中央州編⑥狩猟とスラム
翌朝。
ばぁん、と派手な音を立てて、両開きのヒノキ製の大きな扉が外側から蹴破られる。
木クズの降る中、寝ぼけ眼のクウナがベッドからのそのそと這い出てきた。
そこに浴びせられる野太い怒声。
「おう、鳥狩んぞ鳥!」
「んー、おはよー。どしたのガスタ」
私服姿のガスティオルクがずかずかと入ってくる。豪華な絨毯に泥が飛び散る。その肩に乗っかっているのは、だらりと四肢を垂らした、寝巻き姿のソイ。
寝癖を散らした頭を掻きつつ、クウナがたずねる。
「ガスタ、今日非番?」
「俺サマはいつでも非番だ」
「そうでした」
書類仕事を一切しない(できない)ガスティオルクは、基地内での仕事はほとんどない。執務室に閉じ込めても器物が次々と破損されていくだけなので、むしろ基地外を自由にほっつき歩いていただいたほうがかなりの警備にもなるしよほどマシ、といつぞや直属の部下がもらしていたことを思い出す。
「ていうか……班長、生きてます?」
ぴくりとも身動きしないソイの足の裏を、クウナがつつくが反応はない。
「よし行くぞ」
「おわっ」
そのクウナもガスティオルクにひょいと持ち上げられて、反対の肩にかつがれる。
「待って待って、着替えさせて」
じたばたするクウナをものともせず部屋を出ようとしたところで、アルコクト家の執事が顔をのぞかせる。
「ガスティオルク大佐、お出かけの前に冬橙など召し上がりませんか」
「食う」
すとんと下ろされるクウナ。
「クー、用意できたら食堂来いな」
「はーい」
返事をしつつ、ぽいと投げられたソイを受け取ってすとんと立たせる。ソイは左右に揺れながら薄目を開けた。
「班長、おはようございます。生きてます?」
「……あの人、いつもあんななのかよ」
「うん、ガスタはいつもああですね」
「お前は……平気そうだな」
「なにが?」
とぼけた笑顔であくびをひとつするいつものクウナに、
「……なるほど中身は同類か」
ソイは早朝から小さなため息をついた。
***
視察予定だった基地には日程変更の連絡を入れた。しょっちゅう失踪する重要戦力の所在監視ということで、先方からはすぐに承諾の返答が返ってきた。
そして4人は、鬱蒼と生い茂る森林の前にいた。
「よぉーし、あいつが居ない内に鳥系全滅させちゃる」
勢い込んで袖をまくるガスティオルクにクウナが苦笑すう。
「そういうことするからウォンちゃん付き合ってくれなくなるんだよー」
「うるせぇ。早く来い班長!」
「はいっ」
ガスティオルクの馬がいなないて急に速度を上げる。それに、ソイはおぼつかない操縦ながらも手綱を握って食らいついていく。舞い上がる土煙。
瞬く間に見えなくなった二頭の馬の方角を見て、クウナがふーんと呟く。
「やっぱり班長、物覚え良いなぁ」
15分ほどのレクチャーで(執事とトララードが色々と頑張って間を持たせたが、耐え切れなくなったガスティオルクが打ち切りにした)そこそこ普通に乗りこなしている。
クウナの肩を掴んでいる骨っぽい手が、びくりと震える。
「も、申し訳……」
「いや、トララードさんが普通だよ」
クウナは笑顔で振り返る。10以上も年下かつ階級が格上の少女が操縦する馬の後ろに同乗するトララードは、目に見えて情けなそうな顔をする。その気分を切り替えるべく、クウナが努めて明るく言う。
「ここらへん、有名な狩猟場なんですよ。ウサギとか鹿とか、いっぺんだけだけど熊も獲ったよー」
「熊、ですか。その弓で?」
「はい。とっさに、持ってたナイフをつがえて、こう」
定石外れの戦法を実演されて、探究心旺盛な男の、瞳の奥に好奇心がちらつく。
「二階の貴賓室に毛皮飾ってあるから、家に戻ったら見ます?」
「ぜひ」
――かさり、と枝葉が小さな音を立てる。
トララードの肩が大げさに震えた。慌てて少女の肩にしがみつく。
「た、大将。いま何か、あちらの茂みから」
「よくいる鳥だよ。名前は知らないけど、赤い尾羽で翼の長い」
