メラニーの視察報告
メラニーは二日かけてグラーツ領から戻った。
途中、貸し切った宿屋でドレスや小物を一新したが、まだ生臭い匂いが消えていない気がして、とても正気ではいられなかった。
不愉快な匂いは、まるでグラーツ領に追いやられたクラウディアの呪いのようで、メラニーを苦しめるためだけに、まとわりついているように感じられた。
そう思うと、身に付けていたドレスだけでなく馬車までも燃やしてしまいたくなるメラニーだった。
それなのに侍女は、「洗濯をして元通りにします」などと抜かす有様。もちろんその場でクビにした。
本当にバカじゃないの。
……それでも。
ボロを身にまとったクラウディアのうつむいた姿を思い出すと、ムカムカした腹立たしさも消えて自然と笑みがこぼれた。
「メラニー。今日こそはフランツ殿下に報告にあがらないと。せっかく殿下にアピールできる機会なんだから、最大限に活かさなくては」
「そうでございますとも。メラニー様の温情も義姉のクラウディア様には伝わらず、長旅の疲れと相まってご心労ですぐにはご報告にあがれないと王宮にはお伝えしておりますが、さすがに二日が限度かと」
インスブルック家の応接室で、まるで我が家のようにくつろいでいる中年の男性がゾフィーにうなずきながら言う。
ベッタリと髪をなでつけて、学者のような丸メガネをかけている男は、リンツ商会の代表のヒューゴーだ。
宝石を散りばめた豪華な服を着てはいるが、貧弱な体と青白い肌が、座っている高価なソファーと全くもって釣り合っていない。
「ふふふ。まああの殿下なら、涙の一つでも流せば大丈夫だとは思うけれど。それにしても、クラウディアが一日中、生臭い魚に囲まれてこき使われているっていう話は、何度聞いても愉快だわ。港で働くだなんて。平民でも嫌がる仕事じゃないの。グラーツ領の領主は冷酷で、とりわけ不正をした者には厳しいという噂だったけど。さすがだわ」
「でも、その領主には会えなかったの。殿下がおっしゃったことを直接言っておこうと思ったのに」
「その必要はなかったじゃない。もしかしたら女性には厳しくできない方かもって心配したけれど、杞憂だったみたいだしね」
「さすがにあそこまで惨めったらしいと、可哀想になってくるほどよ」
「言ったでしょう。あの子は幸せになれないって」
「ええ。お母様」
ゾフィーとメラニーは見つめあうだけで、互いがこの家に初めてきた日のことを思い出していることが分かった。
「紹介するよ。娘のクラウディアだ。クラウディア。ゾフィーとメラニーだ。今日から新しい家族になるんだよ」
「初めまして。よろしくね」と言ったクラウディアは、メラニーの着ていたドレスの三倍は布地を使っているような豪華なドレスを着ていた。
メラニーの、ぺたんと体に巻き付くようなドレスと違って、ふわりとパラソルを広げたような可愛らしいドレスだった。
貧乏伯爵家の未亡人だったゾフィーと娘のメラニーは、幸せそうなクラウディアに嫉妬を覚えながらも、これからは自分たちも贅沢な暮らしができるのだと希望に燃えていた。
その夢が実現するまでには、倹約家のモーリッツが亡くなるまでの辛抱が必要となるのだが。
「それでは、クラウディア様とは改まってお話はなさらなかったのですね?」
「話? 話すことなんて何もないじゃない」
商人ごときが意見でもするつもりかと、メラニーがヒューゴーを睨みつけた。
「確かにそうですが。ただ、これまでは、クラウディア様を監視することができましたが、我々の手元から離れてしまいましたので。遠く離れた地で、あることないこと不平不満を周囲に漏らして、おかしな噂が立つようなことがあってはいけませんからね。そういう兆候がないかだけでも――」
「まあ! あっはっはっ。それこそ馬鹿馬鹿しいわ。あの子が何を言ったって、周りの人間が耳を貸すはずがないわ」
「そうよ! お母様の言うとおりよ」
ゾフィーがヒューゴーに向かって、「ないない」というように手を振って否定する。
「あなたは心配し過ぎなのよ。あの子がいくら交易事業について教えられていたとはいっても、ほんの子どもだったのよ」
確かにモーリッツは、クラウディアのことを、いつも「特別な子」と言って、社交界のデビュー準備そっちのけで交易事業について学ばせていた。
「娘に事業を引き継がせようなんて哀れな話でしょう。平凡な容姿のクラウディアじゃあ、良縁を望むべくもないもの。事業を覚えさせて、適当な家の次男でも婿養子にするつもりだったのよ」
「あっはっはっ」と笑っているゾフィーに、ヒューゴーは、「そうですね」と合わせていたが、内心では別のことを考えていた。
(――念には念を入れておかなければ。まあ重労働の現場では、不慮の事故が多いものだしな……)




