「私のカラダを好きにしていいぞ」「マジで!?」
レストランで襲ってきた男100人から追い掛け回されるという悪夢から目を覚ますと、電気の明かりが目を刺してきて、俺はまぶたを下げた。
そこは、宮廷の執務室だった。
ソファから体を起こすと、外はもう暗く、机ではナナミとカナが事務作業をこなしていた。
「お目覚めですかショウタ殿」
「気が付きましたね。姉様が寝室で呼んでいるからとっとと行きやがれです」
「ヤダ、一人にしないで」
俺はソファから降りると、心細さからナナミにすり寄った。
けれど、ナナミは俺の顔を手で突っぱねながら、にべもない声で突き放してきた。
「姉様は一人で来いと言っているのです。つべこべ言わずにさっさと出頭するのです!」
まるで外に蹴りだされるようにして、俺は放り出された。
誰もいない廊下に出ると、孤独の恐怖が追いかけてくる。
思い出すのは、レストランでの一件だ。
まさか、この国があそこまで治安が悪いとは。
治安の悪さは、資料で知っていた。
でも、俺が関わった村や港の人たちはみんないい人たちだから、実感がなくて忘れていた。
刑務所の治安は回復させたけど、街の治安もなんとかしないと、日本に帰る前に殺されちまう。
頭の中で、最強異世界転移計画書から、治安回復のページを開く。
そして、肩を縮めながら、俺は足早にオウカの寝室に向かった。
廊下の窓から、反社会的なお兄さんがたが飛び込んできそうで、気が気じゃなかった。
「治安を回復するにはまず経済政策だ。経済的に豊かになって雇用を拡大して職業斡旋所と職業訓練所を作って、学校で道徳の授業に法律を交えるのもいいな。あとは大人にも法律を周知させてそれから……」
そうやって治安回復の道筋を立てている間に、オウカの私室に着いた。
この奥に、寝室がある。
――でも、なんで執務室じゃなくて寝室なんだろう?
部屋のドアをノックしてから入ると、部屋には誰もいなかった。
最低限の家具しかない、殺風景な部屋だ。
本当は、王様が使っていた部屋を使うべきなんだろうけど、心がイケメンのオウカは『民が貧困に喘ぐ中、何故、贅を尽くしたベッドで眠れる?』と言った。
政治家には、それぐらいの志を持っていて欲しいものだ。
――いや、待てよ。
寝室のドアノブに手をかける瞬間、頭に黒い閃きが走った。
これは何かの罠ではないか? という考えがよぎる。
オウカは、国民を救うためならクーデターをも辞さない女だ。
レストランで俺が襲われたと聞いて、俺が殺されないよう監禁しようとしているのかもしれない。
パシク国発展のため、貴様は終生この宮殿で先進国の知識を捧げ続けるのだ。
そう言って俺を縛り上げ、先進国の知識を紙に書かせ、ノルマを達成できなければ銃で脅してくる。
そんな妄想をたくましくしながら、俺は武器を探して、机の上の鋭利な万年筆を手に取った。
武器を片手にドアノブを回して、トンとドアを突き飛ばした。
俺の前で、ドアが開いていく。
危険な空気を感じたら、すぐ逃げ出せるよう、重心を後ろに傾けて待機していると……。
「待っていたぞショウタ。さぁ、部屋に来てくれ。君に、とても大切な話があるんだ」
俺は万年筆を落とした。
オウカは、セクシーなドレスを着ていた。
刺激的な赤い布地は肩紐タイプで、健康的な白い肩や、深い胸の谷間がむき出しだった。
長いスカートは、けれどスリットが入っていて、彼女の肉感的なふとももが覗いている。
濡れたように艶やかな長い黒髪と、ルビー色の瞳に飾られた美貌は、いつもとは違う、やわらかい笑みを浮かべて、声音も口調も、どこか優し気だ。
「ひゃ、ひゃい……」
あまりの魅力に誘われるがまま、俺は無防備に部屋に入った。
「ドアを閉めてくれ」
頼まれた通り、ドアを閉めると、部屋は俺とオウカの二人きりだ。
寝室で美女と二人。
なんて素敵な響きの言葉だろう。
オウカの美貌と谷間を交互に見てから、右目で美貌を、左目で谷を凝視するという離れ業をやってのけた。
「タカハシショウタ、私と結婚してくれないか?」
「ケッコン!?」
素っ頓狂な声をあげてしまうぐらい驚いた。
一瞬、同音異義語を探して、結婚の他はせいぜい血痕ぐらいしかないことに気が付く。つまり結婚とは、結婚だ。
「あの、それは夫になれと?」
しどろもどろになって尋ねる俺に、オウカは笑顔で頷いた。
「そうだ」
「これは、何かの策略か? 政略結婚的な……」
「違うな。確かに、君と結婚すれば、政治的に得は少なくない。だが、私自身、君のことが好ましいのだ」
一歩近づいてから、彼女は好意的な声音で語り始めた。
「この国はボロボロだった。人々は飢えと病に苦しみ、希望を失っていた。なのに君は、たちどころに食料問題と衛生問題を解決し、近い未来に希望の光を灯していった。収穫できる作物は毎月増える。二か月後には麻から豆と繊維と油も取れる。肥料と石灰で土壌改善が終われば、さらに多くの作物が取れるだろう」
オウカの声は明るく、楽しげにすら聞こえた。
「未来は希望で溢れている。それらはどれも、私の力ではなし得なかったことだ」
「いや、でも俺は……」
「解っている。脅されて仕方なく、本当は日本に帰りたい、だろ?」
知っていたのか!?
