奴隷だった私は十八歳になる
今回から三章に入ります。
あれから三年の月日が経ち。イーラは十八歳になった。
「ピアーズ様、おはようございます。今日のスケジュールです」
イーラはそう言ってピアーズに書類を渡した。イーラは今ピアーズの秘書のようなものをしている。のようなものというのは秘書であるヴィゴの補佐のような仕事をしているからだ。勉強の成果が出て、使えると見込まれたので重要な仕事も任されるようになったのだ。
主にスケジュールの管理や書類の整理や制作をしている。
「それから、この書類に目を通してサインをお願いします。昨日の分も残ってますからそちらもお願いします」
「今日も多いな……」
「昨日もそうですけど、スケジュールが遅れ気味ですからさっさと済ませてくださいね」
そういうとピアーズは苦笑しつつブツブツ言う。
「厳しいな……昔はもっと可愛かったのに……」
「これが仕事ですから」
真面目に答えると、ピアーズはクスクスと笑う。
「まあ、俺が頼んでやってもらってる仕事だからな。でも、たまにはサボらせてくれてもいいのに……」
「駄目です。あと、この手紙にも目を通しておいて下さい」
「なんでお願いしたのに、増えるんだ……」
うんざりしたようにピアーズは言ってため息をついた。
ピアーズはあれから三年経ったのもあって、年をとりすこし落ちついた雰囲気も加わった。
もちろん相変わらず整った容姿に、少し鋭い目は変わらずだ。周りからは、落ち着いて色気が増したと評判らしい。
「そもそも、仕事が増えた原因はピアーズ様でしょ?ほら、早く仕事して下さい」
そう言ったイーラも三年前より成長した。背も伸びて女性らしい体つきに変わり、顔も大人っぽくなった。まあ、この国では16歳で成人なので、もう大人と変わらない。
キリっと真面目な顔をしてピアーズに指示した姿は、拾われて来た時の面影もない。
「ハイハイ」
おざなりな返事をしつつピアーズは仕事をこなしていく。
元々、ピアーズはとても忙しい人だったが、ここ数年新しい事業を始めたのもあってさらに忙しくなったのだ。
その事業とは学校の創立だ。しかも、身分もこだわらず人を集め、優秀な人物を育てようという方針で作った。
透真の異世界の話をヒントを得て、思いついたらしい。
しかし、最初は貴族からは"無駄なことをするな"と言われたり"平民に余計なことを教えるな"とか言われ反対され、批判された。
それでも、最近は少しずつ優秀な人材が育成され成果も出ている。
特に、平民からは貧しくても優秀な成績を残せば高給な仕事につけると評判がいい。しかも、その噂を聞きつけてこの州に移ってくる人も増えて、街もさらに栄えた。
因みに、そこの学校の校長先生はカーラ先生が就任することになった。イーラの家庭教師をしていたが、教えることも少なくなり屋敷の仕事の方が忙しくなったので、体が空いたのだ。
だから、その才能を放っておくのも勿体無いとピアーズが任命した。
今でも授業はあるが、少なくなってイーラは少し寂しかった。
「それじゃあ、しばらくしたらまた来ますから。進めておいて下さいね」
イーラはそう言い含めて、ピアーズの執務室から出た。そうして、次は秘書のヴィゴがいる部屋に戻る。こちらは机が沢山並べられ、ヴィゴやそれ以外の秘書達が忙しく働いている。
「お帰り、ピアーズ様の進み具合はどうですか?」
「一応、進めてくれましたけど、今日も量が多いですからね……どうなるか」
「まあ、それはしょうがないでしょう。それでも、イーラの言う事は素直に聞いてくれる方だから助かってます」
「そうですか?」
イーラはそう言った。確かに割りとピアーズはイーラの言うことは聞いてくれるがそれでも止められないことは多々ある。
そう、ピアーズはとても優秀な人なのだが、時々突拍子もないことをしたり独断で動いたり荒唐無稽なことを言い出す人でもある。
なにか、よくわからない者を拾ってくるなんていうのはまだましな行動だ。
それは組織のトップとしてはあまり褒められたものではなく、下の者はいつも振り回される羽目になる。
しかし、それで辞めていく者はほとんどいない。むしろ優秀な人材はどんどん増えているから不思議だ。
「イーラはピアーズ様のお気に入りですからね。それに優秀だから、いてもらって助かってる」
「そんなことないと思いますけど……」
イーラはそう言って苦笑する。ここで働いている人は本当に優秀な人ばかりで、イーラはついていくのがやっとだ。
そんな風に言ってもらえるほどではない。
それでもピアーズはイーラがまだ子供のころから近くにいるせいか、遠慮なしにものを言うからかピアーズは仕方がないなといった態度で聞いてくれる。
まあ、それでもイーラはさぼりたいと言うピアーズの気持ちも分かる。
ピアーズの仕事は多岐に渡る。イーラはスケジュールの管理をしているので余計に分かる。
イーラはそのスケジュールの管理だけで忙しい思いをしているのに、ピアーズはそれ以上のことをしているのだ、本当に凄い。
イーラはそのまま、席につき仕事の続きを進める。請求書作成と領収書の整理、それから今後のスケジュールの調整。
「じゃあ、打ち合わせに行って来ます」
