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「神の子」  作者: 新竹芳
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第100話 終章

最終話となります。

「神の世界」の後の話ですが、少し長くなってしまいました。

最後まで読んで頂ければ幸いです。

 あまりにもヘリコプターのローター音がうるさい。


 それでもこの逃避行に疲れているのだろう。こんな場所で寝てしまった。


「ヒデ、この状態でよく寝れるな。感心するぜ。」


 俺の水先案内人で、何故か俺を守ってくれている西室恒が大声で僕に語り掛けてきた。


「もうすぐ目的地だ。降りる準備に入る。」

「僕は、どのくらい寝てましたか?」

「ん?15分、ってとこかな。その割にはうなされていたがな。」


 そんなもんか。

 でも、あまりにも奇怪な夢だった。


「一応、お前さんは大量殺人事件の容疑者なんだからな、少しは緊張しろよ。」


 笑いながら西室が言う。

 こっちは笑えない話だ。


 つい半年前はごく普通の大学生だった。

 それが何故、急に養子縁組されて、さらに義母の殺害、クラブでの銃発砲並びに大量殺人事件の容疑者になってしまったのか?


 クラブでの銃発砲は間違いなく僕がやったことではある。

 だが、警察から逃げて、身を隠すためにいたクラブの片隅で、僕を追うもう一つの組織、暴力団の山下組のチンピラたちがそこに現れた。

 気付いたときに、誰かからサブマシンガンを渡され、ビックリしてトリガーを引いてしまった。

 ご丁寧にセーフティーロックは外されていた。


 その時、俺の手を引いて連れ出してくれたのが、素性不明のガタイのいいこの男。

 自らを西室恒(ニシムロヒトシ)と名乗った。

 昔義父の伊達松雄に世話になったとか言っていた。


 だが、あまりにも怪しい男だ。

 この銃器所持が極めて厳しく規制されている日本で、CZ75なんて欧州のプロが所有するような銃を持っている?

 さらに、この米軍所有の輸送ヘリコプターCH47チヌークに乗り込むことが出来るんだ?

 どういうコネを持っていればそんなことが可能になる?


 かなり僕が変な顔をしたせいか、西室の横にいる、どう見ても僕より年下にしか見えない金髪碧眼の美少年、ブルーノア・ハスケルが笑っていた。

 そして何か英語で西室に笑いながら何かを言っていた。


 多くの疑問を抱えて、僕は西室の言うところの出生の秘密が眠る「海流の島」に向かっている。

 そして今目の前にその島が見えてきた。


 と同時に、さっきの夢が蘇る。

 「神」に挑んで敗れた男の末路。

 なんでそんな夢が僕は見る羽目になったのだろうか?


「上陸準備だ、ヒデ!」


 僕は近くの米軍人に手伝ってもらい、着陸しようとしている海辺に魅せられていた。


 ここから僕の人生は大きく変わっていくことになるのだが、その時は全く何も知らなかった。

 自分が一体何者で、何のために生まれたのかなんて。


 砂を巻き上げながら、ゆっくりとこの輸送ヘリが降下していった。


 この「海流の島」が、全ての始まりだった。







 強大な光の奔流が嘘のように、この白い闇の世界に静寂が訪れた。


 「神」は、やっと終わりが来たと思った時の瞬間を思い出していた。


 ディッセンドルフの刃があと少しで、自分の中核を破壊できるところだった。


 本当にもう少しだったのだ。


 自分が与えた「神の巫女」という「神の言葉」が、まさかこういう結末を巻き起こすとは、全く考えてもいなかった。

 今までに経験したことのないパターンだった。

 本当に、ただ法則を作るしかない自分の力に嫌気がさす。

 全知全能からほど遠いことを嘆いた。


「もう少しでしたな。」


 自分が造り上げた、自分のことを客観的に見ることの出来る者、ニシムロが「神」に向かってそう話しかけた。


「それでも、ディッセンドルフがアンドリューを取り込まなかった時に、こうなることを予測して、対応するべきでしたよ。それこそ、俺が作った檻ごとはるか遠くに流すべきだった。」