トララードが目を細めて鳥の名を言った。
「翼の付け根を煮込みにすると絶品らしいですよ」
「へー! いつもは丸焼きにしてるんだよね。よし、じゃああれ狩ろう!」
ヒヒン、とクウナの愛馬がいなないた。
「しっかり掴まってないと落ちるよ、トララードさん」
そう言われて、慌てて少女の腰に腕を回す。なりふりかまっていられない。これまで、戦闘中の落馬により多くの仲間を失っている文官は、落馬の恐怖を良く知っていた。
二人を乗せた馬はぐんと速度をあげて、木々の間を滑るように駆け抜ける。
「いたいた。……変なとこにいるなぁ」
手綱を引き、ひとつの大樹を見上げた少女は、すぐに一点を指さす。蔓の絡み合った枝の奥で、赤い尾羽の鳥が一羽、ぎいぎいと鳴いていた。
すっと勇ましい表情になったクウナが素早く矢をつがえ、弓を引き絞る。
耳のすぐ横を空気が通り抜けてトララードの髪を揺らす。ばすん、と物騒な音が樹上で鳴る。
驚いた鳥が天高く飛び上がる。きらきらとまたたく木漏れ日を浴びて、存分に翼を広げる、鮮やかな赤。
「――綺麗ですね」
トララードの口から、思わず感嘆の息がこぼれる。
「そう?」
不思議そうな顔をした少女が振り向いて目が合って、ああ、とトララードは少し寂しそうに微笑んだ。
「貴女にとっては、ただの日常の風景なのでしょうね」
クウナは二本目の矢を鳥に向け――
キイイ、と甲高い悲鳴が森に響く。枝葉の間を何かが落下する音。
「やった」
歓声とともに駆け寄る。馬を飛び下りたクウナは、地に伏せて微動だにしない鳥を持ち上げ、取り出した麻縄で手早く鳥の足を縛って馬の鞍にぶら下げる。
やっとのことで馬を下りてきたトララードがその鳥に黙祷を捧げ、それから、書籍の記載ではなく、初めて間近で見る本物の鳥をまじまじと観察する。その隣で馬に寄りかかり、水筒から水を飲むクウナの耳に、騒々しい音が聞こえてくる。トララードの肩が大げさに震える。
「く、熊ですか?」
「惜しい、あれはガスタ」
「……」
「だいぶ遠くまで行ってるなあ。よし」
少女は再び馬に飛び乗り、トララードに手を差し出す。
「次の狩猟ですか?」
「ううん、ガスタは大食いだけど大物狙いだから、これ以上獲ったら余っちゃうよ。でもあの二人はまだかかると思うから」
行き先を問うたトララードに、しー、と可愛らしく人差し指を立てて言った。
「私のとっておきの『綺麗』、見せたげる」
***
ごうごうと地響きのような音を立てて、はるか上空から落ちてくる水のかたまり。白いしぶきを上げる巨大な滝。
ほとばしる冷気が全身の熱を奪っていく。
「どう?」
「圧巻の、絶景ですね」
トララードから期待通りの賛辞をもらって、誇らしげに微笑むクウナ。
「北州の人には特に喜ばれると思って」
北州に海や湖はない。細く浅く緩やかな川が生活用水の水源となっているけれど、これほどまでに大きな水場は少ない。滝は一本もないのではないだろうかと思う。
「ええ、ありがとうございます」
絶景を見上げながら、トララードは傍らにつながれている馬の背を労うようになでた。道とは言えないような険しい山道を登ってくれた功労者だ。舌を伸ばして池の水を飲んでいる馬は、黒い尻尾をゆったりと揺らす。
「トララードさーん」
呼び声に顔を上げる。池の中にぽっかりと突き出た大岩の上に、クウナが座り込んでトララードを手招いていた。トララードが近寄ると水面を指さし、
「そこの魚の群れ、なんていう魚?」
トララードは岸辺にしゃがみこんで、澄んだ色の水の中に、連れ立って泳ぐ銀色の群集を見つける。ヒレの形状をしばらく観察してから答えを返した。
「食べれるかな?」
「うーん。聞いたことはありませんが、分類上は問題ないはずです」
「あ、跳ねた! ああもう、今日は釣竿持って来てないんだよ」
実家が漁師と言っていたことを思い出してうなずく。
しばらく水面を眺めていたトララードが手を伸ばして水に触れ、おや、と表情を変える。
