第9話 初めての友人
2年の月日が流れ、ディッセンドルフは騎士魔導士学校での3回目の春を迎えた。
今日は騎士魔導士学校の入学式である。
あの決闘以来、アマガから直接の関わりはなかったが、他の学生に対しては不遜な態度が続いている。
基本的にはディッセンドルフは傍観の立場をとっているが、行き過ぎた言動や、あまり見ていて気持ちがいいとは言えない場面に遭遇した時は、ディッセンドルフから再度の決闘を突きつけている。
既にプロミネンス教官よりも実力が高いことが知らしめられている。
あの時、プロミネンス教官は、剣技場であおむけに倒れたまま、しばらく動かなかった。
あまりにも動かないので心配になったディッセンドルフは聖女アンドリュー・ビューテリウムを連れて処置に向かった。
だが、アルテミス・ダナウェイがそんなディッセンドルフを制した。
「大丈夫です。打ち所が悪いわけではなく、おそらく楽しいのでしょう、先生のことだから。」
「そうなのか?」
「ええ。優秀な学生を見るといつもああなんです。ディッセンドルフ様も先生の顔を見てください。」
ディッセンドルフがプロミネンスの顔を覗き込む。
確かに笑みを浮かべていた。
「私は今、非常に爽快な気分だよ、ディッセンドルフ学生。剣技では確かに私の勝ちかもしれんが、生死をかした戦場では、君の方が判断も技術も既に私を上回っている。」
その言葉はすぐにこの学校で知らぬ者はいないほど広まった。
結果、アマガはディッセンドルフの再決闘の申し込みをされると、すぐに逃げ出すようになった。
「神の子」ディッセンドルフはこの事から、入学当初の忌避感は薄れてはいたが、さりとて「触れ得ざる者」の名も残ったままであった。
この学校では一度たりとも首席から落ちた事はない。
3位であったアマガは10位よりも落ちて行ったが、2位の名は変わることはなかった。
サーマル・テラノ。
ディッセンドルフの生まれた村と同じような貧しい村の出身だった。
そして同じ寮で同室の、友人と言っていい存在である。
最初の出会いは、サーマルにとって恐怖以外の何物でもなかった。
入学式の首席の挨拶から、アマガとの決闘、そしてプロミネンス教官とのエキジビジョンマッチと「触れ得ざる者」の噂。
同室と知った時の心痛は相当なものだった。
だが入学してすぐには同居人は姿を現さなかった。
この学校は入学者すべてに、原則寮生活を義務付けている。
原則であって、特段の理由があり学校が認めた者は入寮せずに、通学できるという事も明記されていた。
この特段の理由の具体的な例は示されていなかったが、相手はあの「神の子」である。
それだけでも理由になるかもしれないと、サーマルは姿を現さない同居人について考え始めていた。
であれば、個室を与えられた様なものだ。
が、週末になり、実家に当て手紙を書き始めた時だった。
偉丈夫の女騎士と初老の礼儀正しい紳士を引き連れ、「神の子」が姿を見せた。
第一印象は「神の子」などとはとても思えない、悪魔の微笑みとしか思えない表情を自分に向けた少年だった。
そう、同じ年の少年のはずだったが、その落ち着いた態度はとてもではないが、自分の同期とはサーマルには思えなかった。
一人で部屋を占拠していたため、慌てて自分の広げていた荷物を片付けた。
あまりにも慌てすぎて、足を滑らせてしたたか頭を打ってしまった。
その姿があまりにも見るに堪えなかったのだろう。
「神の子」ディッセンドルフ・フォン・ルードヴィッヒの執事のセノビックだと名乗る紳士が、主の荷物を運ぶ前にサーマルの片づけを手伝ってくれた。
うわさでは聞いていたが、ディッセンドルフは友人を作るという事は考えていないようだった。
だからと言ってサーマルを無視するという事もしない。
最低限の会話は成り立つし、教えを請えば無表情でも丁寧に教えてくれた。
サーマルは学年でディッセンドルフの次の成績を残すだけあり、座学に関してはほぼ完璧に理解していた。
それが戦術論や、医学でも、歴史でも全てにおいて理論が構築されている分には問題はなかった。
しかし、芸術の様に理論もさることながら、センスを問われると、いささか分が悪い。
さらに剣技や魔導など、肉体的なものになると必ずしも他人より有利に事を構えられずにいた。
それを助けたのが同室のディッセンドルフだった。
