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Hard Days' Knights  作者: 里崎
番外編
61/73

中央州編⑤チェスと豪邸

駒をつまむはずの指先ががくがくと震えて何度もつまみ損ねる。真っ青な顔をしたやせぎすの青年――トララードの対面には、呆れ顔のツェードルフがとても暇そうに座っている。

そして、二人の間にある盤上は惨状。

トララードのぼろ負けだった。

クウナでももう少し上手い、とはさすがに口に出せないが。

アカデミーでの人気やクウナたちからの前評判を聞いていただけに、ツェードルフは内心、拍子抜けしていた。

青年の細い顎からは、異常な量の汗がぼたぼたと垂れている。

周囲の顔をぐるりと見渡して、その全員が、納得がいっていないような表情を浮かべているのを見て、ツェードルフは事態を把握した。緊張感に耐えきれなかったトララードが、実力の半分も出せないで終わったことを。

「………大変、申し訳……」

トララードはさっきから、消え入るような声で口癖のようにそればかり繰り返している。

ツェードルフはじっとクウナを見た。黒髪の少女はいつもの笑顔を浮かべ、まぁまぁ、と気落ちしきったトララードをなだめている。

「ふぅむ、よし」

そう呟いて駒を倒し盤面を崩したツェードルフを見て、トララードは苦役からの解放にほっと息をついた。

のだが。

「もう一度だ」

ツェードルフが威勢よくそう告げれば、気弱な青年はヘタレ全開で泣きそうな顔をする。

「席替えだ。今度は私の指示で、代わりにお前が打ちたまえ、アルコクト嬢」

「へ? 私?」

「そこでただ見学しているのも暇だろう?」

手招きに誘われてクウナが歩み寄ると、立ち上がったツェードルフに手をとられて席までエスコートされる。

「二対二にしようか。そっちも組むといい」

「中佐、打ちますよ」

トララードを押しのけんばかりの勢いで、年若い青年がカウチにどっかりと座る。

恐縮しきって小さくなる中佐と、意気揚々と駒を並べ始めた軍曹の組み合わせを興味深そうに見比べつつ、ツェードルフは自身のアゴヒゲを指ですいた。

クウナがわくわくと駒を動かす。

「ツェードさんになった気分!」

「おこがましいな、小娘が」

楽しげに笑った壮年の男が少女の頭を小突く。

わきあいあいと駒を動かす二人に対し、対面の二人は真剣そのものの表情。

トララードの指示通りの駒を、ソイの手が摘み上げる。黙ったままのトララードが位置を指定するのを待ちながら、ソイが盤の上の中空で駒を動かす。トララードが「あ」と小さく言うだけで、ソイは俊敏に駒の位置を変える。

「うん、そう、C2に」

予想していたらしいその位置にソイが騎兵(ナイト)を置いた。

ツェードルフが、銜えていた煙管(キセル)をコン、と盤面に置く。クウナの手がその位置に歩兵(ポーン)を動かした。

「……A6に、(ルーク)を」

トララードの指示に、ソイが顔をぐっとしかめる。

「あんたそれ……」

言いかけて、だまって。ソイは憮然とした顔で、指示を無視して違うところに置く。

おや、と急に自身が劣勢に追いやられたことに気づいたツェードルフが、驚いたようにトララードを見た。

「もしかして、さっきの対局もそれで?」

真っ赤な顔で口ごもって更に小さくなるトララードと、そっぽを向いてぶちぶち悪態をつくソイと、

「なんの話?」

一人だけ理解の追い付いていないクウナ。

ツェードルフがゆったりと笑う。

「特段の配慮を賜ったということさ。余計なことを考えなさる御仁だ」

数回駒を動かしたのち、完敗だ、と頭を下げるツェードルフにトララードがぶるぶると首を振る。ツェードルフはあっけらかんと笑う。

「はは、一勝一敗だ、だろう?」

駒を片付けるソイとクウナがうんうんとうなずく。


***


「たっだいまー」

白亜の玄関ポーチを二段飛ばしで駆け上がるクウナ。その後ろにドックラーがゆっくりとした足取りで続く。

玄関扉の前に立っていた執事が深々と礼をする。

「お帰りなさいませ」

しっかりと固めた白髪混じりの黒髪がわずかに揺れる。

クウナが片手を挙げて笑顔で言った。

「お留守番、ご苦労!」

「ご無事でなによりにございます」

「えへへ。心配もありがとう。――おぉーい、どうしましたー?」

くるりと後ろを振り返ったクウナが、中途半端な位置で突っ立ったままの二人に手を振る。

トララードとソイは、目の前にそびえたつ城のような豪邸を、あんぐりと口を開けたまま呆然と見上げていた。

いかに高貴な貴族の邸宅といえど、この規模の建物を個人の自宅としている例は、北州には存在しない。迷いなく断言できる。

トララードが震え声で呟く。

「これはまた……後期装飾期の、古典様式建築ですね……」

「さようでございます。お二方とも、ようこそいらっしゃいました」

ようやく階段を上がってきた二人に向けて、上等な仕立てのスーツを着こなした長身細身の壮年男性が、うやうやしく礼をする。慌てて返礼したあと、顔を上げたソイが納得したように呟く。

「……アルコクト家って貴族だったのか」

玄関扉のドアマンに帰宅の挨拶をしていたクウナが、その言葉に振り返って首を振る。

「ううん、漁師です」

「……領主?」

「いやいや」

小さく苦笑して、開いた扉から家に入るなり、

「わーーーーい!」

「あ、おい?!」

クウナはいきなり両手を大きく広げ、だだっぴろくどこまでも伸びる長い廊下を嬉しそうに駆けていく。クウナが行ってしまったので、代わりにドックラーが案内を引き継ぐ。

「こちらの邸宅は、ダ・ファーガ戦の功績として、彼女が陛下から賜ったものだそうです」

「……なる、ほど」

あまりに規模の大きすぎる話に、二人の目が泳ぐ。ドックラーは、窓枠や欄干の豪華かつ細かい装飾を眺めつつ鼻白む。

「年頃の娘に武勲や金品を与えるのは無粋、という配慮からだそうですが、その代わりが先王の別邸のひとつというのも、どうなんでしょうね」

たかたかと駆け戻ってきたクウナが、調度品の後ろからひょっこりと顔を出して答えた。

「ああそれね。違うよー。ちょうどそのとき、大佐階級以上の女性宿舎に空き部屋がなくって、ちょうどいいから家でも買おうかなーって話してたとこだったから」

もちろんクウナのその雑談の話し相手は、王である。

クウナが廊下の先を指さした。

「その奥がガスタの部屋で、突き当たりがウォンちゃんの部屋でね、」

「…………なんで?」

「ん?」

「ここ、お前の家だよな?」

きょとんと顔を見合わせるクウナとソイに、ドックラーがため息をついた。

「部屋があまっているということです。親しい方に専用の客間をあてがっても、まだ」

「倹約家のドックラーさんにはこのとおり大不評。で、ドックラーさん、今日はどの部屋にします?」

「この季節だと、山がよく見える南側がいいですね」

すたすたと歩いていくドックラーの背に、疑問符を浮かべる二人。執事がふふ、と笑う。

「ドックラーさまは専用の客間を不要とおっしゃられたかわりに、毎回違う部屋をお使いになられます」

「……そのほうが無駄なんじゃないすか?」

「いえ、適度に使っていただいたほうが部屋にとっても良いですから」

決めかねた二人に執事が手早く部屋を割り当てて、丁寧に一礼した。

「夕食ができましたらお呼びします。なにかございましたらそちらの呼び鈴で。それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

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