「思ったより冷たくないですね」
「北州と比べたらね。水遊びはできるけど、泳ぐにはまだ寒いってところかな」
「……水遊び」
にわかに興味深そうな顔になって、トララードがブーツを脱ぎ始める。
「大将は泳げますか?」
「もちろん。南州の人は大抵泳げるよ」
「中央州の人は?」
「騎士なら八割、他の人は半々ってところかな」
脱いだブーツをきちんと揃えて岸に置き、ズボンの裾をまくり上げて両足を池に入れる。
おぼつかない足取りで数歩進み、近寄ってきた魚の群れに手を伸ばすが、すいと逃げられる。
だが、とトララードが去り行く魚の動きを眺め、暗算しながら呟く。
「……大将でしたら、掴み獲りも可能なのでは」
「できるよー。でもね、前にね、こーんな大きな魚が市街地の川に紛れこんだことがあってね。飛び込んで掴み獲りしたら、それ見てた人が大勢いて、カロに泣かれてウォンちゃんに怒られた。そのあと数ヶ月間、貴族のお食事会とかに呼ばれなくなったのは、そのせいだろうって」
「ああ……」
その光景を思い浮かべて、確かに、妙齢の女性に勧めるものではなかったかもしれない、と頭を掻いて小さくなるトララード。
「じゃあさ、これは知ってる?」
クウナのほうから流れてきた小さな草舟が、トララードの足に当たって向きを変える。
「ええ、ですが折り方が少し違いますね。北州ではこうやって……」
岸辺の草を一枚拝借して、てきぱきと折り曲げるトララード。その手元を眺めていたクウナが、あ、と言う。
「言い忘れてた。ここ、蛭がいるから、突っ立ってると狙われるよ」
トララードは草を放り出し、慌てて岸に上がる。
***
山を下りたところで、戻ってきたガスティオルクとソイと合流した。クウナの馬が現れた方角を見て、ガスティオルクが怪訝そうな顔をする。
「なんで上から来んの」
「散歩してた!」
ふーん、と納得したガスティオルクの横から、ソイが怪訝そうな顔で言う。
「なんで、散歩で、中佐のズボンがびしょぬれになるんだ」
指さした先――膝下の部分が、片足だけ色が変わっている。
「水辺でコケたから」
クウナの答えに納得した二人を見てから、トララードがクウナにだけ聞こえる情けない声で「ありがとうございます」と呟いた。良い年した大人が水遊びして蛭に驚いてコケたとは知られたくないらしい。
ほら、とクウナは鞍から下がる鳥を見せた。
「そっちの収穫は?」
ガスティオルクが背負っていた鹿を見せる。
「でけぇ猪も居たんだけどなー、逃した。コイツのせいで」
「……申し訳ありません」
拗ねたように顔を背けて、心底嫌そうに謝罪する。ああ、とクウナがうなずく。
「なるほど、ガスタがムチャしたのか」
「んでだよ!」
ぎゃんとガスティオルクが吼えた。
***
行きの道とは違う角を曲がったことに気がついて、トララードがたずねる。
「違う道を帰るのですか?」
「ううん、寄り道」
三頭の馬はやがて市街地に出た。両側に店や住宅の立ち並ぶ大通りを颯爽と駆け抜ける。見慣れない店や住宅の形状に、トララードが興味深そうな顔で左右を見回す。
「おう、中将じゃねーか! おかえり!」
「たっだいまー!」
通りを歩いていた民衆が、先頭の馬にまたがる黒髪の少女に気づき、口々に気安い声をかけ手を振る。少女も馬の速度を落とし、嬉しそうに応じる。
「大将殿の凱旋ってか」
騒ぎを聞きつけ次々に増えていく群集を眺め、ソイが呟く。北州にはなかった光景だ。
店の軒先の下で男たちがわいわいやっている。
「バカお前、昇進されたんだよ、なぁ大将!」
「あはは、ありがと!」
「おい母ちゃん、出て来い、クーだぞ」
「あら本当? あら本当。なんだか久しぶりだねぇ」
「ちょっと出かけててね」
あれだけの大事を簡単に済ますクウナの物言いに、ソイが物言いたげな顔をする。
「ガスティオルクもいるじゃねーか、おい、今晩飲みに来るだろ?」
「おう、行く。待ってろ!」
「大佐ぁ、今日は皿割んないでくださいよ?」
