第10話 「神殺し」
ディッセンドルフは全く興味のない学生議会の役員に組み込まれた。
これは首席から一度も落ちた事のない実績と、2年時の魔獣侵入時の撃退の功績により、無理矢理プロミネンス教官と元学生議会会長イザナギ・バーニングの強い推薦により任命されたのだ。
同室のサーマルが一緒に役員となってくれたことがせめてもの救いである。
サーマルは【言霊】持ちという訳ではない。
つまり、全くの自分の実力でこの学年次席という実績を作っている。
ディッセンドルフとは違うということである。
サーマルの出身地、クラチモ村はディッセンドルフの生まれたマルヌク村よりもさらに貧しい。
気候的な問題だが、寒冷地に属していて農作物もマルヌク村に比べて取れ高が少ない。
そこに獰猛な動物や魔獣が少ない穀物や人を襲ってくる。
サーマルの家族も被害にあっている。
サーマル・テラノの家族は祖父と両親、上に姉と兄、下に妹が2人の8人家族であるが、一番上の兄と、サーマルのすぐ下の弟はすでに亡くなっている。
どちらも収穫の少なかった年の冬に腹をすかした魔獣、黒熊に襲われ、子供たちを守ろうとした祖母もその時に殺された。
父が村にたまに訪れる騎士から剣の手ほどきを受けており、被害はその3人で済んだのである。
他の家では一家全滅のところもあった。
兄弟は全員、父から剣を、拙いながらも魔法を使える母から詠唱魔法を習い、サーマルはその中で群を抜いて覚えが速かった。
さらにこの国の魔法団が巡回してきたときに、魔導の力の強いサーマルに魔法を教えてくれる教導部出身の魔導士から、この騎士魔導士学校を推薦された経緯を持つ。
卒業後には一定期間、国に仕えなくてはならないが、その時に辺境地区や、自分の育ったこの寒村などの防衛任務に志願すれば認められることも多いと聞いた。
さらにその期間終了後、この村に帰って守りながら、個々の人々に剣や魔法を教えて、この村の防御能力を高めたいとも思っていた。
ディッセンドルフのようにあまり主体性なくこの学校に来たものとは、その目的意思の強さが圧倒的に違うのである。
ディッセンドルフはこの友の考え方に強く惹かれていた。
また、2年時の魔獣の侵入時にいち早く駆け付け、ディッセンドルフとマリアバナールを救ったのも、家族を魔獣に殺されているという過去も絡んでいた。
サーマルの魔法は基本的に詠唱魔法が主であるが、防御障壁だけは自分の両手に自らの念を仕込んでいる。
そのため手の平に文様が浮かんでいる。
実力のある術者で詠唱を唱えずに術を発する者にその体の一部に念を込め、文様を浮かびださせ、詠唱を省略できるものがいる。
サーマルは直接そういう術者と交流はなかったが、ほぼ独学でこの方法に行きついた。
最初は片手に、さらに念を込めて両手に文様を発現させるのに成功した。
これは最悪片手が使えなくても防御障壁を詠唱なしで展開できる。
資料や攻撃でなく防御に特化したのは、それが一番得意だったというのもあるが、襲われたときにはまず、家族を守る事。
それを第一義に考えた末の決断である。
根本的に、全くそのような文様に頼らず無詠唱で魔導を発現するディッセンドルフとはその発現原理が違う。詠唱にしろ、念による紋章にしろ、その行為により集中力を高め、魔導が発動されて魔法が完成する。
だが、ディッセンドルフは思考するだけで魔導が発動される。
詠唱も文様も必要ない。
これは単純にディッセンドルフの魔導力が桁違いに大きいことを意味していた。
が、この事実は、鍛錬や修行を続けた末の、つまり努力した結果の魔導力を獲得したものにとって、羨望と同時に、妬みを生み出すことになる下地を作っている。
そのことはディッセンドルフ自身がよく理解していた。
「神の子」という【言霊】が自分に降りかかった時から、さんざん人間の醜い本性を見てきた。
その結果の迫害、そして殺人未遂とつながった。
そんな「神の子」は自分に敵対する者には躊躇なく神罰を与えるが、成長に従い、かけがいのない人間関係というものも理解した。
人間の本性は醜い。
その気持ちは変わらないが、人を愛する気持ちというものも、まだ感覚的ではあるものの、それが尊いということも理解し始めていた。