ある程度進めたところでイーラはそう言って立ち上がった。
「ああ、頼む。あ、ついでにこれも届けておいて下さい」
「はい」
書類や荷物を届ける仕事は相変わらずイーラの得意技だ。その所為かよく頼まれる。
書類の束をバッグに仕舞い、ほうきを持つ。
そうして、いつも通り窓から飛び出すと、目的地に向かった。
「イーラ」
目的地に着くと、カイが下から手を振っているのが見えた。
カイは三年前はまだ見習いだったが、今はもう立派な騎士になった。
今はルカスの補佐のような仕事をしていて、毎日忙しそうだ。今日はピアーズのスケジュールの打ち合わせのためにきた。
「打ち合わせにきたよ」
「ああ、そうだった。ちょっと待って」
そう言ってカイは書類を取り、打ち合わせを開始する。
カイは難しい顔をしながら書類を見る。カイは三年前に比べるとまたがたいが良くなって、背丈も父親のルカスに追いついた。顔も凛々しくなって、どうやら女性からもモテているらしい。
迷子になって泣いてしまっていた頃を知っている身としては、なんだか違う人みたいだ。
「……じゃあ、こんなものかな。変更がある場合は言ってくれ。相変わらずピアーズ様は忙しいな……調整が大変だ」
ピアーズは軍人としての仕事もある、なのでこういった調節が必要になるのだ。
「まあね、でも一時期よりは落ち着いたし、まだマシなんだけどね」
「まあな」
学校を作るとなった時はもっと大変だった。やることが多くて分刻みのスケジュールを作り調節するだけで一苦労で、徹夜をする日もあったくらいだ。
「それじゃあ、行くね」
イーラはそう言って立ち上がる。
仕事はまだ沢山あるのだ。
「あ、そうだ。イーラ今度の休みっていつ?」
「え?休み?」
「また、街に遊びに行きたいなって思って。新しい演劇も始まったらしいし」
「あ、本当?いいね、私も見たいな。来週くらいには休みが取れると思うから行こうか」
「やった。じゃあ、日にちが決まったら教えて」
イーラとカイは今でも仲のいい友達だ。変わったのは遊びの種類が街に行って、買い物をしたり劇を見ることに変わったくらいだ。
「お前ら、相変わらず仲いいな」
近くにいた、カイの同僚がからかうように言った。
「うん。そうだよ、昔からの友達だもん。ね?」
「友達……う、うん。まあ、そうだな……」
イーラが言うと、何故かカイはちょっと悲しそうに言った。
「どうしたの?」
「い、いや。何でもない」
「そう?……じゃあ、私行くね」
いつもと違う雰囲気に少し気になったが、イーラはほうきに乗って次の仕事に向かう。
改めて考えると、凄いことだ。カイは貴族という立場なのに、関係なく接してくれる。
でも最近カイは一緒いにる時、イーラをじっと見つめてきたり。たまに変な顔になったりする。なにか悩み事があるなら言って欲しいが、聞いても何でもないと言われてしまう。
やはり、ある程度の溝はしかたがないのだろうか。
仕事をしていると、あっという間に食事の時間になる。
イーラは食堂に向かった。今日はヘンリーに用事があったので、そのままキッチンに入る。
「ヘンリーいる?」
「うん?何だ?」
ヘンリーはいつも通り、キッチンで忙しそうに料理を作っていた。イーラの声に振り向いて挨拶する。
三年経って、ヘンリーも立派な料理人になった。最近は下の人に指導する立場になり、忙しそうだ。
「忙しいときにごめんね。経理から書類を預かってきたの。提出してもらった領収書に不備があるって」
「はぁ?まじかよ……」
ヘンリーはがっくりしながら書類を受け取る。ヘンリーは料理は得意だがこういう書類仕事は苦手なのだ。
「ここに記入漏れがあるよ。あと、ここの単語間違ってる」
「うう、ありがとう。助かる。まさかあの小さかったイーラにこんな事を教わることになるなんて……それにしても細かいな……」
「しょうがないよ。正確に記入しないと後から困るから……あと、こっちの経費に出した領収書は認められないって」
「ええ!なんでだよ、新作の料理に使うために買ったんだぞ」
「そうは見えないから返されたんだよ」
きっぱり言ったイーラの言葉にヘンリーはまた、がっくり項垂れる。
「昔は可愛かったのに……こんなに厳しい子になるなんて……」
「美味しいごはんを作り過ぎたね」
イーラがそう言うと、ヘンリーは苦笑する。
「自分の才能が恨めしい」
「しょうがないな……ここを変えたら経理を通るから、こっそり変えといたらいいよ」
仕方なくイーラはこっそりとアドバイスする。ヘンリーのお陰でここまで成長できたのだ。
「マジか!ありがとう」
「じゃあ、私は行くね」
「あ、イーラ。おやつ作ったんだ。持っていけ」
「……私ももう子供じゃないんだから。おやつなんていいよ……」
イーラはちょっと困った顔で言う。ヘンリーはイーラをまだどこか子供だと思っているのかこんな風にやたらとお菓子をよこしてくる。
「何言ってんだ、お腹空いた時に困るだろ。ほら」
そう言ってヘンリーに押し付けられてしまった。まあ、ヘンリーの作るお菓子は相変わらず美味しいので、結局全部食べてしまうのだが。
とりあえず、これで今日の仕事は終わりだ。
食事が終わると、イーラは自分の部屋に戻った。