うわはは、と周囲で笑いが起きる。
ソイは認識を改める。
「凱旋じゃねぇな、ただの『近所への挨拶』か」
クウナの馬が角を曲がる。急に狭い路地に出た。
いわゆる――スラム街か、とトララードが目を細めて、今にも崩れそうな密集住宅を眺める。がらっと変わった光景に、ソイが警戒しきった顔をする。
「なんか、異様に静かだな」
「あの先に集会所っていうか、共同のリビングダイニングみたいなところがあって。みんなそっちにいるんですよ」
言ったとおりの場所でクウナが馬を下りる。
「お邪魔しまーす」
たてつけの悪い木戸を押し開けると、婦人と子どもが数人集まっていた。クウナの姿を見とめるなり、にこにこと近寄ってくる。
「あら、今日も男前引き連れて。見慣れない方々ねぇ」
北州の二人を簡単に紹介したあと、クウナは一番恰幅の良い女性に獲ったばかりの鳥を差し出す。
「これを煮付けにして欲しいんだけどー、って、トララードさん料理できる?」
「鳥を捌いたことはありませんが、その後の調理ならば」
うなずいたトララードがてきぱきと袖をまくり、「失礼します」と言って台所にお邪魔する。物腰柔らかなイケメンの登場に、婦人たちが歓声をあげて喜ぶ。
おい、とガスティオルクがクウナの頭の上にのしっと両腕を置いた。
「向こうの店で飲んでくっから、メシできたら呼びに来いな」
「はーい」
建物を出て行くガスティオルクを両手を振って見送るクウナ。
不可解そうな顔をしたソイが、部屋をぐるりと見渡してからクウナを見る。
「お前の家で調理すりゃいいのに。どうせでかい厨房もあるんだろ?」
うーん、とクウナは困った顔をした。
「敷居が高いらしくて、みんな遊びに来てくれないんですよね」
ああ、と納得する。大将殿が善意でスラム街を訪れるのならばともかく、あの豪邸にスラムの人間がこじきよろしく出入りするのは、とやかく言う奴もいるだろう。
「なるほ……痛えっ」
梁にぶらさがって遊んでいた小さな男児がソイの後頭部にとびかかる。ぐき、とソイの首が鳴った。
「てっめぇ……」
青筋を浮かべたソイにひるまず、首にひっついたままの男児が甲高い声で怒鳴る。
「おまえ、クーをいじめんな!」
「いじめてねぇよ!」
「あーこらこら」
クウナが笑いながら男児をソイからひっぺがし、襟首を掴んで、目の前にぶらさげる。
「だめだよ。このお兄さん、怒らすと超おっかないぞ~」
「ひえっ」
「オイ」
ソイが呆れた目でクウナを小突く。
「ほらね」
「オイ」
「が、がすたより?」
早くも涙目になった男児がおずおずと聞くのに、
「うーん、同じくらいかな」
真顔で答える。
「なわけねーだろ」
耐え切れなくなったソイがクウナの頭に、スコン、と手刀を落とす。けらけらとクウナが笑う。
「昼寝中のガスタに思いっきりイタズラしてめっちゃ怒られて以来、ガスタのこと苦手なんですよ、この子」
「そりゃまた……豪胆なんだかビビリなんだか分からねぇな」
クウナの手から男児を奪ったソイが、その小さい身体をひょいと肩に乗せる。男児がばたばたと足を揺らし甲高い歓声を上げた。
「おれこれしってる! 肩車!」
「おーすげーな良く知ってるな」
「……班長、棒読み上手いですね」
「うっせ」
「あ、良い匂いしてきた」
床にしゃがみこんで積み木をしていた女の子が顔を上げて言うのに、クウナと男児が懸命にくんくんと空気を嗅ぐ。
「……匂い、なくなりそうだな」
ソイが呆れる。
「そろそろガスタ呼んで――」
戸口に向かおうとしたクウナをソイが止める。
「さっきの店だろ、俺が呼んでくる」
「はい。じゃあお願いします」
「よしクソガキ、お前の大好きなガスタんとこ行くぞー」
あくどい笑みを浮かべたソイが、男児の両足をがっちりと掴んだまま言うのに、男児が奇声を上げてソイの頭上で暴れる。二人は建物を出て行った。
配膳の手伝いを乞う声に応えて、クウナは隣室に向かった。
「うわぁ、いい匂い!」
