハイマンを睨みつけると、一際大きな声を張り上げた。
「……許さない。覚えておきなさいっ!! 絶対に許さないからっ!!」
ゾフィーはとうとう近衛兵に口を押さえられ、広間の外へと引きずられていった。足をばたつかせて抵抗する姿は、とても貴族女性とは思えない醜さだった。
ゾフィーの姿が見えなくなると、大広間のあちこちから安堵のため息が漏れた。
「さて。次はメラニー・インスブルック」
まさか自分の名前が呼ばれるなど予想だにしていなかったメラニーは、心底驚いて咄嗟に言い返した。
「わ、私は何もしておりません。仕事などしておりませんから。元々、交易事業にも関わっておりません。罪などあろうはずがございません」
ハイマンは静かにメラニーを見た。
「ではなぜ、このように再審を行なっているのだ。前回の裁判で、そなたが偽証をしたため、誤った判決が下されたからであろう。偽証だけでなく、フランツに偽の情報を与えて意のままに操ろうとした罪。それらの罪をおかした自覚すらないとは」
ポカンとしているメラニーに、ハイマンが判決を言い渡した。
「爵位剥奪の上、王都から追放する。今後一切、王族並びに貴族への接触を禁止する。どこへなりとも好きなところへ行くがよい」
「……は? この私が平民? ……は。ははは。あり得ないわ。何よそれ」
「今後は、これまでそなたが扱ったように、そなた自身が扱われるのだ。身をもって知るがよい」
「どこへ行けっていうの? 王都から出てどこへ行けばいいのよっ!」
「嫌なら、母親と共に国を出て行ってもよいのだ。好きにせよ」
それを聞いてメラニーは憤慨した。
「嫌よ! そんなの嫌よ! どうしてお母様と同じひどい目に? それじゃあ生きていけないわ」
「母親はどうなってもよいのか? 心配ではないのか?」
「お母様は自業自得よ。私は違うわ。私はお母様に言われた通りにしただけ。私に罪があるって言うなら、それはお母様の罪よ!」
「誰に向かって言っておる。先ほどからの物言いは何だ」
メラニーはハッと気がついて、途端にすがるように言った。
「も、申し訳ございません」
メラニーは、生まれて初めて、「申し訳ございません」と言った。
すぐ近くにいるクラウディアは、真っ直ぐハイマンの方を見ている。かつて、同じ言葉を言っては頭を下げていた義姉はもういない。
「どうして。これじゃあ立場が逆じゃないの。どうして? なぜこんなことに?」
メラニーは心の底から不思議に思った。
(裕福な公爵家の娘として何不自由ない生活を送っていたのに。どうしてこんなことに? どこで間違えたの?)
「お母様のせいだわ。クラウディアが持っている物まで全部欲しがったから。私は好きに買い物できればよかったのに」
ぶつぶつと、小さくつぶやいているメラニーに目を向ける者はいなかった。
「最後に。リンツ商会代表のヒューゴー。インスブルック家に接近し、当主が交易事業に不案内なのをいいことに、事業を私物化し暴利をむさぼった。それどころか禁を犯し、他国と秘密裏に取引を行った。一方だけでも許し難い大罪だ。他にも証拠隠滅の疑いなど余罪がありそうだが、一度極刑に処してしまうと、それ以上の罰を与えることができぬのが返す返すも残念だ。その方は命が一つしかないゆえ、すべての罪を償わさせることができぬのが悔しい」
「……ひ。きょ、極刑!?」
「そうだ。その方を極刑に処す」
打ちひしがれたように見えたヒューゴーだったが、命がないと悟ると一か八かの賭けに出た。
脱兎の如く大広間のドアめがけて走り出したのだ。
ドアの前に立ち塞がったのはアントンだった。
近衛兵と違い、武器を携帯していない。
ヒューゴーはアントンに体当たりをしようとしたが、気がつけば宙を仰ぎ、背中に激しい痛みを感じていた。
アントンに投げ飛ばされたのだ。
しぶといヒューゴーはよろよろと立ち上がると、まだ諦めずにドアの方へ手を伸ばした。
「そこまでだ」
ヒューゴーの喉元にユリウスが剣を突きつけた。その切先がキラリと光るの見て、ヒューゴーはようやく観念した。
ガクッと膝から崩れ落ちたヒューゴーを、近衛兵が素早く後ろ手に縛る。
ヒューゴーは魂が抜けたように呆けた顔で、廃人のように目がうつろになった。




