全てを白日のもとに
口をだすきっかけを探していたヨハンが、ここしかないと腹を決めて言った。
「陛下。たびたび申し訳ございません。リンツ商会の写しの帳簿が証拠として提出されているようなのですが、なぜかヒューゴー代表の部屋に、大切に保管されている帳簿が二冊ありました。どうやら交易事業に関する帳簿のようなのですが、写しが証拠として提出されているとすれば、これはなんなのでしょうか。お役人様に、しかと吟味していただく必要があると思い、持って参りました」
「な、な、な。貴様ー! 何をするー! 私の部屋に勝手に入っただと!」
勝手に発言したヒューゴーを近衛兵が押さえつける。
ヨハンから帳簿を受け取った役人は、すぐさま二冊ともに目を通した。納税を担当する役人は何日もの間、交易品に関する数字を見ていたためすぐに理解した。
「こ、これは」
ただならぬ役人の表情に、ハイマンが尋ねる。
「どうした?」
「はっ。これは二冊とも確かに交易事業の帳簿です。ですが、どちらも写しとは数字が全く違います。ざっと見ただけですが、一冊は、商人たちが提出した帳簿の数字を合算したものと同じようです。こちらはインスブルック家にあった帳簿の原本とみて間違いないかと。もう一冊の方もそれに近い数字が記載されているのですが……。明細の商品が異なるため、別件の取引としか思えません。これはいったいどういう……?」
部屋の中が騒然となった。
「なんと。ふむ。その二冊目の帳簿については、よくよく調査した方がよさそうだな。だが一冊目の方は、焼失したはずのインスブルック家の帳簿を、誰かが火をつける前に持ち出したようではないか」
「……は。ははは。おしまいだわ。もうおしまいよっ!」
ゾフィーが顔を歪めて笑い出した。
ヒューゴーが身分を忘れて、慌てて彼女に言い聞かせる。
「何も言うな。静かにするんだ」
「見つかったのよ。もうどうにもならないじゃない」
「止めろ」
ここにきてまだ言い逃れようとするヒューゴーに向かって、ユリウスが追い打ちをかけるように言った。
「見苦しいぞ。証人も証拠品も揃ったのだ。あとは判決を待つだけではないのか?」
ヒューゴーはなおも、「知らん! し、知りません。私には何がなんだか。本当です」と、認めない。
ユリウスは、「はあ」と小さくため息をついてから言った。
「陛下。先ほどの二冊目の帳簿の件について、お耳に入れたい情報がございます。これまた別件でのお調べになる話ですが、このリンツ商会は、陛下の許しを得ずに独自に他国と交易を行い、私腹を肥やしていたようなのです」
「な、な、貴様、いったい何を――」
「別件ではありますが、交易事業に関わる件ですので。リストにある最後の証人を呼んでいただけないでしょうか」
ハイマンが視線で促すと、近衛兵が、「はっ」と返事をして広間を出て行く。
近衛兵が連れ戻ったのは、外国人風の出で立ちの男だった。
ユリウスが説明する。
「モンパッサン国の交易船の船長です。ちょうど我が領地の港におりましたので連れて参りました。六月は交易品を載せた商船がやってくる時期ですが、記録によれば、この者の船は四月にも入港しておりました。そこで確かに荷下ろしをしていたのですが、港から運び込まれた交易品について、リンツ商会から卸されているはずのアイズリー商事らの帳簿に記載がございません」
「何だと。では」
「はい。その船長を問いただしたところ、ヒューゴー自身と秘密裏に取引していたと認めました」
ハイマンが船長を見据えて尋ねた。
「その方。今の話、認めるか?」
「み、認めます。あいつに横流ししていたことを認めます。証言したので命だけは助けてくださいい。本国に返してくれますよね?」
ユリウスが船長に向かって突き放すように、「約束はできぬと申したであろうが」と言ってから、ハイマンに向き直ると恭しく言った。
「全ては陛下のお心のままに」
「ふむ。モンパッサン国か。かの国はまだ、その方らの行為に気づいておらぬのであろうな。一介の商人が、許可なく他国と交易していたなど。モンパッサン国ではどのような罪になるのだろうか。まあよい。それはモンパッサン国で裁かれる話だ」
ヒューゴーは船長を見た時から、体の力が抜け、膝から崩れ落ちていた。
それでも床に手をついて体を支え、なおも必死に言い逃れようとする。
「わ、私は知りません。本当に知らなかったのです! ゾフィー様です。全てはゾフィー様の指示によるものです」
ゾフィーは信じられないと目を見開いて、ヒューゴーの顔を見た。
「そもそも一商人の私に、そんな大それたことができるわけがありません。すべてはゾフィー様の言いつけ通りにしただけなのです」
ゾフィーは、「なんですってー!」と、ヒステリックに金切り声を上げた。
「交易事業はインスブルック公爵家の仕事でございます。わ、私は知りません。私は――」
「お黙りっ! この恥知らずがっ!」
「静粛に!」
ハイマンが、うんざりだとばかりに叱責した。
「ふう。もう十分である。判決を申し渡す」
その言葉で、広間がしんと静まり返った。