てっきり、オウカは人の話を聞かない、思い込みの激しい独走タイプの人間だと思っていた。
俺を大臣に任命してゴリ押ししたのは、計算だったのか?
「でもなショウタ……君は【変わらなかった】」
明るい声から一転、オウカの声に悲しみが滲む。
「普通の人間は欲深だ……偉業の立役者達に、自分の名前をねじ込もうとする。自身の些細な功績を過大に宣伝し、実力以上の評価を得ようとする。それどころか、他人の手柄を横取りまでする」
実体験があるのか、オウカの声には冷たい実感がこもっていた。
俺も、オウカの言葉に共感した。
そういう醜い人間は、小学校時代からいたからだ。
クラスメイトに手柄を横取りされたことは一度や二度じゃないし、些細なことでドヤ顔をしてくる奴も山ほどいた。
そうして同情していると、オウカの口から、感動にも近い声が溢れる。
「なのに君は、国を挙げて表彰し、千年先まで語り継がれるほどの偉業を次々成し得、なのにそれを誇ることもしない。最初は拉致され仕方なくでも、功績を上げるに従い欲が出て、功績を盾に権力を握り私腹を肥やそうとするのが人間だ。なのに、それでもなお、君は【変わらなかった】。私は、君のような者こそが政治家になるべきだと思っているし、君のような男と添い遂げたい。前にも言っただろう? 謙虚な男は好きだと」
真摯な瞳で、真っ直ぐ俺の眼を覗き込みながら、オウカは胸を張って懇願してくる。
「だからショウタ。私と結婚してくれ。そして、これからも私と共に、この国の為に尽力して欲しい。私の願いを、叶えてくれないだろうか」
「…………」
俺は言葉を失い、全力で考えた。
確かに、ここまで求められるのは悪い気はしない。
日本で、女子からこんなにも熱烈にアプローチされたことは無かった。
でも、ほだされるものか。
年齢イコール彼女いない歴が培われた理性が、俺の思考をクリアにしてくれた。
結婚詐欺でよくある手口だ。
私には貴方が必要なの。私には貴方だけよ。貴方は特別な存在よ。でも、この手の甘言には穴がある。
そう、俺自身の幸せがどこにも入っていない。
言い回しで言葉巧みに隠しているけれど、これは言い換えると『お前便利だからあたしの利益のために働けや』だ。取引になっていない。
結婚だって取引だ。
金が絡まなくても、愛する人と一緒にいられるという利益があるから人は結婚をするんだ。
俺は、完全に自分を取り戻した。クレバー翔太の復活だ。
「当然、君にも利益はある」
ほほう、そんなものがあるなら聞かせてもらおうか。
心地よい全能感に酔いしれながら、俺は寛大な態度で聞いてやる。
「まず、一国の大臣という地位が手に入る」
こんな最貧国の大臣になったからってなんだってんだよ。
「国が安定すれば、大臣に相応しい給料は払う。金には困らないぞ」
こんなラノベもマンガもゲームもアニメもなければポテチやコーラも口にできない国でできる贅沢なんてたかが知れているだろ。
「それに、救国の英雄としてお前の名前はこの国の歴史に刻まれるだろう」
歴史に名を残したいなんて大望ねぇよ。
ほらな、魅力的な提案なんて、一つもない。
俺の願いはただ一つ、早く日本に帰りたい。それだけだ。
「そして、私のカラダを好きにできる」
なにィッ!?




