奴隷だった私は遠征に向かう
2日後。
イーラ達は予定通り、に出発した。
向かう道には長い荷馬車や馬の列が出来ている。イーラはその中の一つの馬車に乗っていた。
「それにしても、初めての遠征にイーラと一緒に行くことになるとはな……」
隣に座っていたカイが、少し緊張した面持ちでそう言った。
「本当だね」
カイも遠征は初めてだ。だからか、ずっとソワソワしている。イーラもピアーズに拾われて、こんな事になるとは思ってなかった。
「仕事、上手くできるかな」
「ピアーズ様はそんなに難しくないって言ってたけど……」
イーラも外を眺めながら言った。具体的な事は聞いたが実際の経験はないので、なんとも言えない。
ピアーズは列の先頭辺りにいて部隊を指揮している。当たり前ではあるが、ピアーズは何度も行っているからかイーラ達とは違って馴れている様子だ。
「まあ、初めてだしな。でも、何かあっても俺がイーラを守るから」
カイは真面目な、顔をして言った。カイは昔から変わらず優しい。
「ありがとう」
そんな会話をしながら、要塞までの旅は順調に進む。
半日くらい馬車に乗り、日が落ちた頃。目的地に着いた。
国境はひたすら高い山が連なっている山脈の近くにある。まず目に入って来たのは鮮やかな緑色と巨大な山。
その中に、大きな壁と要塞が建っていた。山が大きすぎて要塞が小さく見えたが、近づくとその大きさに驚く。
歴史のある要塞らしく、灰色の石垣には苔やつたが絡まっている。
砦の名前はガウエンという。
因みにピアーズが治めるグズート州にはあと二つほど砦があり、そちらにも度々行っては見回りをしていた。
それぞれの場所にはピアーズの部下が常駐していて、このガウエンにも勿論そんな部下達がこの砦を守っている。
馬車の列が到着すると、要塞の大きな扉が開いてずらりと兵士たちが出迎えた。
要塞に常駐している兵だからか知った顔はほとんどいない。
中に入ると、イーラは早速馬車から降りて荷物を運び始める。
そんな中、要塞の兵たちは、珍しそうにイーラをジロジロ見ていた。
「なんでこんなところにハーフがいるんだ?」
兵士の一人が顔をしかめながら言った。
「本当だ、魔族と一緒に馬車に乗るなんて、ハーフ風情が自分の立場が分かってないのか」
もう一人の兵士も嫌な物を見たような顔で言う。
「おい、滅多なことは言わない方がいいぞ。たしかピアーズ様が拾ってきた子供だ」
「え?ピアーズ様が?そう言えば聞いたことがあるな。わざわざ教養を学ばせているとか」
兵士は少し呆れた顔だ。
「そう、それだ。だからあまり滅多なことをするなよ」
兵士たちがそんな風に話しているのが、イーラの耳に聞こえた。
イーラは少しため息をつく。
こんな風に自分がハーフであることを意識したのは久しぶりだ。
魔族と人間が争っているのは、魔族が人間を大陸の端に追いやったのが発端だ。魔族はいわゆる血統主義で、他の種族は汚らわしいものだという思想があった。
人間は魔力も少なく魔族に比べれば弱い、なすすべなく端に追いやられた。それで人間は、昔の土地を取り返すために戦っている。
その戦いが今でも続いているのだ。
そんな風に人間と魔族は戦い憎み合っているが、中には魔族と人間で愛し合う者もいる。
そこでハーフが産まれたのだ。
しかし、そんな憎しみ合う関係の中で、ハーフは人間からも魔族からも嫌われることになった。
人間からは魔族の手先だと言われ、魔族からは人間の血が混ざっているからと嫌悪された。
その後、働き手として便利だということで鬱憤を晴らすように使われ始める。
しかもわざと相手側の人を攫ってきて番わせ、ハーフを生ませる奴隷商があらわれたりした。そうして、ハーフは増えていったのだ。
イーラもおそらくそんな経緯で産まれたのだと思うが、具体的なことは分からない。
まあ、知っているはずの前の主人はこの世にいないので分かりようがない。
とりあえず、ハーフというのは人間と魔族の憎しみから産まれ、奴隷として使われるために生きていく存在なのだ。
ピアーズが変わり者だと言われているのは、そんな奴隷をわざわざ拾って側に置いているから。そう思うとイーラはとても運がよかった。
「イーラ、カイ。部屋に案内する。来い」
カイの父親であるルカスが言った。
二人は物珍しそうにキョロキョロ見ながら付いて行く。要塞は外から見ても大きかったが、中に入っても大きかった。
おそらく、この建物もピアーズの屋敷と同じく迷路のようになっているのだろう。迷わないように気を付けないと。
部屋は屋敷の部屋より狭いが、シンプルで過ごしやすそうだ。石造りなのでひんやりとしていて、今の時期は丁度いい温度になっていた。
隣はピアーズの部屋だ。イーラの部屋はその控えの間のような部屋で、小さなドアで繋がっている。
荷物をほどいたらもう夕食の時間になっていた。
