奴隷だった私と元勇者
「……へ?元……勇者?」
イーラは元勇者という言葉に、ただでさえ混乱していた頭が更に混乱する。聞き間違いだろうか?
改めてその元勇者を見る。その姿は他の人間と変わらない。黒い髪に服は旅人がよく着ているものだ。年齢は三十歳くらいだろうか。その表情には疲れが刻まれていて、年齢がよくわからない。髪もあまり手入れしてなくて髭も生えっぱなしになっている。それもあってイーラは彼を不審者だと思ったのだ。
しかし、ピアーズが言うように勇者にはまったく見えない。しかも、元というのはどういうことだろうか?
イーラの混乱した様子にピアーズは苦笑する。
「これは、説明しないとわからないだろうな。……しかし、どこから話すか……」
ピアーズはそう言って、思案するように手を顎に置きつつ話し始める。
「以前、人間が呼び出した勇者について話しをしただろ?」
「はい」
イーラは頷く。ついでに森で会った暁斗のことも思い出した。
「透真は暁斗の前に呼び出された勇者なんだ」
「暁斗の前?」
そういえば、人間は何度も繰り返し勇者を召喚しているとピアーズが言っていた。
「そう。透真は三年前勇者として呼び出されたが、透真は人間に騙されていることに気が付いて人間の国から逃げてきたんだ」
そう言ってピアーズは透真の方を見る。すると透真が引き継ぐように言った。
「そうなんだ、俺は、召喚された時から俺は勇者とかって話を信じられなかった。だから、信じたふりをして、自分で色々調べたんだ。それで、俺の前にも何人も召喚されていたことを突き止めたんだ」
透真は苦い顔をして話す。そしてそのまま続ける。
「それで、なんとか隙を見て逃げた。でもなんとか逃げられたのはいいものの、人間からは追われるし。魔族の国にも行けなくて。国境近くでウロウロしてた時に、偶然ピアーズに出会ったんだ」
「あの時は本当に死にそうな顔だったから、何かあると思った。それで、話を聞いたら勇者をしていたと聞いて驚いた」
ピアーズは苦笑する。透真も少し懐かしそうに続けた。
「かなり限界が来てて、自暴自棄になってたから助かったよ。その後は勇者を作り上げる仕組みや、人間側の情報を渡す代わりに、この屋敷の裏の森に匿ってもらったり、金銭面で援助してもらったりしてたんだ」
「そんなことが……」
イーラがそう言うと、ピアーズはイーラに向かって言った。
「俺が勇者について詳しかったことに、疑問に思わなかったか?」
イーラは、そう言われて確かにその通りだと思った。ある程度、推測したり調べたにしても人間側にいないとわからない事も知ってした。
「詳しかったのは、透真に色々事情を聞けたからだ」
「なるほど……」
確かに元勇者から聞いたのなら、詳しくて当然だ。
「それで今日は、新しい勇者が見つかったから、透真にも色々アドバイスを貰おうと思って、屋敷に呼んだんだ……」
ピアーズが苦笑しながら言った。透真は呼び出されて屋敷に向かっている途中に、イーラに出会い不審者と思われてしまったのだ。
まだ混乱状態だが、話は分かった。落ち着いて見てみると、透真の首には暁斗が付けていたチョーカーのようなものが付いている。
「そんな事より、沙知の事だ。お前は沙知なのか?」
透真がじれたように、そうに言った。
「さっきも聞いたがそれはどういうことだ?イーラはイーラだろ?」
ピアーズが不思議そうに聞く。
「えっと……私もよくわからない。サチって誰?」
気を失う前に透真がそう言っていたのは覚えている。しかし、サチなんて聞いたこともない名前だ。
「だって、お兄ちゃんって……そんな事言うのは妹の沙知だけだ」
透真が混乱したように言った。
「え?私、そんな事言ったの?」
確かに、頭に浮かんだ言葉を言ったのは覚えている。しかし、言葉の意味は分からなかったのだ。
「そうだ、しかも日本語で……この言葉をこの世界で聞くことなんてなかった。だから、沙知以外考えられないんだ」
透真が必死にそう言うが、余計にイーラの頭にははてなマークが飛んだ。
