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22/22

22 それぞれの明日

 県立南都高校の空手道部顧問の男性教員は首を傾げる。

 八月も下旬に入り、お盆休みも明けて部活の練習も再開された。残暑厳しい体育館には空手道部の他に卓球部とバスケットボール部が互いに遠慮をしながら練習に汗を流していた。そんななか、空手道顧問教員は秋の県大会に向けて今年こそはと意気込みも強かった。

 というのも、毎回初戦突破が目標の弱小部にとって、今回は旋風を巻き起こせるのではないかと期待を抱いていたからである。

 下級生と比べて実力の高い三年生がいっせいに抜けて大きく戦力がダウンするこの時期、どの高校もあわよくば上位入賞を目論むが、それだけが理由ではない。

 根拠は二年生の麦沢秀電だ。夏休みが始まった頃、他校──しかも強豪校の奈良翔徳館高校との練習試合で目覚ましい活躍を見せた。突然強くなった理由はよくわからなかったが、ともかく、この目で見たからには、いける、という手応えを感じていた。

 ところが、練習再開初日の今日、どうも雲行きが怪しい。

 今朝からいつもの柔軟体操から基礎練習を注意深く見ていたのだが、いまひとつ半月ほど前のキレがないのである。ずっと以前と比べてさほど変わらない動きに、これはどうしたことなのかと、顧問教員はいぶかっていた。こんな調子では今年も初戦突破が怪しい。

「おい、麦沢」

 と声をかける。

「ちょっと部長と組手をしてみてくれ」

 はい、と秀電と空手道部部長が返事をする。

 顧問教員の前に進み出て、対峙する二人。

 秀電の組手の相手は、部長を任せられているだけあって二年生でも一番の実力のある部員だが、それでも初心者ではない、という程度だ。それでウチのエースというのだから情けない話だが、それはともかく、麦沢秀電がこの部長と対戦して簡単に勝てないようでは県大会で勝ち進むことは到底無理だ。

「始め!」

 顧問教員が鋭く声を発すると、他の部員たちが注目するなか、礼、のかけ声とともに組手が始まった。

 練習用の約束組手ではなく、試合と同じ自由組手である。お互いがタイミングを計りながら攻撃する。

 が、秀電の攻撃が決まらない。防御され、攻撃に転ずるとポイントを取られ、逆に防御するとわずかにズレていて、相手にポイントを取られている。

「そこまで!」

 二分の制限時間がくる前に顧問教員は手を上げて、試合が終了する。8ポイント先取で部長の勝ちである。

 麦沢が決して手を抜いているわけではないのは、ずっと見てきていたからわかる。いつもの秀電に戻っていた。

 うう~ん、と腕組みをする顧問教員。

「わかった。各自、稽古を続けてくれ」

 はい、と全員が返事をした。

 秀電はホッとした面もちで他の部員たちとともに基礎練習を再開する。つっこまれたら困るな、と危惧していたのだが問われることもなかった。

 真実は語れない。

 突き指治療のために体内に注入されたナノマシンによって一時的に体のキレが常人離れしていたのだが、ナノマシンの寿命は短く、機能を失ってすでに体外に排出されてしまっていた。

 だからいくら期待されても、あの奇跡のような強さは戻ってこないのだ。

 もちろんそれでよかったと秀電は思っている。なまじ他者の力を得て強くなって試合に勝てたとしても、偽りの実力でつかみ取った勝利がうれしいわけがない。

 それに、そこまでガチなクラブ活動だという認識はなかった。優勝を目指すだけがスポーツではないだろう、と。練習試合をした強豪奈良翔徳館高校とは違うのだ。もっとも、彼らはおそらく秀電のことは覚えていて、公式戦で当たるとなれば、手を抜くことなく全力で挑んでくるだろうから、できれば当たりたくはないな、と思ったりする。コテンパンにされるのが目に見えるようだった。