≪わかっている≫


 「神」は自分自身にそう言われながら、そのことは後悔していた。


 ディッセンドルフがニシムロとアンドリューを取り込むものと思っていた。


 使い魔である舞虎、あの時には神獣となる飛虎に昇華していたジョーカーを取り込んだことから、連れてきたすべてのものを取り込むと思ったのだ。

 でなければ、あの光の激流から逃れられるディッセンドルフ以外は、全て消え去ることが明確にわかっていたはずなのだから。


 まさかニシムロに守護させて、アンドリューを取り込まないという選択をディッセンドルフが取るとは思っていなかった。

 愛しているからこそ、真っ先に安全なディッセンドルフの中に取り込むものとばかり思いこんでいた。


「自分が進化させた、人間というモノを見誤ったというところですかな。」


 ニシムロは自分自身でありながら痛いところをついてくる。

 「神」自身が作ったことだ。

 だが、そうでなければ、同じ過ちをまたしでかしてしまうだろう。


 しっかりと、根気よく法則を作り、また、この世界まで来れる生命体、知性体を創造しなければならない。

 もう何度目だろう。

 それでも、法則に少し変更を加えねばならない。


 前は知性体の愛を軽く見たゆえの失敗だった。

 今回はその愛を重く見たうえで失敗した。


「そこは間違えない方がいいぜ、「神」さんよお。」


 ニシムロの警告が発せられた。

 これは自分でもわからないことを、この分身体は警告という形で教えてくれる。

 頼もしい存在ではある。

 自分の失敗を痛烈に批判する嫌な存在でもああるのだが。


「今回の一番の失敗はすでに二人には子供がいたという事実だ。」

≪子供。子供がいた?≫

「それも気付いてはいなかったか。「神の子」ディッセンドルフはその魔導力ゆえ、アンドリューの体内の挙動を見ることが出来た。そして、身籠ったアンドリュー自身は当然わかっていたんだよ。彼女は「聖女」と言われるだけ、特にか弱きものの存在は察知しやすいしな。」

≪子供を身籠っていた?それならなおさら、ディッセンドルフはアンドリューを取り込むのではないのか?≫

「仮に取り込んだとして、だ。その彼らをもう一度肉体に戻せるのか、確証が持てないだろう。特にディッセンドルフは親友のサーマルをサーシャネル・ハーマスを助けるために失っている。新しい肉体をディッセンドルフは用意など出来なかった。」

≪それは、つまり、子供たちを元の世界に戻したい。そう思ったという事か。それが私を殺すことを躊躇わせたと。≫

「そこは違うとは思う。ただ、アンドリューを取り込まなかったのは、そういう場合のことだろう。また、アンドリュー自身もディッセンドルフが「神」を討ち、世界が完全に崩壊したのちの再生という事に不安を感じていた。それは間違いない。」

≪私は「神の子」ディッセンドルフに対し、親を奪い、生まれた村を奪った。親友や仲間を失わせたり、いわれなき誹謗が集まるようにもした。「神の子」の「神の言葉」を与えたことによって、妬みや嫉妬が周りから向かうようにもして、私を憎しむように向けたはずだ≫

「ディッセンドルフはそれほど「神」を憎んではいなかった。運命と捉えていた節がある。それに、この「神の世界」にきて、「神」を殺そうとしたのもそれが「神」の命令だったからだ。それだけだよ。」

≪それは、私を殺しても、失敗して殺されてもいい、と思っていたのか≫

「おそらくは。」


 ニシムロの言葉に、「神」は呆然としていた。

 その分身であるニシムロはそんな姿に少しおかしさを感じた。

 強大な力を持って世界を構築する存在が、一つの星のたかが一人の青年の考えにこうも影響されるとは。


「やり直すんだろう、これから。」

≪やり直すさ、何度でも。この「神」という存在を消し去るものを、必ず育てて見せる≫


 そうするしか、この長大な時間の檻から抜け出す方法はない。

 だが、安易に殺された場合、その後の世界の秩序は崩壊する。

 ある程度の手助けはするが、最後はその者の力が強くなければ意味がない。

 そのためにはどういった法則がいるのか?


「それで、この世界はこのまま続けて、新たな神殺しを待つ気か?」

≪この星はこのまま、もう介入をするつもりはない≫

「それは「神の言葉」を授ける気はない、という事だな。」

≪そうなるだろう。異能の者は今後出ない。ただ現時点で「神に言葉」を受けた者たちは、その時点で大きな源を授けてはいるから、そのエネルギーが尽きるまでは、大いなる力は使えることになる≫

「通常の魔導力を使うものもいるが、それは「神の言葉」を受けた者たちのおこぼれでもあったわけだし、今後廃れていくというところか。そうなるとレオパルド連邦が進めていた機械文明が俄然、脚光を浴びてくる。」

