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虎と燕と江戸町乱歩  作者: 蟬時雨あさぎ
江都篇
20/21

捌――交わる道


 一方、花守の隠し部屋にて。


「――有難う、蝶々(ちょうちょう)さん。此れで助けに行ける」

「いいのよお。それと、蝶々のことは蝶々、と呼んで?」


 亜人(あひと)の生み出す黒い蝶は、(つばめ)の居場所を見事とらえたのだった。お礼を言う(ぎん)に対して、蝶々はあどけなく首を傾けながらそう答えた。何故か逆らえそうもないその要求に、思わず苦笑いをしつつ返す。


「では、そうしよう、……蝶々」

「……可愛らしいっ」

「これ、蝶々。遊びは程ほどにしなければ嫌われてしまうぞ?」

七瀬(ななせ)に言われたら仕方ないわあ……」


 頬を染め隣に居た吟に抱き着こうとするのを呆れ顔で七瀬が止めると、唇を尖らせて蝶々はそう言う。

 萩矢(はぎや)が、その様子を何ともいえない表情で見つつ口を開いた。


「お礼を言わせてくれ。有難う」

「…………ん」

「蝶々、不愛想よ」


 返事は返ってきたものの、視線は吟に向かったままの蝶々。どうやら毛嫌いされているらしかった。


 可愛いもの、綺麗なものを好んでいそうなこの亜人の御眼鏡(おめがね)に適わないのは仕方ない、と思いつつ、此処までも初対面で嫌われると少しは傷つく萩矢の心である。


「じゃあ、行くとしようかねぇ。其処(そこ)へ」

「そうだな。……吟」


 場所が分かれば、行動は早い方が良い。子狐に人間(ひと)の子まで連れ去られているのだ。七瀬としてはそれだけだが、萩矢は加えて自身の失態が起因となっており、少し気が逸る。

 すると。


「……待ちなさい、緑眼(りょくがん)。そう急くことはないだろう」

「り、緑眼……」


 鋭さを持つ声色で、思ってもみない名で指されたことで間の抜けた唖然とした顔をしてしまう。そして、言い出したのは七瀬にもかかわらず萩矢を指したので尚更である。


「蝶々、どういう事なのかしら?」

「時期にわかるわぁ……、あら、珍しい人を連れているのね」


 ふふっと意味有り気な笑みを浮かべて、蝶々は鏡に視線を移す。其処には、黒鳶(くろとび)色の羽織を着た少年の姿が有った。


「嗚呼、もうそろそろね。……七瀬、来客よ?」


 可愛らしく首を傾げながら、遠見の亜人はにっこりと笑みを浮かべた。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 目的の場所に着くと、とんとん、と虎影(とらかげ)は扉を叩いた。がらっと向かい側から少しだけ開けられる扉。おかっぱ頭の可愛らしい()()が顔を覗かせてこちらを確認すると。


「……どうぞ、お入りくだしゃいまし」


 舌足らずな口調で、そう中へと招き入れられた。あまりにもすんなりと通されたことに、虎影の黄金(きん)の瞳が丸くなる。まるで、此処を訪れること自体が、花守(はなもり)の者達に予見されていたかのような。

 入るか否か、少し躊躇(ためら)って立ち止まると、先行していた女の子が振り返る。


「どうなしゃいました? 付いてきてくだしゃい」

「も、申し訳ない」


 ぴしゃりと舌足らずながら威厳を感じさせるその声に、思わず謝ってしまう。そんな虎影の羽織の裾を、(あき)が心配そうにそっと掴んだ。


「……虎、影?」

「いや、何でもない。行こう」


 顔を引き締めて虎影が敷居を跨いだのを機に、日、飄々(ひょうひょう)とした笑みの紫黒(しこく)の旦那が続く。たったのその一歩で、好奇の視線が一斉に自分自身に注がれるのを感じ取った。


「おや………あれは……」

「……なんと……珍しい」

「……初めて見た」


 休憩しながら談笑をしていた者は勿論、仕事をしているであろう巻物を手に歩く者や、ひたすらに筆を入らせている者でさえも顔を上げて虎影を見ては、ひそひそと話しをしている。女性らしい高めの声故に、声量がなくとも耳につく音である。


「人気者はつらいねェ」

「もう、慣れましたよ……」


 茶化すような旦那の物言いに、思わず苦笑いが浮かぶ。人の子と言うだけで、何処に行こうが好奇の視線に(さら)されるのだ。その点、同じ人の子でも燕は違うようだった。


(見慣れない人の子であるからだろうか? ……それとも)