「テラノ君。君は頭がいい。すべての事象にはその裏付けとなる理論があり、君はそれをしっかりと理解している。なのに、身体が君の思い通りに動いていないのが、うまくいかない理由だ。まず体を作ることを考えろ。その為の食事、睡眠、筋肉の増強が整えば、私以外に負けることはない。」
聞く人が聞けば、何という不遜な態度だと思うだろう。
しかし、ディッセンドルフがそれを実行していることは、同室であるが故に知り尽くしていた。
そしてディッセンドルフに抱いていた恐怖は憧れと変わっていった。
そして、サーマルをディッセンドルフが友人だと認める瞬間が訪れる。
この騎士魔導士学校は、広大な敷地を得るために王都から離れた場所にある。
その外側は、森林が広がり、魔動力を有した動物、いわゆる魔獣も生息していた。
普段は騎士魔導士学校に籍を置く騎士や魔導士が巡回したり、5,6年生がその訓練のため、現れる魔獣を駆逐しているため、大ごとにはならない。
森林にいる魔獣だけでなく、それ以外の獣たちにも力の強い種類もいるため、適度な訓練にはもってこいであった。
そうして仕留められた魔獣にしろ獣にしろ、その味は美味であり、またその獣たちの革や牙、爪も利用価値が高いので学校としても大いに利用していた。
だがその時は、6年生が他国への視察という名の旅行に行っており、プロミネンス教官をはじめ、多くの騎士や魔導士がそれに随行していた。
そして間の悪いことに5年生の大部分が、卒業後の進路の相談のため、実家に戻る生徒が数多くいたのである。
また国家騎士団と王国魔法師団の合同訓練が防衛兵錬所で行われ、普段学校の防護に携わっている騎士と魔導士の過半数がこれに参加するため騎士魔導士学校を離れていた。
このときには、4年生までの学生と、主に座学を担当する教官、少数の騎士と魔導士がいるに過ぎなかった。
そして、剣技や魔導、肉体の鍛錬を主体とする教科がなくなったため、その森林に接する訓練場を使用するものがいなかった。
季節は冬が近づいており、魔獣や獣たちの食料が少なくなっている時でもあった。
恐らく、最初にこの学校の敷地に現れたのは弱い捕食される動物だったに違いない。
だが、その小動物を食うために後から少し大きめの動物が現れて…。
結果的には魔獣たちが校内に侵入してきた。
通常、訓練場には誰かしら人がいる。
さらに魔導士による警戒用の結界も張られていて、侵入者を早期で発見し対応するはずであった。
だが、人は誰もいなかった。
結界を張る筈の魔導士がその時間に不在であった。
この時間に結界を張る筈だった魔導士の名はコンシュ・ハゼロウという。
魔導士の職種技能集団である魔法協会の末席に名を連ねるいわゆる下級魔導士である。
協会に所属しているので最低限の魔導は持っているものの、その怠慢さゆえ、サラトガ州ニミッツ市防衛隊から職務不適合の烙印を押されクビになった。
協会に何とか縋りつき、今の派遣魔導士として少ない給金で食いつないでいる。
そして、この学校の警備の任に派遣されていた。
不運と言えば、この魔導士しか協会から派遣できる人間がいなかったことだろう。
ハゼロウはこの時間に警備を任されているにも拘らず、近くの町で女性に声を掛け、振られ続けていた。
それでも魔導士としての学校の状況把握を度々していた。
ただ、魔獣の侵入を知った時にその責任を放棄して、逃亡したのだった。
森林に接している訓練場は、学生が座学をしている講義室からは見えづらい。
間に純粋剣技場などの訓練施設や講堂、実験棟、薬草園があるためだ。
その薬草園に向かっていた学生がいた。
4年生で、魔導士専攻で魔導薬に必要な薬草を育てる薬草園の世話をするためにその場に居たわけだが、集団で侵入した魔獣たちと鉢合わせしてしまったのだ。
その時、ディッセンドルフは魔導力の使用に関する理論を受講中だった。
ディッセンドルフは【言霊】を受けてから、ほぼ無意識で魔導力を行使していたので、その理屈は純粋に面白かった。
その最中に魔獣に襲われる4年生女子のイメージが心に飛び込んできた。
あまりのことにいきなり席を立ちあがってしまう。
「ディッセンドルフ学生、何事ですか!」
講義をしていた魔導理論担当の女性教官、アナザミリー・ウエストが思わず声を上げた。
普段は講義の妨害はおろか、居眠りさえしない真面目な、そして「触れ得ざる者」のディッセンドルフに対しての叱りの言葉を発し、すぐに顔が引き攣ったが、ウエスト教官はディッセンドルフの真剣な顔に危険を感じ取った。