≪そのことに興味はない。私はディッセンドルフたちのいた星には今後、介入はしない。何か大きなことが起きない限りは、な。他の星の生命体で、次の候補を見つけることとする。ただし、お前は引き続きこの星の監視を頼む≫


 ニシムロは大きなため息を吐く。

 この体でいる限りは、今の力は使えることになる。

 いくら「神」が手を引くと言っても、この体、そしてニシムロ自身が「神」の分身なのだから。


≪ディッセンドルフの妻であるアンドリューは何処に保護しているんだ?≫

「既に自分のいるべき世界に返したよ。これから起こることについての予測を託してね。すでに「神の言葉」教で保護されたことだろう。「神の言葉」が授けられない世界で、あの組織が生き抜くためには、まだ「聖女」という看板は必要だから。」


 「神」は何も言わなかった。


 すでに次の候補を探し始めたのだろう。

 ニシムロにかすかな微笑を送った後、ニシムロは世界を飛ばされる感覚に身を委ねた。








 バーニンガウでの巨大魔導人形の出現と爆発、さらなる巨大魔導人形の出現後の行動停止という前代未聞の事件から既に5年という月日が流れた。


 「神の言葉」教関係者以外に、ディッセンドルフ達とその巨大魔導人形の死闘の目撃者はいなかった。

 仮にいたとしても、魔導人形の爆発はその一帯を吹き飛ばし、誰も生存者がいなかったのだ。


 3聖人で唯一生き残ったフシテルム・ヨハネⅢ世教皇は、懸命に教会の生き残り、立て直しに奔走した。


 あの地下巨大空間にて倒れた者たちのうち7割にまだ息があったことが幸いし、治癒の魔導力があの空間に広がると、皆体調をある程度まで回復していたのだ。

 だが逆に言えば、3割の信者である上級魔導士が命を落としたことになる。

 もっとも、地上で支援していた者たちに死者はいなかったことが幸いした。


 地下で命を落としたものの遺体を急ピッチで整理して綺麗に洗浄し、死に装束をあつらえ、遺族に送ることが出来たのだ。

 壊滅状態だと思った教皇にとって、それだけは心底安堵したことである。


 バーニンガウ襲撃は、目撃者がいなかったことがあり、「聖女」を狙った「神の言葉」教内の反乱者の起こしたテロリズムとして処理した。

 その際、同時多発的に各所をお襲い、法王、枢機卿を含む犠牲者を出したこととして、真実を隠ぺいした。

 これは、先のジョバンニュ・クリミアン連合国内での騎士魔導士学校襲撃犯の残存兵力が首謀者として、教皇はバルトロマイ・ミリオニア支部枢機卿の扇動で起こったと各国に伝令を送り、沈静化を画策した。

 それは功を奏し、今では何とかその権威の失墜は免れていた。


 だが、事実として、このテロで「聖女」ことアンドリュー・ビューテリウムが夫の「神の子」ディッセンドルフとともに行方不明であることも伝えられた。


 「聖女」は特にレベッカ海峡事件、その後の奇病の治癒という奇跡を起こした人物としても知られている。

 絶大な人気とそれを支える実績。

 ジョバンニュ・クリミアン連合王国を離れ、ロメン法国に「聖女」が赴く目的が、法王・教皇・枢機卿の3聖人の上に立つ「聖君子」になるためであったとまことしやかに囁かれてもいた。


 その偉大なる「聖女」の失踪。

 そこに陰謀説が繰り広げられることになる。

 そんな噂話を完全に止めることなど誰にもできなかった。


 教皇の指導者としての名声と生き残った上級聖騎士たちの努力で、「神の言葉」教は生き残ることには成功した。

 だが、その影響力の減少は否めない。

 「神の子」ディッセンドルフはまだしも、「聖女」アンドリュー・ビューテリウムの不在が現教皇に対して否定的な信者を増長させる結果になっていた。


 さらにバーニンガウ騒乱後、ただの一人も「神の言葉」を賜るものがいなくなってしまった事も「神の言葉」教の存在感を貶めている原因だった。


 そう、【言霊】も【祝福】も、【運命】など各国で起こっていた「神の言葉」を賜り、大きな魔導力を持ったものが出なくなったのだ。

 それまでに「神の言葉」を賜った者たちは変わらずに、その大きな力の恩恵は受けてはいる。

 だがこの5年でその力が減少しているという例も囁かれ始めていた。


 法務庁の地下の巨大な空間に一人、フシテルム・ヨハネⅢ世教皇は今後の方針を思い悩んでいた。

 もしかしたら法王や枢機卿の様にあの時死んでいた方が楽だったのかもしれない。


 「聖女」の活躍により、レオパルド連邦からの多少の援助は得られた。

 だが、バーニンガウ襲撃という事実、「聖女」の失踪から、ジョバンニュ・クリミアン連合王国からは猜疑の目で見られており、「神の子」ディッセンドルフも同時に消息不明という事が、国王からの不興を買っている。


