ロッカとタクミ
大騒動が片付いたのは、夜が明け、朝になる頃だった。
俺は特に何もしなかったが、見ていただけで、もうヘロヘロだ。
「超師匠、すべて撃退しましたっ!」
にかぁ、と笑顔全開でロッカが俺のほうに駆け寄ってくる。
「あ、ああ、うん、ご苦労様」
……本当に全部やっつけちゃったよ、この子。
クロエとカルナのドラゴン姉妹。
サシャ率いるルシア王国の軍勢。
魔力充電フル満タンの大賢者ヌルハチ。
勇者や魔王も逃げ出しそうな恐怖のラインナップを、ロッカは見事に、しかも余力を残して撃退した。
こんなことができるのは、俺が知る限りアリスただ一人だ。
やっぱりあの金髪は、宇宙最強の力となにか関係しているのだろうか。
「申し訳ありません、超師匠なら一瞬で片付けられるものを、一晩中かかってしまいました。拙者まだまだ未熟ゆえ、これからご指導ご鞭撻の程、何卒よろしくお願い致しまする」
深々とお辞儀するロッカを見て、天を仰ぐ。
ああ、本当になんか繰り返してる。
しかも、前よりもずっとレベルが上がってる気がするよ。どうしよう。
「あー、ロッカさんや」
「はい、超師匠」
何から言おうか。言いたいことが多過ぎて、頭の整理ができていない。
「とりあえず、その超師匠とか呼ぶのやめてくれないかな。そんなふうに呼ばれると身体中が痒くなるんだ」
「なんと、それではなんとお呼びすればよろしいのですか?」
そう言われて、レイアやアリスが俺のことをなんて呼んでいたかを思い出す。
「タクミかタクミさんでいいよ。あとその喋り方、作ってるよね。北方と東方の言葉が混ざってるし、もっと気楽に話してくれていいよ」
「と、とんでもござらんっ、超師匠にそんな気楽になんて、お、恐れおおくに御座候」
もうそんな言語は存在しない。
「とにかく超師匠は禁止。言葉は少しずつ慣れてくれたらいい」
「わ、わかりました。タ、タクミ殿下」
「いや殿下もやめて」
「ではタクみん、とお呼びしてよろしいでしょうか?」
いや、急に超フレンドリー!?
ま、まあいいや、あとはもう、うまいこと言って、すぐにでも帰っていただこう。
「で、ロッカさんは俺に何を習いにきたのかな?」
「タクみん、私のことは呼び捨て、もしくは同じようにロッカちんとお呼び下さい」
いや、その二択はキツすぎる。実質、一択しかない。
「ロッカ」
「はい、タクみん」
お互い見つめあった後、同時に顔を背けた。
何これ、少し照れる。
「そうそう、何を教わりに来たのか、ですね。できれば、タクみんの秘奥義すべてを教えて頂きたいのですが、今の拙者では力不足でございましょう」
「う、うむ。よくわかったな。その通りだ」
秘奥義というか、とくに何も隠してないからね。
ずっと秘められたまま、永遠にでてこないよ?
「まずは超宇宙薄皮芋剥千極練から教えてくれませんか。レイア様をお手本にしようとしましたが、いつも肝心なところを見逃してしまい、今だに免許皆伝に至らないのです」
カットヒロイン能力。
悲劇の習性を特技に変えてしまったのか。
「いいだろう。特別にゆっくりと、誰にでもわかるようにやってみよう」
「ほんとですか!? さすがタクみんっ、ありがとうございますっ!」
うん、そんな感謝しないで。
俺、普通の皮剥きしかできないからね。
どうか、それだけで納得してお帰りになってほしい。
カゴに入っていた芋を取り出そうとすると、ちょうど同じように手を伸ばしたロッカと、指先が触れ合う。
「あっ! ああぁぁあぁっ!!」
大袈裟なまでに驚いて、洞窟の入り口付近まで飛び跳ねるロッカ。
「え? ど、どうしたの? ロッカ」
驚いたロッカの表情が、つぎに真っ赤になり、最後に真剣な表情になる。
「レ、レイア様がタクみんの力は余りにも大きく、触れてしまった者に多大なる影響を及ぼすと仰っていましたっ! 決して触れてはならぬ、もしも触れてしまえば、胸の動悸は収まらず、体温が上昇し、身体が消滅してしまうかもしれぬ、とっ!!」
ああ、なんか最初、レイアが来たとき、そんなこと言ってたなぁ。でも、それ、結局、レイアだけがかかった変な病気だったような……
「ほ、本当だっ。拙者の胸がばくんばくん、と激しく脈うっているっ、こんな現象はいままでになかったっ! ほ、頬も熱いっ、タクみんの力が拙者を消滅させようとしているのかっ!?」
え? なにそれ、こわい。
ロッカもレイアと同じ病気なの?
流行ってるの、それ?
「た、助けてくだされ、タクみんっ!」
「あ、ストップ、そのまま離れてて。たぶん距離が離れたら治るから。レイアもそうだったから」
迫ってくるロッカを手で制し、声が聞こえるギリギリまで離れてみる。
「だ、確かに、少し落ち着いてきました。な、なんと恐ろしい」
うん、こっちが恐ろしい。
伝染病の類なの?
爆発とかしないよね?
「と、とりあえず、そろそろ帰ったらどうかな? ほら、送ってやるから、村の病院に行って診てもらおう」
「え? 帰る?」
「え? 帰らないの?」
また激しいデジャヴが襲ってくる。
「弟子と師匠は免許皆伝の時まで、いついかなる時も共にいるものだとレイア様に教わりました。私はここでタクみんと暮らしていく所存でございます」
ダ、ダメだ、これ。
このままだと本当に5年前の繰り返しになってしまう。
また同じような騒動に発展したら、今度は俺、生き残れる気がしないよ。
「……蕗乃葉下住人」
レイアから受け継いだ最小の神を降ろして限界まで小さくなる。
「ああっ、タクみんが消えたっ! いずこっ、いずこへ行かれたのかっ!?」
行く当てのない逃避行。
ただがむしゃらにひた走る。
しかし新しい物語は、すでにもう動き始めていた。