カイと合流して、食堂に食事を食べに行く。沢山の兵が働いているだけあって食堂も広かった。
「初めて見たけど、人が多いな。イーラはぐれるなよ」
カイがキョロキョロしながら言った。周りは体の大きな兵ばかりなので、まだ体の小さな二人は、油断するとすぐにはぐれてしまいそうだった。
イーラは頷きながら料理を食べる。ここの料理は屋敷の料理とはまた違った感じだった。兵士が多いからだろう、どちらかというと大味で量が多い。
これはこれで美味しいが、やっぱりヘンリーの料理の美味しさには敵わないなと思った。
ヘンリーはいつもイーラの好みに合わせて作ってくれているのだ。
早くもヘンリーの作る食事が恋しくなってくる。ここに来る前にヘンリーが大量の焼き菓子や飴を持たせてくれたので、それを大切に食べようとイーラは思った。
「また、二人で探索したいね。ここも探したら面白い場所がありそう……」
「確かに楽しそう。……ってここには仕事に来たんだから、遊んだりは出来ないぞ」
カイは少し嬉しそうな顔をしたが、すぐに顔を引き締めて注意する。
「えー、ちょっとくらいいいじゃん」
「ま、まあ。ちょっとくらいはいいかもだけど……でも仕事中はちゃんとしないとダメだぞ」
「分かってるって」
食事が終わると、今日来たメンバーは大きな部屋に集められた。
今後の仕事について説明と指示が言い渡される。
「それでは、明日からの事について説明する」
そう言ったのはルカスだ。彼はピアーズの副官で兵の中では一番偉い人だ。その隣にもいかつい顔の兵もいる。名前は知らないがこの要塞に常駐している兵長らしい。
がたいがよく、ルカスよりも背が高くていかにも歴戦の兵士と言った感じだ。
ここは自然に囲まれているので、これくらい屈強じゃないとやっていけないのだろう。
ルカスが説明を始めた、ピアーズが説明していてくれたとおり、この近くに危険なモンスターが多く発生しているらしい。
夏に多発するいつもの事らしいが、ほうっておくと人里に出てきたり森に入った人を襲ったりするのである程度数を減らすため人数を増やして狩りを行うのだ。
イーラ達はその人員のために連れてこられた。
なかなか、危険が伴う仕事だ。
とは言っても、イーラが任された仕事は簡単なものだ。
要塞の周りを探索し、どこにどんなモンスターがいるか調べるのだ。
そうして、モンスターの巣などがあったら兵に伝えて、後はベテランの兵士に任せる。
「直接、戦ったりはしないんだね」
本格的にモンスターと戦う覚悟も決めていただけに、少し肩透かしだった。
あれから色々な魔法を覚えたが、何かと戦ったり実戦で使ったことはない。せっかくだから使ってみたかった。
「まあ、初めてだしそんなものだろ?段々慣れてきたら実戦もあるよ」
そう言ったカイだったが、カイも少しつまらなそうな表情だった。
その後。私とカイはルカス、そしてこの砦の兵士との混合の部隊編成になった。
「ほとんどの者は知っていると思うが、森の中は危険な動物も多い。必ず二人以上で行動して、絶対一人にはならないように」
最後に、この砦の偉い兵士がそう締めくくってその場は終わった。
駆除は明日の朝から始まる。各自、部屋に戻って休むことになった。
初めての慣れない場所で、しかも移動中は座っていただけなのに少し疲れた。
イーラは少しうとうとしながら、ピアーズの部屋に向かう。
ピアーズはくつろいだ格好をしているが、机に向かって書類を読んでいた。
「ああ、イーラか」
「ピアーズ様はまだお仕事ですか?」
「ああ、ここでもやることが沢山あるからな」
ピアーズは、苦笑しながら言う。
勉強してこの世の中の事が分かってくると、ピアーズがどれだけ凄いのかも分かるようになった。王子としての地位は勿論、他にも沢山の役目がある。
領地の経営と統治は勿論のことそこに仕える兵士の管理と指揮もして、その上王族としての役目もある。
まだ二五歳という若さなのにずっとそれをこなしているのだ。カイが尊敬すると言っていたのも納得だ。
「この部屋は、やっぱり快適ですね」
当然ではあるが、ピアーズの部屋は広く温度も快適なものに保たれていてとても居心地がいい。
「どうだ?この要塞は慣れそうか?」
「はい、なんとかなりそうです」
「明日からの仕事も頑張れよ。まあ、ルカスもいるしそうそう危険な事はないだろう」
ピアーズはそう言ってイーラの頭を撫でるとベッドに入った。イーラもそれに続いてベッドに入る。
「ここでも、相変わらずなんだな」
ピアーズは可笑しそうに言った。
「サーシャもいないし、寂しいので仕方ないです」
イーラはあまり理由になっていない理由を言ってピアーズにくっつく。ピアーズはまた可笑しそうに笑うとイーラの頭をぐしゃぐしゃにして眠りについた。
イーラもすぐに眠りにつく。環境が変わってもピアーズがいればいつも通りに眠れる。
明日からの仕事に少し緊張したが、それでも頑張ろうとイーラは思った。