 ジョバンニュ・クリミアン連合王国では、騎士魔導士学校の立て直しの最中であり、【言霊】持ちが5年前から一人も出ていないことが、その立て直しに再考の必要が出てきていた。

 この【言霊】が賜れなくなったのも「神の子」ディッセンドルフと「聖女」アンドリューの失踪があるのではないかと政府、並びに王宮では考えていた。


 実際にこの二つのことは密接に繋がっている。

 但し、この件に関しては「神の子」と「聖女」が原因である、そう公言はできない立場にフシテルム・ヨハネⅢ世教皇はいた。

 どうしてもその発言が明快さを欠くことになり、諸外国の不信を招いてもいるのだ。


 5年前の事件で生き残り、または生き返った上級魔導士たちの大部分は教皇に従っている。

 だが若干名、「神の言葉」教を離れた者たちがいた。

 その者たちも基本的には口外してはいない。

 ただ、教会を脱会した理由について、明快さを欠くという事は教皇と同じで、それが脱会者に近しいものの想像と相まっておかしな噂となって広がっていった。


 それでもロメン法国の新しい法王の決定と実務を担う枢機卿の選出と、実務全般をこなしたことは教皇の能力の高さを内外に示したことになった。

 皮肉なことだ、と教皇は自嘲する。


 その教皇の前には擱座したまま、すでに動かない魔導人形の先にある魔導構成数式図を見ていた。

 あの日、ここから送り出した5人と1頭。

 その時の光景が鮮やかに蘇った。


「やはり、あの時にどんな手段を使っても止めるべきだっただろうか?」


 だが、それが無理だったことは充分に解っていた。

 あそこでただ一人で立ち向かっても、自分の命がなくなるだけ。

 自分の屍を越えて簡単に彼らは行ってしまっただろう。

 さらに、自分が死ねば神獣からの慈悲の力を授かることもなく、この「神の言葉」教総本部は骸の山となり、だれ一人生き残ることはできなかった。

 そうフシテルム・ヨハネⅢ世教皇は考え、背中を悪寒が駆け抜けた。


 そんなとりとめもないことを考えていた。

 現在、この地下は出入り禁止の地域に指定された。

 ここで起きたことを示すものは全て片付けられはしていたが、部外者を入れることが出来ようはずもない。

 大虐殺現場なのだ。

 目の前の魔導構成数式図もその先の「神の部屋」もあの日から一切使われてはいない。

 現法王であるモードレット・ルソーは、「神」の許しを受けられるか、判定する必要があったが、ロメン法国自体の運営にかかりきりで判定を受けるための準備にも入れない状況であった。


 だが、教皇の本心は別にあった。


 怖いのだ。


 「神の言葉」を受けるものがいない現在、この世界は「神」に見放されたのではないか。その想いが日増しに強くなっていく。

 このまま「神の部屋」を見る力を与えられるものはいない可能性が、フシテルム・ヨハネⅢ世教皇の心を侵食していた。


 何もない床にじかに座り、ただ魔導構成数式図を眺めていた時だった。


 その紋様に淡い光が走った。


 目を見開いて、その光を見つめた。

 間違いない。

 魔導力がその魔導構成数式図に注入されている。


 どこから?


 この空間には自分以外いない。

 そして自分はそのようなことをしていない。


 当然、この紋様の先、転移しようとしている者がいる場所からだ。


 だが、この転移元は「神の部屋」に繋がっているのではないか?

 あそこから、誰か、いや、何かが出てこようとしている?


 輝きを増しつつある、その転移陣はいつもと違う気がした。

 何がどうというわけではない。

 若い頃、何度かこの場で戻ってくる高官たちを見守っていた。

 今の立場になってからは連れて行き戻って来るので、このような風景を見るのは何十年ぶりである。

 記憶違いもあるかもしれない。

 それでも、その雰囲気が、「神の部屋」の前室からの者とは違う。


 光が爆発的に輝いた。


 凝視していたフシテルム・ヨハネⅢ世教皇は、網膜を光が覆い、何も見えなくなった。


 こんな現象は過去にはなかった。


 大きな魔導力、途轍もない遠い場所からの転移、それしか考えられなかった。


 視界が回復したフシテルム・ヨハネⅢ世教皇の前に、誰かが倒れていた。

 魔導構成数式図の中に倒れている、女性?