その「神の子」ディッセンドルフの変化に、ルードヴィッヒ伯爵家内にて、自分に仕える従者や騎士たち、その家族は庇護すべき人間であった。
それが、今はこの学校でプロミネンス教官を敬い、聖女アンドリュー・ビューテリウムの献身に感謝を持ち、サーマルには友愛を感じるまでになった。
特にサーマルの目的ある行動は、ディッセンドルフの流されて生きてきた生き方とは対照的であり、尊敬すらしていた。
そんな二人は、現学生会議議長で女子のオルネイドリー・アッセンブラは騎士専攻の6年生である。
去年の魔獣侵入事件の時は故郷のアトワイト州サンクドヘルン市で、国家騎士団アトワイト支部での適性試験を受けている時であった。
だが、すぐに学校に戻り、事後処理と、逃げた警備担当の魔導士のコンシュ・ハゼロウの告発にも関わっている。
しかしながら、この段階でもコンシュの身柄確保には至っていなかった。
サーマルとディッセンドルフはオルネイドリーに協力し、校舎全部への警戒結界ではなく、防御障壁の構築に切り替え、それを定期的なメンテナンスのみで半永久的な障壁へと転換することに成功していた。
ディッセンドルフは目立ち過ぎたことに、少し後悔をしていた。
あの時、魔獣の侵入時、自分は何もするべきではなかったんではないか。
あの時点では誰も侵入する魔獣に気づいていない。
ディッセンドルフは異常な魔導力を持ったものがこの学校の敷地内に侵入したと感じた。
実際は魔獣の群れだったため、異常な魔導力と感じたのだ。
と、同時に人の恐怖を感じ取ってしまい、マリアバナールのいる空間に同調してしまった。
彼女が一歩下がってくれたおかげで空間出現時に「重なる」ことがなかった。
あの状況は本当に危なかった。
もし「重な」っていたら、おそらく大きな爆発が起こったに違いない。
空間転移をする場合、その場に空気などの物質であれば強引に押し開かれる形を取り、「重なる」ことはない。
が、人間に限らず、そこそこの重さを持つものと重なった場合、強引に押し開くことができずに爆発、もしくは巨大な力が生じる、とディッセンドルフは理解していた。
今後の課題だな。ディッセンドルフは学校内で起こりえる、さまざまな危険を想起し、自分の対処を考えるべきだと結論した。
ただ、仮に「重なり」が生じ、自分が弾け飛んでも構わないとも思っているのだが…。
目立った結果が、今である。
雑用を押し付けられているわけだ。
入学式自体は問題なく終わるはずだが、明日、学生会議主体のこの騎士魔導士学校の規則、学生としてあるべき姿をオルネイドリー会長自らが説明する。
そのための資料の作成と、仕訳をやらされているわけだ。
一緒にその仕事をしているサーマルは、しかし愚痴をこぼすことなく作業に従事している。
「サーマルは相変わらず真面目だな。頭が下がるよ。」
「そういうディッセンドルフだって、断ることもできたのにこの額背会議の役員を了承したじゃないか。ちょっとびっくりしたよ。」
「学年次席の君が喜んでやっているのに、主席の俺がやっていないと、なにを言われるかわからん。」
「そんな陰口など、ディッセンドルフは気にしないだろう?」
「確かに陰口程度なら気にしない。だが、面と向かって言ってこられると、正直自分が抑えられないような気がした。」
「と、どうなる?」
「下手すると殺してしまうかもしれん。それが怖い。」
「いわゆる「神の子」の神罰っていう奴か?」
「神罰なんて代物じゃない。気に入らない。だから殺す。ある意味子供の癇癪だ。」
「確かにそれは怖いな。」
サーマルは納得した顔でディッセンドルフを見た。
ディッセンドルフはバツが悪そうな表情をして、目を逸らした。
最初にあった時は無機質で冷酷な表情を浮かべていたディッセンドルフが人間らしく喜怒哀楽を表情に出すようになった。
自分の心情をサーマルに話せるほどに…。
ディッセンドルフを見ていると、「神の子」などなるものではないな、と深く安堵した。
今の努力を惜しまない自分を、サーマルは結構気に入っていた。
そんなことを考えていると、講堂の方から大きな声が響いた。
その瞬間にディッセンドルフは背筋を虫が這うような気味の悪い感触を体験していた。
