レイアとロッカ
生まれた時から最強だった。
誰よりも強くなることを、信じて疑わない。
大陸でも随一の戦闘民族が揃う蛮族地帯、北方ノースカントリーを10に満たない歳で制圧する。
殆どの者が赤髪で生まれるこの地方で、自分だけが金髪で生まれてきたのは、人類最強になる運命だと感じていた。
「人類最強を倒しに来た」
「ほう、お主が北方の蛮勇、戦姫ロッカか」
人類最強が生まれた地、神降ろしの隠れ里を訪れるがそこにいたのは、東方最強と噂される仙人だけだった。
「悪いがここに人類最強はおらん。神降ろしの一族は随分と前に方針を変えて移住した。それでもここには、これまで降ろされた神の残滓が強く残っておる。間違いがおきんよう、わしが管理しておるんじゃ」
東方仙人は、かつて魔王と呼ばれる存在が、最初に器にした人間と言われていたが、まったく力は感じられない。
棒切れのように痩せ細り、風が吹いただけで飛んでしまいそうな老人だ。
「神? そんないいもんじゃないだろう。こんなまがいモノの力を借りて、よく恥ずかしげもなく、神降ろしなどと名乗っていたものだ」
「見えるのか? いや理解しておるのか? やはりその金髪は…… ふむ、おもしろい、どうやら新しい物語が始まるようじゃな」
仙人が懐から、巻物のようなものを取り出して私にほうり投げる。
「いくがよい。そこに今の人類最強がおる」
巻物を開くと、そこには中央大陸の地図があり、その中心に、かつてルシア王国の紙幣にもなった男のマークが描かれていた。
「タクミ村か」
私が北方を制していた頃、何度も噂に聞いている。
東方出身で、ギルドランキング1位にて、人類最強の称号を持つ大剣聖レイア。
かつて人類最強だったアリスに弟子入りしたあと、宇宙最強と呼ばれるアリスの師匠タクミの弟子となり、人類最強となった女。
「話半分でなければいいけどな」
御伽話のように語られる世界の命運を賭けた戦い。
そのどれもが、にわかには信じ難いもので、噂に尾ひれがついたホラ話のように思えてならなかった。
「暇つぶしに、化けの皮を剥いでくるよ」
仙人に一礼した後、踵を返す。
そのまま去ろうとする私に、仙人は声をかけてきた。
「これを持っていけ。ワシにはもう必要ない」
東方で使われるような刀でない。
それは巨大な剣だった。
北方で使われるバスターソードと呼ばれる銀色の剣だ。
私の身長よりも大きく、手に取るとずっしりと、重さが左手に伝わってきた。
しかし、その巨大な鉄塊のような剣は、驚くほどすんなり私の手に馴染んでくる。
「ありがとう、もらっておく」
再び、礼をするが仙人はもう何も語らなかった。
静かに目を閉じて、そのまま眠りにつく。
まるで私にこの剣を渡す為にずっとこの場所で待っていたかのように。
この剣がやがて世界四大聖剣の一つに加えられるのは、随分後になってからのことだった。
「なんだ、このイカれた村は」
村の中央にそびえたつ巨大な黄金のタクミ像。
祭りでもないのに、そこら中に屋台がならび、タクミ饅頭やタクミキーホルダーなどのタクミグッズを売っている。
「こんなところに本当に人類最強がいるのか」
「いますよ、村外れの神社に住んでます」
「ひゃっ!」
背後からの声に慌てて振り返る。
あり得ないっ! こんなに近づかれるまで、私がまったく気配に気がつかないとはっ!!
「な、何者だ、貴様はっ!?」
「え? 私はただのしがない武器商人ですが」
確かに、チョビ髭を生やした、ただのおっさんにしか見えない。
た、たまたまか? あまりにも馬鹿げた村の雰囲気に、私の気が緩んでいただけなのか?
「そ、そうか、失礼した。道案内感謝する」
「いえいえ、良かったら後で店に寄って下さいね。お客様にピッタリの装備がございますので……」
ぺこり、と丁寧にお辞儀する武器商人から、不気味なオーラが漂っている。
関わってはいけない。私の勘が全力で、それを告げていた。
「や、やはりこの村、どこかおかしいぞ」
不気味な武器商人だけではない。
よく見ると人間たちに混ざって、魔族たちが村の中で普通に生活している。
それもコイツら、ただの魔族でなく、数千年前に滅んだはずの伝説の魔族、ソロモン72柱ではないかっ。
『ブブンッ、ブオオオォォォオオンッ!』
さらに見たことのない奇怪な機械の乗り物が、爆音をあげながら単独で村の中を疾走している。※
自動操縦? また南方のデウス博士がおかしなものを作ったのか?
