二百十九話 アンチエイジング
「タクみん、それは早いでござるよ、まだ拙者たち出会ったばかり…… むにゅむにゅ」
ニマニマとしあわせそうに寝息をたてているロッカを尻目に、こちらはギリギリの戦いが始まっている。
ハルの魔法結界が薄くなってきたのか、ものすごい睡魔が襲ってきたのだ。
「や、やばいぞ、シャサ。スリープの魔法、漏れてきてる」
「ハルの限界が近いのね。もう行くしかないわ」
シャサが立ち上がり洞窟の入り口に向かう。
「お、俺はどうすれば……」
「全員寝たら突入してくるはず。タクミはギリギリまで動いて、起きてるぞって、アピールしてて」
え? なにそれ?
何をしてたらいいんだろうか。
「とりあえず、明日のご飯作ってていい?」
「ぷっ、変わらないわね、タクミは。何度繰り返しても」
うん、まあ、それくらいしかできないからね。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい、いってらっしゃい」
サシャの姿をしているが、やはりシャサは別人だ。
洞窟を出た瞬間に、ばびゅんっ、と疾風のように駆けていく。
「帰ってきたら美味しいものを食べさせてやろう」
「ふみゅ、はりゅのも、ありゅ?」
「ああ、もちろんだ」
眠たそうなハルの頭を撫でると、ぽぅ、と小さな光が俺を包み込む。
最後に残った力で、俺にもう一度結界を貼り直してくれたのか。
かなりきていた睡魔が嘘のように引いていく。
しかし、ハルのほうは魔力を使い切ったのか、そのまま目を閉じて、すとんと眠りに落ちた。
「ありがとう、おやすみ、ハル」
ロッカとクロエが寝ている間にハルを置いて、料理にとりかかる。
俺は俺にできることをやるしかない。
明日からの冒険に備え、栄養のある弁当を作ってやろう。
「見た目も面白くしたいな。ハルが喜びそうだ」
ご飯の上に海苔を敷き、人参や芋を星や月にみたてて組立てる。
テーマは宇宙だ。
「うん、ゆで卵で宇宙船を作って、ウインナーを宇宙人にしてみよう」
今までは味だけにこだわって作ってきたが、こういうのも、なかなか面白い。
ハルも来たことだし、いろんなキャラ弁を作ってみようかな。
「さ、さすが超宇宙タクミ。まさかこの状況で楽しげにお弁当を作り出すとは……」
あれ? 俺が起きてたら敵は洞窟には来ないんじゃなかったっけ? やって来ちゃいましたよ?
「えっと、君は? 敵でいいんだよね?」
「敵というのは語弊がありますね。ぼくたちはあなたを救いに来たのですよ、超宇宙タクミ」
全身をスッポリ覆うような漆黒のフードを被っているので、その正体は分からない。
小柄で甲高い声から、女性か少年かと推測されるが……
「救いに来た? いきなり魔法で攻撃しておいて?」
「危害を加えるつもりは無かったのです。他を眠らせて、貴方と二人で話せればよかったのですよ、超宇宙タクミ」
「俺には魔法が効かないと思っていたのか?」
「ええ、予想外の者が一人混ざっていましたが。超宇宙タクミには、あらゆる魔法が通じないと聞き及んでおりました」
いやいやいやいや、誰にそんなこと聞いたの?
ハルが守ってくれなかったら俺、一番に爆睡してたよ。
むしろ、ご飯の後だから、魔法がなくても、おねむだったよ。
「……シャサは、どうしたんだ?」
「シャサ? ああ、サリア様の偽物ですか。もう一人が足止めしていますが、長くは持ちませんね。あの娘には魔法が通じないようですから。こうして二人きりで話せるのはあと数分といったところでしょうか」
やはりもう一人いたのか。
ハルの結界がいつまで持つかわからないが、シャサが帰ってくるまで、なんとか起きていないといけないな。
「この魔法、スリープだよな。ヌルハチも使っていたが全体魔法じゃなくて、単体にしかできなかった。ここまで広範囲に複数を眠らせることができるのか?」
「ただのスリープではないのですよ。これはぼくにしか使えないオリジナル魔法、大睡眠です。まあ、禁魔法、緑一色の劣化版なんですけどね」
禁魔法? やっぱりその件が絡んでいるのか……
「お前たちもシャサと同じで、禁魔法を復活させ、手に入れようとしているのか?」
「まさかっ! ぼくたちはその逆ですよ、超宇宙タクミ。アレは復活させていいものではありません。使えば必ずその代償を払うことになるのです」
代償…… そうだ、嘘は言ってない。
実際、俺はクロシロ戦で禁魔法を使い、代償を払った者を知っている。
「それが個人だけに留まれば、まだいいのですよ。禁魔法の中には、この世界に重大な災害をもたらすものがあるのですっ」
「それでも復活させなければいけないのよ」
「っ!?」
いつのまにか、魔法使いのすぐ背後にシャサが戻ってきている。
「……これはこれは、数分も持ちませんでしたか」
「少し手こずったわよ。肉体強化の魔法使いがいたのは予想外だったわ。私の正体、知ってるみたいね」
「やはり、貴女でしたか。かつての天才…… ぐふっ!?」
シャサの正体を口にする前に、首に手刀を落とされる魔法使い。
「よし、ぶっコロ完了」
爽やかな笑顔で、額についた汗を拭うシャサ。
うん、汗だよね。ちょっと赤いようにみえたけど、汗だったことにしておこう。
肉体強化の魔法使いさん、死んでないよね?
「コイツ、かなりの魔法使いなんだろ? 知ってる奴なのか?」
「大睡眠を使う魔法使いなんて一人しかいない。でも、すでに年老いて、もう使えなくなってるはずなんだけど」
シャサが気絶している魔法使いのフードを乱暴に引き剥がす。
中から出て来たのは、あどけなさの残る丸坊主の少年だった。
「どうだ? 誰だかわかったか?」
「いえ。知らないわ。でも、どこかで見たことがあるような気がするのよね…… あっ!?」
気絶している小坊主の顔がみるみるしわくちゃになり、一気に年老いていく。
「き、きもちわるっ、なにこれっ、シャサがやったのっ!?」
「違う、魔法で若返っていたのよっ、なるほど、全盛期の魔力に戻っていたから大睡眠が使えたのね」
「え? どういうこと? 結局、知ってる人なの?」
「ええ、よく知ってるわ。西方生まれなら誰でも見たことがある。教科書に載ってるもの」
え? この坊主、そんなに有名人なの?
「魔法王国を何千年も支えてきた六老導の一人よ。どうやら本気で禁魔法の復活を阻止しにきたみたいね」
ああっ、また国家レベルの騒動に巻き込まれてるよっ!!
でも、俺にはどうしようもないので、とりあえずお弁当の仕上げにとりかかることにした。