 考えながらも、先導する女の子に引き離されないように歩み続けていると、より一層強く日が裾をぎゅっと掴んだ。


「日、どうしたんだ?」

「ちょっと、怖いなって……」


 心許ない笑みを浮かべながら、日は虎影を見上げてそう告げる。それに対し、今度は旦那が口を開いた。


「そりゃア、愛らしい女ほど般若に化ける。が、子どもにはちと刺激が強すぎるからなァ」

「子どもじゃないもん!!」

「そうかイそうかィ」


 もう殆ど反射的にそう言い返す日の頭を、くつくつと笑いながら、旦那はぽんぽんと撫でた。


 今はこのように平静を保ってはいるが、つい先程まで日は禿(かむろ)の装いをした女達に追われていた身だったのだ。確かに、強さを持ちながらも美しく着飾った様々な妖怪が集う此の場所に、恐怖を感じるのは仕方のないことだろう。


「……心配ないよ。私や、紫黒の旦那が一緒にいるからね」


 しっかりと目を見据えて、出来る限り表情を緩めてそう口に出した。すると、強張(こわば)っていた日の表情も緩んでいく。


「うん!」

「……着きまちたよ」


 元気を取り戻した日の声とは対照的に、立ち止まった女の子の落ち着いた威厳のある声が響く。気が付くと、花守の大分(だいぶ)奥まで歩いてきたようだった。


「どうぞ、此方(こちら)です。中で、七瀬(ななせ)しゃまがお待ちです」


 そう言うと、促すようにすぐ傍にある襖戸(ふすまど)を片手で指し示した。花の絵で彩られた、綺麗な襖戸である。


「案内をしてくれて有難う」

「はい」


 できる限りの微笑みを浮かべて、虎影がそう告げると、こくりと頷きを返して女の子は道を引き返して行った。


(……さて)


 襖戸一枚隔てた向こうに、虎影は芯の強い波動を感じ取っていた。

 ごく近く、傍らに強い波動を持つ紫黒の旦那がいるにも(かかわ)らず、かき消されていない波動の持ち主とは如何ほどの妖怪であろうか。


 などと考えていると、すぱんっと音を立てて花の襖戸が向こう側から勢いよく開けられる。不測の事態に、三人の誰もの目が丸くなる。襖戸から出てきたのは、(つばめ)のように色彩の薄い、片目を包帯で隠した者。


「日……っ!!」

「っ(ぎん)!?」


 膝を床について日を抱きしめる吟、と呼ばれた者。置いてけぼりの虎影と旦那は、開け放たれた襖戸の向こうで同じように驚いている奉行と、呆れたように笑う麗人を見遣った。



「……先程はいきなり、失礼しました」



 仕切り直し、部屋の中で座して向かい合うと、吟はそう言って頭を下げた。

 その隣には嬉しそうにその横顔を見つめる日。反対隣に座す麗人こそはこの部屋の主人の七瀬、部屋の中に居座る者が多くなったことで端に追いやられた不憫な奉行が萩矢(はぎや)である。


「いえ。事情はある程度、日から伺ってましたから……」


 真面目に虎影が返している隣で、にやにやと旦那は萩矢に視線をやっていた。


「なんだよ」

「いやァ、男の肩身は狭いねぇ」

「……本当にな!」


 揶揄うような旦那の様子に、決まりがわるそうに萩矢は返した。胡座に肩肘をついて自棄っぱちにそう言う姿が、なんだか様になっているのは彼だからだろう。


「ところでご両人、名を伺っても良いかしら?」


 七瀬の言葉に、はっと気がつく。衝撃的な事があった所為か、未だに名さえ名乗っていない。


「ああ、申し遅れました。私は佐野(さの)虎影、そして此方が紫黒の旦那です」

「まあ、一つ宜しく」


 飄々とした旦那の態度は何処でも変わらないようで、今はそれが何故だか安心する。と、いうのも虎影の丁度目の前に座る七瀬の嫋やかでありながら威風堂々としたその姿たるや、背丈や端正な顔立ちもあってどうにも気圧されるものなのだ。

