ドレスの贈り物
「クラウディア様。朝食後はいったんお部屋に戻ってください」
いつものように仕事に向かおうとしたクラウディアに、ネリーが声をかけた。
「……はい?」
クラウディアが部屋で待っていると、ネリーが大きな箱を抱えてやってきた。
「あ、あの。それは……」
「ユリウス様からです。どうぞ開けてみてください」
「え? ユリウス様から? いったい……」
わけがわからないままクラウディアが箱を開けると、中には美しいドレスが入っていた。
アントンが職人を急がせて、注文してからわずか三日で仕上げさせたものだ。
「あらまあ。どれも素敵だこと。三着あれば当分は大丈夫ですね。うーん。そうですねえ……」
ネリーはドレスとクラウディアの顔を交互に見ながら、そのうちの一着を手に取った。
「今日はこのピンクのドレスを着てみましょう」
「あ、あの。これから仕事なのに、そんな――」
戸惑うクラウディアに抵抗する隙を与えず、ネリーは瞬く間に着替えさせた。
「お、おかしいです。使用人がこんな格好をするなんて」
「何もおかしいことはありません。ありがたく頂戴しておけばいいのです」
「で、ですが」
「ご好意はありがたく受け取るものです。遠慮ばかりするのは、かえって失礼になりますよ」
そこまで言われると、クラウディアも受け入れざるを得ない。
「はい」
二年間、擦り切れた綿のドレスを着ていたクラウディアは、絹の軽さに驚いた。スカート部分をつまみ上げると、なんだか熱いものがこみ上げてくる。
にじむ涙を堪えて、ネリーに正直に訴えた。
「あ、あの。ものすごく素敵なドレスで、体にも馴染んでいて、その。大変嬉しいのですが、腕の部分にあまりゆとりがなくて、これでは雑巾を絞ったり、窓を拭いたりできそうにありません。やはり仕事をするには向いていないと思うのですが」
そんなことは百も承知のネリーは譲らなかった。
「では、そのドレスを着ていてもできる範囲の仕事を手伝っていただくことにします」
「え? それって本末転倒なんじゃ……」
クラウディアのつぶやきをネリーは気づかなかったことにして、そのまま彼女をパントリーへ連れていった。
その日からクラウディアは、ほうきを使った掃き掃除を除いて、洗濯や清掃といった水仕事を外され、食材の調達管理の補佐を主に任されることになった。
必要な食材の種類と量から、保存期間などを考慮して調達する仕事はとても楽しい。
体を使う仕事から頭を使う仕事に変わったのも嬉しかった。
担当者から説明を聞いているうちに、クラウディアの中の何かに火がついた。現状把握をしながら、無駄がないか、改善できることはないか、脳をフル回転させた。
――が、さすが覚えることが多すぎて、クラウディアは知らず知らずのうちにため息をついていた。
教えていた担当者がハッと気づいて苦笑した。
「すみません。いきなり全部理解するなんて無理ですよね。クラウディア様があまりに飲み込みが早いので、つい知っていることを全てお伝えしたくなってしまいました」
「そんな。私の方こそ、まだ十分把握していないのに、あれこれと質問ばかりしてしまい申し訳ないです」
「少し休憩しましょうか」
「はい」
(でも、休憩って、何をしたらいいのかしら?)
暇を持て余したクラウディアは、ネリーの了解を得て、各部屋に花を生けて回ることにした。
ピンクのドレス姿の女性が花を持って歩く姿は、男所帯の屋敷では見たことのない光景だった。
視界に入ると嫌でも目で追ってしまう――ユリウスでさえも。
階段を上がろうとしたユリウスが、二階の廊下を歩くクラウディアに視線をやったことに気づいたアントンは、何気なく切り出した。
「クラウディア様がこの屋敷に来られてまだ十日ほどですが、随分変わられましたね。まあここに馴染んだということでしょうけど。食事もちゃんと食べられるようになったとか。健康を取り戻して元気になられたようです」
「そうか」
ユリウスが彼女のことをまるで気にしていない素振りなのがおかしくて、アントンはついつい饒舌になった。
「さすが元公爵令嬢。やはり美しいドレスがお似合いですね。私の手柄だと褒めていただいてもよろしいんですよ? まあさすがに王都の流行までは取り入れられていないかもしれませんが。それでも領内で一二を争う腕ききの人気職人に作らせたのですから」
「そうか」
「『そうか』って。それだけですか?」
「他に何があるんだ?」
「はいはい」
ユリウスが憮然としながらも階段を上がると、ちょうど降りようとしていたクラウディアと鉢合わせるような格好になった。
「顔色がよくないですね」と、アントンが言おうとした時だった。
クラウディアの体がふらりと斜めに傾いた。
ユリウスは咄嗟に彼女の腕をつかんで、その体を引き寄せた。
ぼうっとした様子のクラウディアだったが、目の前にあるユリウスの顔に焦点が合うと、「きゃっ」と言って、体を離した。
「一人で立てるのか?」
無表情のユリウスが言うと、気遣いではなく尋問のように聞こえる。
これでは余計に心労が増すだけだと、アントンがユリウスを交わしてクラウディアに駆け寄り、顔色を確認した。
「軽い立ちくらみのようですね。働きすぎなのではありませんか? ちゃんと休憩させてもらっていますか?」
アントンの「働きすぎ」と言う言葉に反応して、
「ネリーは何をしているんだ」
と、ユリウスが気色ばんだ。
「ネリーさんは何も悪くありません。いつも気を遣っていただいています。実は今だって休憩中なんです」
慌ててクラウディアが釈明すると、ユリウスの怒りの矛先が彼女に向かった。
「そなた。休憩中に休憩しないで、何をやっているんだ」
クラウディアがピクッと体を硬直させたので、やれやれとアントンが助け舟を出す。
「まあまあユリウス様。そんな言い方をなさらなくても。クラウディア様も。ネリーの評価が下がりますから、至急、休憩してください」
「は、はいっ!」
逃げるように階段を降りていくクラウディアが視界から消えたところで、ユリウスがアントンを見据えて興奮気味に切り出した。
「あれで回復しているのか? 立ちくらみだなどと、倒れかけたではないか。それに、あの手首の細さはなんだ。私は骨ごと砕いてしまったかと思ったぞ。確か、掃除や洗濯をさせていると言っていたな。昔ネリーが、『もう重たいものが持てなくなったから洗濯は無理だ』と言っていたが、重い物を持たせる仕事をさせているのか? 洗濯物の重さはどれくらいだ? 仕事はネリーに任せるとは言ったが、彼女の処遇を考えるのはお前の役目だったはずだ」
怒りが収まらない様子のユリウスに、アントンは辟易としながらも、どこか楽しげな様子で答えた。
「なんとユリウス様。それはつまり……?」
「つまり、なんだ?」
「いやあ。なんでもありません。クラウディア様には、もう洗濯などはさせていませんからご心配なく。そのほかも諸々善処します。ふふふ」
ユリウスは、叱責されてニヤつくアントンにピシャリと言った。
「……お前。相変わらず気持ちの悪いやつだな」