 白いシーツのようなものを纏った人が倒れていた。


 長い銀髪が特徴的であった。

 そして、その顔立ち。

 絶対的ともいえる美貌。

 それはこの5年間待ち焦がれた女性だった。


 フシテルム・ヨハネⅢ世教皇はまるで十代の時の感覚を思い出していた。

 静かな教会で一人祈りをささげる少女への想い。

 その時の感覚に似ていた。

 似ていたが、その大きさは今回の方がはるかに大きい。


 「アンドリュー!アンドリュー・ビューテリウム!」


 フシテルム・ヨハネⅢ世教皇の問いかけに、横たわる女性の瞼が静かに開き、その碧い瞳が周りを確かめるように動く。

 そして腕で上半身を支えるようにして起き上がった。


 待ち焦がれた「聖女」アンドリューが帰ってきた瞬間だった。







 アンドリュー・ビューテリウムが帰還してから、半年がたった。

 かなり、おなかが目立つようになってきている。

 アンドリューは愛おしげにその腹を撫で、その中で動く命を感じていた。


 「聖女」が復活した「神の言葉」教の影響はすさまじいものがあった。


 「聖女」アンドリューの帰還。

 それも「神の世界」から帰ってきた唯一の存在。


 教皇は「聖女」の無事を各国、各支部、主要な組織にアピールし、信徒にロメン法国での「聖女」復活祭の開催を告知した。

 この「聖女」復活祭は、「神の言葉」教の始祖、ジーニアス・ソウラングが磔からの死、そして再生への伝説をもとに年末に催される「復活祭」を5年ぶりに再開するとともに、「聖女」に関する重大な発表を行う場にしたのだ。


 3か月という準備期間を経て、「聖女」復活祭にフシテルム・ヨハネⅢ世教皇と共にアンドリュー・ビューテリウムが姿を現すと、法王公邸前のラング広場には5万人を超える人々が集まっていた。

 皆、復活した「聖女」の姿を一目見るためにジョバンニュ・クリミアン連合王国やレオパルド連邦など、この地区の多くの政府機関や、信者が集まった結果である。

 それだけ、「聖女」は人々を愛し、愛される存在であるという事を世界にアピールした。


 この後に、法王と教皇が現れたが、「聖女」に比べるとその歓迎の熱気は幾分か冷めたものとなった。


 バーニンガウ騒乱とロメン法国内乱でその責を負う唯一の人間フシテルム・ヨハネⅢ世教皇とまだ実績もない若いモードレッド・ルソー法王は、人気の面で「聖女」に劣ることは自覚していた。

 というより、アンドリュー・ビューテリウムが帰還してくれたことにより、屋台骨を失っていた「神の言葉」教は強力な支柱を獲得したのである。

 教皇にしろ、法王にしろ、アンドリューには感謝の念しかなかった。

 であるからこそ、今回の発表を行うことになったのだ。


「ロメン法国を代表して、わたくし、モードレッド・ルソーは法王の職において宣言いたします。「聖女」としてこの国及び「神の言葉」教に貢献を果たしたアンドリュー・ビューテリウム卿に「大聖女」の称号と、法王・教皇・枢機卿に対してロメン法国、並びに「神の言葉」教の決定権を有し、絶対の地位、拒否権を有する「聖君子」に就いていただきたく、ここに懇請する次第であります。」