「なんだ、誰かが騒いでいるのか?」
サーマルがそんなことを言って、学生会議役員室の窓から講堂の方に視線を向けた。
「うるせえんだよ!「神の子」を出せって言ってんだろう!」
講堂から出てきた新入生と思われる男が騒ぎ、この学校の警備にあたる騎士が取り押さえようとした。
ディッセンドルフもサーマルも、この瞬間に魔導力が使われたことを感じた。
その男を捉えようとした騎士が跳ね飛ばされた。
「かなり、魔導力に自信を持ってるようだな、あの新入生は。」
「たぶんだが、あの新入生はオオジコバ・ゴルネイエフってやつだと思う。さっき「神の子」、つまり君を出せと叫んでいただろう。」
「そう言えばそんな事を言っていたな。何故だ?」
「さすがはディッセンドルフだな。世事に疎すぎる。」
「誉め言葉には聞こえんぞ、サーマル。」
「あいつは【言霊】付きだ。「神殺し」だとさ。」
サーマルの言葉にディッセンドルフは驚いてその視線をサーマルに向けた。
その視線にサーマルが無言で頷くと、ディッセンドルフはすぐに外の騒ぎに視線を戻す。
弾き飛ばされた騎士の後ろから、魔法団の魔導士がその新入生を止めるための詠唱が聞こえてきた。
「学生が相手だからな。足止めの固定魔法か。だが本当に「神殺し」なんて【言霊】持ちなら、それじゃ止められんな。とりあえず、意識を刈り取るつもりじゃないと犠牲者が増えるだけだ。」
案の定、「神殺し」オオジコバは魔導士3人に明らかに攻撃的な魔法を使ったようだ。
防御障壁が張られたことがディッセンドルフにも、サーマルにも感知できた。
「俺が出ないとまずいか?」
「本当は出る方がまずいと思う。間違いなくあいつはお前に突っかかってくる。そうすると、ディッセンドルフ、絶対お前は反撃する。それも殺すつもりで…。」
「否定できんな。だが「神殺し」なんて【言霊】で俺に向かってくるのなら、あいつだって俺を殺す気だろう?」
「まあ、そうなるな。あまり人が死ぬとこは見たくない。」
「神殺し」なんて【言霊】をその神自身が与えるのだろうか?
もし、それが本当だとすると、神、いや邪神は人間に分不相応の力を与えて殺し合うところでも見たいのか?
だが、ディッセンドルフには、【言霊】がもたらされた時にある「神の言葉」を強引に聞かされていた。
とすれば神のお望みのことは、ある意味理解できる。
一層殺してもらった方が、あとのことを考えなくて済むのだが…。
「あいつは「神の言葉」教の信者なのだろうか?」
「何故そう思うんだ、ディッセンドルフ?」
「でなければ「神殺し」を堂々と言わんだろう。」
「意味が分からんのだが?」
「「神の言葉」教がこれだけ政治的に大きな勢力だ。例え【言霊】でも、「神殺し」なんて隠すだろう、普通。」
「言われてみればそうだな。」
「それをあれだけ大仰に口にしている。「神殺し」は信じる神から賜った重要な【言霊】だからこそ、と思える。さらにちょうど「神の子」という俺がいる。神に従うが、本当の神ではなく「神の子」を殺すことが自分の使命と感じている。そんなとこだと考えられるんだが。」
本当の意味は違うのだろう、とディッセンドルフは考えている。
自分と「神殺し」を争わせるつもりなのは間違いない。
だが、それは、神の違う思惑のため。
「神の子」をさらに強くするためだとディッセンドルフは考えていた。
どのみち「神殺し」を公言するオオジコバ・ゴルネイエフといつかは戦わねばならないだろうが、雌雄を決するのは、恐らく今ではない。
どうやら外での騒ぎはより一層ひどくなっていた。
最初にオオジコバを取り押さえようとした警備隊の騎士と魔導士はあっさり退けられた。
さらに来賓たちを警護する騎士、魔導士が一気に押し寄せる。
彼らは殺す気はないのだろうが、半死半生ぐらいは仕方ないという戦い方を始めていた。
「ちょっと大ごとになってきたな、サーマル。」
「まさか行く気か?」
「わざわざあんなに熱いラブコールを送られてるんだ。ちょっと、行ってくるよ。」
「そうか、仕方ないか。でも、殺すなよ。」
「…善処する。」
ディッセンドルフは3階にある学生議会役員室の窓から飛び降りた。
「神の子」対「神殺し」。
最初の激突であった。