「よし、基礎練習はそこまで。これより組手練習を始める」

 顧問教員の声が心なしか元気がないように聞こえたが、秀電は努めて気のせいだと思うことにした。

 ツクツクボウシの鳴く声がしていた。



 のちに、秀電の危惧は的中する。南都高校に「すごいやつがいるぞ」とのウワサが広がっていたのだ。秋の県大会で、その実力を見ようと、強豪校の部員はひそかに注目していたが、南都高校は早々に敗退し、結局、ウワサはデマであったと決着した。ちなみに優勝は、いつも以上に気を引き締めていた奈良翔徳館高校だった。表彰式に並ぶ彼らの顔には、どこかホッとする表情が見て取れたという。



 麦沢灯雅が飛び込んできたとき、梅山計輔と天岡幸信は激しく言葉を戦わせていた。

「どうしたんだ? 血相変えて」

 突然訪ねてきた灯雅を自室に迎え入れて、灯雅にそう尋ねた梅山のここは自宅である。

 冷房の効いた室内だったが、六帖ほどの広さなので、ひとり増えると途端に室温が上がった。

「まぁ、冷たい麦茶でも出してあげなよ」

 汗びっしょりの灯雅を見て、天岡は言った。

「あ、そうだな。ちょっと待ってくれ」

 部屋を出て行く梅山。

「練習中、邪魔して悪い」

 残った天岡に、灯雅は短く謝る。

「いいさ。ちょうど休憩したいな、と思ってたところだったから」

 さっきから声を張り上げて、傍目には口げんかでもしているような漫才の練習は予想外に体力がいった。

「梅山は熱心だな……。天岡もよくそれに付き合えるもんだ」

 九月の始め、大阪の生國魂いくたま神社では、芸の神様を祭る「八彦まつり」が行われる。芸、つまり、上方落語や漫才を生業とする芸人たちが、ファンと交流するお祭りなのである。

 今年、そこで素人の漫才コンクールが開かれるのだ。梅山が中学生の部で応募しエントリーが受け付けられ、それに向けての練習が始まったというわけだった。もちろん梅山は本気である。

「こっちの話はいいから、なにがあったんだ?」

「字川だよ」

「なんだ、そんなことか」

 聞くなり天岡は一蹴する。

 ドアが開いて、梅山がグラスに満たした冷えた麦茶を持ってきてくれた。サンキューと、差し出されたそれを一気に飲み干す灯雅。

「なんの話?」

 梅山は、外側に露がつく間もなく空になったグラスを受け取る。

 天岡は苦笑して、

「痴話げんからしい」

「ああ、そういうことか。ごちそうさま」

「まだなにも言ってないだろうが」

 灯雅はつっこんだ。

「字川が毎日家にくるんだよ。宿題も終わってたから、アレコレ引っ張り出そうとする」

「それはおめでとうさん」「よかったじゃん」

 冷たい反応が返ってきた。リア充のノロケにしか聞こえない。

「そうじゃなくて──」

 灯雅はおかれた状況をうまく説明できない。

「窮屈なんだよな、気ばかり使うし」

 互いを思う気持ちに温度差があるのは、どのカップルでも多少はあるだろう。相思相愛なんていうのは、滅多にない。

 その温度差が、灯雅と字川の場合は離れすぎていた。

「おまえらと遊んでいるほうが楽しかったよ」

「それを言っちゃあ、字川が可哀想だろ」

 冷静に、天岡は諭すような口調で。

「そういうのは経験して自分で解決して学んでいくもんじゃないのか。おれたちがどうにかする問題じゃないだろ。それに今、おれたちは忙しい。梅山がこのコンクールに並々ならぬ情熱を傾けているんだから」