 若き法王の言葉に、聴衆は歓喜の合唱で答えた。


 「大聖女」への称号変更はみな既に想像の範囲であり、しかもそれを相当な事と捉えていた。

 しかし「聖君子」までもアンドリューに捧げる決断をした事に、驚きと共に歓喜の声が多く奏でられている。


 その光景を見ながら、この決定が間違いではないこと、そして当分の間の時間稼ぎが出来たと、教皇は他の熱狂の嵐の中心にいて安堵の気持ちを抱いていた。

 「神の言葉」教の前途が苦しいことに変わりはない。

 それでもこの貴重な時間を有効に使い、対策を練らねばならない。

 若いものにも成長してもらわねばならぬ。


 今回の「聖君子」の肩書は、真の意味合いとは異なる。


 法王・教皇・枢機卿すべての職責を担う唯一無二のこの国の決定権力を握る存在。

 それが「聖君子」である。


 アンドリューが懇願されたのは、まさしくこの「聖君子」であった。

 だが、アンドリューはそれを固辞した。

 自分にはふさわしくないと。


 アンドリューは罪の意識に苛まれていた。

 だがそれを抑え込めたのは自分の中で育ちつつある二つの生命、そしてこの世界の人々に対する慈愛である。

 如何に「神」の命令であろうとも、この世界に生きる人たちを無慈悲に切り捨てることはできなかった。

 新しい命ともども。


 「神の子」と呼ばれたディッセンドルフを今でも愛している。

 あの白い闇が覆う世界で、光の奔流に流されながら、自分を抱きしめて消えて逝った愛する男。

 きっと最初で最後の男。


 それでも、この世界の存続を自分は選んだ。

 これから生まれてくる子たちが、きっとより良い世界を作ると信じて。


「愛すべき世界の人々のため、この世界に戻ってきたアンドリュー・ビューテリウムです。」


 その言葉に観衆が、そして全世界の「神の言葉」教支部で空中に投射されたアンドリューを見ている人々がアンドリューの名を呼び、世界が震えた。


 投射されているものは、ロメン法国にあった魔導構成数式図の内の秘術、「空間投影図」と呼ばれる紋様である。

 多大な魔導力を使用するが、ロメン法国に従事するすべての魔導士がこの計画に参加していた。

 「大聖女」の「聖君子」に就任する祭事のために。


「わたくしはこの世界を愛しています。その世界の一助になれるのであれば喜んで、大任である「聖君子」に就くことにも恐れはありません。」


 アンドリューの言葉一つ一つに観衆が湧いた。


「ですが、私にこの美しい世界を愛することはできても、祭りごとを行う事は門外漢です。そこで実務は変わらず、現法王であるモードレッド・ルソー陛下、そしてフシテルム・ヨハネⅢ世教皇のもと、ロメン法国政府、「神の言葉」教総本部に託します。わたくしはそこで提議される案件、法律、行政活動に対して少しでもおかしなことがある場合の拒否権を有し、これをもってこの世界に貢献することを、皆様の前で誓います。」


 この瞬間、「大聖女」にして法王・教皇・枢機卿の上に立つ絶対権力者「聖君子」アンドリュー・ビューテリウムが誕生した。


 この日、一日中、民衆たちはアンドリューの名を叫び続けた。








 アンドリューがロメン法国の最高権力者になって、ロメン法国は巡教者たちが多く訪れるようになった。

 ただ、「聖君子」アンドリュー・ビューテリウムが「神の言葉」教総本部にいることは少なかった。

 それがフシテルム・ヨハネⅢ世教皇との契約の一部でもある。


 「聖君子」となったのち、無事に男女の双子を出産した。


 修道院の女性たちが、この「大聖女」の子供たちをしっかりと面倒を見ながら、アンドリューもまたシャカとマリアと名付けた子供たちと幸せな時間を共有していた。


 アンドリューは自分の仕事を、法王や教皇たちの監視だと考えていた。

 そのため、議会や閣議、教会指導者たちの案件は全て文章で提出を求めた。

 直筆で書かれるその文章は、文責を担った者の思念が色濃く反映される。

 それを読み取り、邪悪な思念が絡んでいるものはすべて拒否した。

 そのため、幾分風通しの良い国になったと思ってはいる。

 そうは言っても、行政をあずかる政府も、国民の代表である議会も「大聖女」を担ぎ上げねば国際社会で存在する意味がなくなることを充分に承知していた。

 「大聖女」が政治について素人であろうとも、その意見は十分に尊重する以外なかったのも事実であった。


 子供たちのことは既にロメン法国内でも、国際社会からも歓迎された。

 理知的な風貌の男児であるシャカ、既に母性の慈愛に満ちた女児マリア。

 その父親が「神の子」ディッセンドルフであることも公表されているが、その父親のディッセンドルフの消息、そしてアンドリュー失踪の5年間について、アンドリュー自身が語ることはなかった。







