奴隷だった私の初めての喧嘩
イーラ達は森を抜け、森の外で待っていた人と合流する。
「なんだか、あっという間だったね」
馬から馬車に乗り換えて、ホッと一息ついたイーラがそう言った。イェンセンのところには少ししかいなくて、行き帰りの方が時間がかかってしまった。
それでも、もう終わったのだ。色々ありすぎて一言では言い表せない。
向かいに座っていた透真もホッとしたように言う。
「本当だな。まあ、無事に帰れそうで良かった」
「透真はこれからどうするの?」
イェンセンの性格は最悪だったが、物知りで知識が深いことは確かだった。お陰で知りたいことは知る事ができた。
あとは、この後どうするかを考えないと。
「とりあえず、首のチョーカーを外したいな」
「そうだね」
一番の脅威だ。透真としてもこんなものいつまでも着けていたくないだろう。
「ピアーズの屋敷に戻って、少し休憩したら素材を取りに出ようと思う」
透真はそう言った。
イェンセンは危険な場所にあると言っていたが、旅になれていて魔力も潤沢な透真なら、そこまで苦労しないはずだ。
「気を付けてね……」
「まあ、あてもなく何かを探すよりは場所も物も分かっているから、今までよりは気が楽だよ」
透真は無理矢理、明るく笑った。
「その後は?」
「そうだな……。元の世界に戻るのは無理そうだし……」
透真はそう言って頭を掻く。
「そうだね……」
話を聞く限り、無理をして帰っても元の生活に戻れる保障はほとんどない。それに、妹の沙知がもう元に戻らない時点で全てが元通りになる事はない。
「一つ、気になっている事はある」
透真が考えながら言った。
「なに?」
「暁斗のことだ」
「今の勇者?」
「そう、イーラの話を聞く限り人間の話を信じ切ってるみたいだが。騙されていることを知らせようと思うんだ。義理は全くないけど、同郷の人が騙されているのを見て見ぬふりをするのも気が咎めるし……」
確かに全く知らない人間ではあるが、同じ立場として放っておくのは目覚めが悪い。
「チョーカーが無くなったら近づくのも危険じゃなくなるもんね」
イーラがそう言うと、透真はうなずく。
今まではそれが、一番ネックだった。勇者の近くにはチョーカーを爆発させられる魔法使いがいる。下手に近づけばもろとも爆破させられていただろう。しかし、チョーカーが外せればなんとかなるかもしれない。
「上手くいくといいね」
「この世界の人間が言うより、同じ世界の者が言う方が説得力はあると思うんだ」
「確かに……」
イーラが聞いて分からなかった言葉がわかるなら、透真も召喚されたいうことはすぐに分かるだろう。
「それで、味方にでもなってくれたら心強いんだけど。上手くいくかどうか分からないけどね、何かあったら手紙でも書くよ」
「気を付けてね……」
イーラはそう言った。
改めて透真を見る。酷く落ち込んでいた時よりは、だいぶん明るい表情に戻った。
イーラはそのことにホッとする。それと同時にすごく、不思議な感覚になる。
イェンセンはイーラの魂は半分が透真の妹だと言っていた。と言うことは、透真は血は繋がってないが前世の兄ということになる。
一緒にいて安心出来ると思ったのもその所為だろう。兄と言われてむしろしっくり来たくらいだ。
もうすでに、なんだか身内になったような気さえしていた。
「透真。今回は俺も色々助かった。何か必要な事があったら言ってくれ」
ピアーズが言った。
「いや、俺こそ色々助けてもらって感謝してる。ピアーズには借りばかりだよ。……ただ、人間と戦う時に手伝ってくれって言われても、俺は参加できそうにない」
「いや、手伝ってくれたら嬉しいが流石にそれは頼まないよ。敵にはならないでいてくれたら助かるってくらいだ」
ピアーズは首を振って答える。透真は人間と魔族の争いに巻き込まれたのだ。どちらの味方にもなれないというのはよくわかる。
「流石にイーラがいるのにそんなことしない。あ、そうだ……一つ頼みたいことあるんだ……」
「なんだ?」
「イーラの事を頼む。もう、兄妹じゃないけど、妹も同然だ。流石に今の俺じゃ何もしてやれないし、ピアーズのところにいた方が安心だ」
透真はそう言って、イーラの方を見た。
「透真……」
透真もイーラと同じように兄妹のように思っていてくれたのだ。なんだか嬉しかった。
「ああ、もちろんだ」
ピアーズはそう言ってイーラの頭を撫でる。何故かピアーズは少し複雑な表情をしていた。
そんな会話をしつつ、一行は屋敷に帰った。
屋敷に帰ると、のんびりする間もなく忙しい日々が待っていた。
ピアーズがいなかった間に出来た仕事や旅の後始末をする。
透真も次の旅に向けて準備をしているようだ。
そうして、数日たちなんとか落ち着いてきた頃。イーラはずっと考えてきた事をピアーズに提案してみた。
「勇者に?」
今日もいつも通りイーラは夜、ピアーズの部屋にいた。
ピアーズは相変わらず忙しいようで、ベッドで寝転びつつも、書類を読んでいる。
イーラは寝る準備をしながら、何気なく考えていた事を言ったのだ。
「透真の助けにもなるし、魔族側にも有利に働くと思うんです」
その提案とは、今の勇者暁斗のことだ。
透真はなんとか暁斗に本当の事を伝えて助けたいと言っていた。
だから、それを助けるためにイーラも暁斗に近づき、透真の助けになれないかと思ったのだ。