「に、日本語って何?あの言葉は日本語っていうの?」
「日本語は俺達の世界の言葉だ。どういうことだ?わからず喋ってたって事か?そんな事あり得るのか?」
お互いよくわからないの、にさらに混乱してくる。
「まあ、少し落ち着こう」
ピアーズが間に入ってそう言った。
「イーラ倒れた時、何があったか詳しく教えてくれるか?」
さらにピアーズがそう質問した。
イーラは言われた通り、思い出してみる。あっという間の出来事で、よく覚えていないが順番に思い出しながら、何があったかを話した。
「つまり……顔を見たあと、頭に浮かんだ言葉を言ったら、透真がイーラの事を沙知だと言って。イーラは気を失ってしまったってことか」
ピアーズがそう言ってまとめた。イーラは頷く。改めて聞いても、何がなんだか分からない。
「それにしても、なんでイーラは透真を見てそんな言葉が出たんだろうな。透真は心当たりあるか?」
その言葉に透真は首を横に振る。そして悲しそうな顔をして話し始めた。
「俺が召喚されたのは学校の帰りだった。丁度、沙知と帰りが一緒になって、偶然だななんて話してた。もうすぐ家に着こうとしたところで、突然足元が抜けて落ちたんだ。その時、沙知も一緒に落ちた。咄嗟にお互いの手を掴んだから、一緒に落ちたのは確実なんだ。でもこの世界に来た時、気が付いたら沙知はいなかった……」
思い出したのか透真は悔しそうに拳を握る。そうしてさらに続けた。
「だから、神に選ばれた勇者だとか言われても信じられなかったんだ。そんな風に人を選んだり出来るなら、妹を巻き込まないことぐらいできたはずだ。ここの人間のためなんだと偽善的な事をいう癖に、妹の事はないがしろにする神なんて、どちらにせよ俺にとって悪魔と変わらない」
「それがきっかけで疑うようになったのか……」
ピアーズがそう言うと、透真は頷く。妹の話はピアーズも初めて聞いたようだ。
「そう。そして、召喚されたその勇者達が軒並みいなくなっていることも突き止めた。それで、選ばれた勇者なんて存在が嘘だった分かったんだ」
「なるほど……」
「今は、身を隠しながら、一緒に落ちたはずの妹を、ずっと探してた。この世界のどこかにいるかもしれないと思って……」
透真は悲しそうに肩を落す。
「そう言うことだったのか……」
ピアーズがそう言った。
「ここに落される直前のことは、今でも思い出すんだ。沙知とは本当の普通のいつも通りの会話をしてた。お腹すいたとか、晩御飯なんだろうねとか本当に何気ない会話で……それなのに、いきなり……」
透真が悲しそう言っている姿を見て、イーラは胸を締め付けられた。きっと、透真はここまでくるまで色々な事があっただろう。召喚されただけで大変なのに、そこから逃げ出し知り合いのまったくいない世界で一人、死ぬ危険と隣り合わせで生きてきたのだ。
「イーラ!どうしたんだ?」
ピアーズが驚いたように言った。それで気が付いたイーラの目から涙がこぼれていたのだ。
「え……?なんで……」
何故だかは分からないが涙は後から後から流れて止められなかった。それと同時に初めて透真を見た時に感じた感情がまたどっと押し寄せてきた。
今ならなんとなくどういう感情なのか分かる、悲しさとか苦しいとか辛い気持もあるが嬉しさとか懐かしさもある。それがいっぺんに襲ってくるからわけがわからなくなるのだ。
「沙知!……」
透真がそう言って、イーラを抱きしめた。初めてのはずなのに何故か懐かしいと感じる。それと同時にまた知らない言葉が頭に溢れてきた。イーラはその言葉を口にした。
「『お兄ちゃん、お兄ちゃん……会いたかった。……家に帰りたいよう』」
「……!!沙知!」
透真がさらにギュッと抱きしめて堰を切ったように泣き出した。
その言葉が一体どんな内容なのかは分からない。
相変わらず沢山の感情が渦巻いていて苦しい。
イーラはそのまま、透真を抱きしめ返す。涙は相変わらずこぼれて止まらなかった。
そのまましばらくイーラと透真は抱きしめ合いながら泣いた。




