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初投稿です。
誤字脱字、不備等ございましたらお知らせ頂くと幸いです。
窓辺から差し込む光が少しずつ褪せてくる。これからオレンジに染まる空を眺めて一ノ瀬瑠璃花は小さく笑った。
窓の外には数人の男子生徒と一緒に遊ぶ瑠璃花の想い人、笹本洸がいる。彼は瑠璃花のいるここ、東高校の国語教師である。
ひっそりと一人で育んできた想いは残り一月の鮮度だろう。
高校三年生の2月と言えば、自由登校の時期で、放課後のこの時間に教室に残っているのは瑠璃花一人だけだ。
毎日見ていた教室は今日もいつもと何の変化もない。
この景色があと一月後にはなくなるなんて信じられない気持ちがする。
少しざらざらとした机の質感も、硬い椅子の座り心地も特別なことはない。
それでも瑠璃花は今、感傷的な気分で机にうつ伏せ、校庭の景色を眺めている。
夕暮れは着実に近づき、教室はセピア色に染まる。
外から聞こえる生徒の声は遠く、それが余計に感傷を誘う。
外の喧騒と教室の静けさが瑠璃花を寂しく、けれども心地よく不思議な気分へと誘ってくれる。
もう暫くこの雰囲気を味わいたかった瑠璃花は、ゆっくりと目を閉じた。
その瞬間、ガラッと教室のドアが開く音がした。
瑠璃花はぱちりと目を開け、ドアを見る。
そこには化学担任の大前皐月がいた。
サツキなんて可愛らしい名前とは真逆の、ひょろりと背の高い黒淵眼鏡の、ボサボサ頭の男性教師である。
「…一ノ瀬、何してるの?」
皆から何故か皐月ちゃんと呼ばれる彼は瑠璃花を訝しげに見つめた。
「三年生がこんな時間まで残って何してんの?」
そこには早く帰れと言わんばかりの非難めいた色がある。
瑠璃花はもう一度窓の外を一瞥し、億劫そうに立ち上がった。
「もう帰りまーす」
しぶしぶといった様子を見せる瑠璃花に皐月は眉を潜めた。
「別に今すぐ帰らなくてもいいけどさ。何?校庭に何か見えるの?」
皐月は言いながら瑠璃花の横の窓に近づき、そこから外を眺めた。
「お、サッカーしてる。…一ノ瀬これ見てたの?誰か好きな奴でもいるの?」
「いっ…いないよ!」
皐月の言葉は他意のないものだったろう。考えれば直ぐにわかるのに、瑠璃花は思わず声をひっくり反してしまっていた。
しまった、と思った時にはもう遅い。
皐月は興味深そうに瑠璃花を見つめ、窓の外をもう一度見直した。
「…へー…一ノ瀬も好きな奴いるんだ。誰?大畑?望月?」
皐月はそこにいる男子生徒の名前を上げていく。
どうか、笹本先生の名前を呼びませんように、そう願った瑠璃花を神様は支援してくれなかったらしい。
「田野崎?…あ、もしかして、笹本先生とか?」
ガタンと、瑠璃花は机に躓く。
ぶつけた脛は痛く、そこを押さえて蹲った瑠璃花の頭上から皐月のへぇ、と言う声がした。
「…笹本先生か」
違うと言いたかったが、この様子ではそれも無理があるというものだろう。
「…黙っててよ?別に皐月ちゃんに関係ある訳じゃないんだし…」
呟けば、皐月は瑠璃花の前にしゃがみこみ、にっこりと笑った。
「勿論だよ。…ところで俺、最近忙しくて…誰か化学実験室の掃除をしてくれる心優しい生徒を探してるんだけどさ、一ノ瀬。…心当たりいる?」
にっこりとそれはいい笑顔で皐月が微笑むのを、瑠璃花は忌々しげに見つめた。
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