トララードの周囲に婦人が群がり、調味料を手にあれやこれやと騒いでいる。
「皆さんのお口に合うかは分かりませんが」
味付けを担当したらしいトララードが頭を下げる。味見をした婦人方がトララードの背を順にばしばしと叩き、同じく味見をしようとしていた青年が鼻をおさえて盛大にむせこむ。
「寒い地方の人たちはこういうものを食べてるのねぇ」
「はい。足りない調味料はいくつか代用しましたから、ちょっと違いますけれど」
「どれどれ」
トララードの背に駆け寄ったクウナが鍋に指をつっこむ。こら、と近くの婦人がたしなめるのに舌を出してごまかして。
「おいし。でも、ちょっと薄くない?」
「あら、充分濃いわよ」
顔を見合わせる女性たちの中で、訳知り顔のトララードがうなずいた。
「大将が北州の味に慣れたからかと。北州の郷土料理はもっと濃いですよ。これは、昨日いただいた夕食を参考に、中央の方向けに薄めたものですので」
食材不足のため仕方がないですが、北州騎士団本部の食堂の料理も北州では薄いほうです、とトララードが言うのに、ええ? とクウナが驚く。
「どおりで皆、食堂のご飯に不満そうなわけだ」
にわかに不安そうになったトララードが皆を見渡して水桶を手に取り、
「もう少し薄めたほうがよろしいですか」
「ううん。これで完成にしましょ。食べてみたいもの、北州料理」
婦人方が一斉にうなずくのに、トララードは嬉しそうな顔をして礼を言い、鍋を持ち上げた。
隣の部屋に戻ると、ガスティオルクは早くも席について両手にカトラリーを構えていた。その隣の席で、男児が真っ赤な顔で号泣している。
「もう、なにしたのガスタ」
「オレじゃねぇ、コイツが散々脅した」
ガスティオルクのフォークが、二つ隣に座るソイを指す。
「こら、班長」
クウナのお叱りにソイがそっぽを向く。
「……このクソガキが、酒場で酔っ払いにケンカ売らなきゃ俺だって」
続いて食器を手に部屋に入ってきた男児の母親が、いいのよ泣かせといて、と手を振る。
「ごめんねぇ手間かけて。うちの子いっつもそうなのよ、参っちゃう」
彼女のため息を皮切りに、子育ての愚痴トークにしばし花が咲く。男児たちがしでかしたこれまでのすさまじい暴れっぷりを聞いて、ソイがげんなりする。手づかみでせっせと肉をほおばる、隣席の小さなつむじを見下ろす。
「……お前ら、よく今まで生きてこれたな」
「んん? ガキなら普通だろ。そういうお前はどんだけお行儀良かったんだよ班長」
芋の刺さったガスティオルクのフォークが、ソイを指す。マナー違反の行為にソイが嫌そうな顔をする。
「……少なくとも現在の貴方よりは、お行儀良かったと思いますね」
「は。言うじゃねぇか、クソ生意気ー」
「ありがとうございます、それほどでも」
ガスティオルクが腹を抱えてげらげら笑う。食べかすが周囲に飛んで、ソイが更に嫌そうな顔になる。
「もしかして、だいぶ酔ってますね、大佐」
「あのお店にはガスタ専用のお酒が置いてあるんです」
クウナが告げた度数に、ソイとトララードが目を剥いた。
「……それは、人間の飲み物か?」
「だからガスタ専用なんですって。私、一杯でギブだし」
一杯は飲めるのかよ、と呆れるソイ。
トララードがガスティオルクに尋ねる。
「それを、大佐、何杯ほど飲まれたんですか?」
とぼけた顔で指折り数えるガスティオルクの、両手の指が全て折られたところで、トララードが額を押さえて質問を撤回した。
腹が膨れたところで、そろそろ戻ろう、とクウナが席を立つ。
「残りはみんなで食べて」
「いつも悪いねぇ」
「ううん。いきなり来て台所借りた礼だよ」
帰り支度をはじめた少女の横顔を、なるほど、とトララードが眺めた。騎士たちからの信用が篤いというだけでなく、民衆からの人気も高いという評判に納得して、知らず表情を緩める。その微笑を見た婦人方がまた騒ぎたて、「またいらしてくださいね」とかわるがわる青年の両手を握った。