 漫才の相方として、その夢に協力するのは心地よいものがあった。

「だからおまえと付き合っている暇はないんだ」

「ちょっと待てよ」

 しばし沈黙していた梅山が口を差し挟んだ。

「漫才を三人でやるのもいいかもしれないな」

「えっ?」

 おいおい、と天岡は動揺する。

「これまで練習してきたのはなんだったんだ?」

 梅山が書いた台本に沿って稽古し、修正しながら完成度を高めてきた。それをご破算にするつもりかと、かけてきた時間と労力を無駄にしたくはない天岡だった。

「おまえも気づいてたと思うけど、もうひとつパンチが足りないんだ。三人でやれば、もっと面白くなるかも。ほら、おれたち、三人とも幽霊を見たじゃないか」

 夏休みの直前、この三人が法隆寺付近に現れる怪現象の正体を突き止めようと、深夜に集まった。その後、怪現象騒ぎは収束したが、梅山はそれをモチーフにホラー漫才を仕立てようと取り組んでいた。恐怖と笑いの融合という異質なネタで挑むのは、奇をてらってでも優勝に近づきたいとの思いであった。

 怪現象の正体がなにかわかっている灯雅だが、天岡と梅山にはその顛末については黙っていた。それが内心気まずくて、

「それは……」

 と、二の足を踏んだような態度が出てしまう。

「今から台本を書き直すのか? それに、麦沢の気持ちも聞いてないし」

「漫才、やりたくないか?」

 梅山がまっすぐに灯雅を見る。純粋な目だった。本気で将来、漫才師になるつもりでいるのか、それとも単なる一時的な熱狂でいつか冷めてしまうものなのかは判じかねたが、このままだらだらと字川とだけの付き合いで終始するのはどこか消化不良の感が拭えないし、漫才コンクールに一枚かむのも面白いかもしれない。字川にも、遊べない、と申し開きができる。

「うん、協力するよ」

 そう言った。恋愛よりも友人どうしでバカをやりたい中学二年生の灯雅は、まだまだ子供であった。

「じゃ、台本を書き直して、三人でやるか。どういう構成にするか、これから議論しよう」

 梅山はノートを広げる。漫才のネタを書き込む、いわゆるネタ帳だ。びっしりと書き込みされたページをくっていき、じゃ、いままでの台本はこれだよ、と梅山は経緯を説明し始める。

 そこへ、また呼び鈴がなった。

 梅山がインターホンとつながったスマホを見て、

「来ましたぜ」

 灯雅に画面を向ける。字川が映っていた。

「麦沢くん、いるんでしょう?」

 スマホの画面のなかで、字川が尋ねる。

 灯雅は盛大にため息をついた。

「いない、と言っておくか?」

 梅山は同情してくれていた。

「麦沢くんの自転車が止めてあるんだから、いるってわかるわよ」

「あっ…」

「ぬかったな、おぬし」

 しまった、と顔をしかめる灯雅を、天岡が茶化した。グリーンのミニベロはどうしようもなく目立つ。

「観念しろ。それがリア充の運命さだめだ」

 灯雅はやれやれと立ち上がる。

「今日のところは退散するけど、さっきの話、忘れないでくれよな」

「字川を説得してくれるならな」

 梅山は、出て行く灯雅に声をかけた。

「ああ、やってみるさ」

 ドアが閉じる。

「忙しいやつだぜ」

 天岡は半ば呆れ顔で、

「で、どうする? 三人漫才ですすめる?」

「とりあえず考えてみよう。台本を手直しして面白くなるようなら三人でいこう」

「オーケイ。じゃ、どこから手をつける?」

「まずは冒頭だろ」

 梅山はシャーペンを手に、ノートを見つめる。そこには達成したい夢が載っていた。



 冬の空気が斑鳩の里に満ちて、朝日はまだ低い位置から目にまぶしい。

 静かな朝だった。早朝。周囲に人通りはない。

 通常空間へ出た直後、頭上の黒い渦は扉が閉じるかのように消滅した。

「こんどは無事に時間移動ができたな」

 隣に立つエミルを確認して、レイヤは言った。

「ホッとしたよぉ」

 エミルは笑顔でこたえる。

 竹薮が広がっているここは、法隆寺の北側の山の中である。

「時間に間違いないな」

「ええっと……うん、あってる」

 エミルは飛び交う電波を捕まえて、現年月日を確認した。昭和二十四年一月二十五日。法隆寺金堂火災の前日である。翌早朝の火災により、千三百年前の日本最古の寺院壁画、十二枚が永久に失われる。

