三百四十二話 朝の散歩に出かける羽虫
ぼーー、としていた。
一日中、ただひたすらに、何もせずに呆けていた。
家事もやる気になれないので、洞窟を出て山頂に登っていく。途中、あのタクミとすれ違ったが、軽く会釈しただけで、そのまま素通りしていった。
「やった、今のうちに元に戻るぞっ」
意気揚々とあのタクミが洞窟に向かっていくが、それも気にならない。もはや、そんなこと今の俺にはどうでもいいのだ。
『タ、タッくん大丈夫?』
「……うん、そういえばカルナはずっと俺のことをタッくんと呼んでたな。入れ替わったの気がついてたのか」
『当たり前やんかっ、うちがホンマのタッくんを見間違えるはずないやんかっ』
「ふーーん」
『ふ、ふーーん、って、もっと感動とかないんっ!?』
ごめん、それどころじゃないの。アイデンティティが崩壊してるの。
文字の力を自分のものと思って使っていた過去を振り返る。
頭の中に次々と文字が浮かんでくる。
この文字を使って、見たことのないような神を降ろして、ああ、そうだ、空間魔法をアレンジして時間を止めよう。
アイデアが湯水のように湧いてくる。
無敵最強無敵最強無敵最強無敵最強。
誰も俺に追いつけない。
宇宙最強や超宇宙なんてものじゃない。
全ての次元、並行世界、上位世界において、俺は完全なる最強の頂きに辿り着いた。
「きゃーーーーーっ!! 恥ずかしいっ!!」
全部文字人間の力なのに、俺はなんてことを考えてたんだっ!! 最弱が力を持ったと勘違いしたら、こんな痴態をさらしてしまうのかっ!?
『タ、タッくんっ、血の涙が流れてるでっ、だ、大丈夫なんっ!?』
大丈夫じゃないっ、大丈夫じゃないんだっ!!
アリスと戦った時も俺は、ものすごい発言をしてしまった。
「天照大御神」
現実世界のゲームで知った、日本神話における八百万の神々の頂点に位置する最高神をその身に宿す。
イザナギの左目から生まれた、その神は天上世界を治める太陽を司る女神となり、高天原を統べる主宰神で、皇祖神である。……だったはずだ。
そんな神ですら、従えることができる。
一体俺はどこまで高みに登り続けるのか。
「最後だ、アリス。降参するなら、また弟子にしてやる」
完全上位者として、圧倒的師匠として、それは最後の慈悲だった。
「いやぁあああああああっ!! 俺は何を言ってるんだっ!!」
『タッくんっ、あかんっ、山頂でのたうち回ったら転げ落ちてまうっ!! あっ』
ゴロゴロゴロゴロっ、と勢いよく落下していくが、受け身をとる気にもなれない。
『タッくーんっ!! 大丈夫っ!? めっちゃ転がり落ちたでっ!!』
「……ころ……て」
『え? ころがして?』
「……ころ…して」
『いやぁあああっ、しんだらあかーーんっ!!』
もうダメだ。走馬灯のように、調子に乗ってカッコつけてた回想がどんどんと蘇ってくる。
「あのね、みんなのことを羽虫がっ、とか言ってたよ。羽虫以下の、この俺が」
『う、うん、羽虫以下ではないない、大丈夫やで』
「あとね、あとね、空間魔法 世界停止を使った時ね、「いとも簡単に。朝の散歩に出かけるように。世界の全てを支配する」とか思ってたんだよ。世界の底辺の最弱がっ」
『う、うん、朝の散歩には出かけんでもよかったな』
ぶわわっ、と涙が溢れ出る。立ち直れない。もうこのまま、麓の村まで転がり落ちたい。
「トーナメントが始まる時にさ「俺、負けないから」って言ったんだよ。初めて言った言葉なのに、まるでいつもの口癖のように、自然と口からこぼれ出たんだ」
『お、覚えてるで。うち『カッコいい……タッくん♡ 飄々としてるのに男らしい♡』って言うてしもたわ』
もうトーナメントなんて、どうなってもいい。俺の恥ずかしい記憶を脳内から抹消したい。
「そうだ、文字の力で記憶喪失になればいいんだ。いや、それだとみんなの記憶に残ってるから、関係者全員の記憶を消去しなきゃ」
『落ち着いて、タッくんっ! それはそれで大惨事やでっ!!』
「大丈夫だよカルナ、今以上の大惨事なんて、この世に存在しないよ」
邪魔する奴は、その存在ごと消してやる。まずはカルナの記憶から……
「脳内消しゴム」
『やめてっ、何その雑な文字っ、ちゃんとピンポイントで記憶消せるんっ!?』
多少の誤差は仕方あるまい。俺の恥ずかしい記憶あたりをごっそりと……
「ん?」
『あ、あれ? 何も変わらへんで』
「文字人間に聞こえなかったのかな? 脳内消しゴムっ!」
大声で叫んだが文字の力は発動しない。ま、まさか……
「文字人間いなくなった?」
『タッくん、バンダナがっ』
ハラリと自然にほどけたバンダナの下のおでこには、『永遠のラスボス』の文字が綺麗サッパリ消えていた。
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