「ウエスト教官。魔獣が多数、訓練場に侵入しています。すぐに対処を!」
言うと同時に、ディッセンドルフの姿が空間の歪みと同時に消えた。
「空間転移!「神の子」はそんなことまで…。」
そう呟くと、すぐさま緊急思念波を校内教員、騎士、魔導士に送った。
「あなたたち学生はこの場に待機。教員の指示に従う事‼」
悲鳴に近い騒ぎが起きるときには、ウエストは窓からスカートを気にするそぶりも見せずに、外に飛び出した。
腰近くまで伸ばしたプラチナブロンドの髪が美しく広がったかと思うと、そのまま空中を飛んでいった。
その姿にしばし呆然と学生は見送った。
魔獣の群れの前で体が硬直し動けなくなっていた女子学生、マリアバナール・オキツシマは懸命に習った魔導の詠唱を思い出していた。
その中でも、自分が出来る防御の魔法の詠唱、「障壁」を唱えようとしたが、目の前に集まってくる多数の三尾の狼に恐怖し、うまく口が回らない。
口の中が乾いていくのがまるで他人事のような感覚になってくる。
その瞬間に自分に魔導が流れてきていることが分かった。
三尾の狼が、マリアバナールに固定化魔法を仕掛け、身体を動けなくしている。
そう悟った時、まだ動く右手に今採取したばかりの紫色の花を微かに揺らした。
その花の香りがマリアバナールの鼻をくすぐった。
身体の緊張が少し緩み、一歩だけ後ずさる。
その刹那、マリアバナールと三尾の狼の間の空間が歪んだ。
自分より少し背の小さい人影が唐突に現れた。
と思う間もなく、マリアバナールの目に空間がずれたような感覚が襲う。
マリアバナールの前に群がり始めていた多くの三尾の狼がその空間のずれに同期したようにずれたかと思ったら、血しぶきを上げ、ばらけた。
「空間の断裂‼」
思わずそう叫んだマリアバナールの前に出現した背の低い少年が振り返る。
そこにいたのは、この騎士魔導士学校では知らぬ人がいない「神の子」ディッセンドルフであった。
「マジックラベンダーか。運がいい。でなければここから動けずに、私が来る前に奴らに食い殺されていたな。」
わずか一歩動けただけだが、それでどうやら自分は助かったという事だと知った。
「いまもまだ三尾の狼の魔法の影響を受けている。その花の香りを吸い込み、奴らの魔法を無効化して、逃げろ!」
これはディッセンドルフの油断だったのだろう。
少女を逃がすことに精神がいっている間に、三尾の狼の血の匂いに惹かれて、更なる強大な魔導力を持つ大足虎の鋭い爪から繰り出される風の刃が背後からディッセンドルフを襲った。
瞬間的にマリアバナールの前に障壁を作ってしまい、まともに3本の風刃を受けてしまった。
背中の衝撃に、思わず膝を地に着けてしまった。
空間転移、空間の断裂と魔導力の高さを要求される魔法をくり出してしまい、さらに少女を助けるために障壁を展開した結果、一時的に酸欠のような状況になってしまった。
ディッセンドルフはその本当に一瞬をつかれ、背中に3本の傷口からかなりの量の出血をしてしまった。
そこを3頭の大足虎が、とどめを刺すべく飛び掛かってきた。
ふっ、ここまでか、「神の子」も。
ディッセンドルフはもともと生への執着が少ない。
命を失っても仕方ない、と考えていた時だった。
ディッセンドルフとマリアバナールの前に強固で巨大な防御障壁が構築された。
さらにディッセンドルフの背中の痛みも軽くなっていく。
ディッセンドルフの頭上に、寮で同室の少年、サーマル・テラノがいた。
「校舎からここまでは、ぼくが防護障壁を張った!君は侵入してくる魔獣を後退させてくれ。そうしたら、この障壁を学校の敷地まで広げてみせる。」
サーマルがディッセンドルフに指示を出した。
ディッセンドルフは人から指示されたこと、特に同室の勉学には真面目で、それでいて不器用な少年だったことに新鮮に感じた。
「了解だ、サーマル‼」
この時、初めて同室の少年のファーストネームを呼んだ。
すぐに敷地内に侵入してきた魔獣の全てを把握。
そしてその全てに各個撃破の衝撃波を与えた。
すべての魔獣がその場で爆散した。
サーマルはディッセンドルフの攻撃を確認するとすぐに防護障壁を拡大した。
この日、ディッセンドルフに初めての友人が出来た。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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