『ぶもっ!? ぶもももっ!!』
あっ、頭が牛の魔物ミノタウルスが、どーん、とその変な乗り物にぶつかって吹っ飛んでる。
そんなことは日常茶飯事なのか?
村人たちはこの異常な光景を見ても、気に留めることもなく、普通に商売している。
「わ、私も気にしないでおこう。目的は人類最強を倒すことだしな……うん」
どうもこの村に来てから調子が悪い。
なんというか、戦う気力を根こそぎ奪われそうな、そんな気分になってしまう。
「これも強者を油断させるための手口なら、大したペテン師だな、レイア」
砕けるほどに奥歯を噛み締めて、失われた気力を上げていく。
大丈夫だ。私は爆笑した直後に、全力で幼児を殴ることができる。
本当はできないけどね。
でも、そういう気持ちを胸に抱いて、テンションを上げながら歩んでいく。
【匠弥百幡宮】
そんな立札がある小さな神社を見つけたのは、そんな時だった。
「たのもうっ! 人類最強レイア殿っ! 拙者の名はロッカっ! 北方の蛮勇、戦姫ロッカだっ! 人類最強の名を賭けて、貴殿に戦いを挑みに参ったっ!」
東方の流儀に合わせた決闘の申し込みを叫びながら、鳥居をくぐる。
しかし、なんの反応も返ってこず……
「留守にしているのか。しかし、なんだ、この神社は。境内に皮が剥かれた芋が散らばっている。それにご本尊らしきものもない。あるのは、古めかしい一冊の本だけだ」
何気なしに手に取ってみると、それは誰かが書いた日記のようで…… ※
「それを即座に置きなさい。丁寧に慎重に、生まれたばかりの自分の赤子を置くように」
今度の声には振り向けなかった。
確かに背後にいるはずなのに、まったく気配を感じない。
気配を消しているとか、そんな生やさしいもんじゃない。
完全なる無であるのに、そこに存在しているっ!?
すぅ、と息を吸い込んで、言われた通りに、丁寧に慎重に、生まれたばかりの自分の赤子を置くように、本を元の場所に置いた。
静かにゆっくりと振り向くと。
長い黒髪に少し切れ長の瞳。年は二十歳ぐらいだろうか。
紅い牡丹の花が描かれた白い和服を着た女が、腰に刀を添えて、正座している。
「……ばっ」
バカな、という言葉も出てこない。
ぶわっ、と全身から汗が吹き出し、金髪が逆立った。
完全なる無と化しながら、その身には信じられないほどの神を宿している。
まがいモノなんてとんでもない。
何百何千という神をすべて制御し、一つの力として昇華しているではないか。
あまりの力の差に歴然とし、足は自然と後退していた。
その時、床に落ちていた芋にコツン、とあたる。
これは、ただの芋ではない。
皮にいっさいその実を残さず、皮のみを剥いた究極の芋だ。
こんなことが、人類にできるものなのかっ。
「……人類最強レイア殿とお見受けする」
生まれて初めて、自分が最強ではなかったことを自覚する。
決して勝てない相手に挑むのは、こんな気持ちなのか。
「一手、お手合わせ願いたい」
言葉と同時に、震える身体を無理矢理動かして、巨大な剣を振りかぶる。
「少し似ていますね。昔の私と」
その一連の動作は、まるで流れる水のよう。
正座から立ち上がる動作すら、あまりにも美しく思わず見惚れてしまう。
そこから何が起こったのか。
まるで戦闘そのものが、なかったかのように。
演劇で幕が閉じて、次のシーンに移ったように。
気がついた時には、私は大の字で倒れたまま、神社の天井を眺めていた。
それが永遠の師匠レイア様と私の出会いだった。
※ こちらハーレーダビッドソンのダビ子になります。忘れてる方は、「第四部 転章 百三十七話 武器商人の小さなお願い」をご覧になってください。
※ こちらは「第六部 四章 百九十七話 剣術秘伝書」に出てくるタク日記です。