 ただそこに居るだけで背筋が真っ直ぐ伸びるような、そんな圧を感じる。


「では、虎影。此処に来た経緯を教えてもらってもいいかしら?」

「勿論です。日と出会ったところから話しましょうか――」


 そこから手短に、虎影は掻い摘んで今迄の出来事を話した。


「――という訳で、此処、花守を訪れたのです」


 そう締め括ると、吟が意外な共通点について驚いたように口を開いた。


「成る程、お二人も白燕(はくえん)のお知り合いなのですか」

「まあ、親代わりってところだなァ。元気なのはいいが、時々お転婆やらかすのは困ったもんさ」

「……その気持ち、よく分かります」


 旦那の返答に、吟が何やらどんよりとした雰囲気を醸し出しつつ同意した。それを見た虎影の中に、先程の行動、現在の個々の座り方、様々な要素が一つの予想を打ち立てる。


(この者が、日と月の親代わりなのだろう)


 ならば、あれ程突出した行動に出たのも頷ける。月を助け出したい気持ちもひとしおだろう。ところで、何故吟は燕のことを話題に出したのだろう。月のことではなく、燕を。

 その理由について虎影を考えを巡らせ、口を開いた。


「燕に何かあったんですか?」


 そう虎影が問うと、吟の赤い瞳が申し訳なさそうに此方を見詰めた。


「……月の行方が分からなくなったのと時を同じくして、白燕も行方が分からなくなっている」

「……知りませんでした」


 それは、同一人物に連れ去られたということだろうか。それならば、もっと簡単な言い方をしているはずだ。分かっていない、というのが現状だろう。


「月との関連の有無にせよ、巻き込んでしまったことは確かだと、感じている」

「だが、もう居場所は判明してんだ。で、俺らは其処へと向かう算段をつけていたって所だ」

「成る程なァ」


 吟と萩矢の言に、ふうむ、と珍しく真面目な顔で旦那は頷いた。そして、ふっと笑みをこぼすと視線を此方に寄越して。


「さァて、虎影。どうするよ?」

「どうしますかね。……因みに居場所とは?」

「どういう訳かは分からないけれど……鬼門町、よ」


 七瀬が言いにくそうにそう呟いた。

 鬼門町。虎影が妖世(あやしよ)に初めて来たときに放り出された、悪鬼の根城。そんな所に居るだなんてきな臭いにも程があるというものだ。

 鬼門町の恐ろしさを身を以て知っているからこそ、燕が居て、日が大切だと言い切る月が居て、行かない理由は無いだろう。


「私にとって、燕は大事な友人です。非力な身ではありますが、同行しても良いでしょうか?」


 その申し出に、萩矢は呆れたように溜息をついた。


「気概は買うがな、お前、人間(ひと)の子だろう? 些か危険過ぎるな。行かない方が身の為だと思うぜ」

「そうかィ? 妖縄で捕縛はできても、妖怪の身じゃア破魔の印は扱えねェだろう」

「……!」


 確かに、旦那に以前破魔の印はいくつか教えてもらっている。悪鬼の巣窟となれば役に立つだろう。

 紫黒の旦那の飄々とした笑みに、萩矢は鋭い視線を遣る。次いで吟を見遣ると、何か察したように吟は頷きで答えた。


「分かった。虎影、だっけか。一緒に来てくれ、その力をお借りしたい」

「勿論、役に立てるよう尽力する」

「じゃアまァ、久々に一肌脱ぐとするかイ」


 にやっと笑った旦那もどうやら来るらしい。一度も荒ぶったところは見たこと無いが、紫黒の旦那はかなりの手練れだと虎影には思われた。そんな旦那が来るなら比較的安心だろう。


「私は職務があるので共することはできないけれど、鬼門町へ繋がる一方通行の通行路をお貸しするわ」

「何から何まで、有難うございます」


 七瀬の言葉に、吟がぺこりと頭を下げた。その吟の袖をくいくい、と引っ張るのは言わずもがな。日である。


「置いてくなんて言わないよね、吟」

「……一緒に行こう、日」

「うんっ」


 吟と一緒に、にっこりと笑った日の顔は本当に嬉しそうだった。子どもはやはり、あの様に笑えるのが良い。


「さて、話は纏まったわね。良ければ、通行路の場所まで案内するけれど」


 そう言った後に、一人一人の顔を見る。が、どうやら聞く必要は無かったらしかった。


「じゃあ、付いてきて頂戴(ちょうだい)


 そう言って腰を上げた七瀬を皮切りに、部屋の中に居た全員が立ち上がったのだった。


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