奴隷だった私は不審者と出会う
今日もイーラは屋敷内をほうきで飛び回りながら、仕事をしていた。
「お届け物です」
「イーラか。何を持ってきてくれたんだ?」
「今回は手紙だよ」
イーラはそう言って、手紙をアーロンに渡した。
アローンはこの屋敷の警備長をしている。三十歳と若いが剣の腕は確かで、とても強いらしい。
しかし、一見すると気のいい青年と言った感じだ。イーラにとっては優しいお兄ちゃんのような存在だ。子供の時はよく遊んでくれたり、仕事をさぼってこっそりと絵本を読んでくれた。
「友達だ。ありがとう」
アーロンはそう言って手紙を受け取った。屋敷にいる使用人の多くはこの屋敷で暮らしている。だから、こうやって外から手紙が届いたりするのだ。
「どういたしまして。逆に、何か届ける物はない?」
「んー、特にないかな。この手紙の返事を書いたら、また頼むよ」
アーロンはそう言って手紙を振りながら言った。
「分かった」
「……そう言えば、最近、森でカイと仲良く何かしてるみたいだな」
アーロンは頭を掻きつつ言った。
「え?な、何のこと?」
イーラは慌てて誤魔化ように言った。
「まあ、変なことしてないみたいだからいいんだけど。怪我だけは気を付けろ。ピアーズ様も心配してた。あと、森の奥の方にはあんまり行くなよ」
誤魔化すように言うイーラに、アーロンは苦笑するだけでそう言った。全部ばれているようだ。しかも、ピアーズにも知られていた。
「はーい」
そんな返事をして、イーラは次の仕事に向かった。
「まさか、ばれていたとは……」
イーラは頭を掻きながらそう呟いた。まあ、必死に隠していたわけではないからいいのだが、こんなに簡単にばれるとは思ってなかった。
ここで働いている人は、みんな有能で優しい人ばかりだ。王都や砦に行ってそれを余計に感じた。
きっと、たまたまではない。みんなピアーズの人となりに惹かれてやってくるのだ。
イーラはここに来られて本当に良かったと思った。
しばらくすると、仕事がひと段落する。
次はカーラ先生の授業だ。
しかし、少し時間があるので、イーラはいつも通りこっそり森に向かった。いつも、これくらいの時間に森で特訓しているので、カイもそのうち来るだろう。
「それにしても、心配しすぎだよね……」
イーラはポツリと呟く。森には確かに危険な動物やモンスターがいる。しかし、特に危険なモンスターがいるのは森のかなり奥だ。そう簡単には出会えない。
それに、イーラも今では、そこそこ戦えるようになっている。無理をしなければそんなに危ない事はない。
そんなことを考えながら歩いていると、森の奥で物音がした。
「なに?」
イーラは咄嗟に木の陰に隠れる。言っているそばから、モンスターが出たのだろうか。
しかし、違った。あらわれたのは人のようだった。しかも、屋敷では見かけたことがない人物だ。
幸いなことにイーラの事は気が付かなかったようだ。
ローブを深くかぶっていて顔は分からないが、
その人物はキョロキョロ周りを警戒しつつも、真っ直ぐ屋敷の方に向かっている。
あきらかに不審な人物だ。
「どうしよう……」
かなり怪しい人物だが、どうするべきか分からない。迷っていると、カイがこちらにやって来るのが見えた。
イーラは慌てる。このままではカイと怪しい人物が鉢合わせてしまう。
「カイ!気を付けて!」
イーラは咄嗟にほうきで飛び上がり警告する。カイはその声で怪しい人物の気付き身構え、剣を抜いた。
しかし、当然怪しい人物もその声でカイとイーラに気が付く。
身構えて動揺したような身振りをして、横に向かって逃げた。
見つかった途端、逃げるなんて怪し過ぎる。
「何者だ?」
「分からない。とりあえずアーロンに知らせて。私は後を追う!」
「イーラ無茶するな!」
カイは止めたが、その時にはイーラはもうその怪しい人物を追っていた。
「待て!」
イーラは持っていた小石に魔力を込め不審者に飛ばす。これは、カイと特訓の中で編み出したものだ。
以前から同じような事は出来たが、より鋭く精度を高めた。
しかし、逃げた男はひらりと躱し。しかも魔法で攻撃を撃ち返した。
「え?きゃあ!」
その魔法は、イーラのものより数段鋭く威力が高かった。
なんとかギリギリ躱したがほうきにかすって、イーラは体勢を崩して地面に落ちてしまう。なんとか着地出来たものの、今度は不審者がこちらに向かってくる。
イーラは身構えるが防ぐにも攻撃するのにも時間がない。もうダメだと思ったが不審者がイーラの顔を見て動きを止める。