 真夏のうだるような暑さが嘘のように寒さが厳しい。気温、摂氏三度。もちろん、ロボットである二人には寒さなど気にならないが、さりとて夏のような服装では住民に見咎められてしまうだろうからと冬服を着込んだ。

 戦後四年、日本の経済は敗戦のためにガタガタであった。なにもかもが不足していた時代である。服装も、この時代らしい地味で野暮ったい装いである。

「火事は、明日の朝七時ごろに発見される。その前に火元を絶たないとな」

 火事の火元は電気座布団だった。

 この時期、法隆寺は、戦争の前から続く昭和の大修理の真っ最中であった。戦争により工事は大幅に遅れていた。そんななか、解体修理中で建物上層部が取り外された金堂では、素屋根の下、足場を組んで壁画の模写が行われていた。なにもこの寒い時期にしなくても、といいたいところだが、金堂下層部解体修理によって模写作業の打ち切り期限が迫っていたため、暖房器具を持ち込んで作業していたのだ。

 火気厳禁で、ストーブの代わりに使っていた電気座布団であったが、当時の電気器具の性能や信頼度はかなり低かった。当たり前のように故障した。この電気座布団も使い始めて八日目で漏電した。

 火災を消し止めるのが目的ではない。火災が発生しないように工作するのだ。つまり火元である電気座布団に細工し、火が起きないようにする。座布団は全部で十三枚。ひとけがなくなった深夜、それら全部に処置するのだ。

 そのためにも、エミルとレイヤは、今から充電をしておかなければならない。

「夜まで時間があるから、わたし、ちょっと法隆寺のまわりを散歩してくるね」

 しかしエミルは、そんなことを言う。

 待てよ、と止める間もなかった。追いかけようとしたレイヤの足が動かない。電力が足りなくなっていた。時間移動で消費してしまっていた。朝日を浴びてソーラー充電が始まっていたが、まだまだ十分ではなかった。

「エミルはどうなってるんだ?」

 同じように時間移動したから電気を消耗しているはずなのに。

 だがエミルは、竹薮から出て細い山の道を歩く。

 金堂と同様に解体修理中の五重塔が見えた。仮の素屋根で覆われている。明朝の火災は、消火設備が貧弱なこともあって、五重塔まで燃え移らないかと心配されたらしい。

 舗装されていない道路は、明け方の冷え込みで霜が降りて白くなっていた。

 法隆寺周辺に立ち並ぶ住宅はどれも日本家屋で瓦屋根にテレビのアンテナはない。電柱は低い木製で、細い電線が頼りなげに渡してあった。

 遮る建物が少なく、一キロほど南に通っている、当時は国鉄だった線路を走るSLの煙が移動していくのが見えた。

「あれ?」

 エミルは急に動けなくなった。バッテリー残量が少ないことに気づいた。

「うっかりしてたなぁ」

 その場に座り込んだ。

 充電のため、そこで動かず乾いた冬の空を見上げていると、

「おねえちゃん、なにしとんの?」

 声をかけられた。

 振り返ると、十歳ぐらいの少年だった。頭は丸刈りで、背中には古びて破れかけたランドセルを背負っていた。学校へ行く途中のようだ。

「空を見てるのよ」

 エミルはこたえる。他に言うこともない。

「空? へんなの……」

 少年がつぶやくと、

「おおーい、麦沢~、なにやってんだ?」

 遠くから呼びかける声がした。少年の学友らしい。

「うん、いま行くよ」

 その声に少年が返事した。

「ねぇ、きみ」

 背中を向けて走り去ろうとする少年をエミルは呼び止めた。

「きみは、麦沢くんというの?」

「そうだよ」

 記憶にある顔に面影があった。そうか、と気づいた。

「そうなんだ……。ねぇ、学校が終わったら、ここにおいでよ。おねえちゃん、待ってるから」

 麦沢少年は不思議そうな顔をすると、返事もせずに走っていく。

 その姿が見えなくなるまで目で追うと、エミルは思わず笑みを浮かべた。

 ──この時代でも、また楽しめるかな。

 そう思った。



【完】

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