少なくとも、暁斗はイーラを嫌ってはいなかった。むしろ、積極的に守ろうとしていたしイーラが疑われそうになった時も疑いも持たず、イーラの言った事を信じた。
しかも、ピアーズが迎えに来ても最後まで、それを信じていたようだった。
むしろ、イーラに対しては好意があるように見えた。だから、上手く誘導すれば説得も楽なのではないかと思ったのだ。
暁斗が信じてくれたら、ピアーズも人間との戦いが楽になる。
そう考えたのだ。
だから、イーラは当然ピアーズは賛成してくれると思った。
「絶対に駄目だ」
ピアーズは間髪入れずにそう言った。
「え?で、でも、そんなに危険なこともないし。やってみてもいいんじゃ……」
きっぱり言われてイーラは少し狼狽える。しかも、ピアーズは少し怒ったような声色だった。
「駄目だ」
またもや、取り付く島もなく言われた。何がそんなに駄目なのか分からなくてイーラは、少し腹が立った。
「魔法でそこそこ戦えるようになったし、いざとなったら逃げられるし大丈夫だよ」
イーラはさらに言った。
向こうはハーフのイーラが魔法を使えるとは思わないだろうし、不意をつける。
「戦えるとかそういう問題じゃない。今度行けば何かされるぞ。向こうは絶対に下心があるんだ」
ピアーズはさらに険しい顔をして言った。
「だから、いざとなったら魔法を使って逃げれば……」
「もし、逃げられなかったらどうするんだ、取り返しのつかない事をされて後悔するぞ」
「べ、別にそれくらい平気です」
イーラは元々奴隷だ、下手をすれば体を売るような店に売られていてもおかしくなかったのだ今更だ。それに、ユキも少し痛いだけだって言っていた。
そう考えれば、モンスターと戦うことに比べれば楽だ。
そう思っていると、突然ピアーズがイーラを掴み引き寄せ。ベッドに押し倒した。
「っきゃ!」
両手を押さえつけられまったく動けない。イーラは驚いて固まる。
「ほら、逃げてみろ」
完全に覆いかぶさられていることもあるが、ピアーズがいつもと違う雰囲気でイーラは頭が真っ白になる。
そのまま、ピアーズの顔が近づいてきた。
体を洗ったばかりで濡れた髪がイーラの額に触れそうになった。
「い、嫌!」
イーラはやっとそう言った。なんとか逃げようと体をよじると、ぱっと体が軽くなった。ピアーズが離れたのだ。
イーラは慌てて体を起こし、少し離れたところで寝ていたサーシャのところまで逃げ抱きつく。
寝ているところに突然抱きつかれて、サーシャは驚いて起き、不思議そうにイーラを見た。
「ほら見ろ、だから言っただろ。あの勇者はここでは止めないぞ」
ピアーズは呆れたように言う。
「…………」
イーラはサーシャに抱きついたまま、黙り込む。ピアーズはため息をついた。
「今日は、一緒に寝なくていいのか?」
「…………」
イーラは相変わらず、固まったまま何も言わない。
ピアーズは呆れたようにため息をはくと「まったく……」と言った。
「じゃあ、おやすみ」
ピアーズはあっさりそう言うと、灯りを消してしまった。
イーラはそれでもサーシャにしがみついたまま固まっていた。サーシャは何がおこったのか分からないようでピアーズとイーラを交互に見て、よくわからないなりに、慰めるようにイーラの頬を舐めた。
怖かったのは本当だが、心臓が痛いくらいに高鳴っている。色々な感情が渦巻いて動けない。
のしかかってきた体の重さとか、じっと自分を見る鋭い目が蘇る。
いつもと違う顔で、なんだか違う人みたいだった。
それと同時になんだか腹が立ってきた。
「あんなの、ずるい……」
誰にも聞こえない声でぼそりと言った。
あんな風に不意打ちされたら何も出来ない。でも警戒してたら、あんな事ないはずだ。
それでも、だんだん自信がなくなってきた。
イーラはチラリとピアーズの方を見る。
ピアーズはもう、何もなかったようにいつも通り眠っていた。イーラはまた、無性に腹が立ってくる。
イーラにそんなことはダメだと言うが、ピアーズだってたまに、夜遅くにどこからか帰ってくる時がある。明らかにいつもと違う甘い匂いがしていて、いわゆる春を売るお店に行っている事くらい知っているのだ。
ムカつくので、今日はサーシャと一緒に寝ることにした。もう一度、チラリとピアーズを見る。
相変わらず何もなかったように寝ている。なんだか自分ばかり動揺しているようで釈然としない気持ちになる。
それに、ピアーズと一緒に寝ないのは久しぶりで、それも落ち着かない。こっそり戻ろうかと思ったが、思いとどまる。
「私だって、一人でも寝れるもん」
イーラはそう言って目を閉じた。しかし、結局その日はなかなか眠ることはできなかった。
その後イーラは、往生際悪く透真にも勇者に近づく案を話してみた。
透真が賛成してくれればピアーズも考え直すかもと思ったのだ。
しかし、話した途端に凄い剣幕で怒られた。
しかも、そのままこんこんと一時間ほど説教され、絶対に暁斗に近づかないと約束させられてしまった。
イーラも流石にここまで反対されてしまったら諦めるしかない。
そうして、イーラは暁斗を説得することは諦めたのだった。
今回で二章は完結です。ブクマや評価ありがとうございました。
次から三章になります。次回もよろしくお願いします