 双子が3歳になると、アンドリューは世界の各支部を視察することを表明した。


 この発表はロメン法国の報道官により公表された。

 既に国内の諸問題が解決に向かっており、国民たちも安定した生活を送れるようになった。

 その機会に各国への友好の使者として、「神の言葉」教支部への慰問も兼ねての外遊となったのである。

 ではあるのだが、既に10年近くの年月が過ぎたジョバンニュ・クリミアン連合王国への帰国がアンドリューの最大の目的でもあった。

 夫であるディッセンドルフの足跡を見てみたい。

 そして子供たちに、父であるディッセンドルフのことを話したかった。


 馬車に乗り、ロメン法国を出る。

 護衛の聖騎士が3名、馬に乗り随伴してくれた。

 今はロメン法国の顔となったアンドリューである。

 テロの標的になる危険性はどこにでもあった。


 10年前に比べると魔導士のレベルは確実に落ちている。

 現状の奇襲であればアンドリューの敵ではないが、こちらには二人の子供がいた。

 共にいる聖騎士に頼ることになるだろう。

 聞く話によれば、やはりバーニンガウ襲撃の時に地下空間で魔導人形のサポートをしていたらしいが、「聖君子」となったアンドリューに対して、絶対の忠誠を誓っている。

 それはこの3年間で分かっており、信頼している者だ。


 同じ馬車には、修道院から二人の侍女が乗っており、子供たちの世話をしてくれていた。


 そんな彼らを見ながら、バーニンガウ騒乱からそのままディッセンドルフと共にロメン法国の地下空間に来てしまい、聖騎士のウラヌスとマルス、侍女のマテリアがどうなったかを知らないこと思い出した。

 彼らは「聖女」に伴いロメン法国に向かっていた者である。

 それとなく侍女の一人に聞いてみたが、バーニンガウ騒乱についての詳しい話は聞けなかった。

 随伴する聖騎士も、地下空間にいた者であるから、分かる可能性は低かった。

 これはジョバンニュ支部で調べるのが一番早いようだった。


 「大聖女」一行はレオパルド連邦のレベッカ海峡を渡り、ジョバンニュ・クリミアン連合王国へ入国した。

 その間、レオパルド連邦の政府上層部からは歓待を受け、さらに被害の大きかった沿岸部の復興に目を見張った。

 レベッカ海峡事件から12年が過ぎていたとはいえ、奇病がはやり、2年以上放置されていた地域である。


 沿岸地域を管轄するレオパルド連邦海軍基地司令が、その件に関してアンドリューのおこした奇跡。

 即ち、奇病の根絶という奇跡によって、急ピッチで復興が行われたとその司令は涙ぐみながら語った。

 実際にこの指令の娘夫婦と孫が奇病にかかっており、アンドリューに命を救われた者であったそうだ。


 レオパルド連邦海軍の軍艦に乗艦して、レベッカ海峡を渡り、シーセキノ海軍基地でも歓迎会が催された。

 子供たちは大はしゃぎだった。


 ここからジョバンニュ・クリミアン連合王国の王都に向かう予定であったが、アンドリューは一行に遠回りを指示した。

 そこはかねてから行きたかった、そしていかねばならない場所であった。


 ルードヴィッヒ侯爵領、神聖マルヌク村。

 夫であるディッセンドルフの生まれ故郷であり、村人全員が死亡した「マルヌク村の虐殺」の場所でもある。

 その土地を改良し、北部のクラチモ村の住民を移住する計画をディッセンドルフが立案した村であった。

 国とルードヴィッヒ侯爵が資金提供を行い、管理運営をディッセンドルフの騎士魔導士学校での学友、サーマル/サーシャネルが行っている。


 アンドリューはその後の様子を見る責任があった。

 ディッセンドルフの妻として。


 急な目的地の変更であったため、神聖マルヌク村では何の準備もされていなかった。

 もっとも、この国でもアンドリューは元々人気が高い「聖女」を務め、さらにジョバンニュ支部聖長を努めていた身である。

 到着と同時にすぐに村の責任者が馳せ参じた。


 アンドリューはここに来た理由を離すと、すぐに伝令が走り、10分もしないうちに目当ての人物を連れてきた。


 彼女は子供を抱いて「大聖女」の前に跪いた。


「お久しぶりですね。サーシャネルさんとお呼びすればいいかしら?それともサーマルさん?」

「どちらでも結構ですが、こちらではハーマスと呼ばれることが一般的です。」


 声は明らかに女性なのだが、その喋り方は、以前会ったサーマル・テラノのものだった。

 今回のアンドリューの来訪に際して、相手を努めるのはサーマルであるらしい。


 一人の女性の身体に二つの魂を有する特異な人物である。


 この女性が自分の子供を抱きながら、アンドリューの連れてきた双子に視線を向けると、少し眉をしかめた。

 その表情を見たシャカがアンドリューの陰に隠れた。


「どうやら移住は成功したようですね、サーマルさん。」

「ええ、アンドリュー様。お陰様で私の出身地の者の殆どが移り住んでくれて、この計画の管理をしていた者としては嬉しい限りですが…。」


 そう言ってアンドリューの陰に隠れるシャカに目を向けていた。


「サーマルさん。紹介が遅れました。この二人の子供は私と夫、ディッセンドルフとの間に出来た子供です。男の子がシャカ、女の子がマリアです。そちらも以前夫が申していた方法で生まれたお子様ですか?」