「お、女の子?」
不審者はそう言うと動揺したように後ずさった。
その一瞬の隙をついて、イーラは態勢を整えると呪文を唱え地面の石を飛ばして攻撃する。
「っく、外した」
しかし、呪文を唱えている間に相手は身をひるがえし、また逃げてしまった。イーラはすぐに持っていたバッグからロープを出す。
そのロープは先端に重りがついているものでモンスターを狩る時も使った。
投げて足に絡められれば、足止めできる。
イーラはこの道具に魔力を込めた。
「しつこいな」
「待て!」
不審者は素早くて足では追いつけそうにない。イーラは魔力を込めて重りを投げる。わずかに外れるが重りはイーラの操作で不審者の足に絡みついた。
「うわ!」
不審者は見事に転んだ。
「捕まえた!大人しくしろ!」
イーラは不審者に駆け寄り、バッグから短剣を出す。大きな剣は力の弱いイーラには扱いきれないので短剣しか持てない。しかし、魔力を込めればモンスターの硬い皮膚でも貫く。
短剣を不審者に突きつける。
「っく……!」
不審者は地面に倒れて身動きが取れないようで、体だけこちらに向け身構える。
その時、ローブがはずれて不審者の顔が露になった。
どんな奴だと不審者の顔を見た途端、イーラの体が動かなくなる。
「な、なに?…………っ!!!」
しかもそれと同時に頭の中が、聞き覚えのない言葉で一杯になる。それはあまりにも、強い言葉で誰かが叫んでいるようだった。
「な、なんだ?」
不審者はいきなり様子のおかしくなったイーラに唖然としている。しかしイーラはそれどころではない。頭を埋め尽くす言葉で、何も考えられない。
イーラは耐えきれず頭の中で響くその言葉を叫んだ。
「『お兄ちゃん!』」
不審者は目を見開く。
しかし、言ってみたもののイーラの状況はかわらなかった。頭の中の大声は収まることもなくさっきより酷くなって、頭がグラグラしてきた。
その時、不審者が思いがけないことを言った。
「お兄ちゃんって……もしかしてサチ?サチなのか?!」
イーラはサチじゃない、不審者が何を言っているのか分からない。しかしその言葉を聞いた瞬間、よくわからない感情が一斉に襲いかかってきた。
「……!」
イーラはもう不審者を捕まえることなど、もう頭にはなかった。
足に力が入らなくなって、地面が揺れたと思ったら、イーラは地面に倒れていた。
「イーラ!」
遠くから、カイが呼ぶ声が聞こえる。
頭がグラグラして、視界が歪む。
体が動かない。
そのままイーラは、意識を失った——
イーラは夢を見ていた。
夢の中でイーラはまったく見覚えのない世界で暮らしていた。どうやら両親がいて友達も沢山いるようだった。
何だろうと思っていると、さっきの不審者が出てきた。
何故かイーラはその人と親しいようで『お兄ちゃん』と呼んでいる。
初めて会ったはずなのにイーラは懐かしいと感じている。
ぼんやりとそれを疑問に感じていると突然頭が覚醒していくのを感じた。それと同時に、イーラを呼ぶ声が聞こえた。
「イーラ、イーラ……大丈夫か?」
「ピアーズ……様?」
目を開けると、ピアーズが心配そうに覗き込んでいた。その後ろにはカイもいる。
「イーラ!目を覚ましたのか?」
カイもか駆け寄って来た。
イーラはゆっくり起き上がる。体に痛みはない。
「私……どうしたんだっけ……」
頭がぼんやりしてなんで、こんな状況なのか思い出せない。それと同時にさっきまで見ていた夢もぼんやりとしていて思い出せなくなっていた。
「カイ、一応医者を呼んで来てくれ」
「あ、はい……」
ピアーズがそう言うと、心配そうにしながらもカイは部屋を出て行った。
「イーラ、何があったか思い出せるか?」
「えーっと……不審者がいて、それを追いかけたら……私……」
一気に記憶が蘇り、何故か不審者の顔を見た途端、体が動かなくなって意識を失ったことを思い出した。
「思い出したか?」
「はい……でも、なんで倒れたかはよくわからなくて……そう言えばあの不審者は?」
「ああ、ここにいる」
ピアーズがそう言って後ろを振り返る。すると、物陰からあの不審者がそろりと出てきた。気遣うようにイーラの様子を伺っている。
「大丈夫か?」
「ああ、見た感じは大丈夫そうだ。怪我もないしな」
ピアーズは普通に、不審者と話している。
「え?ピアーズ様この人と知り合いなんですか?」
「ああ。名前は透真」
「とうま……」
「元勇者だ」