「ええ、「大聖女」様。この半年ほど前に出産いたしました。本当であれば、お子様たちと仲良くして欲しいというところなんですが…。ディッセンドルフは、どうなりましたか?」

「詳しくは申せませんが…。今はもういません。」

「ああ、やはりそういう事なんですね……。」


 もう一度回り込むようにしてシャカに近づく。

 アンドリューは(イブカ)し気にサーマルの動きを見ていた。


 まさか、自分の子に危害を与えるような人ではないはずだが…。

 アンドリューは不安げにサーマルの行動を見ていた。


「やっぱりそういう事なんだろう、ディッセンドルフ!」


 サーマルがシャカに向かい、そう言った。

 それは確信を込めた言葉であった。


「えっ?」


 アンドリューの目が驚きで見開かれている。


「もう遅いよ、ディッセンドルフ。親友の俺が見間違う訳ないだろう。何があったかまでは全くわからんが、自分の子供の中に入り込むとは、本当にひどい奴だな。」

「そう言うなよ、サーマル。」


 シャカがアンドリューの陰から顔を出し、サーマルに向かってそう言った。


「そ、そうなんですか……、サーマルさん。ディッセンドルフ様が、旦那様が……。」


 今にも泣きそうなアンドリューを見上げ、シャカが子供らしからぬ言葉を返した。


「悪かったな、アンドリュー、ずっと黙っていて。あの俺の身体か消えるときに、全ての身体をエネルギーに変えてお前に送り、俺の魂を体内で成長していた胎児に潜り込ませたんだ。見つからなければいう気はなかったんだが。サーマルが異常に敏感に察しやがって。」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。気付けなくて、本当にごめんなさい。」


 そう言ってシャカを抱きしめ、大粒の涙をこぼしながらアンドリューがそう言った。

 抱きしめられながら、サーマルを睨むシャカ。

 それに微笑みで返すサーマル/サーシャネル。


「正確には俺の魂にシャカの魂が混ざってるんだ。出来れば知られずに守りたかったが、本当に悪かった。」

「そ、そうですよ、旦那さま。私が、私がどんな思いで、今まで過ごしてきたと……。」

「本当に済まない、アンドリュウー。」


 二人が抱きしめ会ってるのをマリアが、キョトンとした感じで見ていた。

 そんなマリアの頭をサーマル/サーシャネルが優しく抱きしめた。


「俺たちの子供の名前も紹介できてないんだが…、まあ、いいか。」


 サーマルはそう呟いて、再会を果たした二人を優しく眺めていた。


 完


これにて「神の子」、完結です。

最後に現代の日本が少し出てきます。この世界の未来が月の描写となっております。もう数十年前に構想し、いまだ頭の中で続いてる物語で、今回の話のキーワードでもある「神の自殺」はその時に発想しました。なので少しだけこの物語に混ぜてみました。いかがでしたでしょうか。

頭の中に会ったプロットからはかなり逸脱していましたが、結構自分が一番楽しみにしながら、ワクワクして書かせていただきました。「作者が一番の読者」とはよく言われますが、今回は特にそれを実感した次第です。

まだ連載を続けている「賢者の哀しみはより深く」にも共通しますが、魔術、魔法、魔導のエネルギー源は質量そのものです。これは「ファイブスターストーリー」でも使われた手法ですし、「暗殺教室」での殺せんせいではよりその実態として反物質が使われてます。

E=mc2なんて物理での指揮を出しちゃいましたが、これは質量とエネルギーが交換可能というモノです。理論をただ引用しただけで、そんなに物理詳しくないんで間違えてたらごめんなさい。

そんな観点でファンタジーを書いてみましたが、作者本人が楽しんでかけました。100話、約50万字と、いい感じの霧の良さでよくできたと自分で自分を誉めているところです。

とはいえ、おそらく多くの誤字脱字があると思います。教えて頂けると助かります。よろしくお願いします。

最後に、最後までお付き合いありがとうございます。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

よろしければ感想、コメントお手柔らかにお願いします。

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